三十七話 罪人グリーブ
ここからは弾丸を込めている暇はなさそうだ。
「どうやら敵はまだやる気のようですね」
「みたいだね。僕が援護するから残りを片付けてくれるかな」
「承知いたしました」
双剣を抜いたイリスが駆け出す。
僕はビルフォリオに障壁を張ってあげた。
賢者だし心配は無用だと思うけど念の為だ。
残った二千ほどの敵は武器を抜いてこちらへと向かっていた。
中には怖じ気づいて逃げ出す者達もいるようだが、未だ敵の戦闘意欲は高いように見える。
「ご主人様と私に敵対した以上はここで死んでいただきます」
イリスは舞を見せるかのごとく、すれ違い様に敵兵を切り捨てる。
あまりに速く変則的な動きにことごとく翻弄され、抵抗らしい抵抗もできずに血しぶきをあげてバタバタと倒れている。
僕は彼女を援護する為に術を行使する。
”
千の光の槍が出現する。
これはベネディクトが僕に使おうとしていた術だ。
唯一興味があったので覚えた。
「それはベネディクトの開発した術!? 貴殿はまさかあの一瞬で覚えたのか!?」
ビルフォリオが障壁にべったりとくっついてこちらを見ている。
僕はあえて返事をせずに術を放った。
光の槍は大部分の敵を貫く。
二千の敵は一気に百人ほどに激減した。
すると一斉に敵兵がバラバラに逃げ始める。
「おい、敵前逃亡は重罪だぞ! 逃げるんじゃない!」
指揮官だろう白い長髪の女性が引き留めようとするが、兵士達は脇目も振らず次々に樹海へと姿を消した。
「どうやらタイミングを見誤ったようだな。最初の攻撃の時点で撤退するべきだったのだ」
「今さらそんなことはどうでもいい! 貴様は早くその女を倒し、術者を殺しに行け!」
ブリークとイリスはすでに戦闘を始めていた。
互いに双剣を激しく交えている。
「悪いがその命令は聞けないな。彼女、とんでもなく強いんだ。一瞬でも気を抜けばこちらがやられる。術者を倒すのは君と使役悪魔に任せるよ」
「ちっ、肝心なときに使えない奴め」
僕が戦場に足を踏み入れると、魔族側から二人の女性が歩み出た。
一人は指揮官であるジュスティーヌ。もう一人は使役悪魔だろうグリーンのショートヘアーをした者だ。
「私は魔帝国で参謀を務めるジュステーヌだ。貴殿の名を聞こう」
「僕は……六賢者の一人アモンだ」
「やはり賢者だったか。だが、正直あれほどの魔術を使えるとは驚いたぞ。敵ながら見事と言っておこう」
「どうも。それでまだ戦うのかな」
ジュスティーヌは「シルフィナ」と名前らしき言葉を発する。
槍を持った女性戦士が前に出た。
「アタイは八魔神の一柱ベオルフ様の配下『烈風のシルフィナ』。契約によりあんたを始末させてもらうよ」
「彼女は私の使役悪魔だ。かの十二魔将の一人であり順位はなんと第九位。どうだ恐怖で言葉も出なくなったか」
ジュスティーヌはよほど自慢に思っているのか、シルフィナの後ろでニヤニヤと笑みを浮かべていた。
僕は内心でまたベオルフの配下かと溜め息を吐く。
しかもシルフィナと言えばかなり有名な
手こずりそうな予感がする。
ちなみに順位というのは十二魔将内で付けられるランクのことだ。
常に十二の席は入れ替わっており、仲間にもかかわらず魔将同士競い合っている状態だ。
シルフィナはここ数年九位を維持していて安定した実力を誇っている。
余談だけど以前倒したフォーナスは万年十二位の最弱。ギリギリ十二魔将を名乗っているような雑魚だ。しかもシルフィナはフォーナスの姉でもあり、シルフィナを劣化させたのがフォーナスと言われるほど戦い方もよく似ているらしい。
僕が構えるとシルフィナも槍を構える。
