勇者モドキは怒ってる

風来 万

勇者モドキは怒ってる

「成功したのか?」

「若い男です!」

「スキルは? スキルはどうなのだ?」

 周りが騒がしい。もう着いたのか? 電車でうたた寝をしてしまった。寝過ごしてなければ良いが。

「スキル、確認できません!」

「馬鹿な」

「失敗か? 失敗なのか?」

「残念です」

「もう魔力残量が足りません」

「勇者の再召喚は無理です」

 目を開ける。俺は仰向けに寝ていたみたいだ。周囲に人の顔がたくさん見える。

「今日を逃せば、次に召喚できるのは何年も先なのだぞ」

「しかし国王陛下」

「まずはこの者を排除しろ!」

「しかし」

「これは王命である。この者を召喚陣より排除して、再召喚の準備を始めよ」

 俺は上体を起こす。そこは大理石を敷き詰められた部屋で、俺を中心に魔法陣のような模様が描かれている。

「あのう」話しかけようとしたが、無視された。

「急げ! 転移魔法でこの者を排除する」

 魔法陣を白いローブをまとった者たちが囲む。両手を差し出し、何やら呪文を唱えだした。

「何だよ、これ。ここはどこだよ。何とか言えよ」

 めまいがする。俺はなんとか立ち上がり、手近な一人のローブをつかんだ。

 その瞬間、俺は光に包まれた。

 次に気が付いたとき、俺は薄暗い荒野に倒れていた。強い風が吹いている。見上げると、空には月が三つ見える。夢にしては肌寒い。

 足下あしもとに魔法陣はなく、所々に草が生えた砂礫の大地が広がっていた。俺は右手に白いローブを掴んでいる。そして、俺の隣にローブのぬしが倒れていた。

 俺の名前は高坂勇人。二流大学を卒業後、二流の食品輸入商社に就職して営業で三年頑張ったあげくに、心を病んで退職したばかりだ。今日は失業手当の手続きのためハローワークに行き、今はその帰りのはずだ。

 ああ、心を病むとこんな幻覚が見えるんだ、そんなことを考えてみたが、無理だ。現実逃避にも程がある。これは幻覚でも夢でもない。何しろリアルすぎる。

 これってアレか? RPGとかライトノベルとかでお約束の? そういえば、誰かがさっき言ってたよな、召喚って。さらに転移とか。

 さっき周囲の人たちが喋っていたことを思い出そうとする。召喚、勇者、失敗、排除、転移。

 何となくわかってきた。これが現実の話だと仮定して、だが。

 先ほどの白いローブを着た連中は、俺たちの世界から勇者を召喚しようとしたんだろう。ところが召喚は失敗し、勇者でも何でもない俺が呼ばれてきた。なぜか勇者の召喚には時間制限があるため、次の召喚を実行するには魔法陣に寝転がっていた俺が邪魔だった。そこで国王とやらが俺を排除すべく、ローブの者たちに俺の転移を命じた。

 そして俺は今、夜の荒野に捨てられているわけだ。俺の隣に倒れているコイツは、転移間際に俺がローブを掴んだ奴だろう。一人だけだが、巻き込んでやった。ざまあ見ろだ。

 横に倒れているローブの者を揺り動かす。

「おい、起きろ」

 ん? 柔らかい感触が手に伝わる。女だ。ローブのフードを外してみる。月明かりに照らされたのは若い女の顔だった。

 このクソ女は俺を召喚しておいて、失敗だったからとこの荒野に捨てた者たちの一人だ。女は息がある。気を失っているだけみたいだ。

 俺は女の体をまさぐる。武器を持っていないか確認するためだ。ローブの下は案外薄着で、形の良い胸やくびれた腰、引き締まった尻からすらりと伸びた足まで、よく確認できた。女は武器も、魔法の杖も持っていなかった。

 女は起きない。白に金糸の縁取りのあるローブの下に、絹のような生地のプルオーバーと、腰と足首の部分を革紐で絞った太めのジョガーパンツをはいている。足下は編み上げのサンダルだ。

 年の頃は十六~十七歳くらいだろうか。小さめの丸顔で、髪は短い。このクソ女たちのせいで俺は暗い荒野で冷たい風に吹かれているわけだ。

 この女をどうにかする前に、試してみたいことがあった。

 たとえ勇者じゃなかったにしても、俺が異世界に召喚されたのならば何らかの力があるか、特別な武器が使えても良さそうに思う。ラノベなら、絶対にそうだ。

 実はこちらに召喚されてから、何となく感じていたことがある。それは今まではなかった不思議な力だ。自分の中に未知の力を感じていた。俺はそれを魔力じゃないかと思っている。

 試しに右手を伸ばし、てのひらを前方に向ける。掌から火の玉が飛び出る様子をイメージする。ファイア! 心の中で念じてみる。

 火の玉が猛烈な勢いで飛び出し、遠くの岩に命中して辺りを明るく照らした。これは使える。

 乾いた草や枯れ枝を集める。それらを積み上げ、今度は加減をしながら火の玉を出して着火した。

 たき火のお陰で少し暖かくなった。

 これからどうするか。俺の目的は明白だ。最終目標は元の世界への帰還だ。だがその前に、俺をこの世界に召喚したあげくに荒野に捨ててくれた、どこかの国のクソ国王と召喚者たちに仕返しをする。絶対に。

 手始めに、横に転がっている女の、サンダルを脱がせる。次にジョガーパンツの足首を留めている革紐をほどく。それからベルト代わりの腰紐を緩める。ジョガーパンツの裾を持って一気に引き下ろすと、下着が露わになった。ラノベならここはエロいパンティなんだろうが、現実世界では色気のないズロースだった。俺は上半身をくのは後にして、ズロースを脱がしに掛かる。形の良い茂みがコンニチハする。結構毛深い。

 次は上半身だ。プルオーバーを脱がすのは面倒なので、これは女の首元までたくし上げる。下にはへその上まであるブラジャーを着けていた。ロングラインブラそのものだ。ジッパーやホックではなく、前を紐で絞るようになっている。俺は女にまたがり、紐を緩めていく。

 女が身じろぎをした。気が付いたようだ。

「あっ」と可愛い悲鳴を上げで体をひねろうとするが、俺は逃がさない。殴って黙らせようかとも思ったが、そうはしない。暴れる女を押さえながら、ブラジャーの紐をほどいていく。時間はいくらでもある。

「助けて、助けて」

 女が叫ぶ。もちろん俺は取り合わない。

「お前たちが俺に何をしたか、覚えているか?」

 女は俺の問いかけなんか聞いちゃいない。ただ両手を振り回して俺を押しのけようとあがく。

 紐をほどき終えた。俺はブラジャーをはぎ取る。出てきたのは弾力があって、形も大きさも俺好みの逸品だ。乳輪もえげつない大きさではないし、乳頭も小さすぎず大きすぎず、月明かりで見る限り色も申し分ない。CカップかDカップか。俺の掌には収まりきらない大きさの乳房だが、これだけ張りがあればノーブラでも垂れることはないだろう。

 両手で女の胸をもんでみる。

「許して、お願い」

「許すわけないだろ、クソ女」

 実に気分が良い。

 俺は女に馬乗りになったまま、今度は自分のズボンを脱ぎに掛かる。俺の股間の魔槍ロンギヌスは先端から潤滑油を垂れ流している。早くパンツを脱がないと、あとでガビガビになってしまいそうだ。

「何でもします。何でもしますから、許して」

 泣きわめく女を押さえながら、俺はズボンとパンツを脱ぎ終わった。両手で女の乳房を鷲づかみにしたまま、俺は馬乗り状態から女の両足の間に割り込もうとする。女は俺を蹴ろうとして、かえって両足を開く格好になった。茂みに隠れたヌルヌルのダンジョンは、もう魔槍ロンギヌスの目前だ。

