四十三話 王国の次なる一手
敵は十人の魔術師に十人の使役悪魔だ。
それと物資を運ぶ十五人の兵士。
敵襲を悟られればすぐにでも増援がやってくるだろう。
すなわちこの状況で求められるのは、敵に行動をさせないだけの速さと判断力。
ただ、魔術は派手なのでどうしても周囲に戦闘があったことを知らせてしまう、なのでここは物理的な攻撃が好ましい。
(イリスは
(それは構いませんが、いきなり飛び込んでも逃げられたらアウトですよ?)
(問題ないよ。まずは僕が道具で油断させるからそれから、それから一気にたたみかければいい)
(了解です)
見つからないように岩陰で
この辺りにあったと思うけど……これかな?
出てきたのは小さな袋だ。
袋の口を開くと、中には無数の小さな蜘蛛型
これは『
内蔵しているメモリーに魔力で命令を書き込むと、その通りに動いてくれる優れもの。
しかも麻痺性の強力な毒を仕込んでいるので、噛まれるとしばらくはまともに動けない。
何度もよなべして作成した日々が懐かしいよ。
僕は十匹の蜘蛛を放つ。
意外に足が速いのですぐに
まず最初に
イリスと僕はゆっくり近づいて静かに敵の首を剣やナイフで掻き切る。
敵はほんの十秒ほどで全滅した。
「終わったよ」
僕が手を振ると恐る恐るプリシア達がやってくる。
心なしか顔が青ざめている気もする。
「いまのは一体!? 儂には敵がひとりでに倒れたように見えましたぞ!」
「これのおかげだよ」
フォリオに蜘蛛を見せると、飛び出るかと思うほど目を見開いた。
というか隣にいるプリシアや楓すら同じ顔だ。
「これが……単身で潜入し敵を麻痺させたと?」
「そう。残念だけど小さくするにはサイズが今のところ限界なんだ」
「まだ小さくすると!?」
今の蜘蛛は十センチくらいでかなり大きい。
将来的には一センチほどにしたいんだ。
「信じられん技術じゃ。前々からお兄ちゃんはずば抜けた知識の持ち主じゃと思っていたが、これはさすがに並大抵ではないぞ」
「ええ、諜報でも暗殺でも使えるとんでもない発明です。まさかこんな物がすでにエターニアで作られていたとは。存在がしれただけでも僥倖でした」
プリシアはやっぱりこれの価値が分かるようだね。さすが我が妹。
楓は他国の者だからさぞ驚いたことだろう。でももう遅いんだ。我が国エターニアではすでに、数年前からこれによる情報収集が開始されてる。それにこれは旧型で、実際に活動している機体は半分の五センチなんだよ。そう遠くない内にさらに改良されて一センチサイズができるかもね。
今回は妹を守ってくれていたことへのちょっとしたご褒美だよ。
魔界に帰ったらきっと褒められることだろうね。
「師匠! これの作り方を教えてほしいですぞ! 知りたい、これがいかなる仕組みで動いているのか知りたくてたまらない!!」
「ちょ、足に抱きつかないで! 分かった、分かったから放して!」
ふう、フォリオは知識欲が強いから相手するだけでも一苦労だ。
まったくもう少し落ち着きをもったらどうなのかな。
僕は手に入れた物資を
これで敵は兵糧の心配をしなくてはいけなくなる。
さらに僕が魔術でこの補給経路を使えなくする。
プリシア達をひとまず逃し、僕は上空で術を構築する。
「
発した魔術により、周辺に次々と巨大な岩がせり上がった。
岩は谷を塞ぎもはや道がどこに通じているのかも分からない有様である。
これにより敵の補給経路を潰すと同時に逃走ルートを一つ消したのだ。
相手はさらに焦りを募らせることは間違いない。
僕はイリス達と合流するために東へと飛翔した。
◇
王国軍の陣地に戻った僕らは、作戦を成功させた上に大量の物資を手に入れたことで、兵達から沢山の歓声と賛辞を受けることとなった。
「よく戻った。さすがは賢者、素晴らしい働きだ」
「御託は良い。問題はまだ解決しておらぬからな」
顔色を変えもしない将軍と冷たい視線を向けるプリシア。
二人は長机を挟んで静かににらみ合う。
「これで敵の補給路と退路の一つが潰され、僅かながらこちらの有利となった。あとは攻め時を決めるだけだ」
