腐れ縁との会話


 悪魔の子、ルルを保護して送り返した次の日から、チカ先輩はしばらく学校を休んだ。どうやら撮影期間に入ったらしい。連続ドラマの主演を任されているそうなんだけど、本人は物凄く嫌そうな顔をしていた。


「当たり前でしょ。お金のためにやってるに過ぎないんだから。できれば働かずにいたいよ、私は」


 思考がダメ人間のそれだ。あれだけ才能に溢れているというのに人の欲とは際限がない。主役をやりたい他の女優に恨まれてるんじゃないかと心配になってしまう。ついでに半泣きでいい加減仕事こなしてくださいとチカ先輩を迎えにきたマネージャーさんも心配だ。別の意味で。

 ま、人の価値観なんてそれぞれだからな。僕から言えるのは、世の中ままならないね、という一言に尽きる。


「ルルちゃん、元気でやってっかなー。チョコ、みんなで食べたかな」

「さあね。でも、きっと喜んでると思う」


 欠伸をしながらビニール袋に入っている昼食用のパンを取り出しつつ、斗真がのほほんと呟く。直感だけで生きてる斗真だけど、ああいう行動をサラッとやってのけるのは正直、尊敬すらしているんだ。それ以外が残念すぎるからむしろマイナスに振り切ってはいるけど。


「ところでお前、本当にあの保護メガネ持ち歩いてるんだな?」

「え、王子持ち歩いてねーの? なんで?」

「心底不思議そうに聞いてんじゃねぇ! あと僕はエイジだ!」


 そもそもなんであんな目立つ蛍光色のメガネを持ち歩けるのかわからない。ふとした拍子に誰かに見られでもしたら変な目で見られることは免れない。というか、時々チカ先輩と話しているのを知られているから、その関係だとバレバレだろうけどさ。……事実チカ先輩関連だし、やましい事はないけど、少しでも目立ちたくないのだ、僕は。


「ふーん。オレはチカ先輩との絆みたいでむしろ見せびらかしたいけどな」

「気持ち悪」

「おいおい随分な言い草じゃねぇか王子のくせに」


 エイジだっつってんのに。もはや口に出すのも億劫だ。僕は盛大に溜息を吐き、持っていた箸を置いて斗真に言い聞かせた。


「魔法具は、チカ先輩だから見せびらかしても大丈夫なんだぞ? 制御できる先輩がいるからこそ、使用できるんだ。僕たちだけで魔法具を身に付けたり迂闊に触るのは危険だって、何度も説明されなかったっけ?」


 これは、僕らが先輩の仕事を手伝うことになった時、何度も何度も聞かされた注意事項だ。魔法なんて未知なもの、ってだけで僕にしてみれば恐ろしい物なのに、斗真って奴は面白いからという理由だけでホイホイ手を出してしまから危なっかしい。

 あまりにもあれこれ触りまくるから、仕方なくチカ先輩がメガネだけなら持っていてもいいと許可を出したのだ。ただし、先輩のいない場所での装着はダメだと厳命して。その時に、僕にもと先輩が言ってくれたが丁重にお断りした。


「オレ、かなり適当な奴だけど、これだけはマジでっていう約束だけは守るしー。この前だって、部屋に入ってからメガネかけて飛び出したしな!」

「……どんな約束だろうが守れよ。あと、何で普通に登場しないんだよ。お陰でルルを驚かす羽目になって、お前、こっぴどくお仕置きされてただろ」

「チカ先輩って、怒った顔も可愛いよな! ちょっと配色が目に痛いけど」


 ああ、ダメだ。僕は諦めた。再び箸を取り、母親が作ってくれたお弁当のおかずを口に運ぶ。出し巻き卵がいい味出てるなぁ。やり場のないなんとも言えない虚無感が癒しの味で埋まっていく。