「何でもするなら、おとなしく俺にられろ」

 俺はその体勢で、女が振り回す腕を片手で押さえ、もう一方の手で胸をもてあそぶ。

「もうやめて。お願い」

 泣きながら懇願し、それから顔をそむける。

 女の腕を両手で押さえつけ、俺は体をずり上げる。俺の魔槍の先端がダンジョンの入り口に到達する。

「ママ、ママ」

 女が泣くが、気にしない。

「痛い!」

 女が体をこわばらせる。俺の魔槍がダンジョンに侵入した。魔槍を突き進めると、初回限定の例のアレがビリビリと破れる感触が伝わってくる。もう止められない。きつくて温かくてざらざらしたダンジョンの壁に、俺の魔槍はいっそう堅さを増す。もはや魔綱オリハルコンで錬成し直されたみたいだ。

「あっ、あっ」

 俺の動きに合わせて女がうめく。もう諦めたのか、暴れることはなくなった。両手を女の乳房に乗せながら、俺は魔槍を突き動かす。その度に女がうめき、俺の欲情をさらにかき立てる。

 だが、至高の時は長くは続かない。気持ちが良すぎる。俺の魔槍ロンギヌスは先端からスライムを発射して、果てた。魔綱オリハルコンはただの縮こまったコンニャクになった。

 あらためて女の顔を見る。涙と鼻水でひどいことになっているが、顔立ちは悪くない。美人と言うより可愛いというタイプだ。今は半開きの、ちょっと大きめの口が俺好みだ。白くてきれいな歯並びも気に入った。

 俺はこのクソ女を朝まで犯しまくって、もったいないがこの荒野に捨てていくつもりだ。

 さて、二回戦だ。俺の魔槍は早くも元気を取り戻している。

「いやっ」

 女が首を左右に振るが、勿論俺は関知しない。再びロンギヌスがダンジョン攻略に取りかかる。

 ちょっと湯引きしたハモを思い出した。京料理で有名な、あのウナギみたいな、魚のハモだ。骨切りされたハモの身を湯引きすると、牡丹ハモといわれる形になる。内側があんな感じの筒をテフロンで作ったら、このヌルヌルダンジョンと似た感じになるんじゃないか。そんなことを考えているうちに二回戦も終了した。ロンギヌスは再びコンニャクになり果てた。

 俺が腰を引いてしおれた魔槍をダンジョンから引き抜くと、女は体をひねり、うつぶせになる。それを見て、またロンギヌスが元気付いた。

 俺は女の腰を後ろから持って引き寄せる。

「もう、もう」

 女に抵抗する力は残っていない。

 後ろからのダンジョン攻略はめくるめく体験だった。ロンギヌスはよりいっそう奥まで入り、俺と女の密着度が増す。女がうめき、足をばたつかせるが、その行為でヌルヌルダンジョンは俺のロンギヌスをより深く飲み込んでいく。そしてまたロンギヌスは、わずかなスライムを放出しておとなしくなった。

「お前、すごいな」

 思わず感嘆の言葉が口をつく。この世界の女はみんなこうなんだろうか。もし俺を召喚したローブの奴らに女がいたら、絶対に犯してやろう。

 朝まで犯し続ける予定だったにもかかわらず、俺はここでギブアップした。

「これで終わったと思うなよ。死ぬまでお前を強姦し続けてやるからな」

 一応、女には捨て台詞を吐いておこう。

 女は何も言わず、ローブを体に巻き付けた。

 パンツとズボンを履き、俺はちょっと実験してみる。使える魔法の確認だ。

 まず、先ほどの火の玉の発展型だ。火の玉が当たったときに、爆発するイメージを足す。遠くの岩に狙いを定めて、心の中で呪文を唱える。『ファイアボム』火球が飛んでいき、岩に当たった瞬間、爆発した。岩は大きな音とともに粉々に飛び散った。威力抜群だ。

 次の魔法だ。火の玉を水玉に変えてイメージする。これもうまくいった。水玉の大きさを変えたり、複数の水玉を一度に発射することもできるようになった。この水玉を氷でイメージする。心の中で適当に呪文を唱えると、オンザロックに使うような球形の氷が発射できた。上々だ。さらに、氷の形を短剣にする。切っ先を前にして飛ばすイメージだ。呪文を唱えると、氷の刃が飛んでいった。一度に複数の氷を飛ばすこともできた。これは使えそうだ。『アイスダガー』と名付けておこう。氷の刃を細くした、『アイスピック』も完成した。

 これで俺は火、水、氷の攻撃魔法が使えることがわかった。防御魔法はどうだろう。イメージはもう出来上がっている。防御壁を作る『シールド』、さらに魔法攻撃を反射する『イージス』、一定範囲を完全防御する『シェルター』だ。ちなみに、名前は適当に付けた。でもこれらは実際に攻撃されてみないと効果がわからない。もう一つ、今のところ効果の確認はしづらいけど、使えると良いな、と思っているのが、ラノベ的カテゴリーでいう聖属性の魔法だ。主に治癒魔法と呼ばれるものだ。このクソ女に怪我を負わせて試す手はあるが、俺の魔槍が元気を取り戻したらまた犯すつもりなので、治癒に失敗して死なせるのが惜しい。治癒魔法も今後の課題としておこう。

 女が体を起こし、たき火に近寄る。また寒さが増してきた。俺は追加の薪の調達に行く。二十分ほどで、一夜を明かすには十分な薪が集まった。女は勢いを増したたき火をぼんやりと眺めている。

「おい、クソ女」

 俺は女のすぐ横に座る。

「ノルマン王国の宮廷魔術師、ファビア・レグランスです。レグランス子爵の三女、これでも貴族です」

 女が自尊心を奮い立たせるように言った。

「俺を召喚したのはそのノルマン王国のクソ国王と宮廷魔術師たちか?」

「国王陛下に無礼でしょう。グストマン・ロロブリス陛下は立派な方です」

「俺はそのご立派な国王に、頼んでもいないのに召喚されて、あげく捨てられたんだぞ? お前もそのとばっちりを受けて俺に強姦されてるんだ。少しは考えろ、バカ女」

「仕方のないことだってあります」

「ああ、お前が俺に強姦されるのは仕方がないことだ。何しろクソ宮廷魔術師の一味だからな」

「ちがいます、勇者召喚のことです。勇者を召喚しなければ、国は魔族に蹂躙されてしまいます」

「勝手なことを言うな、本人の承諾もなしに召喚しておいて。召喚した俺が勇者じゃなかったっていうんなら、責任を持って元の世界に送り返すのが当たり前だろ。それをこんな荒野に放り出しやがって。ここはどこだよ?」

「召喚魔法はありますが、帰還魔法は聞いたことがありません。確かに元の世界にお送りするのが筋ですが、出来ないのです」

「だからって、いきなり廃棄処分か? コンビニで売れ残った恵方巻き扱いかよ」

「すみません、余裕がなかったんです。召喚魔法が使えるのは特定の星回りの時だけなのです。今夜を逃せば、次に召喚ができるのは数年後になるでしょう」

「それが俺を廃棄処分にした言い訳か?」

「召喚魔法には特殊な魔法陣が必要です。あの召喚陣です。速やかに魔法陣を空けるために、国王はあなたの排除をご指示なさったのです」

「ふん。で、今頃はめでたく勇者様召喚でクソ国王はご満足か」

「それは無理です。王命により、わたし達はあなたを転移させたけれど、次の召喚なんかできっこないです。あの召喚陣には十二人の宮廷魔術師が三ヶ月も掛けて魔力を注いできたのです。それがあなたの召喚で空になりました。今回の星回りでの召喚はもうできません」

「それはざまぁみろだな」俺は少し気分が良くなった。「お前たちのノルマン王国は滅亡確定か?」

 女は口をつぐんだ。そろそろ俺の股間の魔槍が復活しそうだ。俺は女を押し倒す。

「恨むならクソ国王を恨め」

 両足を開かせる。太腿に、神秘のヴェールを破いたときの血液と、ダンジョンから漏れ出た俺のスライムが入り交じった染みができていた。つくづく欲情をそそる女だ。


 いつ頃寝入ったのか記憶にないが、すでに陽が昇っている。太陽が二つある。連星か。つくづくここは異世界だと思い知らされる。女はローブにくるまって、まだ寝ていた。

 俺は立ち上がり、次の魔法を試してみる。徐々に体重を軽くしていくイメージを作る。俺の足が地面から離れた。浮遊は可能なようだ。そのまま高度数十メートルまで上昇する。次に、前方に移動していくイメージ。うまくいきそうだ。スピードを上げたり、方向転換したり、俺は二十分ほど掛けて飛翔魔法を完成させていく。速度的にはまだ不満だが、それでも時速六十~七十キロ程度ならコンスタントに出せるようになった。体の周囲に目に見えない防風壁も展開できたので、寒くはない。しばらく辺りを飛び回ってから、俺はたき火のそばに着地した。

