てんとう虫
ミズト
第1話
黒板に打ち付けられるチョークの音、授業中なのに聞こえてくる名前も知らないクラスのひとの声、それらを聞かないで済むように付けたイヤホンから流れる音楽が、うるさくて仕方がない。音が無くなって欲しいなんて思ってない。ただたった一人、私だけがいる世界に飛び込みたい。私から出る呼吸の音、動くたびに擦れる服の音、歩く音、あくびの音。そんな音しか聞こえない世界に行きたい。
それだけなのに。なのに、どうして周りの人達は私のことを腫れ物扱いするんだろう。迷惑なんてかけてないのに。
一人と独りは違う。それは漢字なんか小さな違いじゃなくてもっと大きな違いがある。一人は好きなのに独りは嫌い。
少しイヤホンがずれてきたので直そうと外した。その瞬間、まるで君なんていなくても大丈夫だよ、と言われているような、居心地の悪いあの感じが音楽の代わりに私の耳に飛び込んできた。慌てて外したイヤホンをまた付け直す。
「ーーーーーーーーーーーーー」
前の席から急に紙が落とされた。一瞬何事かと思ったけれどそれがこの前の小テストだと分かって後ろに回す。プリントを回す時、顔を後ろに向けないように気をつけて、回す。
そんなこんなで少し疲れてきたので窓の外を見上げる。そこには暗い雲がついこの間よりも少し空を低くしながら流れていた。それにつられるように私の体勢もだんだん低くなっていき、終いには机についてそのまま動かなくなってしまった。
次に気が付いた時には、クラスには誰もいなかった。時計を見るともう6限目の時間になっている。一人として私を起こしてくれなかったクラスメートたちは外で元気に体育をしている時間だ。今更体操服に着替える気もなかったので、また窓の外をぼぉっと見る。そして、再び眠気に体が押し潰されて視界が下がってきた時、ちょうど頭と机の距離まであと5cmほどになった視界の高さに一匹のてんとう虫が入ってきた。
よちよちと赤ちゃんのようにおぼつかない足取りで窓に向かってきていて、何度も窓にぶつかっては戻りまたぶつかるを繰り返している。冬の風でカタカタ鳴っている窓はてんとう虫と私とを隔てる壁となっている。
「てんとう虫って冬眠とかしないんだっけ?」なんてことをふと思った。熊とかリスとかはなんとなく知ってるけれど、普段てんとう虫なんて別段気にもしないからよく分からなかった。しかし風のせいかは分からないけれどその小さな体は幽かに震えていた。
情が湧いたわけではないけれど、外は寒いので中に入れてあげようと思って窓を開けた。窓を開けると当たり前のように風が吹き込んできて、それはまるで私とてんとう虫との間にあった壁が取り払われたことを祝福しているようなトランペットのように激しかった。人差し指をてんとう虫に向けると思いの外すぐに乗ってきた。その時、このてんとう虫に若干の違和感を覚えた。なんだろう、このてんとう虫何か違う。そうか、分かった。背中が真っ赤なんだ。普通のてんとう虫にはある黒い星のような点がこの虫にはない。
私はてんとう虫が好きでない。そう。別段気にしていないのではなく好きでないのだ。重要なのは別に嫌いでもないということ。てんとう虫についているあの黒い点が私には人生の汚点のように思える。でも私が好きでない本当の理由はそれではない。理由はただの嫉妬。てんとう虫に嫉妬する女子高生ってどうなの?なんてこと、私でも思う。でも、私には自分の汚点を背負って生きていくなんてこと到底できない。
「あなたも私と同じなのね」
てんとう虫に話しかけた私を自分ながらばかばかしいと思った。そんな訳ない。きっとこういう種類のてんとう虫なのだ。私が知らないだけで。
そう、私が知らないことなんて沢山ある。例えば
「私と君は違うぞ」と思ってもなかった返事が来た時、どうするべきかとか。
振り返ってみても誰もいない。幻聴にしてはしっかりとした声だった。それも目の前のてんとう虫から聞こえてきたようだった。人間でいうと男性寄りの少し低い声。あまりにも普通に声だったので私の考えていることを見抜かれたことを気に止める前に言葉が出てきてしまった。
「あなたが話してるの?」
「他に誰がいる?」
「違うって………私と?」少し驚いた様子でこのてんとう虫と言うべきかどうか分からない虫は続けた。
「君は飲み込みが早いんだな。普通の人間に話しかけてもほとんどの人はその状況を飲み込めないで逃げるようにどこかへ言ってしまうものなのだが」
「早いもなにも、パニックになるタイミングを無くしたっていうか」
