蛍光色のチカ先輩は異界の迷子を保護しています

阿井 りいあ

悪魔の子どもを保護します

学校の有名人


 目が、チカチカする。僕はいつも通り目頭を押さえた。


 ピンクの大きめリボンで一つに束ねた金髪が、朝の陽射しを照り返している。視線を少し下げてみれば、顔からはみ出た大きな眼鏡が目に入った。自己主張の強いオレンジの極太フレームだ。


 上着にはカラフルなチェック柄ブレザーを着用。もはや何色使われてるのかわからないくらいゴチャゴチャしてる。視覚の暴力も甚だしい。というか、どこで手に入れたのかが非常に気になる一品だ。

 胸元にはラメ付きリボンが輝き、なぜか左右で色の違う靴下を着用。靴は厚底クリア素材で、歩く度にピカピカと光るタイプだ。夜道に優しい。


 ちなみにこれら全て、蛍光色である。


 我が校は指定のズボン、スカートであれば服装は自由なので、彼女のグレーの指定スカートだけが浮いて見える。自由にも限度ってものがあると思うんだ。

 けど、じゃあどのラインからダメなの? って辺りが曖昧になってしまうため、学校側は線引きを諦めたと言う。噂じゃ、彼女が論破したって話だ。


 彼女が通れば、道が開く。

 彼女を見れば、目を逸らす。


 直視できない。目に痛すぎて。


 我が校の有名人、チカ先輩のご登校である。




 彼女が蛍光色である理由は、二つある。


「……はよーございます」

「ん、おはよう私の王子くん」

「その呼び方いい加減やめてくれません?」


 僕は彼女を見かけると、毎朝の習慣となりつつある挨拶に向かう。そんな僕を、最初はみんなが奇異な目で見ていたけれど、一ヶ月もすれば慣れたのか、視線もチラホラ感じる程度となっている。


「だって普通に読んだら綿篠わたしの央時おうじくんじゃない」


 オレンジフレームの眼鏡を少し下にズラし、上目遣いで僕を見てくる。くそっ、可愛い。さすがは今人気急上昇中の女優だ。


綿篠めんじょう央時えいじですよ。このやり取りも何度目ですかねぇ?」

「懲りないね君も」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」


 そう、女優なのだ。


 学業優先という本人の意向により出演本数こそ少ないが、妖艶な悪役美女から愛らしい純真少女までを自然にこなす演技力と、人を惹きつけるカリスマ性。類稀なる美貌と程よく引き締まったスタイルとを兼ね備えた新人として、今かなり注目を浴びているミステリアスな黒髪美少女──女優、光色こうしきほたるとは彼女のことなのである。


 彼女が蛍光色である理由その一はズバリ、女優とバレないため。


 普通は帽子を被ったり、マスクをしたりで顔を隠して、目立たないようにするもんなのでは? という僕の問いに、彼女は不思議そうにこう答えた。


「いかにもな風に隠すから見たくなるんだよ。ここまで派手にしとけば、逆にみんな顔なんかよく見ようとしないでしょ?」


 目から鱗であった。実際、バレたことはないというから恐れ入る。確かにこの学校で有名なのは女優ではなく彼女自身だし。僕も気付かなかったし。


 地毛は金髪なのか黒髪なのかという質問もしたことがある。


「秘密。今、君の前にいる私も、演技してる私なのかもしれないね?」


 とまぁ、こんな感じではぐらかされている。つくづく謎な人なのだ。


 そんな彼女こと本名、光野こうのチカ先輩と僕は、とある縁がある。縁ができてしまったのだ。できれば足を洗いたいんだけど、そうもいかないらしいとはチカ先輩の言。


「今日は放課後、一仕事頼むね、王子くん」

「エイジです。はぁ、わかりましたよ」

「ありがと! 愛してる!」

「はいはい」


 チカ先輩はすぐそうやって僕をからかう。本気にするからやめて欲しい。高校生男子のチョロさをナメないでくれ、マジで。


 こうして放課後の予定を聞き終えた僕は、はぁと大きく息を吐き、颯爽と歩き去るチカ先輩の背中を見送った。そして目を逸らす。仕方ない、まだ目がチカチカしてるんだから。

 にしても、今日は仕事・・の日か。放課後の事を考えながら目頭を右手でほぐしつつ、僕はゆっくりと校舎へと向かった。




「へい、王子。今日もチカ先輩と愛を語り合ってきたか?」

「エイジだ。トーマ、そんな脳内花畑で大丈夫? 一限は数学の小テストだぞ」

「何だよ、せっかく高校生になったんだからテストより恋だろ!?」

「テストだな」


 ノリが悪いぞ王子のクセに! と吠えているのは幼稚園からの腐れ縁である斗真だ。ついでに「私の王子」という呼び名を広めやがった張本人でもある。

 アッシュグレーに染めた髪はアシンメトリーで右側だけ長く、耳には複数のピアスが光っている。ベビーフェイスな雰囲気イケメンなのを最大限に生かし、女の子を取っ替え引っ替え。自他共に認めるいわゆるチャラ男だ。