 女は目を覚ましていた。裸のままだ。これが最後だ。

 俺は女を抱き寄せ、キスをする。女は抵抗しない。そのまま女をうつぶせにして、俺の魔槍を後ろから挿入する。

 女は痛そうに体を震わせたが、それは俺の欲情をそそっただけだ。腰の動きに合わせて、俺の体が女の尻に当たる。乾いた音が朝の空気にこだまする。が、やはり長くは続かない。俺のロンギヌスは仕事をやり終えた喜びとともに縮小した。

 そろそろ潮時か。俺は立ち上がり、周囲に探知の意識を投げてみる。何も見つからない。さらに範囲を広げていくと、目指すものに行き当たる。集落だ。たぶん人族ではない。

 ここがこの世界のどこなのかは女に聞いてもわからなかった。十二人もの魔術師の転移魔法が絡み合ったからだ。俺はノルマン王国に戻って、国王と宮廷魔術師にそれなりの対応をしてやるつもりだが、まずは自分のいる場所を把握しなければ始まらない。

 たとえ魔族や亜人の集落でも、行って情報収集をするのがRPGの作法というものだ。たぶん、俺の攻撃魔法があればなんとかなるだろう。

「死ぬまで犯すつもりだったが用事ができた。お前は勝手に野垂れ死んでくれ」

 きっと一日と経たずに魔物の餌になるだろう。

「行く当てがあるのですか? わたしを置いていかないで下さい!」

 女は飛び起き、あわてて服を着始めた。

「ここで死んでろ、クソ女。後で残りの十一人とクソ国王もカローン川の向こうへ送ってやるよ」

「お願いです、連れて行って下さい。何でもします、何でも言うことを聞きます」

 女が俺にしがみつく。明るい陽の下であらためてみると、目が大きくて本当に可愛い顔をしている。捨ててしまうのがもったいないのは確かだ。しかし連れて行っても俺にメリットは少ない。

 考え込んでいる俺に、女はさらに言う。

「死ぬまで強姦するといったじゃないですか。わたしはまだ生きていますよ?」

 確かにそう言った。ちょっと意味は違うが。あれは死ぬまで強姦しまくるという脅し文句で、生きている間は俺の側に置くという意味じゃない。

 あちらの世界で対人恐怖症と人間不信に陥った俺としては、たとえ俺好みの女でも長く一緒にいることには不安がある。

 結局、捨てようと思えばいつでも捨てられるので、このクソ女を連れて行くことにした。

「お前は飛べるか?」

「飛べません」

 仕方がないので、飛翔魔法をちょっと修正する。俺だけじゃなく俺が触れている者の質量も調整できるようにした。これでコイツを連れて飛行できる。

 女に後ろを向かせる。俺は女の体に腕を回し、後ろから抱きかかえるようにする。

「行くぞ」

 一気に高度三百メートルくらいまで上昇し、それから探知した集落へ向けて飛行を開始した。二十分もあれば着けるだろう。

 防風壁を展開しているお陰で、飛行は快適だ。

「あなたの名前を教えて下さい」

 これからしばらく一緒にいるなら、名前を教えてやっても良いだろう。

「ユウト・コウサカ、二十五歳だ」

「じゃあ特別な敬意をもって、ユウト様とお呼びしますね。あ、わたしは十七歳、昨日までは生娘でした」

 女が可笑しそうに笑った。特別な敬意、とは荒野に置き去りにしなかった事への敬意だろうか。貴族の女が、俺を自分より上と見たわけだ。

 さて、俺はこの女を何て呼ぼうか。今までは基本『クソ女』か『お前』だったが、確か名前はファビア・レグランスだったっけ。まあ当面は『クソ女』でいいか。

「おいクソ女」早速呼びかけてみる。「お前はどんな魔法が使えるんだ?」

「基本は聖属性の魔法です。治癒魔法ですね。他に無属性の魔法も少し。転移魔法や召喚魔法は無属性魔法です」

 あまり戦力にはなりそうにない。宮廷魔術師として、それはどうなの?

「転移魔法が使えるなら、お前一人でも元の場所に戻れるのか?」

「それは無理です。召喚魔法や転移魔法にはたくさんの魔力が必要です。魔力強化された転移陣があればわたしでもできますが。魔法陣なしの場合、距離に関係なく、一人転移させるのに魔術師が三人は必要でしょう」

「攻撃魔法は使えないのか?」

「わたしはほとんど使えません。ユウト様のような強力な攻撃魔法を使えるのは、火属性や水属性の高位魔術師くらいだと思います」

 そろそろ目的の集落だ。スピードを落とし、俺は集落のすぐ外に着地する。

「まずいです、ここは獣人の集落です!」

 女が慌てた様子で言った。

「知ってるよ。何か問題か?」

「獣人の多くは人族と敵対しています。逃げた方が良いです」

 俺は人間のこういう所が嫌いなんだ。身勝手で自己中心的で、自分の価値観を押しつけてくる。

「勝手に逃げとけ、クソ女」

 俺は集落へ入っていく。ここはリザードマン(蜥蜴人)の集落のようだ。が、村人たちは俺の姿を見ると土造りの家の中へ隠れてしまう。

「おいクソ女」俺の後を付いてきた女を呼ぶ。「リザードマンは人族よりも強いんじゃないのか?」

 なぜこいつらはたった二人の人族に怯えるんだ?

「そのはずです」

 女も怪訝そうだ。

 集落の中心とおぼしき広場まで来て、俺は足を止める。たくさんの視線を感じるが、敵意は感じ取れない。むしろ恐怖心を抱いているようだ。

 少しして、ようやく村人が現れた。村長だろうか。全身が青黒い鱗で覆われている。

「村長のライゼルと申します。魔術師様におかれましては、どのような御用向きでのご来村でしょうか」

 俺の服装はハローワークへ行くための普通の外出着だ。長袖のシャツにコーデュロイのパンツ、スエードの革靴を履いている。どう見ても魔術師じゃないだろう。ロープ姿のクソ女が一緒にいるからか? まあいい。

「俺たちは転移魔法の事故でこの近くに飛ばされた者だ。もしあればこの辺りの地図を見せて貰いたい。人族の町への道順が知りたい」

「ただいまお渡しできる地図がございません。お時間を頂けますれば、これから得意な者に描かせますが、いかがでしょう」

「それは助かる。この場所と人族の町、あとは目立つ地形があればそれでいい。人族に知られたくない、たとえば亜人の町の位置などはなくて構わないので、よろしく頼む」

「では、しばらくお待ち下さい」

 村長は俺たちを小屋の一つに案内する。縄文時代の竪穴式住居か、アフリカ原住民の住居のようだ。土壁の円形住宅で、屋根は茅葺きだ。床はなく、固められた土間の中央に囲炉裏があり、火が焚かれている。

 中には誰もいない。俺は火の近くに座った。女が俺のすぐ近くに座る。

「大丈夫でしょうか」

 女が俺の腕に絡みつく。

「何がだ」

「いきなり襲われないでしょうか」

「今更どうした。お前、俺に散々襲われただろ」

「襲われるの意味が違います。彼らはリザードマンですよ?」

「奴らは俺たちに怯えている。なぜだかは知らないが。実際、俺の方が強いだろうけど」

 メスのリザードマンが入ってきた。俺たちの前に飲み物の入ったカップを置く。緊張が目に見えるようだ。

「おい」メスを呼び止める。「どうしてそんなに恐れるんだ?」

 ラノベの世界でリザードマンといったら、誇り高き戦士のはずだ。

「申し訳ありません、ご無礼は平にご容赦を」

 声が震えている。俺は目の前のカップに意識を飛ばす。湯気の立つ白色の液体は、毒ではなさそうだ。カップを取り口へ運ぶ。動物の乳を温めたものだ。牛乳よりコクがある。温かいのがいい。

