乱入者
「私たち悪魔とか魔人は……他の人たちから嫌われているきゃ。得意な魔法が呪いとか、闇とか、暗いものが多いからみんなそれを恐れているんだってお母さんは言ってたきゃ」
ルルはどこか悲しげにそう語り始めた。種族間の差別か……人間の間でも肌の色が違うというだけで無くならなかったりするもんな。学校の教室といった小さな世界の中でさえ、人と違うとか、変わってるからって理由で差別ってのはなくならない。どこの世界にいってもそういうのがあるんだと思うとなんだかやり切れなさを感じる。
「今の王様になってからは、そういうのが減ったんだって聞いたきゃ。でも、人々の意識はそう簡単に変わらないからって、私たちの村は山の中に隠れるようにあるのきゃ」
こうして、他種族がなかなか入って来られない場所で過ごすことで、村の中は平和そのもの、慎ましいながらもみんなで楽しく暮らしていたのだとルルは話してくれた。
うーん、それが余計に差別意識を強めている気がするな。でも、最初に外の世界へ飛び出していくのは勇気のいる事だ。なかなかできるものじゃない。それなら、静かに平和な村で過ごす方がいいという人が多いのも仕方のない事だ。
それにしても、ルルはしっかりしてるな。悪魔だし、年齢を聞いたところであてにはならないと思うけど、見た感じ小学校三、四年生くらい。その年齢で、訳も分からない状況下、ここまで説明できるのはすごいとしか言いようがない。大人でも、テンパる状況だと思うし。
これまでの迷子はほとんどが泣いたり喚いたりでろくな話が聞けなかったんだけど……まあ、それが普通ではあると思うんだけど、今回はかなり良い対価になるんじゃないか? これまで足りてなかった分の対価を補えそうだ。
「け、けど……この前、突然、何者かが村を襲ってきたのきゃ……」
「何者かが……?」
そう言いながら震え始めたルル。その時の恐怖が蘇ってきたのだろうか、腕をさすって心底怯えているみたいだ。大丈夫かと声をかけ、手を伸ばしたその時──
「おーっす! オレ氏、補習を終えて華麗に参上!!」
無駄にジャンプして着地し、床にダァンッ、と大きな音を立てて
「――!? ーっ! ――――――!!!!」
騒がない、という契約が結ばれてしまっているせいで、ルルは声も出せずに発狂していた。無理もない、誰だって突然こんな風に不審者がやってきたら驚く。見ろ、チカ先輩の氷点下な眼差し。これはまたお仕置きだろうなぁ。自業自得だ。
「おバカさん? 何度言えばわかるのかな。部屋に入る時は静かにって。静かにするっていう意味、わかる? 見てホラ、お客様がこんなに驚いて怖がって。こういう事があるから、遅れてここへ来る時はいつも以上に気をつけなさい、と。何度、言えば、この空っぽな頭に、インプットされるの、かねぇ?」
「ご、ごめっ、痛っ、ごめんなっ、ぐはっ、さい……ぐおっ……」
ツカツカと歩み寄りながら声をかけ、自然な流れで胸ぐらをひっ掴み、自分より二十センチは背の高い斗真を左腕一本でぐぐっと持ち上げ、右手で何度も頰を引っ叩くチカ先輩。その力は魔法道具のおかげだろうとわかっちゃいても絵面が酷い。しかも爽やかな笑顔でやってのける姿が余計に怖い。あいつ、度々やられてんのに、なんで懲りないんだよ……ドMか。
「っはー、はー、うぅっ、なんなのきゃあ、あれぇ……グスッ」
「ああ、ごめんごめん。怖がらせたね。大丈夫。チカ先輩が今、お仕置きしてるからねー」
息を荒げ、泣きながら僕の制服ブレザーを掴んで震えるルルを宥めてやる。背中をさすり、ハンカチを渡し、アイツはバカなだけで害はないからね、と教える事でようやく落ち着いてきたようだ。
「声も、なんでか、出せなかったし……」
「ここにくる前に騒がないように、って先輩と約束しただろう? あれのせいさ。だから大丈夫だよ。約束も、ここにいる間だけだし」
「そ、そうなのきゃ……ありがとうです、エージ様」
どうにか納得させられたようだ。それでもまだ心臓に手を当てて尻尾もビンと立っている。せっかくだから紅茶でも入れてやろう。お手軽ティーバッグだけど何か飲めば落ち着くかもしれないし。斗真が持ち込んでいるポットは、この時間いつもお湯が沸いているのだ。
「ルル、甘いの好き?」
「きゃ? 甘いの……花の蜜みたいなのきゃ? 好ききゃ!」
なるほど、甘味自体あんまり流通してないのかな? 単にルルの住む村にないってだけかもしれないけど。
カップにティーバッグをいれてお湯を注ぎ、紅茶が出てきたところで取り出す。これまた甘党の斗真が持ち込んでいる砂糖を一本入れ、コーヒー用のミルクも入れてやる。こんなの邪道だとチカ先輩には言われるけど、いいじゃん。僕はこの甘ったるいだけのチープな飲み物が結構好きなのだ。甘いものと聞いて目を輝かせたルルも、きっと気にいるだろう。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」
