思い込み


「実は、私は……あの」


 話します、と決めはしたものの、リアスはなかなか言い出せずにいた。相当、言いにくいことなんだろう。あんまり無理はしないで欲しいけど、リアス自身が話すと決めたわけだし、焦らせることなく黙って成り行きを見守る。口を開けては閉じ、深呼吸をし……そうして五分ほど過ぎただろうか。ついに、リアスは息を吸い込んで、叫ぶように告げた。


「エルフのくせに生まれつき魔力を持ってないんですっ……!」


 リアスは目をギュッと瞑ってそれだけを一息で言い切った。拳を握りしめたまま小刻みに震えている。え? それだけ……? 僕らとしてはぽかん、状態である。しかしもちろんそれを口には出さない。だって、常識が違うのだ。きっと、かなり重要なことなんだろう。

 きっと、エルフというのは元々、魔力を持って生まれるのが普通なのだ。口ぶりとエルフというイメージから察するに、魔法の類を得意とする種族なのかもしれない。それなのに、生まれつき魔力を持っていないのだとしたら……リアスがそれをコンプレックスに思っているのもよくわかる。


 でも、コンプレックスってだけでここまで震えるか? 違うだろうなぁ。きっと、嫌な思いを散々してきたんだ。いじめ、とか?


「なんだ、そんなことか」

「え、ちょ、チカ先輩……!?」


 僕が気を遣って黙っていたというのに、チカ先輩はあっけらかんとそう言ってしまった。思わず慌ててチカ先輩に声をかける。いつもなら、こんな失言をするのは斗真の役割なのに。


「そ、そんなことって……! 私たちエルフにとっては死活問題ですよっ! 魔法の使えないエルフなんて、羽のない鳥と同じだって……だから、私、私……村から……」

「追い出されたのか」


 う、思いの外ヘヴィーな内容っぽい。チカ先輩の直球な問いに、リアスは黙って俯いてしまった。それはつまり、肯定ってことか。え、ってかほんとうにそれだけで一族の村から追い出すとか、そんなことがあり得るわけ? 親は? 誰も止めたりしないのかよ。……古くからの習慣とかしきたりとか、そういうのに文句をいうのはご法度だとはわかるけどさ。でも、そんなのあんまりだ。だってこんな子どもなのに……!


「追い出される以外にされたことは?」

「……魔力測定の儀がされる前は、みなさん優しくしてくれて、仲間と認めてくれましたけど……私に魔力がないとわかった途端、なんだか近寄り難くなって……話すことはほとんどなくなりました」

「暴力を振るわれたり、殺されそうになったりは?」

「し、しませんよ! エルフは誇り高い種族なのです! そんな野蛮なこと……!」


 総無視、ってことか。いくら暴力を振るわれないといっても、それは変に罵声を浴びせられるよりきついものがあったかもしれない。どっちが酷いとかはないけどさ。それでも、これまで仲間として扱ってくれたのにそれじゃあキツイよな。


「誇り高い? 魔力がないだけで誇り高さを失うようじゃ、エルフっていうのもしれてるってことじゃないか」

「なっ……!? あ、あなたは、エルフをバカにしているんですかっ!?」


 チカ先輩!? と思って口を出そうとしたけど、少し考える。もしかして、わざと怒らせてる? 先輩は意味もない言動はあまりしない。面白そうだから、で行動する人ではあると思うけど、人をバカにして逆上させることを楽しむ人ではないし。僕はもう少し様子を見てみることにした。


「するよ。エルフを、というか、人としてどうしようもないじゃないか」

「そんなこと……!」

「あるでしょう。仲間を、ただ足りないものがあるというだけで排除しようとすることの、どこが誇り高いんだ? 当たり前に出来ることが出来ないってだけで用済みって言ってるんだ。じゃあエルフって、仲間って、彼らにとってはなんなの? 道具? 使い捨ての人員? いくらそうじゃないと言い張っても、なんの関係もない第三者である私の目にはそう見えるってことだよ。リアスや、仲間たちの主張なんて、周囲の目からしてみればどうでも良いことなんだから」


 辛辣ぅ。何も子ども相手に、と思ってヒヤヒヤしてしまう。それも、被害者なのはリアスなのに。追い討ちをかけてどうするんだろう。早くフォローしてやりたい気持ちでソワソワしてしまう。