「美味いな――別にお前を責めてはいない。なぜ俺たちをそんなに恐れるんだと聞いている」

 メスが恐る恐る顔を上げる。

「リザードマンは勇猛な槍戦士だと自負しております。ですがそれでも飛翔魔法をお使いになるような高位魔術師様に対抗する術などございません」

 なるほど。飛翔魔法のせいか。獣人でも、飛翔魔法は珍しいようだ。

「お前たちに危害を加える気はないぞ」

 メスはまだ何かを逡巡している様子だ。少しして口を開く。

「ご無礼を承知で魔術師様にお願いを申し上げます」

「なんだ?」

「私は村長の孫でクロビアと申します。実は、私の両親が病にかかり、思わしくないのです。もし治癒魔法をご存じでしたら、後生ですから私の両親を助けては頂けないでしょうか」

 俺の治癒魔法実験に最適な実験動物、という考えが浮かんだが、失敗する危険を考えると躊躇してしまう。

「ファビア、お前で治せるな?」

 コイツは聖属性の魔法が得意な宮廷魔術師だ。ここで頑張らなければ存在意義が疑われる。

 ファビアの顔に笑みが浮かぶ。何がそんなに嬉しいのか。

「はい、ユウト様。お任せ下さい」

「クロビア、両親の所へ案内しろ」

 俺たちはメスリザードマンの後について行く。

 クロビアの小屋はすぐ近くだった。中に入ると、二匹のリザードマンが横たわっている。虫の息だ。

 ファビアがオスの脇に座り、その上に両手をかざす。目を閉じて呪文を唱え始める。長い詠唱の後、ファビアの両手から光の粉のようなものがリザードマンに降り注いだ。

 リザードマンの呼吸が落ち着いてきた。少しして、リザードマンが目を開けた。

「お父様!」クロビアが抱きつく。

 ファビアはもう一匹の所へ行き、同じように詠唱を始める。やがて光の粉が舞い、クロビアの母親も目を開けた。

「もう大丈夫です」

 ファビアがクロビアに告げる。俺たちはクロビアの小屋を出て、元の小屋に戻った。

「なかなかやるな、ファビア」

 ファビアが満面の笑みを浮かべる。獣人を助けてそんなに喜べるのは不思議に感じる。

「違います」とファビアが慌てて訂正する。「嬉しいのは、ユウト様がわたしを名前で呼んで下さったことです」

「そんなことか。リザードマンの前でお前をクソ女と呼ぶと俺の品位を疑われかねないと思っただけだ」

「それでも嬉しいです。わたしの名前、覚えて頂けて」

 俺は人間が大嫌いだ。無神経に俺の心に入り込む。

 村長はまだ戻ってこない。俺はこの間を利用して、ファビアにこの世界の種族について尋ねる。

「リザードマンは魔族じゃないのか?」

「この世界には大きく三種類の知的種族がいます。わたしたち人族、わたしたちの絶対的な敵である魔族、そして亜人です。亜人には獣耳族けもみみぞくや獣人、ドワーフ、エルフ、ハーフリングなどがいます。リザードマンは獣人ですから、大きくは亜人の一種族になります」

「で、敵なのか?」

「亜人の中でも、獣人と獣耳族は基本的には人族の敵です。それ以外の亜人とは比較的良好な関係だと思います」

「獣人にはリザードマン以外もいるのか?」

「はい。他にも人狼、ドラゴニュート(竜人)、ガルーダ(鳥人)、ウェアタイガー(虎人)などが知られています。獣耳族も色々ですが、三大部族は犬耳族、猫耳族、狸耳族です」

「要は、人族でも魔族でもない連中は亜人というくくりか」

「その通りです」

「で、魔族にもいろいろな種族があるのか?」

「いえ、魔族は魔族です。魔人とも呼びますね。外見は人族によく似ていますが、彼らは肌が青いので区別ができます。それに、彼らは金色の不気味な目をしています。あの目は人を不安にします」

「角はないのか」

「角はありません。魔族は総じて魔力が強く、特に肉体強化魔法が得意なようです。そのため、魔族の戦士は強靱で、動きが素早く、強敵なのです」

「人族は敵が多そうだな」

「そうですね。人族同士でも争いますし」

「そうなのか?」

「はい。主に領土紛争ですね。全面戦争は少ないですが、隣国との小競り合いはしょっちゅうです」

 ようやくライゼル村長が戻ってきた。もう一匹連れている。

「お待たせしました」

 連れのリザードマンが、持ってきた動物の革を広げる。地図が描かれている。

「ここがこの村です」リザードマンが地図の右端を指さす。「これより向こうは荒野です。誰もいません」

 村の左にも荒野があり、その先は山脈のようだ。

「山脈を越えると森林地帯です。村の者は誰も行ったことがありません。エルフの森です」

 村長が横から口を挟む。

「山脈は高く、徒歩で越えるのは難しいです。ですが魔術師様なら飛び越えられるでしょう」

 リザードマンが説明を続ける。

「森林地帯の途中に大きな川があります。それより先は人族の国だと聞いています」

「ありがとう」

 位置関係はだいたいわかった。彼らも行ったことがないので距離はわからないという。

「エルフの住む森だと、エルノア森林か、ヴェラ大樹海か。他にもあったかな。接している人族の国は、アキテーネ王国か、ゲルマニア王国かも知れません」

 ファビアにも正確な判断は付かないようだ。

「行けばわかるさ」

 俺は村長から地図を受け取り、お礼を言う。そろそろ出発しよう。

 小屋から出ると、村人たちが集まっていた。恐怖心の中に好奇心も感じ取れる。

 俺はファビアを抱きかかえ、上昇する。村人から歓声が上がった。

 眼下に、手を振るクロビアが見える。その後ろに彼女の両親の姿も確認できた。

 さらに上昇を続ける。高度は千メートルを超えただろうか。俺は遙かにかすんで見える山脈を目指して飛行を開始した。

 一時間ほど飛んで、ようやく山脈にたどり着いた。雪と氷の稜線までは、まだかなり上昇しなければならない。

 山肌に沿って上昇していく。高度はすでに五千メートルを超えただろうか。防風壁がなければ凍死しそうだ。

 稜線を越えると、景色が一変した。それまでの茶色い大地は姿を消し、地平線の彼方まで森林が広がっている。

「これがエルフの森か」

「すごいです」

 圧倒的な規模に驚かされる。ここからは人工物は見当たらない。

 俺は高度を落としながら飛行する。速度もゆるめる。探知魔法で動物を探る。

 森の中には小さな川が何本も流れている。俺は適当な川の岸に着地した。

 近くに何か動物がいるはずだ。待つまでもなく、それらは姿を現した。

「魔獣です!」

 大きな牙を持つ、牛ほどの大きさのイノシシの群れだ。俺は氷の短剣をイメージする。心の中で『アイスダガー』と唱える。複数の氷の短剣がイノシシの群れに発射され、三頭のイノシシが倒れた。残りは慌てて逃げていった。

「魔石が取れます!」

 ファビアが言った。

 魔獣の体内には魔石があり、それは魔道具屋などで買い取ってもらえるそうだ。魔石は魔道具を作るのに使われるらしい。ラノベではお馴染みの設定だ。

 俺は一頭の解体にかかる。水魔法をウォータージェットカッターのように使う。細い水流を高速で噴射して、イノシシの肉を切り分ける。良いヒレ肉が取れた。

 火炎魔法で直接焼いてしまおうかとも思ったが、美味しくなさそうな予感がしたので薪を集めてたき火を起こすことにした。イノシシ肉に木の枝を刺して、火の周りに立てる。強火の遠火で肉をあぶる。塩があれば良いのだが、錬成できそうもないので諦めた。

 この世界に召喚されてから初めての食事だ。焼けた肉をほおばる。ちょっと堅いが、イノシシ肉だ。ほぼ豚肉と変わらない。ファビアも肉にかぶりついている。いずれ味噌漬けにして食したい。

