第18話 エルフの郷

 ラモンの町から北へ向かい国境沿いを西へ。高くそびえる山脈の剣が峰を更に西へ。やがて山脈は北と南に分かれ、その峰を沢伝いに降りていくと大木がずらっと並んでいる。


 深い深い鬱そうという言葉がぴったりくる、昼も夜も暗くジメッとしていて蔦がうねうねと動き、飛んでいる虫、地面を這う動物が植物に補食される。


 迂回して別の道を探っても何処までも何処までも続いている。この先へは入れない。まるでこの森が侵入者を拒絶しているように木々の葉音がシャワーのように鳴り続け、動物の鳴き声すらかき消される。


 スザクはアニカを連れこの森の脇を魔法の練習をしながら歩いていた。


「叔父様、この森に入るんじゃないの?ずっと同じ森を歩いてる気がするんだけど」


「おお、気づいて居ったか。この辺りに入り口があったのだが、塞がれていてな。まあ迎えが来るまでのんびり精霊魔法でも試してみるか」


「それよりおなかが減った。干し肉飽きたし、魚とか獲れる川とかないかなあ」


「中に入れば腹一杯旨いもんが食べられるから我慢して魔法の練習しなさい」


「はーい」


 ”おいしい食べ物”につられてアニカは精霊術の練習に励んだ。心の中にダンを、ダンの無事を祈っていた。




 エルフの郷。外の世界とは隔絶され、時間もゆっくりと流れていた。深い森のおかげも有り、しつこい人間の侵入はここ何年も許していない。


 何百年も外界と途絶状態にあると人間界と同じく、若者は外に出たがった。


 エルフの若者は純粋無垢。故に信じやすく騙されやすい。他郷へ降りてゆけばその容姿に驚かれ瞬く間に捕まり奴隷として売られていった。


 その噂を聞いてエルフを生け捕りに来る冒険者たちが後を絶たなかった。


 エルフの郷では血気盛んな若者が冒険者達を血祭りに上げ人間達に思い知らせてやると意気込んだ。


 そんなときたまたま通りすがったスザクが、エルフの若者と一戦交え、スザクが勝利し郷へ迎え入れられた。


 スザクは仙人術しか使えなかったが此処で修業を積み精霊術を覚えた。


 精霊術には風、火、土、水、陰、陽の属性があると言われスザクは元々の風属性で終わらず、全ての属性を手に入れた。特に陰と陽は仙人術に共通する部分が有り身体に馴染んだ。


 その凄まじい修業にエルフの郷全員が敬服した。中には弟子入り志願する者までいた。


 特に陰と陽は相反する精霊術の対極にある術で、この二つを体得することで得られる奥義がある。時間軸の制御術。体内の魔力を媒体エネルギーに、その量に比例して時空移動が出来る術。


 スザクは魔力自体は多いが貯まる時間を長く要した。ダンが100とするとスザクは凡そ10倍の魔力量を持っていた。


 しかし体内に取り込む量が少なく満杯になるのに時間が掛かった。ダンは逆にスザクの10倍速く100%をオーバーしている。


 アニカもダンと同じスピードで魔力を取り込み、いくら魔力を使っても直ぐに回復していた。



「もーうだめ。もう一滴も絞っても魔力でないわ。もーだめ!」


 地面に這いつくばって嗚咽しながら、目がトロンと塞がっていき、地面に顔を埋めた。


 スザクの扱きに耐え抜いたアニカ。


「やはりこの子は・・・」


 ゆっくりと抱き上げ、木陰に連れて行き、敷き詰めた木の葉の上に下ろした。


「スザク様」


「サクヤか」


「はい。郷との連絡に参りましたが、一緒にいらっしゃいますか?」


「到着してから三日が過ぎたのにまだ迎えが来ないのは何かあったのか。しかも入り口の場所が封鎖されている。中で何かあったか調べてきてくれぬか」


「はっ、直ぐに帰って参ります」


「頼んだ」


「お任せください」


 サクヤはスザクが育てた獣人八人衆の一人。ハーフエルフであるが故に顔を出すとその美貌で騒がれ直ぐに人間達が、特に貴族達が手を出し、今までに何度となくサクヤは跳ね返してきたが、だんだん穏便に納めるのが億劫になるほどであった。スザクと出会い百年、この郷近くに住み他郷との連絡係をしている。姿を隠して。