 だけど、当のリアスは涙目になりながらも決して涙を流すことはなかった。さっきの約束を守っているんだ……なんだ。この子、強いじゃないか。


「ち、違う……! 仲間は、本当に優しくて……いつだってみんなの気持ちを考えられる素晴らしい人たちで……だから、私は、私は……!」


 違和感を感じた。この子は、仲間を憎いとは思っていないみたいだ。むしろ庇っているような……だって、もし理不尽に追い出されたというのなら、仲間を貶されてもここまで怒ったりしないんじゃないかな? 全てを肯定はしないまでも、そうなんだよ酷いんだよ、と同意を示したっておかしくない。でも、リアスをそれをしない。


「君はさ、他の誰よりも、自分が許せないと思ったんじゃないの? 魔力がないのはどうしてって、誰よりも苦しんだはずだよね?」

「そ、それ、は……」

「ねぇ。本当に、仲間たちが君に、出て行けって言ったの?」


 そうだ。出て行けって言われたとは言ってない。そして、この子はどこか、思い込みで突っ走る傾向にある。


「い、言って、ない……」

「仲間たちは君をいないものとして扱ったりとかしていたの? 本当に話しかけてもこない?」

「……え、と…………」


 わからない、とリアスは呟いた。ああ、そうか。ここで僕にもよくわかった。チカ先輩は最初から全部わかっていたんだ。さすがだなぁ。


「魔力がない、と知った君は、酷く動揺したんだろう? 周囲の声も耳に入らないくらいに」


 動揺して、最悪を想像したんだ。こんな自分はエルフとして失格だ、みんなは自分をいらないと思うはず、ここにはいてはにけない、って。どんどん悪い方に考えてしまって、リアスは自分で自分を追い込んでしまったんだ。

 いや、実際に仲間たちがどう思ったのかまではわからないけど……リアスの話からすると、仲間たちはきっとリアスを心配したんだと思う。

 うーん、危ない。僕は危うくリアスの言葉を最初から鵜呑みにするところだった。


「だ、だって、私は……!」

「落ち着くんだ。さっきもそうやって勘違いして、危うくその髪を切り落とすところだったろう? だけど、そうしなくてすんだ。それはなぜ?」

「え、と、本当は、あなたがそんなことを望んではいないってわかったから……あ」


 リアスは何かに気付いたように声を漏らし、目を丸くした。チカ先輩はここでようやくふわりと微笑み、優しい声で告げたのだ。


「きっと、仲間もそんなことを望んでいない。望んでいるかもしれないけど、どのみちそれは、聞いてみなければわからない、でしょう?」

「は、はい……!」


 リアスの返事はまだどこか不安そうだったけど、どこか吹っ切れたようにも聞こえた。人の話を聞く、というのはとても大事なことだ。リアスには、今後同じようなことをしないよう、人の話を聞くようにとなんども伝えていかなきゃいけないんだろうな、と思った。


「じゃあ、もう帰りたくない、なんてことは?」

「ないです! すぐにでも帰って、聞いてみたいです!」


 ふぅ、よかった。これで一安心かな。対価の方は十分なのだろうか。結局のところ、お悩み相談で終わった気もするけど。そんな風に安心していたのも束の間。斗真が素朴な疑問というやつを投げかけてきた。


「ところでよ、結局、どうしてリアスは狭間に飛ばされたんだ? 大きな魔法か戦が近くであったんだろ?」


 普段なら、余計なことを! と首根っこを掴んでやりたいところだけど、今回ばかりは斗真のその疑問は必要だったと認めざるを得ない。そうだよ、そもそもなんで巻き込まれたんだ? 結局、そこを聞いていなかったし、戦だったなら、リアスを戦場に返すことになってしまう。由々しき事態だ。

 そして、その疑問を聞いたリアスは、というと──


「そ、そうだ……! 仲間がっ、村がっ、危ないんです……!」


 顔を真っ青にして立ち上がり、ガクガクと震え始めたのだ。それは、先ほど自分のことを話すかどうかで震えていた時とは違い、目に見えて恐怖を感じているのがわかった。


「じゃあ、それを聞かせてもらおうか。今度は対価としてね。大丈夫、ここでの時間経過は君のいた世界には影響していないから」


 つまり、向こうでは時間が流れていない、もしくはものすごくゆっくり、とかそういうことだろう。時間の流れも違うのか……なんだか不思議だ。そういうものなのか、先輩の力によるものなのかはわからないけど。なんとなく後者な気がするけど黙っておく。


「時空を操れるなんて……あなたは、どれほどの魔法を……? っ、わ、わかりました。話します」


 リアスは、チカ先輩の力量にかなり驚いていたようだった。さすがはエルフ、着眼点が違うというべきか。

 それによりすぐ理解できたのだろう、リアスは思考を切り替えて、再び口を開く。今度こそ、対価の支払いの時間のようだった。 

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