「ならそれでいい。私は別に背中の黒い点を落としたわけではない。正確にいうと消えたんだ」
「消えた?」
「そうだ。そこで君に手伝って欲しい」
「なにをするの?」
「君は飲み込みが早いというよりは疑うことがどうでも良いという感じだな。いや、めんどくさいのか?私としては助かるが、少々君のことが心配になるぞ」
「ほっといてよ、手伝わないわよ」
「あぁ、すまない。話が逸れてしまったな。なにをするのかって?それが分かっていれば苦労はしないさ」
「は?」
「おっと、ふざけてると思っているならそれは見当違いだ。私はいたって本気である」
「ふざけてると思われるくらいの自覚はあるのね」
「当たり前だ。君で何人目だと思っている?」
「何人目よ」
「さぁな。だが君だけだよ、私に話しかけたりしてきたのは」
「あら、そう。それで他の人はどんな反応をしたの?」
「さっきも言ったろう。 大体は逃げてどこか行ってしまう。聞いてなかったのか?」
「……聞いてたわよ。ただちょっと忘れちゃっただけ」
実は結構パニックになっていて話を聞いていなかった、なんてこの生意気な口調のてんとう虫に知られたらどうなることか。下手くそながらも話を逸らしてみらことにした。
「それで、その背中のあれを取り戻したいの?」
「取り戻したいのではない。再び背中にまたつけたいのだ。」
「どっちでもいいわ。でもなんであんなもの取り戻したいの?それがなかったら何か不便があったりするわけ?」
「不便もなにもこんな姿では国王と面会できないではないか!」
「国王って………あなたたち、国があるの?」
「当たり前だろう。私たちは弱いのだから。むしろどうして君達のように力を持っているもの達が国を作って生活をしているのか私には分からない」
「どうして………そんなの分からないわ」
「そうであろう」
どうして私たちが国を作って生きているか?そんなこと私は知らない。名前も知らないご先祖さん達が勝手に作ったんだからご先祖さんに聞けばいいじゃない。
「ずっと気になっていたんだが」
「なによ」
「君の耳から出ているその線はなんだ?今まであった人間達の耳からはそんな線出ていなかったぞ?」
慌てて耳に触れる。指先はしっかりとイヤホンの形を捉えた。
「ちょっと待って、あなた今どうやって話してるの?」
「どうやってって、これは君たちが普段している会話というものとは違うものなのか?」
「全然違うわよ!なに?どうやってるの?」
「何が違うのかわからないのだが、俺と君とでは会話は成立していないのか?」
「してるって言えばしてるんだけど、してないって言えばしてないっていうか」
「何かややこしいものなのだな。会話というものは」
「別に普通はそんなにややこしくないものなの。でも今は別なの」
「よく分からんが、通じていれば良いのではないか?」
「……まぁ、それもそうね」
どこか腑に落ちない気もしてはいるが、その一言でどうでもよくなっていった。どうでもいいついでにこのてんとう虫の声は私のよく知っている人の声に似ている。誰かは忘れてしまったけれど。
「それで?何か手がかりはないの?」
「何の話だ?」
「あなた本当に探すかあるの?」
「あるに決まっているだろう。私は国王との面会を何としても達成させたいのだ」
あるならもっとやる気出してもらわないとこっちだって困る。それより早くしないと体育の授業から名前も知らないクラスメートたちが帰ってきてしまう。
あの氷の眼を持った集団が帰ってくるまであとどれくらいの時間の余裕があるんだろうか。今何時か見ようと思って時計を見て異変に気付いた。時計の針がさっき眼を覚ました時となに一つ変わっていない。慌てて窓を開けて身を乗り出してグラウンドを見る。
「なによこれ、どうなってるの?」グラウンドの上には精密に作られた蝋人形のごとく息をせず立ち止まっている数多くの知らない人たちがいた。
「ねぇ!ちょっとこれどういうこと?」
教室の方へ体を戻して振り返るとさっきのてんとう虫が飛び回っていた。
「え、ちょっと、なにしてるの」
「分からない。分からないが飛ぶと何か分かる気がするんだ」
次の瞬間壁と同化していたはずの黒板が急に自分の存在を激しく主張してきた。
「なに!?今なにが起きてるの?何で黒板がこんなにグニャグニャになっているのよ!」それでも飛ぶのをやめないてんとう虫はまたも急に、今度は大声で叫び始めた。
「ははっ!!なかなか楽しいぞこれは!このまま何処へでも飛んで行けそうだ!!!」
そんな声を最後に私の意識はゴムのような黒板に吸い込まれていった。
