カップラーメン

「ジャンクは好きじゃない」


男が言った。


「あんた何様なわけ?食えるだけ有難いと思いなよ」


女が返す。男は渋々カップラーメンの蓋を開ける。女も自分の分を開けた。二人は順番に用意しておいた熱湯をヤカンから注ぐ。


「三分も待てない」


男がまたぼやくと、女は吐き捨てるように言う。


「じゃあ何も食うな」


男はカップ麺を取り上げられた。恨みのこもった目で抗議の意を伝えようとしたが女はそれを見て鼻で笑った。


「俺は狙撃手だぞ、もっと敬意を持って接してほしい」


男が真面目な顔でそう言うと女は”あんたの腕だけは尊敬してる”と返した。


「位置に戻んなさいよ、今やらないと面倒になるんだから」


言われて男は窓際の狙撃位置に戻る。椅子に座るとバイポッドの高さを調整した。照準は射撃場で合わせた時のままだ。狂いがあると仕事にならないので一時間かけて調整してある。


「風は?」


スコープを覗きこんだまま女に尋ねる。女はノートPCの画面をチラリと見て。


「6m/s北西から」と一言で答えた。


ライフルの狙いを少し修正する。二人が居る廃ビルから道路を挟んで向かい側のビル。パーティー会場。スコープには恰幅の良い男が写っていた。


「彼を殺すと昇給するらしいな」


「本当に?それなら何かご馳走しなさいよ」


「お前も昇給があると聞いた、だから奢りは無しだ」


「ケチ」


「うるさい、取り掛かるから静かに」


 男は息をゆっくりと吸い込む。限界まで吸うと一度呼吸を止めてから腹筋を使って肺の空気を絞り出した。対象が照準の左下に来るのを待つ。対象が窓に近づいた。引き金を絞る。衝撃が男の体とバイポッドを小さく揺らす。消音装置で籠った銃声が室内に響く。放たれた銃弾は向かいの窓を貫き、対象の脳幹を抉り出した。

 パーティー会場は一瞬静まり返った後、混乱の渦に包まれた。


「今日も良い狙撃だった、俺はいつも最高の仕事をするな」


男が満足気に言うと女は呆れた表情で言った。


「さっさと撤収しようよ、カップラーメンあんたの分も食べておいたからさ」

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