「無駄な抵抗を! 人間ごときが十二魔将であるシルフィナと、まともに渡り合えると本気で思っているのか! 少々強力な術が使えるからと勘違いをしているようだな! 殺してしまえシルフィナ!」
「あいよ」
僕とシルフィナは一息で互いに攻撃圏内へと入る。
突き出された矛先を寸前でかわし、僕は滑り込むようにして彼女の内側へ入り右手を腹部に当てる。
”
ゼロ距離による魔術がシルフィナを吹き飛ばした。
だが、彼女は空中で体勢を立て直し着地する。
「人間にしてはやるじゃないか。驚いたよ」
「それなりに修羅場をくぐってるからね」
「へぇ、これは退屈しなさそうだ」
僕とシルフィナは戦いを再開する。
◆
四本の剣が何度も何度も交差する。
その激しさは常軌を逸しており、すでに数千合にも至っていた。
「この力、さては
「察するとおりです。降参しますか?」
「そうしたいのは山々なのだが、これでも一応祖国の為に戦っている身でね。あっさりと退くわけにはいかないんだ。それに
丸眼鏡をかけた白髪の男はニヤリとする。
男は黒いコートを身につけ両手には黒い手袋をはめていた。
さらにはおしゃれな革靴を履いて、とても戦場に来るような格好ではない。
常に笑みを浮かべる美しい顔は見る者にミステリアスな印象を抱かせる。
「それにしても今時双剣使いとは珍しい。魔界ではまだいるのかな」
「多いとは言いませんが探せば結構います」
「なるほどねぇ。では君の方が戦いには慣れているということか」
「どうやら貴方は初めてのようですね。剣に戸惑いが見えますよ」
「これはなんとも恥ずかしい。慣れるまでもう少し付き合ってもらえるとありがたい」
二人の剣は次第に速度を増してゆく。
急速にブリークの腕が上がっているからだ。
しかし、イリスは難なくその速度に付いて行く。
「
「貴方もなかなかです。
イリスが剣撃の速度をさらに上げる。
ブリークは微笑のまま冷や汗を流した。
「どうしました? 息が上がっているようですよ?」
「困ったな。喧嘩を売る相手を間違えたか」
少しずつだがブリークの身体に傷ができはじめる。
彼はイリスの剣を捌ききれなくなっていた。
これ以上は危険だと判断したブリークは、イリスの剣を押すようにして後方へと下がる。だが、彼女は逃すまいとすかさず追随した。
ブリークはコートの内側に手を入れ何かを取り出す。
それは鳥の形に切られた紙だった。
赤い文字が書かれており、彼が三枚の紙を放り投げると、それはイリスに向かって飛んだ。
「こんなもの――!?」
紙を切った瞬間、彼女の眼前は赤く染まる。
爆炎が立ち昇り轟音が空気を震わせた。
「それは追尾と爆発の術を記した魔符だ。威力は弱いが使い方次第ではなかなか役に立つ」
「――なぜそのようなものを着ているのかと思っていましたが、今のを見て合点がいきました。さては貴方魔術師ですね」
「もうバレたか。やはり君はやりにくい」
黒煙を吹き飛ばして無傷のイリスが姿を現わす。
「これは剣の形をした杖だ。だいたいの相手はこの形状に騙され、俺が魔術師であることなど想像すらしない。固定概念を破るのは魔術師の基本にして奥義だ」
「…………」
イリスは残りの二枚の紙に視線を向ける。
それらは彼女の周囲を飛び回り攻撃の機会を窺っていた。
「”
風の刃が二枚の紙を切り裂く。
次の瞬間、空中で爆発が起きた。
「では続きを始めましょうか」
「ああ、たっぷり俺の魔術を味わわせてやろう」
再び打ち合う剣。ブリークはほぼ同時に剣から雷撃を流した。
しかし、イリスは平然とした顔で剣を振るい続ける。
「魔力抵抗が高すぎるか。ならばこれはどうだ」
ブリークは左手に持つ剣から構築した術を放つ。