「………ここどこ?」
周りには見慣れない風景で溢れていた。まず、私は今土の上にいる。校舎があったはずの場所には大きな木が植えられていた。校舎の場所だけではない。私の見える限り全てが木で囲まれていた。私が住んでいる町の道脇に植えられているような綺麗な木なんかじゃなくて、もっと猛々しい荒れ狂ったような木。自然。そんな中、山火事の火種を思わせるような真っ赤な小さい点が周りを飛んでいた。
「君の名前は何だ?」
「なによ急に」
「いや、君が気を失っている間に何度か呼びかけようとしたのだが、名前がわからなかったものでな。それにこれから先もきっと不便があるだろうから先に聞いておこうと思ったのだ」
私を巻き込む気満々なのね、とは言わなかった。言ったところでどうせどうでもいいような事のように扱われてしまって、言っても言わなくても同じことだから。
「咲よ。竹中咲。あなたは?」
「私はてんとう虫だ。名前はない」
「あなたこそ人のこと言えないじゃない。いいわ、私がつけてあげる。そうね……テンなんてどうかしら?」
「私がてんとう虫だからテンなのか。捻りがないな。しかし少しだけ気に入った。これから私はテンだ」
「よろしくね、テン。ところでここどこ?」
「そんなこと聞かれてもわかるはずがなかろう。てんとう虫だぞ私は」
それもそうだと思ってひとまずこの森の中を出ることにした。どっちに行こうか迷って左に行くことにした。理由は特にない。道に迷ったらすぐ分かるように一定間隔で枝を折っていく。どこかの本で読んだサバイバル術を実行しながら街を目指す。
「咲はどこに向かっているのだ?」
「取り敢えずここを抜かなきゃいけないでしょ?」
「そっちの方向は余計森の中へと進んで行くことになるのだが……」
「……そういうことは先に言いなさいよ。て言うか何で分かるのよ。あなた分からないんじゃなかったの?」
「てんとう虫を見下すでない。それくらいのことは分かる」
「じゃあここどこなのよ」
「それは分からないと言っているだろう」全く。偉そうな口調しているのにテンは役に立たない。
テンの言う通りに進んで行くと、だんだん木が穏やかになっていき、ついには森を抜けた。かなりの距離を歩いたのでそれなりに疲れていたけど、そんな悠長な事は言ってられない。急いで周りの人に色々聞かなくては。しかし話しかけようとした次の瞬間には足が動かなくなっていた。
「………おい!咲!どうしたんだ!」あれ、体に力が入らない。言うことを聞かない。どうしたんだって?そんなこと私も知りたい。
次第に足が震え始めて立っていることもできなくなりその場に膝から倒れ込んでいった。うすろんでいく意識の中で聞こえてきたのは知らない女性の声だった。
「大変!ちょっとあなた!どうしたの?大丈夫?」
大丈夫なわけないことくらい見たら分かるでしょ!と初対面の人に言う気力も度胸も私には無かった。どんどん大きくなる彼女の声とは対照的ににどんどんと意識が遠のいていく。
私の口に何かが入れられた。何だろうこれ、粉状の何か。薬?口の中がザラザラする。口の中の違和感を洗い流すように水が入れられた。次に何やら葉っぱが私の腕の上にのせられ、ものすごい力で揉み込まれた。みるみるうちに私の腕が赤くなり終いには青くなっていった。
「ちょっと!もういい!痛い痛い痛い痛い!!」
「よかった。気がついたのね」
「良くないわよ!痛いって!離して!」
「あ、ごめんなさい」
解放された私の手はどこか人形のようで、他人事のように感覚がないのに私についていた。落ち着きを取り戻してきた私は少しづつ周りにある景色を確認していった。
荘厳な雰囲気を持った石造りの建物たち、地面には石煉瓦が敷き詰められており空気が冷たい。そして目の前の女性。髪はブロンドで目は青い。次第に集まってきた野次馬たちも、それぞれ少しずつは違っていてもとても日本人とは思えなかった。
これらの状況が示している答えはただ一つ。ここは日本ではなく外国であるということ。
しかし咲には違和感があった。さっき目の前の女性とした会話。それから野次馬たちの声。全てが理解できる。というよりか彼女たちは日本語を話している。
「あなたこんな街はずれでなにしていたの?」
「いやぁ、私にも分からなくて……」
周りの風景と一致しないこのギャップが咲の違和感の原因だった。しかし、目の前のなんちゃって外国人から飛び出してきた言葉が、咲の違和感を無くさせて混乱へと変化させた。
「あなた、東洋人なのにフランス語上手なのね。どこで教えてもらったの?」
………?
