第26話 失敗は成功の元
魔族達は先程のマントが通った結界の切れ目を探し、結界の内側に忍び込んだ。
魔族三人は木の上を渡ってマントを追いかけた。
「ではマントの怪しい奴と、小僧を見つけ出せ」
「はっ。おい行くぞ、マカリア」
「儂はあの一番高い木に登って見ている。何かあれば例の合図を」
「了解しました」
胸に右手を当てた敬礼をしてまたしても鼠に変身し木登り枝から枝へ姿を消した。
「ムイラス、リカンド。お前達の敵は俺が取ってやるぞ」
かつての仲間だった魔族達を弔うつもりで居る。
ガフラーもまた鼠の姿になって大きな木を目指した。
ダンの分身で自由に行動出来るようになったライカはスーツの改良を行っていた。
「ダンの魔力エネルギーは思った以上に多くて強い。少量ずつ流すだけで、攻撃も防御も思い通りになるようにしてやらないと・・・」
「ライカ。心配はいらないよ。コントロールするのは魔力を流す僕の修業さ。練習すれば何とかなるよ」
「そうだね。新しい武器も必要なときに付け足して行こうか」
「うん。それが良い。楽しみは後に取っておこうよ」
二人はこの時魔族の手が迫って居ることに気づいていなかった。
サクヤはライカを見ていた。ダンとは違う、少し大人びた、それでいて子供のように好きなことに没頭する集中力と好奇心が旺盛で、ダンと文字通り分身以上の兄弟のように思っている所が何か自分の弟とダブらせていた。
もう100年も前に死んでいった弟のことを。
しかもどちらも正義漢である。
「優しいところがそっくりね」
呟いたその言葉が思いの外大きかったと見え、ライカが振り返った。
「誰が優しいんです?」
「何でも無いわ。こっちの話!」
「人間独り言、言うようになったら嫁に行きおく”ぶべごふ”・・・」
「誰が行き遅れなのよ。まだ私はこれからなの!あんたに心配して貰わなくて結構ですうっ」
これがサクヤとライカの恒例の会話であった。
「マントの野郎何処行きやがった!この結界だけでも動きにくいのにチョコマカと動きやがって。まあ間違いなく坊主の所へ行くはずだから、こっちは焦ることも無いんだがな」
「コンコール。悠長な事は言ってられんぞ。ガルム殿がバーレンシアに動いたらしい。先を越されるぞ」
「まあ慌てるなマカリア。ここで坊主を血祭りに上げればガルムがどう動こうが我らの勝利に変わりは無い。奴の目的はスザクとか言う魔法法師で間違いない。ここでそのスザクとか言う奴を引きつけ、ガルムやゴズマとスザクを戦わせれば一石二鳥。そう言うことだ」
「そう計算通り行けば良いがな。ガフラー殿は確実に仕留めよと言っていた。失敗は許されんぞ」
「しっ、誰か来るぞ」
魔族の影が木々の葉っぱに潜み様子を伺っている。
静かな森の木々をかき分けてスーツを着たままのダンが何かをさが探しながら呟いていた。
「おかしいなあ。この辺りで感じたんだけどなあ。怪しいのとものすごく怪しいのと、懐かしい?何だろ?最近感じた事のある感覚なんだけど。このスーツ着てると凄く身近に感じてしまう」
ダンは感覚を研ぎ澄ます練習をしているところに、怪しい感覚が身体に伝わってきた。
「しょうが無い判りにくいから。手荒な方法だけどあぶり出してみよっと」
ダンは徐に近くの石に腰を下ろし、魔力コントロールの要領で周りの魔素を捜査した。すると木の影から何かが飛び出し銀色に光りながらダンに向かって飛んでいった。
ダンは目をつむったまま、首をかしげるようにその銀色に光る飛行物体を避けた。
そのまま勢いよく通り過ぎた飛行物体は木に突き刺さった。
見ていた魔族もダンが躱したことに眼をぎらつかせた。
ダンは更に魔力捜査を続けた。
今度は炎の塊が森の奥から数発飛び出てきた。ダンはこれを手刀で切り落とし、代わりに光りの指弾で森の奥に向かって打ち出した。
魔族が慌てて移動したその奥からマントを被った者が飛び出てきた。今度は姿を見たままの攻防である。
ダンは手刀で、マントは長剣で。ダンは半身両手正眼の構え。マントは大上段の構え。
お互い隙無くすり足で、円を描くように回り込んでいく。
「旨くすれば両方殺し合ってくれれば、漁夫の利を得られるんだが・・・」
魔族のそんな願いもダンたちには届くはずも無い。
お互い見合って次の一瞬、マントが足下の木の枝を”バキッ”と踏んだ音を合図にお互いが前方に飛んだ。
長剣の方が少し早めに切っ先を動かしダンに刺突を。しかしダンも手刀故の小回りの良さで長剣を躱しつつ手を縦に振り抜いた。
マントの被っているフードの部分にかすりフードが後ろに飛んだ。
「やっと素顔が見られたって・・・何してんの?タンジのおば・・お姉さん?」
「本当に切っても良かったのよ。何ならもう一回やり直そうか?」
「ごめんなさい。言い間違えました。お姉さん。ライカの口癖が移ってしまいました」
