夢幻物語 ー異世界の敵は、好きだった幼馴染でした

紫空ソラ

第1話 プロローグ

轟々と音を立てる炎が燃え盛る中、赤谷結人あかたにゆいとはその異様な光景を恐怖に歪んだ表情でただ呆然と立ち尽くした。


唯人は、誰もいない馴染み深いクラスルームで体の表面をじわじわと焼かれている。周りには、灰の渦が取り囲み、容易に呼吸が出来ない状態である。


「タ、スケ・・・」


赤い炎で視界を覆われる中、体が溶けていくのを感じながら走馬灯を見た。この世から離脱するのを。



今この瞬間、結人の魂は完全にシャットダウンされてしまった。




───────────────────────




今から約11年前、東京都のとある高校にヘリコプターが墜落するという大事件が発生した。


幸いにも、その高校の全生徒は近くの広場で避難訓練を行っていた為、怪我人は殆どいなかった。


なお死亡者は、ヘリコプターの乗客員全員と校内に残っていた生徒2名。




───────────────────────




「起立ー、気をつけ、礼、お願いしますー」


これから始まる4時間目の始業チャイムが鳴り終わった頃、高校3年生の赤谷結斗は、教室でただ1人、冷たい机に顔をベターっと密着させていた。


無意識の中、級長の号令が微かに聞こえてくるが、今はそんな事どうだっていい。俺はこの体系を維持し続ける。


何故なら俺は今、猛烈に眠いのだ。


キューーーーー


俺以外のクラスメイトが着席した音が、床を通して体に直接伝わる。


さぁ、睡魔さん。俺を早く侵略してくれ。そうすれば、今日の夜も優雅に満喫でき、かつ疲れも吹き飛ぶ。さぁ、早く来い!


「バンッバンッバンッ」


(んっ、何だ?)


背中から3度の激しい衝動が伝わってきた。重たい顔を上げてみると、クラスメイトの水寺朱里みずでらあかりが呆れた表情でこちらを見つめていた。


「ねぇ、起きなさいよ。怒られるわよ」


「仕方ないだろ。昨日はオールナイトで録り溜めしておいたアニメを連続視聴したんだ。そりゃあ、睡魔も俺に取り憑くだろう」


「睡魔くらい振り払いなさいよ」


フーっと溜息をついたこの女は、結斗のたった1人の幼馴染である。結斗にとっては、数少ない女友達の1人だ。


いつも寝てばかりいて、いわゆるコミュ力が低い俺に対して、朱里はクラス委員を務め、誰に対しても明るく接して、いつも大勢のクラスメイトに囲まれている。


俺と朱里は、まるで月とすっぽんだ。


実を言うと、俺はいつも俺に対して余計なお世話ばかりする彼女の事が、昔から好・・・


って、何考えてるんだ俺。余計な事を考えるんじゃない。今すべきことは早く寝る事だ。夢の中なら俺も朱里と同じ高コミュ力になれる。って、俺、何いってんだろう。


腕を前に組み、セルフ腕枕に顔を乗せる。


(目をつぶれば、もうすぐ夢の世界だ)


何も考えずに、ただ静かな暗闇をボーっと見つめる。


だんだん意識が朦朧としてくる。手の感覚、足の感覚、体の感覚がスーッと抜けていく。


「おい、赤谷! 授業中に寝るとは何事か!?」


突然、先生の怒鳴り声が耳に入り、ビクッと背筋が跳ね上がった。今までずーっと暗闇を見ていた目に、眩しい光が注ぎ込んできた。クラス全体が、少しぼやけて見える。


「ほら、言った通りじゃない」


朱里が静かな声で、自慢げに囁く。


周りにいる男子と女子からは、クスックスッと笑い声が聞こえてくる。


(あー、しょうがない。昼休みまで待とう)


朱里が静かな眼で監視する中、結斗は地獄のような時間を耐え抜く事を決意した。




「起立ー、気をつけ、礼、有難うございました」


苦痛の時間がようやく幕を閉じた。まぁ、あまりにも眠すぎて、完全に脳が停止し、授業の大半の事は全く理解できなかったのだが。


すまなかったな俺の脳、今すぐ睡魔を召喚して安らぎを与えよう。


結斗は目をゆっくりと閉じて、体制を低くし、再び冷たい机に顔を密着させた。


「ねー。お昼、食べないの」


手に2切れの卵サンドを持っている朱里が顔をのぞき込んでくる。珍しく周りに人は誰もいない。


「今日は、一緒に飯食うやつは居ないのか?」


「今日は午後に避難訓練があの広場で行われるから、みんなそこに行っちゃったよ。で、お昼は食べないの?忘れたんだったら、これあげるよ」


「いや、食べない」


「なんで?」


「今から睡魔に取り憑かれないといけないから」


「じゃあさ、せめて昼食を済ませてから寝たら?お腹減ったら、午後が苦痛だよ」


「午後も、睡魔さんに取り憑かれるから大丈夫だ」


「結斗、先生に怒られるわよ」


「それくらい慣れてる。あと、お前、俺の心配しないで自分の心配しろよ。そろそろ行かないと行けない時間じゃないのか?」


「ホントだ、じゃあ行ってくるね。できたら、結斗も来なさいよ」


「あぁ」


キュイー


隣の席から人が去っていき、椅子は床と接触して甲高い金属音を発した。


(よし、寝るか)


誰一人もいない静かな教室でしばらく目をつぶり、結斗の脳は睡魔に取り憑かれ始めた。周りの世界から完全にシャットアウトされて、ただ無音の空間が辺りを覆い始める。




ガターーーーン!!!