「どういうこと?あなた日本語を話しているじゃない」
あっけらかんとした彼女の顔はたちまち朗らかに笑い始めた。
「あははは、何言ってるのよ。ここはフランスよ?日本語を話すわけないじゃない」救いを求める眼差しをテンに向ける。
「咲、そんな目を向けられても困る。私には何が起こっているのか分からないぞ」
「どうして私フランス語なんて話しているのよ。勉強なんてしたことないわよ?」
「咲が話している言語と何か違うのか?私には違いが分からないのだが」
「てんとう虫の国は他の虫の国と国交とか無いわけ?」
「あるに決まっておろうが。特にアブラムシ国とは仲良くやっておる。なのにアリ国の奴らときたら邪魔してきよって………」
「あぁ!もぅいい!それで?話す言葉は?」
「それぞれ違うのが普通であろう」
「テンはアブラムシ語話せる?」
「話せない」
「それが急に話せるようになったら?」
「すごく驚くであろう」
「私今その状態」
「なに!?それは大変では無いか!」
身体中が疲れの重さで潰されそうになった。どうしてこんなに説明がめんどくさいんだろう。もっと普通に理解してくれないのかしら。
「あの……お取り込み中悪いんだけど、あなた本当に大丈夫?」
「……え?」
「さっきからずっと独り言を話しているみたいだから」
テンのことが見えない立ち位置にいるわけではないので普通なら見えるはずなのだが、彼女には見えないらしい。
「取り敢えず私の家にいらっしゃい。こんなところではゆっくり話せないでしょ?」
ブランドの髪が揺れる方へと付いていくと周りの風景は一変した。さっきまでの綺麗な街並みなど気にも留めない様子でそびえ立つ小汚い家々。屋根は一つで繋がっており、私の頭がつきそうなくらい低かった。街を歩く人たちも違っていた。黄色味がかっており、ボロボロに穴が開いているTシャツを着ている少年。アサルトライフルを両手で抱えるどう見ても大人に見えない貧弱な体の男の人。生まれたての赤ちゃんを抱きながら空いた片手で小さな子を連れて店先に立つ女の人。
そんな人たちがこぞって彼女に挨拶をしてくる。 揃いも揃ってだ。彼女に挨拶するときだけ皆一様に曇った顔を一生懸命笑顔に変えて楽しそうにしている。
「着いたわよ」
「………ここがあなたの家?」
「そうよ。どうしたの?さぁさぁ!早く中に入って!」
「……っえ、ちょっと待って……」
中は煉瓦造りの暖炉の前にソファが一つだけある何とも寂しい部屋だった。暖炉の上には綺麗な女性と黒い肌がよく似合っている男性、その間に挟まれて幸せそうに笑う可愛らしい女の子の写真が一枚だけ飾られていた。
「私はフルール!あなたは?」
「ふぇ?わ、私?私は咲」
「へぇ~咲っていうの。珍しい名前ね! 」
確かにフランスでは珍しいわよね。フルールは目を輝かせてこちらを見ている。
「それで、そのてんとう虫はなんていう名前なの?」
……………っえ?
