青くない春に僕たちは

下谷ゆう

K県立K高校

 K県立K高校。

 文化祭の有名な進学校である。

 その文化祭は『K高祭』と呼ばれ、そのクオリティの高さから、二日で1万人超えの来場者という高校の文化祭ではあり得ないほどの賑わいを見せる。

 

 K高祭の目玉は3年生によるクラス演劇だ。

 文化祭のクラス演劇といえば安いセットと大根芝居の組み合わせと相場が決まっているが、K高校は一味違う。

 そのセット製作は大規模な木材加工、金属加工、果ては専門業者が扱うような電飾設備の導入にまで至り、もはや「教室にセットを作る」のではなく、「教室をセットにリフォームする」と表現してもあながち間違いではない。

 芝居のレベルもかなり高い。受験生にも関わらず、英単語ではなくセリフを覚え、一日中参考書ではなく、台本を握り続けている。そうして生み出された芝居を報道するため、文化祭当日には必ずテレビ局か新聞社のスタッフが学校内にやってくる。

 そして、彼らのキャッチコピーはいつも似たようなもの。

『高校生の一夏をかけた文化祭!』

『青春の結晶』

 そんなとこだ。


 K高校の生徒のほとんんどはこの文化祭をやるために志願届けを出したと言ってもいい。だから、K高校の生活はK高祭が中心にあると言っても過言ではない。その生活は毎日がキラキラと・・・なんてことは書かない。

 

 そんなことを書いたところで新聞記事や夕方のニュースのパクリにしかならない。

 

 これは、そんな高校に通うのに、およそ青春と無縁そうな生徒の話である。


 ***


 K高校3年8組教室。

 HR《ホームルーム》が行われている。

 夏の足音が迫るこの日、話し合われているのは、もちろんクラス演劇についてだ。教室では白熱した議論が行われている。

 ・・・と取材に来た新聞記者などは表現するだろう。

 だが、教室の隅にいる岩木京平いわき きょうへいは別の表現を選ぶ。

 

 「現在黒板の前に陣取っている『リーダー』たちへの協賛の場」

 

 組織を効率的に動かそう、と考えるとき、民主主義的、平等主義的なやり方は向いてない。それよりも、的確な判断力とカリスマ性を持った『リーダー』がそれ以外の人間を適材適所に動かすシステムの方がはるかに効率がいい。

 そして、我が校では素晴らしい文化祭を創造するために、組織の効率的稼働が求められる。このシステムがどのクラスでも暗黙の了解となるのは当然とも言える。この暗黙の了解は破ると痛い目を見る。

 よって、現在のHRは40人が各々の主張を激闘させる場ではなく(そんなことしたら収拾がつかない)、『リーダー』たちが示した提案に賛成の意を唱えるか、実現のための方法を考える場なのである。


「それならば、受験勉強がしたい」

そう考えて、岩木はこっそりと英単語帳を開くのである。

彼はクラスメイトと積極的に距離を詰めるのは好きではない。クラスメイトの方もそのことを察して、彼と距離を置いている。

 そんなポジションだからこそ、意見を求められることはないだろう。与えられたお題にYESと頷き、その実現方法を考えることができる人間はクラス内に十分いるのだから。


***

 

 蝉の声が騒がしくなる頃、K高校は「夏休み」に入った。「夏休み」と言っても世間的なそれとはニュアンスが異なる。授業がない期間という意味であって、生徒は毎日学校に来る。むしろ、授業日よりも朝早くに学校に来て、夜遅くに帰るということもザラである。そう、文化祭のために。

 ただ、生徒全員が毎日来る訳でもない。

 夏休みが始まって数日たったその日、岩木は予備校の自習室にいた。

 彼は受験に専念したいという理由で文化祭準備のシフト希望をほぼ空白で出したのだ。

 塾で配られたテキストの英文を読んでいる時、ポケットのスマートフォンが振動する。彼はシャーペンを置くと廊下に出た。

「もしもし」

「あ、ごめん、今大丈夫かな?」

 電話の相手、岸森正樹きしもり まさきは申し訳なさそうに言った。

「いや、大丈夫だけど。何か用か?」

「あの、岩木、小宮の代役を頼まれてくれないかな」

 小宮駿こみや しゅんは岸森や岩木のクラスの内装チームでチーフを任されている男子生徒だ。そして、彼は岩木の中学の時からの友人でもある。岩木は彼の気の弱そうな顔を思い浮かべた。

「実は彼、ストレスで体調を崩してしまって、しばらく学校に来られないらしい」

「それで俺が内装チームのチーフ代理になるのか?」

「それが適役かな、と思った。シフトの量も考慮するとね」

 シフトの量を出されると岩木は弱い。皆が夏の勉強時間を犠牲にする中、自分は勉強しているという負い目がある。

「忙しいのは十分承知なんだけど、どうかな?小宮が回復するまでの繋ぎだけでいいんだ。それだけでもだいぶ助かる・・・」

 岸森は電波の向こうで重ね重ね頭を下げているようだ。

 彼の役職は「監督」である。そして、3年8組の『リーダー』筆頭であった。

 長身で爽やかな容姿。誰とも分け隔てなく接する明朗な性格。クラスの内外を問わず人望は絶大で仕事は完璧にこなす。

 そんな生粋の『リーダー』を前にして、岩木は自分の立場が弱いのを知っていた。岸森を敵に回したくない・・・。

「・・・・わかった。やるよ。」

「ありがとう!」

 岸森は本当に嬉しそうに礼を言う。

 お安い御用です。適材適所。これも組織の構成員の務めですから。


  ***


 校舎に一歩足を踏み入れると木の香りがした。夏の我が校独特の香り。窓から入る朝日が反射して、そこに木の粉が舞っているのがわかる。

 時刻は8時。めでたく『内装チーフ(代理)』を襲名した岩木は3年8組の教室を目指す。

 おやっ、と彼は教室の引き戸の前で違和感を感じた。教室の中に誰かがいるような・・・。

 ガラガラ。引き戸を開ける。

 薄暗く色味が感じられない無機質な教室。机や椅子などの日常の色味はすでにあらかた撤去されたらしい。四角い窓枠が切り取った空の青、開け放たれた窓にはためくカーテンの白。それらの明るさはこの景色からひどく浮いてるように思える。

 ふと、目線をずらすと、

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」

 岩木京平は絶叫した。声の限りを尽くして。 

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