「で、放課後は?」

「……仕事だ」

「ヒューゥ! 久しぶりだなぁ!」


 こんな奴だけど根は悪くない。それに、チカ先輩との仕事の協力者でもあった。そこそこ頼りになるんだ、これで。


「で、手ぐらい繋いだ?」

「黙れ、万年発情野郎」


 すぐに話をピンクに染めたがるのがたまにキズである。




 案の定、小テストで凄惨たる結果を出した斗真はあえなく居残りとなった。チカ先輩とのランデブーが、とか二人きりでナニする気だ、とか喚いていたけどそれらを全て無視して僕は部室へと向かう。僕? 当然、満点でクリアだ。


 階段を上り、五階の端にある空き教室へ辿り着く。最上階のこの階には音楽室があるため、各教室で練習する吹奏楽部の楽器の音があちこちから聞こえてくる。僕たちには好都合。多少おかしな音が漏れても周囲にバレにくいからだ。

 西日の当たるこの教室の扉には『魔導部』という手書きの紙が貼られている。チカ先輩と斗真と僕が所属する部で、活動内容の不明なあまり関わりたくない系の部であった。人避けのためのネーミングだそうだがその役割をしっかり果たしている。三人だし、もはや同好会だけど。


 要は、誰にもバレないように仕事・・ができる場所があれば良い。


「ちわ」

「どうぞー、私の王子」


 軽くノックをし、チカ先輩の間延びした返事を待ってから扉を開ける。部員しか扉が開かないように魔法・・がかけられているので、ノックする必要はないんだけど。チカ先輩は女子だから、紳士な僕はノックを欠かさない。


「エイジです。で、今日の迷子はどんな子ですか?」

「ふふ、外に出す前にキミも見てみると良いよ」


 後ろ手に扉を閉めると、カチリと鍵が掛かった音が聞こえてきた。これで後は斗真しか部屋に入ってこられない。それでも万が一のために扉の前には目隠し用の衝立がある。それを避けて教室内に入ると、椅子に座って足を組むチカ先輩と、机の上に置かれたスノードームのような置物が目に入ってきた。スノードームもド派手な蛍光色である。


 僕はいつも通りチカ先輩の向かい側の椅子を引き寄せて座り、スノードームを覗き込む。すると、真っ白な空間にポツンと体育座りしている女の子が見えた。


「角がある……あ、尻尾も」

「そう、この子は悪魔だね」 

「悪魔っ!? 大丈夫なんですか!?」


 不穏な単語に驚くと、チカ先輩はクスリと笑った。まるでオバケに怖がる子どもみたいだとでも思ってるのだろう。余裕のある微笑みに悔しさを覚える。


「大丈夫だよ、本当に。契約したでしょ? 私たちは互いに──」

「嘘はつけない、ですよね。覚えてますけど……」


 それでも未知なる生物に恐怖を覚えるのは仕方のないことだと思う。すると、先輩はもう何度目かという説明を嫌な顔一つせずに話してくれた。


「世界をうっかり渡って迷子になる個体は、基本的に力の弱い者なんだよ。世界の切れ目に落ちれば二度と戻らず、永遠に彷徨うことになる。そうならない為に、迷子はこのドームに転移されてくる」


 ドームの中にいる悪魔の子どもは、目からボロボロと大粒の涙をこぼしていた。


「私の仕事は、この小さな迷子センターにやってきた子たちを元の世界へ帰してあげること。でも私は子どもの相手ってのは苦手でね。君がいて、本当に助かってるんだよ?」


 ──そんな君を、危険な目になど遭わせやしない。


 チカ先輩は真剣な眼差しで、そう言った。そしていつの間に取り出したのか、蛍光黄色フレームの眼鏡を取り出し、僕に差し出して、笑う。


「さ、翻訳兼安全ゴーグルを装着なさい?」

「くっ、わかりました……!」


 こんなド派手な眼鏡、絶対かけたくはないんだけど……仕事の為にはかけるしかない。毎度この瞬間が一番辛い。主にメンタル的な問題で。


「なかなか似合うよ王子くん。イケメンは得だねぇ。どう? この猫尻尾付きベルトを着ければ動きも身軽に……」

「結構です! あとエイジです!」

「性能は保証できるのに」

「だが断る!」


 断固拒否する僕に対し、ブツブツ文句を言いながら自ら猫尻尾付きベルトを装着するチカ先輩。当然、蛍光オレンジなのでとても目立つ。これ以上目立ってどうするんだ、と言いたいところだけど、仕方ない。この色含めて、これが身を守る為の魔法具なのだから。

 余談として、制作にはそれなりに費用がかかるという。女優業をこなすのはその為なのだとか。


「ま、君のことは私が守ってあげる」


 蠱惑的な笑みを浮かべたチカ先輩は、そのまますぐに呪文を唱えた。それと同時に発光し始める。魔法が発動したのだ。


 彼女が蛍光色である理由、その二は。


 ド派手な魔法具を身に付けていても、変に思われないため。


 そう、チカ先輩はリアル魔法少女だったのだ。


 ……思ってたのとは、違ったけどね。

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