 時間は気にせず、心行くまで食事を楽しむ。今まで飲み水は水魔法で出していたが、ここでは川の水を飲む。冷たくて美味しい。

 一段落したところで、イノシシたちから魔石を回収する。

「そろそろ行こうか」

 俺はまたファビアを抱えて飛び立った。

 山脈を越えてから百キロ以上は飛んだと思う。前方に川が見えてきた。少し高度を上げる。飛んでいる姿は見られない方が良さそうだ。

 幅の広い川を飛び越える。遠くに尖塔が見えた。

「あそこに何かあります」

 ファビアが下を指さす。小さな集落だ。複数の人の気配がする。

「国境警備兵の駐屯所かな」

 人族のテリトリーに入ったようだ。

 尖塔は、市街地の中心に立つ教会だろうか。教会を中心に半径二~三キロの市街地があり、街の周囲は石積みの防壁で囲われている。防壁の外には農地が広がっている。

 俺は牛のような動物が群れる、農地の一角に着地する。近くに人の気配はない。

「動物臭いです」

 ファビアが足下を気にしながら文句を言う。辺りは牛の糞だらけだ。

 どうも場所が悪かった。上空からは綺麗な芝生のように見えたのだが。もう一度ファビアを抱いて、俺は少しだけ浮揚する。そのまま歩く程の速度で移動を開始する。

「柵の向こうが街道のようです」

 ファビアが言った。牧場の柵まで一キロほど移動して着地する。

 柵をくぐると、広い道に出た。往来はない。俺たちは町に向かって歩き出した。

 久しぶりに歩いた気がする。営業マン時代にはずいぶん歩いたものだが。三十分程度の歩きで疲れてきた。

 ようやく防壁の門に到着する。門の両側には槍を手にした兵士が立っているが、別段俺たちの検査をする様子はない。

「魔族や亜人の侵入を警戒しているんでしょう」

 ファビアが小声で言った。

 門の上に文字が彫ってある。『ヒルデブルグ』この都市の名前だろう。

「確か、アキテーネ王国の東端の町だったと思います」

 門の先には石畳の道が真っ直ぐに続いていた。

「魔道具屋で魔石を金に換えよう」

 俺たちは無一文だ。たった三個しかないが、小銭でも手に入れないと始まらない。

 石畳の両側には古いヨーロッパを思わせるような三階建ての建物が並んでいる。いつか見た鉄道模型のジオラマのようだ。先へ進むと、四階建ての建物が多くなった。一階が商店の建物もある。

 武器屋や防具屋が並ぶ一角に、魔道具屋もあった。

 ショウウィンドウには何に使うのかわからない、不思議な道具が並んでいる。

 ファビアが先に立って店に入る。彼女は魔術師だ。この手の店には慣れている。

「魔石を売りたいんですけど」

 ファビアが店主に言う。

「見せて下さい」

 俺はポケットから魔石を取り出し、カウンターに並べる。

 店主は石を手にとって、ルーペで確認している。

「良いですね。一つ銀貨一枚と銅貨五十枚でいかがですか」

 魔石三個で銀貨四枚と銅貨五十枚か。悪くない。が、ファビアは納得しない。

「この、ストアの革袋を買うので、魔石三個を銀貨五枚で」と、カウンターの下に置かれた革袋を指さす。値札は銀貨二枚だ。

 店主が折れた。「では、それで」

 ファビアは革袋と銀貨三枚を受け取った。

 この世界の通貨については、飛行中にファビアに教わった。金貨一枚はだいたい十万円ほどの価値で、銀貨十枚に相当する。銀貨一枚が一万円ほどで、銅貨百枚と等価だ。銅貨一枚の価値は、おおよそ百円になる。それ以下には幾種類かの銭貨が使われているらしい。

「それは何だ?」

 店を出たところでファビアに尋ねる。

「これはストアの革袋という魔道具です。この小さな革袋にたくさんの物を収納できる、優れものです」

 ああ、RPGなんかにも出てくる、持ち物を収納できるアレか。ファビアが続ける。

「値段によって容量は違うんですが、これであのイノシシの魔獣一頭分くらい入ります」

「そんなもの、どうやって作るんだ? 魔石が使われているようには見えないぞ」

「革に魔石の粉を塗り込んであるんです。そこに、ストア魔法を封じ込めで作るんです」

「ストア魔法?」

「無属性の魔法ですね。ストア魔法を使える人は魔道具がなくてもイノシシ十頭分くらいは収納できるらしいです」

「どこに?」

「さあ。魔法空間、みたいな?」

 ファビアもそれほど詳しくはないようだ。

「残りは銀貨三枚だな」

 およそ三万円だ。二人の今日の宿賃には足りそうだ。

「まだ陽は高いです。もう一度森へ戻って魔石を集めましょう」

 ファビアが俺の袖を引く。金はあっても困らないだろう。俺たちは来た道を引き返し、町の外へ出た。

 門衛たちの姿が見えなくなったところで、俺はファビアを抱きかかえ低空飛行を開始する。町から十分遠ざかってから上昇し、街道から外れる。

 探知魔法で魔獣の場所を確認する。イノシシよりも強そうなのが群れている。そう遠くない。

 木々を避けながら森の中に着地したが、視界は狭い。少し移動して、獣道のような所に出た。魔獣の気配が前方から迫ってくる。

「来るぞ」

 ファビアを背後にかばう。

 大きさはイノシシほどではないが、明らかにどう猛そうな魔獣が飛び出した。大きく開いた口には鋭い歯が並んでいる。跳びかかってきたところを防御魔法『シールド』で叩き落とし、『アイスダガー』をお見舞いする。すぐに次が来た。同じようにシールドで足を止めてアイスダガーを叩き込む。

「ユウト様!」

 しまった。横から攻撃された。防御魔法『シェルター』を展開する。二人の周囲に見えない防壁ができた。一旦防御に専念する。

「大丈夫か?」

 倒れたファビアを助け起こす。

「はい、大丈夫です」

 シェルターを解除する。深い茂みで魔獣たちは見えないが、存在は感じる。俺たちの周囲を回って跳びかかる隙を狙っているんだろう。いつでもシールドを出せるように身構えながら、気配に向けてアイスダガーを発射する。命中したかどうかはよく見えない。

 一頭が背後からファピアを襲う。シールドで防いでアイスダガーを飛ばす。探知魔法で魔獣たちの位置を把握し、次々にアイスダガーを飛ばしていく。二十分ほどかけて、魔獣たちの動きはほぼ止めた。だが、まだ息のある奴もいるので気は抜けない。

 一頭ずつ、とどめを刺してからウォータージェットで魔石を取り出していく。獣道に倒れている奴から始めて、周囲の藪の中に倒れた奴を順番に処理していく。全部で十二頭だった。

 もうこの辺りでは魔獣は関知できない。移動しよう。

 ファビアを抱えて上昇し、探知魔法で探りながらゆっくりと移動する。魔獣を感知したところで木々を避けながら降下する。

 俺たちを獲物だと思って近付いてくる魔獣をこちらが獲物にする。アイスダガーとウォータージェットが大活躍だ。

 回収した魔石はファビアがストア革袋に回収していく。もう二十個以上は溜まっただろう。

「そろそろ帰ろう」

 森の中から太陽は確認できないが、少し暗くなってきた。

 ファビアを後ろから抱きかかえ、上昇する。樹冠の上に出ると、もう日は傾き、空は夕焼けに染まっていた。

「今回は上質な魔石が手に入りましたから、売りに行くのは明日にしましょう」

 質の悪い魔石を売るときは夜に、質の良い魔石なら明るい昼間に売りに行くのが良いという。質の良い魔石は大きいだけではなく、色合いも濃い。明るい方がそれがはっきりするという。

