バレンタイン・デイの夜

先仲ルイ

放課後の告白

 少年、佐上。彼は立っていた。

 少女、山岸。二人は向かい合っていた。

 放課後の教室、それは甘いバレンタインデー。刺さるくらいの眩しい夕日が二人を照らし出し、今、両者の緊張がはしる。

 甘いバレンタインデー。それはとびきりの時間……。




 佐上が山岸に呼び出されたのは、放課後帰りそうな間際。しかし口伝てではなく、一枚のメモで。それは下駄箱の中にあって、少年佐上の心を震わせた。実際彼女に好意を抱いていたからだ。


 「大事な話。放課後、ちょっと教室で。」


 メモを書いた少女山岸は、男勝りで容姿端麗な学級委員長だ。無愛想だが、頼み事は断れない彼女の人の良さに、少年は心惹かれたのだ。

 一方の少年は、至って平凡である。特筆するべき点のない、いわばモブ。いわばNPC。


 メモを見て心躍らせる佐上は、教室へとんぼ返り。

 待つ山岸と来る佐上は、お互い顔を合わせて「あっ」と声を出し、場面は最初へ戻る。


 ごくり、と一瞬間があって、山岸が乾いた口を開く。


 「……佐上君、今日は話がある」

 「は、はなしって…?」


そう、そうなのだ。今日はバレンタインデー。

そして夕日差し込む放課後の教室に二人きり。一体何が始まるというのだろうか。いや、申し訳ないがそれは愚問であろう。


 「落ち着いて聞いてほしい」

 「……ぐ」

 「佐上君あなたは…」

 「うん、実はっ、俺も君のことが…っ!!」

 

 「実はサイボーグだったの。」


 「………へ?」


 実はサイボーグだったの―――。サイボーグ……?

 ええ〜!まさか!俺がサイボーグだったなんて!!


 「あなたは私たち協会が民間用に、安楽死患者の遺体を改造し、開発、配備されたサイボーグで、私はその監視役。だが、残念なことにあなたはミッションをこなせなかった」

 「その通告ってわけですか…。ミッションをこなせないと…一体どうなるんです」

 「聞くまでもないでしょう。あなたの廃棄処分が決定している。速やかに指定された処分場に向かうように」


 それは人の心をもった少年にとって、恋心砕かれる悲惨な結末であった。


 「ミッション。その、ミッションというのは…!?」

 「今日はバレンタインデーよね。あなたには、新型アンドロイドに組み込まれる予定の最新OSのバックアップデータをチョコに偽装したものが女子生徒に扮した相手国のスパイによって贈られ、自動納品システムの作動により本部へ転送されて任務は完遂の予定だった。しかし、あなたは望まれない自我を持ち、一人の人間に好意を抱いてしまった。全てはこの日のために仕組まれたことだった、しかしあなたの軽率身勝手な行動で、それも水の泡よ。こんなに簡単なこともできないなんて、恥を知りながら解体されていくといいわ」

 うなだれる佐上。その首筋にとどめを刺すように山岸が、携帯端末から浮かび上がるホログラムの地図に指を指し、言った。


 「ここに廃棄処分場がある。速やかに向かいなさい」


 十数秒、長めの間があって、佐上は何も言わずおとなしく教室を出た。


 鋭い目つきで廃棄予定の少年が出ていったドアをにらみ続け、数秒あり、糸が切れたように山岸がため息をつく。

 同時に、ポケットに仕舞っていた携帯端末の着信が鳴り、彼女はそれに応えた。

 電話の先は、男の声だった。


 「山岸中佐、なぜアイツを逃がしたんだ。まさか、本当に好きになっちまったとか冗談抜かさねえよな?」

 「無くはない……かもな。不思議な気分だよ。何故だか、彼の死に場所に処分場は似合わんと思って。……まあお前も知っているだろうが、処分通告時の音声データはリアルタイムで本部にそっくり転送される。カメラがないのが幸いで、音声だけだ。この両眼は数少ないリアルパーツだからな。完全に私の制御下だ。本部にはバレんように、アイコンタクトで彼を安全な場所に誘導したさ」

 「さて、いったいどんなところに逃がしやがったんだか。一応忠告だけはしとくが……もし目ェ付けられたら軍法会議モンだぜ」

 「知りたいならば教えてやろう。昔馴染みの武器商人のトコだ。奴とはお前も面識があるんじゃないか?」

 「お前なァ、あのイカレ野郎の巣に逃げ込ませたのか……。アイツとくっ付けたっつーことは、協会に全面戦争でも仕掛けるつもりか?勤続20年目、節目の年に反旗を翻そうって魂胆かよ」

 「ああ、協会の方針には私もつくづく嫌気がさしていたところだ。誰が見ても、今の協会は腐っている。まあ、そうだな、一緒にどうだい?最高に痺れるよ」


 そこで男の返事も聞かずブツりと電話を切った山岸は、沈みかかる夕日にまた一つ息を吐いた。


 (おそらくこの案件は協会だけでなく政府も本腰を入れて絡んでくるだろう…)


 度の無いメガネをはずし、ポニーテールをほどくと、肩まで伸びる人工髪は自由になる。彼女もまた、サイボーグなのであった。

 夜も間近にせまる中、哀愁めいた表情を残し、ふいに呟く。


 「バレンタイン・デイの夜。これは生きとし生けるもの全ての命運を握る、最終決戦なのだよ、佐上君。」

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バレンタイン・デイの夜 先仲ルイ @nemusuya

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