 サクヤは腰の袋から薄い皮を出し、木を四角にくんでそれに皮を張り簡易の凧を作った。それに捕まり精霊術で風を起こし凧をエルフの郷に向けて飛ばした。


 上空にあがり、まずワイバーンなどの飛龍系の魔物を警戒した。下からは見た限り静かである。サクヤは遠見の術で森の奥深いところを探った。


「あの人だかりは・・・」


 一カ所にかなりの群衆が集まって慌ただしく動いている。


 サクヤはそこを探るため郷の内堀近くに着地し直ぐに身を隠し隠密行動に移った。凧で移動中に知られれば攻撃されるか連絡が来るようになっているが、それもなく何かが郷の内部に起こっている。サクヤは土に潜り、郷の中心部、先程群衆の蠢いていた辺りに向かっていた。


 その頃郷の中では長老会議が行われていた。


「北のムーラシアが宣戦布告してきたが如何したものかのう」


 この会議の議長で郷の最長老マクロイ。他に東西南北それぞれの長老、ローグワン、クルーノ、キヤヌール、ケントス。中央が最長老マクロイである。


「郷の入り口は森が守ってくれているが何時まで持つか。それにスザク殿がお見えになった場合確認が取れません。如何いたしましょう最長老様」


「スザクの場合は心配せんでもどうにかして入ってくるじゃろう。それより郷の警備の立て直しじゃ。こんなに騒いでいては空から崩れてしまうぞ。直ぐに警備隊を組織し直さねば」


「北と東はただいま警備隊が向かったところです。小隊を三カ所に向かわせました」


 ケントス長老が北と東の警備を受け持つことになっている。


「西及び南は現在怯えた群衆や若者を、各集落の族長に宥めさせております」


 冷や汗を拭いながらキヤヌール長老が報告した。


 ムーラシアからの宣戦布告が、若者には怯えた者と激怒した者に分かれ、郷を守るか郷を出て攻撃するか二分していた。西と南の郷が二つに分かれた議論を繰り返していた。この群衆がサクヤが上空から見た集まりであった。


「ではその若者の群衆全て、南に集めて貰いたい。私が直接話をしよう。騒いで警備がおくれては、初手で大きな被害が出てしまう。まあ戦が起こればの話だが」


 キヤヌール、クルーノ両長老は畏まってマクロイの話を聞いている。若者の群衆を会議に向かうため村を留守にしたとはいえ、纏め納めるのに遅れてしまった後ろめたさが二人を落ち込ませていた。


「まあそう落ち込まんでも良い。まだ戦が現実に始まったわけではない。始まればスザクも飛んでこよう。あれはそういう男じゃからな」


 最長老はスザクに全幅の信頼を置いている。


「もうそこに来て居るやも知れぬぞ。なあ、そこのお嬢や」


 最長老が壁の向こうに話しかけた。


「失礼いたしました。スザク様の配下、サクヤと申します。会議が終わるまで待つつもりでしたが。私の気配を感じ取られるとは。流石最長老様」


「構わん。スザクはどうして居る?」


「はい。郷の入り口にてお待ちです。一人弟子候補をお連れになってます」


「おお。そうであったか。迎えには郷の者で無ければいかんのでな。キヤヌール長老、誰か迎えを頼めるか?」


「お任せください。前々からスザクに逢いたいと言っておる若者が居りましてな。その者を行かせましょう。アルバ、ロス。お迎えに行きなさい。待望のスザクに逢えるぞ」


「キヤヌール長老、そんな悠長な事を言っておる場合ですか。この時期に」


「クルーノ長老。スザク殿が郷に到着されたのですぞ。もう大丈夫です。私は一気に胸のつかえが取れました。戦は気を引き締めないといけませんが、仙人様が居れば大丈夫でしょう」