「じゃあ、宿を探すか」

 教会近くの広場を囲むように、数軒の宿屋が並んでいた。俺は、小さいが小綺麗な一軒に入る。

「いらっしゃいませ」

「二人だが、部屋はあるか?」

「ダブルの部屋でかまいませんか?」

「それでいい」

「朝食付き、お二人様で一泊銀貨一枚と銅貨十枚です」

 代金を前払いする。ファビアが部屋に湯を運ぶよう依頼する。

 部屋は二階だった。首にチョーカーを巻いた犬耳の女が部屋まで案内してくれる。

「湯は後で持ってきます。夕食を下の食堂で食べて頂くと、ドリンク一杯おまけします」

 町で何人か獣耳人を見かけたが、みなみすぼらしい格好をしていた。

「奴隷ですから」ファビアが言った。「首輪を着けていたでしょう?」

 チョーカーだと思っていたのは奴隷の首輪だった。奴隷について、ファビアに説明させる。

「人族の町にいる獣耳人のほとんどは奴隷です。奴隷は隷属魔法で縛ります。魔法のせいで奴隷は主の命令には逆らえません。逆らおうとすると、もの凄い不快感に襲われるそうです。奴隷を外に出すときには目印として首輪を着けるのがマナーです」

 奴隷を縛っているのはあくまでも隷属魔法で、首輪はそれが誰かに所有された奴隷であることを示す目印に過ぎない。

 ファビアが続ける。

「奴隷になるのは獣耳人だけではありません。ドワーフやエルフのような亜人や、リザードマンなどの獣人を奴隷にすることもあります。でも、魔人の奴隷は見たことがありません。たぶん、たとえ奴隷でも側に置きたくない存在なんだと思います。わたしも魔人には嫌悪感しか感じません」

「奴隷制度はすべての人族の国にあるのか?」

「はい。亜人や獣人の国にもあると思います」

「誰が奴隷になるんだ?」

「獣耳人奴隷の場合は、だいたい奴隷狩りで集めます。亜人や獣人の場合は、戦争捕虜などですね。国や領主が戦費を賄うために捕虜を奴隷商人に卸すんです。ああ、人族の奴隷もいますよ。犯罪者や敵対国の戦争捕虜などです」

 獣耳人がタライと湯を入れた手桶を持ってきた。

 この世界では風呂は一般的ではないらしい。ファビアのいたノルマン王国では、王宮と上級貴族の館には風呂があるらしい。が、公衆浴場のようなものはないので、一般人は体が汚れたらタライに汲んだ水や湯で拭くのだ。

「わたしの実家、レグランス子爵邸にもありませんでした」

 ファビアが俺の服を脱がせにかかる。

「お拭きします、ユウト様」

 ファビアの従順さが怖い。人族のテリトリーに戻った今、その気になればファビアは俺から離れていつでも自由になれる。

 俺は服を脱ぎ、裸になる。ファビアがタオルを湯に浸して、背中を拭いてくれる。

 ファビアが俺に付いてきたのは、荒野に一人放り出されたら生きていけないからだ。もう俺に頼る必要はない。もしかしたら、魔石を売って手に入る金を当てにしているのかもしれない。ならば、明日までは俺から離れないだろう。

 ファビアは俺の体を拭き終えると、自分の服を脱ぎ始める。少し恥ずかしそうだ。

「ユウト様、背中をお願いします」

 俺にタオルを渡す。言われたとおりにファビアの背中を拭いてやる。きれいな肌だ。俺の魔槍が穂先をもたげるが、今はその時ではない。背中が終わると、ファビアはこちらを向き両手を広げた。俺はファビアの細い首、豊かな胸、締まった腹と拭いていく。両手と汚れた両足もだ。

 全身を拭き終えると洗髪だ。俺の頭をファビアが洗い、ファビアの頭を俺が洗った。

「すっきりしました」乾いたタオルで髪を拭きながら、ファビアが微笑む。「明日は新しい下着も買いましょうね」

 今は着替えがないので、汚れた下着をつけるしかない。

「食事に行こうか」

 階下の食堂へ行く。

 まずエールを頼む。この世界に生ビールはない。

 料理はそれなりだ。元食品輸入商社の営業マンとしては文句もあるが、温かいスープに免じて黙って食す。焼いた肉は、あのイノシシのヒレ肉より劣ったが、塩が効いていたのは良かった。パンはどうしようもなく堅くて不味い。ファビアに言わせると、この世界のパンはこんなものだそうだ。俺がもし元の世界に帰れなかったら、パン屋でも開こうかと思うくらい許しがたいパンだ。

 先ほどからファビアがこちらをちらちらと窺っている。何か言いたそうだ。

「何だ、ファビア?」

「わたし、今日一日ユウト様と一緒にいて判ってしまいました」

「何がだ」

「ユウト様を召喚したとき、スキル検知魔法を使える魔術師は、ユウト様のスキルを検知できませんでした」

「勇者じゃなかったってことだ」

「確かに勇者なら特別なスキルを持っているはずです」

「スキルなしで残念だったな」

「でも、おかしいです。ユウト様は強大な魔法を使われます。あんな飛翔魔法なんて、聞いたことがありません。しかもすべての魔法を無詠唱で使われます」

「無詠唱? ああ、お前は長々と詠唱していたな」

 ファビアはリザードマンの村で、詠唱して治癒魔法を使っていた。

「魔法はそのことわりを学び、呪文を覚えて初めて習得できるものです。わたしが魔法学校でどれほど苦労したと思います? 宮廷魔術師の地位を得るために、どれほど必死に勉強したことか」

「お前が勉強熱心なことはわかった。それで?」

「異世界から来て、この世界の魔法を知らないユウト様が、いきなり強力な魔法を使ったのです。ユウト様は元の世界で高位魔術師だったのですか?」

「元の世界に魔法はないよ」

「では、やっぱりおかしいのです。この世界で魔法を使える者は何らかのスキルを持っているはずです」

「ふん。それがスキル検知魔法に引っかからなかったのか、あるいはスキルなしなのに魔法が使えるのか。どっちだろうな」

 俺にとってはどうでも良いことだ。

「まあ俺の魔法はお前たちの魔法とは理からして違うんだろうな」

 どう違うのかは、俺にはわからないが。

「勇者は」ファビアが話題を変える。「剣士であるセイバーか、槍兵であるランサーか、弓兵であるアーチャーのいずれかです。これまでに召喚された勇者はそうでした」

「ふぅん。スキルを検知すればそれが判るのか?」

「はい。そして王宮ではスキルにあった聖器を与えるのです」

「俺も性器なら持ってるぞ。魔槍ロンギヌスな」

「知っています。あとでわたしが締め上げてやります」

 ファビアも言うようになった。

「勇者の聖器って、あれか、セイバーだったら聖剣エクスカリバーとか」

「エクスカリバーは知りませんが、王宮の宝物庫にはいくつかあるようです」

「しかし召喚される勇者も迷惑だよな。俺みたいに、頼んでもいないのに呼ばれたあげく、知らない世界を救ってくれ、とか言われるわけだ。俺だったら聖剣を受け取ったら真っ先にクソ国王を地獄に送ってやるところだ」

「その通りだと思います。だから召喚したら勇者が召喚陣から出る前に従属魔法を掛けます」

「従属魔法?」

「はい。奴隷に使う隷属魔法に似たものです。勇者には自主的に魔族と戦って貰わなければなりません。だから隷属魔法は使えません。従属魔法なら『魔族と戦え』みたいな漠然とした王命にも従わせられます」

