ノン・リアル・ストラテジー
金暮 銀
第1話 最初は処女の如く(一)
『もし、貴方の眼の前に突如、適度な大きさの乳が現れても、喜んではいけない。それは、死へのカウントダウンなのかも知れないからだ』――ある国王の言葉より
椿幸一は寝ていて、ふと寒さを感じた。どうせ寝ていて羽織っていたタオルケットを蹴飛ばしたのだろう。椿はタオルケットを引き寄せるべく、手を伸ばした。
右手が何か柔らかい物を掴んだ。次に左手も伸ばすと、同じく柔らかい物を掴んだ。
柔らく感触のよさに、寝ぼけた頭で「これはなんだろう?」と、感触を楽しみながら、しばらく手を動かし考える。けれども、わからないので、目を開けてみた。
まっさらな黒髪に、切れ長の目、ちょっときつい印象を与える唇。椿より年上の二十代前半くらいの女性が目に入った。女性は全裸で、薄い恥毛まで、はっきり見えた。
椿の両手は、あろうことか、裸の女性の胸を掴んでいた。
女性は怒るわけでもなく、恥らうわけでもなく、電気料金の明細を見るような目で、椿を見詰めていた。
頭が「???」となる。夏休み終業式の夜、明け方近くまでオンライン・ゲームの『天上天下唯我独尊』を六畳間の自室でやっていた。
ソロで武神討滅戦のコンテンツ終了後、ログアウトして、眠たくなったので、服のままベッドに寝転んだ記憶しかなかった。
女性が無言で、乳房に張り付いた椿の両手に視線を移した。
女性は慌てず騒がず、冷たく聞いてくる。
「それで、その先は、どうしたいの? やるの? やらないの?」
「では、続きを」といえるほど、椿には度胸がなかった。
瞬間的に手を離して、尻で這いずるように女性と距離をとった。
椿の六畳間にあるベッドは小さいので、距離をとろうものなら、すぐに床に落ちる。だが、床に落ちなかった。
見渡せば馬鹿でかい天蓋付きのベッドの上にいた。ホームセンターでは絶対に売っていない、世界遺産の旅番組に出て来るようなヤツだ。
全裸の女性は横になったまま、冷徹に講評した。
「最初に私を見て、正直に体を求めてくる男は、たいてい、死ぬ。何も求めて来ないやつも、同じく死ぬ。だけど、中途半端に胸だけ揉む男は、ほぼ確実に死ぬ。占いみたいなものだけど、これが、けっこう当るのよね」
女性はビシッと椿を指差して、宣言した。
「そう、椿幸一。貴方、おそらく、この世界で確実に死ぬわ」
いきなり、わけのわからない場所に連れて来られて、いきなり死亡予告を受けた。 しかも、椿は相手を知らないが、相手は椿を知っている人物らしい。
椿は馬鹿正直な人間として、尋ねた。
「すいません。ここは、どこなんでしょう? 俺は、どうして、ここにいるのでしょうか?」
女性は横になったまま、どこか気だるげに、前も隠さずに裸のまま説明した。
「愚問だわ。なぜ、自分がここにいるのか? どうして自分がここにいるのか、それが知りたければ一回、死んで覚えたらいいわよ。あと、人に会ったら、礼節を持って名前ぐらい聞く礼儀を心得たほうが、寿命が幾分か延びるわよ」
「礼節を持って」と自ら言うのなら、全裸で説教とか異常じゃないのかよ、と突っ込みたかった。でも、口には出せなかった。女性は、たとえ全裸でも、威厳という名の衣を身に纏っていたからだ。
女性がそのまま言葉を続けた。
「お聞きなさい。私の名前は、
全く持って、よろしくない。今の説明では目の前の全裸の美人さんが、伽具夜という名前の状況以外には、何もわからないではないか。
それに、月帝国という国も、聞いた記憶がない。それに「一回、死んで覚えろ」って、どういう意味だ? 死んだら覚えられないじゃないか。
伽具夜の説明になっていない説明が終ると、伽具夜は椿の下半身を見ていた。そこで、椿も初めて、自分が裸の事態に気が付いた。
椿はすぐに後ろを向いて、伽具夜に尋ねた。
「お、俺の服は、どうしたんですか、逃げないから、服だけは返してくださいよ」
「服ね。細かいこと一々気にしていると、死ぬわよ。もっとも、お大雑把な奴も、死ぬけどね。服ならベッドを降りたところにあるわよ。着替え係が必要なら、呼ぶけど」
椿は「けっこうです」と断って、ベッドを這いながら進んで下りた。
すると、衣装掛けに、見た覚えのない勲章がずらりと並んだ赤い軍服があった。下の衣装籠に下着が入っていた。
明らかに椿自身が寝る前に着ていた普段着ではなかった。
赤い軍服を前に着ようか、どうしたものか、迷った。
伽具夜が裸のままベッドの上を歩いてきた。伽具夜はベッドから下りてきて、近くにあった衣装籠から、黒の下着を堂々と椿の横で身に着け始めた。
椿もパンツとシャツだけ急いで身に着けてから、怖る怖る聞いた。
「俺が前に着ていた服は、どこにあるのでしょうか?」
伽具夜が下着姿のまま、怪訝そうに細い眉を上げた。
「服? 目の前にあるでしょう。それとも、貴方がここ来るとき着ていた、難民が身に着けるようなボロ布のことかしら。ボロ布なら、私の趣味に合わないから、捨てたわ。だけど、あれがいいって言うなら、ゴミ箱から拾ったら? もっとも、あんな服を着ていると、死ぬわよ」
どうやら、伽具夜は一々「死ぬ」といわなければ、気が済まない女性らしい。でも、反抗する気には全然なれなかった。
直感以外の何物でもないが、伽具夜の言葉に反抗すれば、「死ぬわよ」が「死ね」に変わるかもしれない。
「あの、それで、ゴミ箱は、どこにあるのでしょうか」
伽具夜にベッドの反対側を指差されたので、服を取りに行った。
ゴミ箱には椿の服しか捨てられておらず、汚れてもいなかった。そこで、とりあえず、椿は着慣れたシャツにズボンを穿いた。
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