「まあまあ二人とも。あれが来たら戦が終わるのではなく、彼奴が巻き起こして終わらせるのじゃ。あれが居るところが戦の中心になるのじゃよ。安心するのはちと早いぞ」


「はあ。兎に角お迎えを行かせます。サクヤ殿を入り口まで案内せよ。アルバ、ロス」


「はーい。スザク様に早く逢いたいですし、早速行ってきますう」


「おいアルバ。お前スザク様に弟子入りして嫁にして貰おうって言ってたよなあ。本気か?」


「当たり前でしょ。世界を股に掛け未だに誰にも負けたことがない。魔族にもよ。当然じゃない」


「二人とも、揉めてないで早く行っておいで」


「はい長老様。行って参ります」


「サクヤ殿お待たせしました」


「いえ。あ、そのサクヤ”殿”はいらないです。サクヤでお願いします」


 外の緊張感もどこかへ行ってしまうほどの緩ーい時間に変えられてしまった。アルバたちの存在感である。




「確か此処と此処を押して、此処を引っ張れば・・・」


 "GOGOGOGGOOOOO--WWWNN"


 植物たちが地面を掘り起こし、人一人がやっと通れる植物のトンネルが轟音と共に出来上がった。


 外に居たスザクたちが警戒しながら、身を隠していると中から三人が出てきた。


 アルバ、サクヤ、ロス。サクヤ以外の二人は郷の外に出るのは初めてである。


「スザクさまー、すざくさまー」


「居ないのですか?」


「そんなはずはありません」


「アルバのことはほっといてくださいね。この子少し頭が・・・」


「誰が頭がーよ。良く言うわ。自分も相当頭が残念なの棚に上げて」


「ちょっとー。何が残念頭よ」


「おいサクヤ。これは郷の中の者か?」


「はい、師匠」


「此処はあの二人に任せてアニカと三人、先に行くぞ。面倒臭そうだし」


「では行きましょう」




 アルバの言葉にロスが突っ込みを入れている間に二人を残してサクヤが消えてしまった。


「サクヤさーん、サクヤさーん?何処行ったのかしら」


「あんたがスザク様って騒いでるから見失ったでしょ」


「そんな無茶苦茶なあ」



 サクヤを先頭に森の植物のトンネルを抜け郷の南側に到着したスザクとアニカ。


「久しぶりのエルフの郷は空気が違うな。本来静かなんだが・・・原因はわかったかサクヤ」


「はい、失礼しました。最長老様の話ではムーラシアより宣戦布告を受けたと言うことでございます。それで若者が抗戦か防御かで二分していて集会を開いていたみたいです」


「では最長老に会いに行くとするか」


「叔父様はその最長老様を知ってるの?」


「知ってるも何も此処で一緒に修業した仲だよ。マクロイ。本名を”ゲンブ”と言う。顔を見ると一戦交えたがる。其れが嫌で郷を出たんだが」


「叔父様の若い頃よね。父さん達ぐらいかなあ」


「私らは普通の生き方では無いからな。ザッと二百年ぐらい前かな」


「えええ!二百年?」


「アニカの4十倍修業して居るよ」


「うわ~。気が重いわ~」


「スザク様、こちらです」


 アニカが遠い目をし出したので、サクヤが先を促し案内を始めた。


 郷の中央。一番太くて背の高い木の真ん中から入り、木の内側に階段が付けられ、ビルの五階あたりに最長老の部屋はあった。


 ノックしようとするサクヤを制し、スザクが自分でノックした。


「入れ」


「誰か確認しなくても・・・」


「そんなもん、気配で判って居るわ、スザクよ」


「何だ。百年ぶりの再会と思いきや、ぶっきらぼうな返事に気持ちが萎えてしまったよ」


「何、郷のことがあるのでな。これが収まれば其方の相手をしてやらんことも無いが。今は我慢してくれい」


「我慢は余計じゃよ。其れよりどうなって居る。宣戦布告と聞いたが?」