「クソだな、お前ら」

 なにが勇者だ。結局、漠然とした命令に従う奴隷じゃないか。

「勇者の戦闘力は、この世界の人族戦士の十倍くらいです。魔族の隊長クラスを相手にできるのは勇者だけなのです」

「さっさと魔族に蹂躙されろ」

「このままでは、ノルマン王国は本当に滅んでしまいます。でもわたしは祖国に滅んで欲しくありません」

「残念だったな」

 本当は、祖国がなくなる前に俺の魔槍ロンギヌスでこの女をあの世に送ってやりたいところだが、こっちが先に昇天してしまいかねない。

 ひとつ気になることがある。

「お前に確認したいんだが」

「何でしょう」

「勇者召喚の星回りのことを言っていたよな」

「はい。特別な星回りの時にしか、召喚できないという話ですね」

「その星回りはノルマン王国独自のものか?」

「いえ、普遍的な摂理です」

「ということは、同じ日に他国でも召喚が行われたんじゃないのか?」

「え?」と、ファビアは少し考え込む。「確かにそうですね。他国もこの機会に勇者召喚を行ったと思います、特に紛争を抱えている国では」

「召喚された勇者は、死ぬまでこの世界で勇者をするのか?」

「元の世界には戻れないので、死ぬまでこの世界にいます。勇者の仕事を続けるのかは知りません」

「従属魔法は解除可能なのか?」

「隷属魔法には設定や解除を助ける魔道具がありまが、従属魔法にはないと思います。ですが、それなりの高位魔術師が三人もいれば可能でしょう」

 どこかの国の勇者に会ったら、そいつの従属魔法を解除して、一緒に元の世界に帰る方法を探すのも良いかも。

 食事を終え、エールのおかわりを注文する。

「お前は子供だからジュースでも注文しておけ」

 確かファビアは十七歳だったか。

「いえ、わたしもエールを頂きます。もう子供ではありません。わたしを立派な女にしたのはユウト様ですよ?」

 エールのジョッキが二つ来た。

 ファビアがエールを一口飲み、「う」とうなった。

「飲めなかったらやめておけ。俺が飲む」

「大丈夫です」と、もう一口飲み、また「う」と声を上げた。

「ユウト様」

「なんだ?」

「先ほども言いましたが、ユウト様の魔法は強力です。スキルがあろうとなかろうと」

「それで?」

「ユウト様の戦闘力は戦士十人分どころではありません。数十人、あるいは数百人に匹敵するかも知れません」

「そりゃちょっとオーバーだな」

「いえ、謙遜には及びません。で、実際のところ勇者の戦闘力は戦士十人分です」

「さっき聞いた」

「ならば、ユウト様は勇者よりも遙かにお強いということになります、遙かに、です」

「どうだか」

「今日、攻撃魔法を使って、魔力が枯渇しましたか? きっと何の疲れもないでしょう。だってあれだけ飛翔魔法が使えるんですから」

「確かに魔力的な疲れはないな」

 俺はエールを飲みながらファビアの熱弁を聞いている。この女は何が言いたいんだ?

「簡単なことです。ユウト様は規格外なんです。召喚魔法は成功していたんです。ユウト様は、わたしたちが望んだ勇者だったのです。ただ、何のスキルも検知できなかったために、わたしたちは勇者召喚に失敗したと思い込んでしまったのです」

「そりゃ残念。従属魔法を掛け損ねたうえ、俺を敵に回したな」

「ユウト様、わたしたちの勇者になっては頂けませんか?」

「なるわけないだろ、クソ女」ファビアもクソ女に逆戻りだ。「だいいちお前にそんな事を決める権限なんてないんだろ」

 明日になったらこの女は捨てて、一人でノルマン王国の王都まで飛んで行こう。さっさとクソ国王を始末してしまいたい。

 どうやってクソ国王を始末するか、いろいろ考えながらだとエールが美味い。思わず顔がにやけてしまう。

「ユウト様は人族と魔族、どちらの味方なんですか?」

 ファビアがまた馬鹿げた質問をしてくる。だから俺は人間が嫌いなんだ。

「魔族はまだ会った事がないからな。今言えるのはノルマン王国が俺の敵、という事だけだな」

 ファビアがエールを飲み終えるのを待って、席を立つ。

 部屋に戻ってから、俺はもう一つ試してみることにする。

「おいクソ女、ストア革袋から魔石を一つ出せ」

 取り出した魔石をベッドに置く。

 イメージするのは物を仕舞う行為だ。そう、ストア魔法が使いたい。やはり袋に仕舞うのがイメージしやすい。『ストア』『魔石』と念じる。

 ベッドの魔石が消えた。どこかに仕舞われたような感覚はない。が、確かに仕舞われている。仕舞われている物を知りたい。心の中で『インベントリー』と唱える。頭の中にリストが現れる。リストの一行目に魔石と載っている。消えた魔石はどこかに存在するようだ。取り出してみよう。『リストア』『魔石』。魔石はベッドの上ではなく、俺の手の中に戻ってきた。そうイメージしたからだ。

 出し入れがスムーズにできるまで、俺は魔石のストア、リストアを繰り返した。今のところ俺のストア魔法の最大容量は不明だが、いくらでも入りそうな気がする。

 俺は魔石をファビアに戻す。

「仕舞っておけ」

 ファビアが魔石をストア革袋に収めるのを待って、俺は尋ねる。

「俺を召喚した場所、あれはノルマン王国の王都か?」

「王都サングロリアです。召喚が行われたのは王宮の敷地の一角にある魔法宮の召喚室です」

「魔法宮か。あのクソ魔術師たちはそこにいるのか?」

「はい、だいたいは。魔法宮で魔術研究や魔道具の製作などをおこなっています」

「王宮の警護は?」

「ユウト様、あなたは本気で国王や宮廷魔術師を手に掛けるおつもりなんですか?」

「当たり前だ。俺の目標は元の世界への帰還と、あのクソ野郎共への復讐だ。先に帰還方法の探索をするつもりだったけど、気が変わった。復讐を先にする。あのクソ共を生かしておいても帰還方法が判るわけでもなさそうだからな」

「どうしたらわたしたちを許して頂けるのでしょうか」

「許して欲しければ俺を帰還させる事だな。その上で俺を荒野に捨てた事を詫びるのが筋だろう」

「わたしの命ではあがなえませんか?」

「お前の命はすでに数のうちに入っている。クソ国王と十二人の宮廷魔術師への復讐の内だ。お前は明日解放してやる。魔石を売った金も半分持たせてやる。ここからなら一人で帰れるだろ? 王都に帰ってせいぜいあがいて見せろ。復讐の対象じゃない連中を王宮から避難させてもいい。守備を固めても良いが、守備兵は敵と見なすから、俺の攻撃魔法の標的にする。俺が王都に到着するのは三~四日後くらいになるだろう。それまで首を洗って待っていろ」

 ファビアは声を立てずに泣き出した。

 意味がわからん。本当に人間は不快な生き物だ。

「泣いてないで服を脱げ、クソ女」

 ファビアは泣き止まないが、おとなしく裸になった。俺も服を脱ぐ。

 俺はファビアをベッドに上げ、股を押し広げる。ファビアは自分の拳を噛み、声を押し殺す。涙はまだ止まらない。

 ファビアの髪色は焦げ茶だが、下の茂みはそれよりも色が濃い。左手で茂みを掻き上げるとダンジョンが丸見えになる。

 女体の神秘にはいつも感心させられる。色白でなめらかな肌に突然茂みが現れ、直下にはまるでアイスランドの地表の割れ目、ギャウのような景色が広がる。そこだけが別の生き物のようだ。ミディアムレアのステーキのように、外輪部は焦げ茶色をしている。右手で割れ目を押し広げると、内部は肉汁たっぷりのピンク色だ。

 ダンジョンからはチーズのような匂いが漂ってくる。不思議な事に、この匂いは個人差が大きい。ファビアの匂いはキツくはないが、今までに経験した事がないほど淫靡だ。ダンジョンの上部には、隠し扉を開けるギミックのような突起がある。俺は顔を近付け、舌で突起をいじってみる。

 ファビアの体が反り返る。俺はしばらくダンジョンの入り口周辺を味見する。ダンジョンから潤滑油が溢れ出す。

 ファビアが俺の体を引っ張り上げようとする。

「お願い、入れて、入れて」

 そういえば、俺の魔槍を締め上げるって言ってたっけ。

「まだだ」

 俺は突起を指でこすってみる。どこかの扉が開く代わりに、また潤滑油が溢れ出した。

 俺の魔槍ロンギヌスの方も、潤滑油でベトベトになってきた。そろそろダンジョン攻略に向かわなくては。

 体を引き上げると、ファビアは俺の魔槍を握り、ヌルヌルダンジョンの方へと導いていく。魔槍がダンジョンの入り口に到達した。ファビアは両手を俺の尻に回し、さらに俺の体を引き上げようとする。ヌルヌルダンジョンが俺の魔槍をパクリとくわえ込む。そのまま魔槍を奥まで突っ込む。ダンジョンが絞まり、魔槍の穂先がコリコリした壁面とこすれあう。長くは保たない。今夜もロンギヌスはスライムを発射して果てた。