「あの時からずっと話していたわよね?」
「俺の名前はテンだ。咲がつけてくれたんだ。よろしくな」
「テンっていうの。よろしくね!」
「っえ?ちょっ、あの時独り言話してるて………」
「あんなの嘘に決まってるじゃない」
「………嘘?」
「あぁ言った方が家に連れてきやすいでしょ?」
一つしかないソファに腰掛けて「椅子とか無いけどゆっくりしていってねぇ」みたいなこと言ってから彼女は眠りに落ちた。その寝顔が暖炉の上にある写真の女の子に少しだけ似ているような気がした。
「ねぇ、テン。これからどうするの?」
「さぁな。でも咲、この街どこかおかしくないか?」
「どういうこと?」そんな疑問を投げながらどこか私も同じことを考えていた。
「咲が倒れた街があっただろう。あそこはすごく整備されていたのにここは恐ろしく朽ちている。それに銃を持った男がひどく気になる」
「確かにそうだけど………でもそれだけでおかしいっていうのはちょっと……」
「少しこの家を調べてみてもいいか?」
「ダメに決まってるでしょ!大人しくしてなさい」
「まぁまぁ、バレないようにするよ」
「あっ、ちょっと、ねぇってば!」全く、本当に人の話を聞かないんだから。それにしてもフルールって言ったっけ?この娘。はたから見ると普通の服だけど周りの人に比べるととても綺麗な服を着ている。綺麗って言っても穴が開いていないってだけだけど。
そういえばフルールのお母さんとかお父さんってどこにいるのかしら。挨拶もまだだし、そもそも会ってすらいない。本当に家に来てもよかったのかな?っていうかテンのやつどこまで行ってるのよ。そんなに大きくないでしょこの家。
「……………き……………さき……………咲!」
「どうしたのよそんな小さな声で。薄気味悪いわよ。もっとハキハキ話しなさい」
「それどころじゃないんだ。とりあえずこっちに来い」
なによ偉そうに。ブツブツ言いながら前を飛ぶテンについていくと本棚の前で止まった。
「なんでこんなとこでとまるのよ。ふざけてるの?」
「ちょっと待て」と言ってテンが本棚の中へ入っていったかと思うと本棚から「カチッ」と乾いた音がして、本棚がずれた。その奥には地下へ続く階段が延びていた。
「さぁ、行くぞ咲」
「え、ちょ、、っと待って」
「どうしたんだ」
「どうしたって、何この部屋。入っていいの?」
「そこまでよ!」
振り返るとそこには寝ていたはずのフルールの姿があった。
「あなたいつから起きてたの………」驚きと少しの恐怖の中絞り出した私の声は自分でもわかるくらいに震えていた。
少し驚いた顔をした後フルールはニコッと笑った。そして壁にもたれて斜めに傾いていた体を反動を使って起こしてから話を続けた。
「いつからって、寝てないわよ私。それにしてもあなたたちすごいことしてくれたわね。どこまで知ってるの?」
さっきの少しの恐怖がその笑顔の奥にある得体も知れない何かということに気付いてから、より一層その何かに怯えながら必死に声を紡ぐ。
「何も知らないわよ。私はただテンについてきただけよ」
「あら、そうなの?それなら何ともないわ」
「何ともなくないぞ!何なのだあの鉄砲の数」
「なんだ。知ってるじゃない。なら話は早いわ。こっちに来て」とフルールが指差したのはさっきまでいたあの部屋だった。
フルールは手慣れた手つきでお茶を三杯注いでいる。その間テンはずっと話すこともなく飛ぶこともなくじっと暖炉の上にいた。考え事でもしているかのようだったが、私にはよく分からなかった。
「お待たせ」と彼女がラベンダーの香りがするお茶を持ってきた。その香りで少しだけ落ち着くことができた。が、落ち着いたところで何が起こったのか私には分からない。一体テンはあそこで何を見たのだろう。
「さぁ、話を始めましょうか」と切り出したのはフルールだった。「始めましょうって言われても…」私は何も知らない。「そこのテントウムシ君は何か言いたいことある?」そこで初めてテンは話を始めた。
てんとう虫 ミズト @gento20010801
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