「それよ。精霊の妖精が調べてくれたのだがな。ムーラシアに魔族が出入りしているらしい。その辺りお主の草の方が詳しいのでは無いか?」


「サクヤ、何か聞いて居るか」


「はい。国王が殺され新たにガルーダンと名乗る国王が誕生したのですが、前国王の親族は皆殺しになったと聞いております」


「・・・間違いなかろう。東の国の傀儡国として乗っ取られたに違いない」


「サクヤ、ラモンからの国境沿いにタンジが待っている。連絡を。それと、山の上でダンが修業している。そこに行けばもしかしたらクニかタンジがダンに差し入れて居るやも知れぬ。一度見に行ってやって貰えぬか。そこに二人とも居なければ、ダンを連れてラモンに行って欲しい」


「承知しました」


「魔族が居たら手を出すな」


「はい」


 サクヤが部屋を出た後賑やかな声が聞こえてきた。


「お前が鍵を開けた途端サクヤさんが居なくなったんだぞ。スザク師匠も居なかったし、絶対怒られるんだぜ二人で。可笑しいよな。アルバのミスで俺まで怒られるなんて」


「まだ怒られるとは決まってないんだから良いじゃ無いの。それにスザク師匠は絶対来るってわかってるんだから、大丈夫だって」


 アルバが先に歩きロスがボヤキながら後ろを歩き、部屋の前で立ち止まった。


「最長老様、入ります」


「入りなさい」


「「すみません。迎えに行ったスザク様見当たりませんでした」」


「此処に居るぞ」


「「へ?」」


 返事をするのも二人ハモりながら、眼が小さくなっていた。


「いや、すまんかったな。急いでいたものでな。サクヤに案内させたのだよ。お前達に落ち度は無い。最長老。この者達は不問に頼む」


「どうせそんなとこだろう。後でお主に扱いて貰おうと思って居ったところじゃからな。頼めるかスザク」


「明日から此処に居るアニカに此処の精霊術を学ばせようと思ってきたのでな。時間はあるから良いぞ。私の練習相手になって貰おう」


「あ、ありがとうご、ございます。あるばとと、いいます。よよ、よろしく、お願いいたしますす」


「ロスと言います。宜しくお願いします」


「よし。明日から頼んだぞ」


「「はい!」」


「叔父様、私も自己紹介しても良いですか?」


「ああ、すまん。最長老、ルコイ村で見つけた精霊様の一押しの子でな、アニカという」


「アニカと申します。宜しくお願いします」


「おお、なかなか頭の良さそうな子だわい。そっちの二人とは次元が違うわい」


「どうせロスは頭が悪いですよ」


「何で俺?自分じゃ無いの?今最長老様は二人って言わなかった?」


「静かにせい。ほんとにお前達は・・・アニカを見習え。兎も角、アニカは精霊術を、スザクは郷の若いもんを鍛え直して貰おうかの」


「まあ一宿一飯。それとムーラシアの対策も捨て置けぬ。暫く厄介になる」


 ムーラシアの宣戦布告にエルフの郷は今、世界が動き出すことを悟った。


 スザクはエルフの郷から、世界を魔族の手から救う方法を考え早めに手を打つべく動ごいた。


 獣人八人衆には魔族襲来に備え、二人一組で北と東の監視を。郷の若者には精霊術、体術、遠隔魔法、守備及び救護班と四つに分けさせた。


「後はラモンのダンを何処で待たせるかだな」


 まだ覚醒しきっていない力の解放の切っ掛けを作ろうとスザクは考えている。


「旨くいけばこの戦いでダンとライカが覚醒してくれれば・・・」


 スザクの思いをまだ知らないダンは、黒龍と修業に明け暮れているのだった。




























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