 わかってたけどね。長い付き合いだし、コイツの変態性は理解しているつもりなのだ。けど、諦めたら終わりだって言うだろう? つまり終わりだコイツは。


「オレ的にはぁ、王子がなんでメガネを恥ずかしがるのかの方がわかんねぇ。イケメンだから似合うのに。石油王みたいな顔してんのに」

「エイジだ。あと、それ褒めてないよね」


 顔が濃いのは自覚している。昔っからお国はどこですか? なんてからかわれ続けたものだ。顔の造形について言われてもね。


「何言ってんだ、褒めてるぞ!? 俺なんか見ろ、ほらうっすい顔してんだろぉ!? こうやって髪染めて、いい感じにカットしてもらってさぁ、ピアスとか開けちゃって? それで始めて雰囲気作れるような奴からしたら、元々濃い顔のイケメンは羨ましいとしか思えねぇよ!」

「そうか、嬉しくない」


 斗真の雰囲気イケメンは、ヤツの努力と研究の賜物であるというのは知っている。昔は目立たない、地味な男で、性格は明るかったけどこの通りなもんだから、空回りしてクラス内で浮くような、そんなヤツだった。きっと見た目のせいなんだ、と斗真は思ったらしく、高校デビューだなんだとかで急にはっちゃけだした時の僕の戸惑いは筆舌に尽くしがたい。

 いくらなんでも見た目だけでその性格をカバーで出来るものなのか? と少々バカにしていた僕だけれど、実際この見た目のおかげでギャップを感じる人が減り、急に人気者になり始めたのだから驚く。知り合いの少ない、新たな環境だからこそ、というのもあるかもしれないが、斗真のこの努力をバカにしていた僕は素直に謝罪した。そして認識を改めた。


 人は、見た目で為人を判断するものだ、と。


 もちろん、知り合っていけば、変な誤解が解けたり、思っていたのと違った、なんてことも大いにあるが、初対面で判断する材料は見た目によるところが大きいのだからバカにできないな、って。


「ツレないな、ダーリン……」

「気持ち悪い」


 こうして、嫌な面ばかり目についてもなんだかんだ付き合い続けてるやつってのもいるから、結局は人間関係なんてフィーリングなんだと思うけどさ。


「それにしてもさー、なんで対価が情報なんだろ。不思議に思わねぇ? 対価って言うくらいだから金になるものとかかなって思ってたんだけどー」


 情報は何にも勝る宝だ、とチカ先輩はいつも言う。迷子の子どもたちに聞かれた時もだいたいそう答えている。


「狭間に迷いこむのは大体が力の弱い、つまり子どもだって話だろ。逆に子どもに何を払わせようとしてんだ」

「体の部位とか?」

「……トーマ、時々恐ろしいことをサラッと言うよな」


 こっちの世界にはいない生き物の体の一部とか、確かに研究材料として希少価値の高い物になるだろうけど、それは人としてどうだろうと思わないのか。万が一貰ったとしても、それが本物であるとは思われないだろう。この世界ではあまりにも非現実的過ぎるし。


「誰もが持っていて、渡そうと思えば渡せるものがいいんだって言ってた」


 迷い込んだ時に都合よく何か持っているとは限らない。持っていたとしても、よほどしっかり持っていない限り、空間を移動した時に落としてしまうらしいので、むしろ手ぶらな事の方が多いだろう。だからこその、情報なのだ。


『私はとにかく情報が欲しいんだよ。物なんかいらない。私が最も欲しているものを対価にするのは、当然の流れでしょ?』


 脳裏に、どこか真剣な眼差しで遠くを見つめながら言うチカ先輩が過る。


「……それに、チカ先輩がそれでいいってんだから、口を出す事じゃないよなって」

「それもそうかー」


 チカ先輩は、本当になんの情報が欲しいのだろうか。迷子が持っている情報なんて、大したものではないって僕なんかは思うんだけど……でも、チカ先輩にとってはどれも貴重なものだという。こことは異なる世界のことを知りたいのだろうか。うーん、そんなもの、かな? でもなんとなく、違うような気もする。別の理由があるんじゃないかって思うけど、邪智しすぎは良くないよな。


 いつか、教えてくれる日が来るといいのだけど。

 面倒ごとに巻き込まれて迷惑しているというのに、そう考えてしまう事が、もはやチカ先輩にまんまとハマってしまっているのだと気付いて頭を抱えてしまうのは、ほんの数秒後である。


 一度結ばれた縁ってヤツは、随分と強力なものなんだな。はぁ。

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