無題

深夜 酔人

第1話

そこはちっぽけなちっぽけな世界だった。

黄金に輝くスポットライト。ワインレッドの背景。それら全てが受賞者のシルエットに凄みを持たせていた。眩しい世界だった。それは自然に息が詰まるほどに。去年そこにたった私を、機材不良の多発を丁度よく言い訳にした私を辱めるように、それは美しく在った。

以前、努力は無駄だ、と嘆いていた人を思い出した。彼曰く、才能には勝てないと。努力したところで何も出来ないのだと。


それらは全て、正しかった。


もとより分かっていた。天才が99%の努力と1%の才能でできているというのならば、おそらく努力とはネジとかそういうものだと。才能とはコンピュータそのものみたいなものだと。高みに登ることは出来ても、「それ以上」にはいけない。それを認めることがたまらなく悔しい。同時に、才能を持っていない自分が、そんなどうしようもないことを嘆く自分をたまらなく殺したい。

豪華な装飾のトロフィー。最優秀賞を贈られたその人は、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。私の顔は祝福を浮かべているだろうか。どうも気になった。その後その人は何か一言、とマイクを渡された。

嗚呼、その時の私の考えはとてもおぞましいものだった!よりにもよってそれをなんとか止めることは出来ないかとそう思ってしまったのだから。不甲斐ない、不甲斐ない、不甲斐ない。羞恥が身を包んだ。

しかし、本当にそう思ったのだ。それは私の心臓を抉り出すような。

どうしようもなく時間は動く。希望のない世界に発せられる、その響きは。

「ありがとう、ございました。」

私のいつも発するそれとは、あまりにも違っていて。私は才能の何たるかをぐりりと叩き込まれた。

ただその場から消えたかった。才人共は記念撮影のため次々に壇上に上がっていった。嗚咽が零れそうだった。もう許してくれ、と。そう何度願ったことか。全員豊かな笑みを浮かべていた。それらを見て私は私が死んでいくのがわかった。せめて自分で殺したかった。心臓を奪われた虚しい亡骸同然の私に、これ以上何をするというのか。この惨めな姿にさえ吐き気を催すというのに。

やがて記念撮影も終わり、解散となった。私は早足に会場を抜け出し、薄曇りの空の下、マフラーをきつく縛りつけ歩いた。少しでも遠くに。少しでも早く。胸中の何かがそう喚いていた。閑散とした冬の街並みだけが慰みだった。私は身勝手な死体だ。のらりくらりと動く、欠陥品。灰色に堕ちて、嘆きは誰にも聞こえない。聞かせてやりたくもない。嗚呼、許せ、許せ。許してくれ。


徒然なるままに、我が流離ふは色を失った世界なり……

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