「向こうの動きはどうじゃ。偵察はすでに帰ってきておるのじゃろ?」
「作戦成功後に敵陣地では混乱が生じている。攻めるなら今夜だろう」
「いや、夜襲は危険じゃ。奇襲に一度失敗した時点で向こうは守りを固めておるはず。混乱しているからと言って飛び込めばやられるのはこちらじゃ」
二人はあーだこーだと意見を言い合う。
そこでプリシアから新たな作戦の提案がなされた。
「少数精鋭で敵の水源を潰す」
「水源だと?」
「ここは標高が高く乾燥している地域じゃ。水がなければ魔族とてすぐに干上がる。そこで我々は、敵側にある井戸を全て破壊、限界を迎えた敵軍が川のある後方に撤退したところを待ち伏せして敵を叩く」
プリシアは地図を開き指し示す。
この辺りは高地であるため水と言えば井戸くらいしかない。
かといって西にある川までは距離があり往復するのは困難だ。
井戸が潰されれば敵軍は後退するしかない。
「だが、口で言うほどそう簡単なものではない。井戸は敵陣のど真ん中にあり、厳重に管理されている。待ち伏せにしても我が軍の大半を動かせば気取られるのは間違いないだろう」
「半分もいらぬ。五千でよい」
「馬鹿な。五千でなにができるというのか」
「いいか、この作戦は撃滅が目的ではない。敵を後退させ士気をくじくことに意味があるのじゃ。本格的な攻撃はその後じゃ」
将軍は腕を組むと地図を眺めながら顎に触る。
聞く限りでは悪い作戦じゃない。
ここで無理に攻めても向こうに大したダメージは負わせられないだろう。むしろ逆に奇襲を仕掛けてくる可能性だってある。だからこそ、ここは一度守りを固め直し、第二の奇襲を仕掛けるべきなんだ。
あとは作戦が成功すればプリシアの予想通りになることだろう。
「その作戦を許可しよう。ただし、条件がある」
「なんじゃ」
「貸し出すのは五千の歩兵だけだ」
「魔術師と騎兵は一切出さぬと申すか」
「誉れ高き賢者殿ならこれくらいなんとでもできるだろう?」
ニヤリと将軍が笑みを浮かべた。
こいつまだ無理難題をふっかけるつもりか。
沸々と怒りが再燃する。
だが、プリシアは「かまわぬ」と微笑む。
意外な反応に将軍は面食らった様子だった。
「そうか、ビルフォリオに協力させるつもりだな!」
「ビルフォリオ? 奴が来ているのか?」
「ふん、しらばっくれても無駄だ! とにかく私は歩兵しか貸さぬからな!」
僕らはテントをでる。
すぐにプリシアから質問が飛んできた。
「お兄ちゃん、ビルフォリオとはどういうことじゃ!」
「えっとね。将軍に会う為に賢者のふりをしたんだよ」
「言っておくが賢者の偽証は大罪じゃ! もう二度としてはならんぞ! アタシとの約束じゃ!」
「分かったよ。もうしないから」
妹に怒られてしまった。
けど、素直に言っても結局怒るだろう。
妹は自身のテントに僕らを招き入れると、席について楓にお茶を淹れるように命じた。
僕も席に着くとテントの中を見回す。テーブルも椅子も寝床も実に簡素だ。
屋敷にある彼女の自室を知っているだけに、そのギャップになんだか兄としてはとても不安になってしまう。
「必要な物があるならなんでも言ってよ。僕がすぐに用意するからさ」
「そう言われてものぉ、ここでは特にこれといって不足しているような物はないのじゃが……強いて言うのならお兄ちゃんがここにいてくれると嬉しいかの」
「プリシア……」
キュンと兄心がときめく。なんて可愛い妹なんだ。
これはもう僕が全面的に手助けするしかない。
「ご主人様、まさかここに残るおつもりですか?」
「また心を読んだ!?」
「それくらい分かります」
イリスは耳元で「賢者になったことをお忘れですか」とささやいた。
暗に屋敷を長く不在にできないと言っていた。
ですよねぇ、それは僕もよく分かってるけどこのまま妹も放置できないし。
ということで屋敷にいる執事のエドワードに連絡を取る。
(悪いけど少しの間、僕が不在であることを誤魔化して欲しいんだ)
(それは構いませんが、アモンとしてのお仕事はどうされますか。某所にてご当主様宛のお手紙を受け取っておりますが)
(内容は?)