「ん、何だ?」


睡魔に憑りつかれてからまだ間もないころの事。


突然、鳴り響いた轟音に俺は目を覚ました。


(アツッ)


意識が戻ると、身体が異常に熱いことに気付いた。


重いまぶたを引き上げ、辺りを見回す。すると、そこには、決して信じ難い光景が広がっていた。


「な、何だこれ!?」


なんと、今いる教室全体が炎で燃え上がっていたのだ。クラスメイトは、俺以外誰もいない。動揺と恐怖心からか、無性に呼吸が荒くなっていく。


「おい、誰か。誰かいないのか」


さっきまで一緒に軽い会話を交わしていた朱里の姿も何処にも見当たらない。その代わりに、目の前には、赤く燃え上がる炎の壁が無数に散らばっている。


「逃げないと」


そう声を発した瞬間、息が詰まった。


黒い煙が俺の口から喉へと入り、体内へと取り憑いた。その悪魔のガスは、量が増すにつれ、酷く俺を蝕んでいく。やがて視界すらも遮られ、この場から動けない状態になっていった。


肺が、キツく締め付けられる。


(くそ、息が出来ない)


苦しい、苦しい、苦しい、苦しい……


バタンッ


赤く燃え上がる教室で喉を抑えながら、もがき苦しむ。


周りに人は誰1人もいない。4時間目の授業で、俺の事を馬鹿にした者や、俺を叱った先生、幼馴染の朱里・・・

とにかく、俺以外、1人もいないんだ。


まるで、この場は別世界のようだ。


教室が、教室じゃない。


これこそ、本当の地獄だと俺は痛感した。


「タ、スケ・・・」


体が次第に熱くなっていき、それと同時に俺の意識も遠のいていく。


(ユイ、ト、ユイ、コッチ)


死ぬ直前、視界が狭まる中、遠くの方に1人の女子がこっちに手を振っているのが、見えたような気がした。


(あれは、……。くそ、何で、俺だけ・・・)


結斗は最期に軽く拳を握りしめた。




ガチャン


この瞬間、俺はこの世界から完全にシャットアウトされてしまった。つまり、死んでしまったのだ。

18歳と言う若さで、俺は死んだ。


仕事やバイト、結婚や離婚……

色々な人生経験が、殆ど経験出来なかった。


今現在、無慈悲な気持ちを抱えた俺の魂は、ユラユラと宙に浮かんでいる。


(綺麗、だな。ここは一体何処だろう?)


周りには、紫色の空間がオーロラの様に揺らめきながら、永遠と続いている。そんな不思議な空間。


「ここは、煉獄じゃ」


突如、頭の中で、言葉が語りかけられた。


すると、目の前に1人の男性が現れた。紫色の帽子を被り、木製の杖を1本抱えている。白い髭は、足くらいまで伸びて、青色の目をしたその老人は、1冊の本を読みながら、俺に返答した。


(えっ、会話できるのか!?ってか、お爺さん、だれ?)


「ワシは煉獄の審判員じゃ」


(煉獄?)


「煉獄とは、天国と地獄との間にある所。死者の霊の来世を決定する場所なんじゃ」


(そうなのか、じゃあ、俺本当に死んだんだな)


「残念ながらその通りじゃ。で、ワシは今、お前の人生を読んでいるところじゃ」


(人生を?)


「あぁ、ここにはお前の人生で体験した事柄がまとめられているんじゃ。って、お前、18歳で死んだのか」


(あぁ、はい)


「お前の魂、やけに大きかったから、つい勘違いしてしまったではないか。まぁ、それにしても悲しい人生だったんじゃな。


ふむふむ、推薦入試で大学への入学確定していたのにも関わらず、居眠りが原因で火災に巻き込まれて死んでしまったと。これからが人生だというのに。


あー、悲しい人生じゃな。本当に本当に、不運じゃ」


(本当、酷いですよね)


「お前、何か来世に対する希望はあるか?

このくらい前世が悪いんじゃから、来世は良い人生に出来るぞ」


(希望かぁ。うーん、無理な事だけど、1つ言うとするならば俺はずっと夢の中にいたい)


「夢の中じゃと?」


(あぁ、夢の中は誰からも邪魔されない。自分の夢の世界を、好きなだけ堪能出来るんだ)


「そうか……。よし、それじゃあ、その望みを叶えよう」


(本当か!?)


「あぁ、お前は、まだ若いのに1人で孤独に死んでしまったんじゃ。これは、相当酷い死に方じゃ。よし、お前に素敵な来世をプレゼントしよう」


「有難う、爺さん」


ここで、結斗の記憶は途絶えた。


1つの幼き魂は、夢幻世界むげんせかいへと送られた。

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