灰色の煙が現れイリスを覆った。
”
ほんの一瞬だがイリスの攻撃の手が緩む。
ブリークはその隙を逃すまいと大きく斜め上から切り下ろした。
「――あぎっ!?」
「だまし合いなら私も得意ですよ」
イリスの切り上げた剣がブリークの右腕を肩から切断した。
ぼとりと落ちる腕。鮮血が地面を濡らす。
彼は両膝を突いて歯を食いしばり苦痛の表情を浮かべた。
「油断を……誘ったなっ!」
「ええ、術が効いたように見せかけて大きな攻撃を待っていました。並の
彼女の剣がブリークの首に添えられる。
彼は吹き出すようにして笑い始めた。
「なにがおかしいのですか?」
「く、くくく、俺がなぜ魔族の間で化け物と呼ばれているか知っているか?」
「さぁ? あまり興味の湧かない質問ですね」
「それはこう言うことだ!」
ブリークは魔術で爆風を巻き起こし、イリスを吹き飛ばした。
風は渦を巻き、砂を巻き込んだ茶色い竜巻へと変じる。
そして、霧散した風の下から異形の者が姿を現わした。
虎のような頭部に全身を覆う白い毛。
二回りほど大きくなった人型の肉体には、筋肉は盛り上がっていた。
鋭い牙を見せてブリークだった者は愉悦を目に浮かべる。
「さすがは人間と
「伝承ではご先祖様は皆これができたそうだ。その代わりと言うべきか精神が不安定で、人間共との戦いにはあまり向いていなかったのだとか。だが、俺を含めた一部の奴らはその絶大な力を精神性を保ったまま手に入れた」
ブリークは新たに生えた右手で剣を拾い上げる。
「いつまでその余裕が保つかな」
「っつ!?」
イリスは剣を交差させてブリークの打ち込みを受け止めた。
彼女の両足は地面に沈み、蜘蛛の巣状の亀裂を生み出す。
ピキリッ。
受け止めた双剣の刀身にヒビが入った。
「やっぱり安物ではいけませんね」
「ならばどうする? 素手でこの俺と戦うか?」
「……いえ、このままで結構です」
イリスは魔闘術を発動させ、赤いオーラを全身から刀身にまで纏わせた。
彼女の放つ威圧感にブリークは僅かだが気圧される。
「その赤いオーラはなんだ」
「秘密です」
彼女はにっこりと微笑んだ後、爆発的な踏み込みで膝をブリークの鳩尾にめり込ませる。
「――あぎっ!?」
間髪入れず彼の横顔に空中回し蹴りがめり込む。
蹴り飛ばされたブリークは地面を削るようして岩にぶつかった。
「げほっげほっ! まったく見えないだと……!?」
吐血しながらも立ち上がる彼は信じられないと言った顔だ。
近づくイリスの歩みはゆっくりとしたものだった。
「上には上がいると言うことを知った方がいいですよ。貴方が倒したのは恐らく下級。その程度の実力で
「くく、くははは、敵に説教されるとはな。だが参考になったよ」
「そうですか。では存分に死後の世界で役立ててください……あるかは分かりませんが」
イリスが踏み込もうとした寸前で、ブリークは術を行使する。
”
もくもくと周囲を黒い霧が覆い隠す。
イリスが風の魔術で霧を吹き飛ばすと、そこにはブリークの姿はどこにもなかった。
彼女は逃したことを確信し、わなわなと怒りで震えた。
「敵をみすみす逃してしまうなんて! どうご主人様に言い訳をしたらいいの!? あーもう! さっさと殺せば良かったのに私のバカ!!」
イリスは双剣を地面に放り出すと、しゃがみ込んで両手で顔を押さえる。
頭の中で繰り返し流れるのは、ロイに「戦闘中は調子に乗っちゃいけませんからね」などと説教を垂れる自分の言葉だった。
しばらくご主人様に寛大であろう。
彼女はそう誓うのだった。
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