(少々お待ちください。内容は二点、一つは一週間後にグランメルン研究所にての賢者就任挨拶。もう一つは一ヶ月後に開かれるリサ・ローズマリア主催の魔術師後進育成会です)
グランメルン研究所……? どこかで聞いたことのある名前だな。
なんで思い出せないんだろう。まぁいいや。行けば思い出すだろう。
それと後進育成会かぁ、ようは若い魔術師を指導する会だよね。なかなか面白そうだ。よし、どちらも参加するとしよう。最悪リルルに乗っていけば間に合うだろうし。
(どちらも参加すると返事をしておいて)
(かしこまりました)
エドワードとの通信が切れる。
ちなみにアモンへの仕事の依頼は手紙でやりとりしていて、とある酒場のマスターが仲介役を引き受けている。どうやらマスターは王国の諜報部員らしい。
さて、とりあえず一ヶ月ほどは滞在できる時間を得た。
これで心置きなくプリシアを手伝うことができる。
それとあの将軍にもお仕置きをしないと僕の気持ちが収まらない。
「一ヶ月は滞在できることになったよ」
「はぁ、そうですか。ようやくご主人様と二人きりの時間が増えたと思っていたのですがね。どうすればシスコンを治せるのでしょうか」
「シスコンは病気じゃないよ」
キッと僕を睨んで「病気です」と断言した。
そ、そうなの? というか僕はシスコンじゃないし、ただの妹想いのお兄ちゃんなだけだと思うけどさ。心外だよ。
「あれ、そう言えばフォリオはどこに行ったの?」
「彼女は二頭のお世話に行っています。なんでも誇り高い獣は常に美しくあるべきだとかなんとか。ようするに小太郎やリルルの毛繕いがしたいだけなのでしょう」
なるほどね。こういう時にちゃんと二頭を気にかけてくれる人間がいるのは嬉しいことだ。大切な獣騎とは言えついつい放置しがちになるし。
戻ってきたら専用の獣騎を与えてあげてもいいかな。
コトン、カップをテーブルに置いたプリシアが微笑む。
「改めてお兄ちゃんには礼を言う。アタシでもあの状況を切り抜けるのは厳しかったじゃろう。さらに一ヶ月も残って助力してくれるとは願ったり叶ったりじゃ。ありがとうなのじゃ」
「いいって。世界でたった一人の妹なんだからさ」
「あ……う、うむ、そうじゃのう」
露骨にプリシアが視線を逸らした。
なんだろう、変なことでも言ったかな。
「それはそうと! これからの話をするのじゃ!」
彼女は地図を開いてポンポンと三つの駒を置いた。
「まず現状を一通り説明する。我が軍が敵軍と交戦しつつにらみ合っているのが、ここダーバ高原じゃ。で、ここから北西に敵の本陣である元バナジャ国首都デヘトリス。奴らはこの首都から物資を送り出している」
「戦力の内訳は?」
「王国軍が六万、対する魔帝国の軍は四万。首都には三千の兵がいると予想されている」
六万に四万か……二万もの差があって拮抗しているとなると、やっぱり魔族は相当に強いのだろう。これで先に戦った二万が投入されていたら敗戦は濃厚だった。ある意味では向こうの采配ミスに助けられた形だ。
でも逆に言えばそれだけバックにいる賢者を警戒している証明にもなる。
ベネディクトの裏切りがもし成功していたらと考えるとゾッとするよ。
「ちなみに聞くけど首都を落とすことは?」
「それはアタシも考えたが、ここから北回りで首都を目指すと、途中で高い山に当たるのじゃ。それを超えるのは今の兵士達の装備では難しい。かといってゴラウド谷のある北西では敵が守備を固めておる。行くとすれば南回りなのじゃが、西にも敵の補給路の一つがあってそこもやはり守りが堅い」
じゃあ北回りも南回りも行くことができないのか。
そう考えるとプリシアの提案した作戦はますますやる価値がある。
成功すれば前線を押し上げるどころか先に行く道ができ、バナジャ首都の奪還も不可能ではなくなる。
僕は楓の淹れた紅茶を飲んでから、妹の成長に微笑んだ。
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