「ライカは今どうしてるの?」
「いま・・・は、えっとー・・・そのー・・・」
「ハッキリ言いなさいよ」
「今サクヤお姉さんと、研究所に籠もってます」
「研究所?そう言えばダン君変わった服装ね。もしかしてそれが開発できた物?」
「そうなんだけど、ちょっと待って貰えます?まだ出てこないつもりですか?そこの二人。いや、二匹かな?判ってますよ。出てこないならこっちから攻撃しますよ」
「ダン君も判ってたのね。私が入ってきたときに付いてきたのだけど」
「うん。多分アベルの叔父さんが態と結界を緩めたんだと思うけど」
「そうね。此処には二匹しか居ないけど、三匹のはずなんだよね。三匹居たのは確認したもの」
魔族の策略もこう筒抜けでは動きようが無い。頼みのガフラーに魔力で合図を送り、ダンの前に姿を現した魔族の”二匹”。姿を人型に戻した。
「隠れてゆっくりと、料理しようと思ったが大幅に予定変更だな。まあ、この結界の中だから想定はしていたが・・・」
「コンコール、油断するなよ。マントの奴相当やるぞ」
「誰に物を言っている。この者達に後れを取るわけが無かろう。さっさと片付けて凱旋するとしようぞ」
「勝手な言い分ね。わざわざ結界の中に入れてあげたのに気づかなかった?今の戦いも見せてあげたでしょ」
「黙れ!貴様など捻りつぶしてくれるわ!」
『タンジよ。抜かるでないぞ。何か隠し持って居るようだからな』
「ご心配ありがとうございます、大黒龍様。此処で負けるわけには行きません。師匠に叱られますので」
『スザクにか?怪我をせんようにな』
「はい。ありがとうございます」
「お姉さん頑張って!こっちは僕が引き受けるよ」
「ダン君は無理しないでね。まだ試作段階でしょ」
「大丈夫。だいぶコントロール、慣れてきたよ。行くよ」
ダンとマカリア、タンジとコンコール。魔力対戦と剣の対戦。
タンジは背中の大剣は使わず、腰の短剣と日本刀のような反りと輝きと切れ味が気に入った長剣を両手に持ち、不知火型に構えを取った。対するコンコールは、槍を腰に据え右前に切っ先をタンジに向けて構えている。
好戦的な魔族は日々戦いに明け暮れ、自国にいる内は殆ど訓練と称した試合をしており、場合によっては喧嘩を吹っ掛けて試合に持ち込む者も居る。
しかも相手は強ければ強いほど、下克上狙いで挑んでいく。年中戦っている種族である。
コンコールは槍を切っ先から振り回し、遠心力でタンジの頭を袈裟切り。タンジは下から受けて左へ受け流した。そのまま右側へ飛んだ。飛ばなければそこに槍の石突きが地面に突き刺さっていた。
「面白い。面白いぞ。戦いはこうでなくては」
「まだ暖まってないかしら?そろそろ本気で行きたいんだけど?」
「生意気なことを言う。良いだろう。掛かってこい。この槍にお前の血を吸わせてくれる!!」
互いに間を詰めながら横に回り込もうと移動。それを阻止しようと正面に移動。これを繰り返している内に間がつまり、いつの間にか槍、刀が届く距離まで互いに詰め寄っていた。
コンコールは今度は左手で槍を背中に隠すように構え、右手を石突き辺りに置いている。タンジは正眼の構えから、切っ先を腰より下に向け、徐々に右から左に移動させる月光漸《げっこうざん
》の構え。
互いににらみ合う。瞬間、タンジが動こうとした刹那にコンコールが腰から何かを投げた。タンジが刀で切り落とすと小さな爆発が起き、中からハエのような虫が飛び出てきた。
地面を回転し姿勢を低くして、息を吐きながら口元に指を持って行きパチンと鳴らした。たちまち火が燃え上がり、虫たちを焼き落とした。
「汚い手を・・・まあそうでもしないと勝てないわよね。その腕前では」
「言わせておけば・・・まあ、いい。こ、これでおわりだあーーー!!」
「それはこちらの台詞よ!」
タンジが今度は刀を大きく振り回し始め、段々強く、早く回し始めた。その内に風が起こり強く回り始めた。
小さなつむじ風が段々大きくなり、白い竜巻が天に届く勢いで回転を呼び、周りの空気を白くさせた。
「精霊術、白龍漸」
「小賢しい。切り落としてくれる」
槍を回転させ風を起こそうと回して見るが、予想外にタンジの起こした竜巻の回転が速く、槍の回転が間に合わない。
「くそっ、こんな物、こんな物。ぐぐぐっ!!!」
その内身体を保っていられないほどの風に飲み込まれた。
「本当にこれが最後よ」
タンジが呟きながら両手で炎の球を作り出し、自身が作った竜巻に放り投げた。
”ゴゴゴーーーツ”
「こんな、こんな、くっくそーー!!!・・・」
風がやみ炎はタンジが空に飛ばした。
そこには魔族の使っていた槍だけが残っていた。
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