「く、くれるのきゃ!? えっと、えっと、いただきます……」
カップを差し出すと、ルルは小さな両手でしっかり受け取り、ふぅふぅと息を吹きかけてからちびりと紅茶を舐めた。
「! な、なんなのきゃ、これぇ……幸せな味がするきゃぁ」
「あ、美味しい? 良かった。こんな甘いだけのお湯なんか飲めるかって人もいるから。チカ先輩とか」
「こんなに美味しいのに!? はぁぁ、幸せ……飲み切っちゃうのがもったいないきゃあ……」
そう言いながらもルルは一口、また一口と飲み続け、あっという間に全部飲み干してしまった。熱くないのかな? 一緒にいれた僕のはまだ熱くて半分も減ってないというのに。さすがは悪魔。関係ないかもしれないけれど。
「とっても美味しかったのきゃ。ありがとう!」
「どういたしまして。落ち着いたかい?」
「はい!」
くたり、と尻尾も垂れているので今はリラックスしてもらえたのだと思う。尻尾で判断するのは間違ってるかもしれないけどね。
「あ、オレ、チョコも持ってきたんだぜ……」
「ふうん、おバカさんにしては気がきくね」
そこで、お仕置きを終えたらしい二人がこちらにやってきた。斗真の顔がいつもよりやや大きくなってる気がするけど、浮腫んでいるだけだろう。僕は知らない、見てない、察しない。
「へへっ、君も、驚かせてごめんねぇ。ルルちゃんだっけ? これで許してちょーよ」
チョコをチカ先輩に強奪された斗真だったけど、一つは手にしていたらしい。顔は腫れてて酷いもんだったけど、持ち前のチャラさと雰囲気イケメンを生かして、笑顔でルルに話しかけた。ルルはそれでもその顔が怖かったのか、少し引きながら僕の顔を見るので、大丈夫だと頷いてやる。年齢にかかわらず、女の子に危害は加えないやつなんだ、こいつは。そこだけは安心していい。
「お、おいしー……あ、ありがと」
「おいしいでしょー? まだあるから食べていってねー」
斗真はそれだけを笑顔で言い捨て、フラフラと部屋の端に向かうと、そこで力尽きた。パッタリと机に突っ伏している。机がひんやりして気持ちいいー、とか言ってるから放っておいて大丈夫だろう。あいつ、今日はチカ先輩に殴られるためにきたようなもんだな。南無。
「ふぅ、どこまで聞いたんだっけね。ごめんね、中断させて」
「え、あ、はい……?」
すっかり口調が元に戻ってしまっているチカ先輩。戸惑うルルは、やはりこちらを向いて目で訴えてくるので頷いて答えた。問題ない、問題ない。むしろこっちの方が小難しい言葉を使わない分わかりやすいだろう。
「何者かが、村を襲ってきたんだっけ?」
「あ、そう、そうなんです……」
一人だけいつの間にか茶葉から淹れた紅茶を飲みつつ、何事もなかったかのようにチカ先輩は話を再開させた。ルルも、あまり細かい事を考えるのはやめたのだろう、座り直して膝の上で拳を握りしめた。
「こんなところにいたのか魔族め、って……わざわざ探して、襲ってきたのきゃ。お父さんもお母さんもされるがままで、なんで反撃しないのって、私聞いたのきゃ。そうしたら……」
──もしここで反撃して、彼らに怪我をさせたら、余計に私たちへの当たりが酷くなる。
「自分たちだけならいいけど、この国のどこかにいる同族が、知らぬ間に酷い目にあうかもしれないって……だから、ただ逃げるだけしかしなくて」
ルルはそこまで語ると瞳から大粒の涙をポロポロと零し始めた。歯を食いしばり、泣き声を抑えているその姿はなんだか胸にくるものがあった。
「私、悔しくて……! お父さんも、お母さんも、本当は強いのに! あんな奴ら、簡単に倒せるのに! 私だって、やり返してやりたかったのきゃ。でも、族長の言うことは絶対だし……ねぇ、どうしてだと思う?」
「おわっ、と」
ルルはガシッと僕の服を掴み、グイッと僕を引きつけて聞いた。すごい力だ。本当は強いという言葉の真実味が増した。子どものルルでさえこれほどなんだから、大人はもっと強いよなぁ。
「どうして、やり返しちゃいけないの? 最初に攻めてきて、村をめちゃくちゃにして……逃げ遅れた仲間に酷いことしたのはあいつらなのに! なんで私たちだけが、我慢しなきゃいけないのきゃ!?」
グイグイと引っ張られるて少し苦しかったけど、ルルの目があまりにも真剣だったから、その手を払いのけられなかった。危険があればチカ先輩のストップがかかる。チラと顔を見れば、小さく頷くのが見えたから、僕に話してくれってことだな。
うーん、うまく納得させられるかな? 少し不安だけど、まぁやってみよう。僕は必死に僕の服を掴むルルの手を、上からそっと僕の手で包み込んだ。
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