 ファビアはもう泣いていなかった。

「ねえユウト様」甘えた声を出す。「復讐は後回しにしませんか? 帰還魔法が見つかるまで、わたしユウト様にお供したいです」

「お前が生きてる事はノルマン王国にも伝わるんじゃないか? お前の身分は宮廷魔術師だろう?」

「はい、いちど戻らないといけませんね。では、ユウト様も一緒に戻りましょう」

「王都に行くのは構わないが、宮廷魔術師を見かけたら始末するぞ?」

「王宮には近付かないでください。国王も宮廷魔術師も滅多に王宮から出ませんから、ユウト様が目立った事をされなければ事故は起こりません」

「で、お前は何がしたいんだ?」

「魔法宮に戻って、お暇を頂いてきます。そうすればユウト様について行けます」

 この申し出がファビアにとってどういうメリットをもたらすか、考えてみる。やはり俺が復讐するまでの時間的余裕を得られるのが一番だろう。王宮側はその間に対応策を練る事ができる。もし俺を無力化する方法が見つかれば、俺の復讐は失敗する。

 一方、俺のメリットは? 一番はこの、サキュバス(淫魔)じゃないかと思うほど魅力的な女を手元に置いておける事だ。

 しかし、女が欲しければ性奴隷を買ってもいい。もちろん夜の路地裏で一夜限りの女だって買える。ファビアでなければならない理由はない。

 結局、俺はファビアの提案を受け入れる事にした。王宮側に時間を与えてやるのも面白いと思うからだ。どんな対策も打ち破って、奴らに絶望を味わわせてやりたい。

「お尻を突き出せ、クソ女」

 俺はファビアを乱暴にひっくり返す。後ろから見るダンジョンは最高だ。尻の穴からヌルヌルダンジョンまで続くグレート・リフト・バレーを指で辿ってみる。突き出された尻をなでる。ファビアに覆い被さり、ロンギヌスをダンジョンに滑り込ませる。魔槍は根元まできっちりと収まる。まるで刀と鞘みたいだ。ファビアが腰を動かす。

「ユウト様!」

 俺にも動けと催促しているのだ。言われなくても動くさ。俺の魔槍を舐めて貰っては困る。と、思う間もなく魔槍は数回身を震わせた後、空気の抜けた風船のようにしぼんでいった。

 ファビアが起き上がり、俺を押し倒して上に乗る。

「いいだろう、復讐は後回しにしてやろう」

 ファビアが俺に口づけをしてきた。俺はファビアを引きはがす。

「ただし、帰還魔法が見つからなければ、いずれ復讐に手を付けるぞ」

 ファビアは俺の手を払い、また口づけをする。合意した、という意味だろう。口づけをしたまま、俺のコンニャク状態の魔槍を握る。三回戦をやるつもりらしい。早くも、俺が強姦される立場になった。


 何回戦まで逝ったか記憶にない。ファビアは俺の腕を枕にまだ寝ている。朝の光が格子窓から差し込み、鳥のさえずりが聞こえている。

 ファビアを抱き寄せ、胸を触る。

 眠そうに片目を開けて、彼女は俺におはようのキスをする。俺の腕時計だと今は七時少し前だが、この世界の時間は判らない。

 ファビアが足を絡めてきた。朝から、ダンジョン探索をして欲しいらしい。触れてみると、すでにファビアのダンジョンはヌルヌルだ。いいだろう。ロンギヌスの準備はできている。

 前から一回、後ろから一回ダンジョンを攻略してから、俺たちは服を着る。そろそろ朝食だ。

「朝から疲れちゃった」

 ファビアが笑う。

「自分で回復魔法掛けとけ」

 実際のところ、回復魔法で怪我や病気は治せても、疲労回復はできないようだ。RPGならHPやMPの回復にはポーションみたいなドリンクが有効だけど、現実世界にそんなに都合の良い薬はないそうだ。

 朝食はパンと軽めの肉料理だった。飲み物は動物の乳か、正体不明のお茶だ。俺は乳にした。パンはやはり無発酵パンで、かなり硬い。

 ファビアは、今朝の運動の疲れを取り戻すかのように食べている。

 魔槍がスライムを発射して果てると、なんとも言えない嫌悪感に襲われる。けれど、ファビア相手だと、一瞬で嫌悪感が欲情に取って代わられる。

「お前、もしかしてサキュバスじゃないのか?」

 ファビアに聞いてみたが、この世界にサキュバスという亜人は存在しないらしい。

「サキュバスってなに?」

 逆に聞き返されて、答えに詰まった。まあファビアの場合、普通に服を着ていれば淫靡な事はなく、ただ可愛いだけだ。

 食事を終え、出発の準備を整える。といっても、特に持ち物もない。

 宿の精算を終え、俺たちは魔道具屋に向かう。

「おはようございます。今日も魔石を売りに来ました」

 ファビアが店主に声を掛け、早速魔石をカウンターに並べる。

「みごとな魔石ですね」

 店主がルーペで確認を始めた。魔石は全部で二十二個あった。

「一つ銀貨二枚と銅貨三十枚、これ以上は出せません」

 店主が言った。俺に相場は判らないが、昨日の魔石が銀貨一枚と銅貨五十枚だったから、かなりの高値か。

「ええと、合計で銀貨四十四枚と銅貨六百六十枚だから、銀貨五十枚と銅貨六十枚。つまり、金貨五枚と銅貨六十枚ね」

「そうなります」

「いいわ。それで」

 およそ五十万円強か。良い稼ぎだ。

「ユウト様の服を買いましょう」

 ファビアが俺の手を引く。これから王都サングロリアに戻るから、ファビアの着替えは要らなくなった。

 俺は元の世界にいたときから、買い物が嫌いだった。特に洋服を買うのは面倒で仕方がなかった。そういうわけで、俺の服はすべてファビアが選んだ。コンセプトは、目立たないが高位魔術師らしいシックな装い、だそうだ。下着からシャツ、ズボン、サンダル、最後に濃い緑色の、フード付きのローブを買って、終了したのは昼頃だった。最後の店で、俺は今買ったばかりの服に着替える。脱いだ服はストア魔法で収納した。

「最高です、ユウト様」

 ファビアが笑みを浮かべる。自分の見立てに満足したようだ。

「メシにしよう」

 俺たちはテラス席のある食堂に入り、パラソルの下で昼食にする。硬いパン、野菜スープ、肉料理だ。魚にお目にかからないのは、海が遠いからだろう。

「サングロリアの方角はわかるのか?」

「だいたいの方向は。距離は馬車で五日くらいかな。それほど遠くないです」

 馬車で五日なら、八百キロ~千キロ程度か。時速百キロで飛行すれば、十時間以内には着ける計算だ。今夜はどこか途中で一泊して、明日の昼過ぎには着けちゃいそうだ。

「ちゃんとした地図が欲しいな」

「はい、必要です。わたし、地理は苦手でしたから」

 ファビアの方向感覚はアテにするなという事か。

「それから」とファビアが続ける。「ユウト様にはどこかのギルドに所属して頂きたいです」

 おお、ラノベでお馴染みのギルド!

「必要か?」

「昨日はわたしの身分証で宿が取れましたが、王都で泊まるときはユウト様一人になるかも知れません。いずれにしても身分証代わりにギルドの所属証はあった方が良いです」

「わかった。やっぱり冒険者ギルドか?」

「そうですね。傭兵ギルドとかもありますけど」

「お前の所属は?」

「宮廷魔術師はギルドには所属しません。わたしの身分証はノルマン王国魔法宮が発行した物です」

 食事を終えると、とりあえず地図を買いに出かける。地図を扱っている店は、冒険者ギルドの隣にあった。なるほど、冒険者向けに商っているわけだ。

 アキテーネ王国からノルマン王国までカバーする詳細な地図を購入する。サングロリアはここから北西の方向だ。

「ついでだからギルドに加入してください」

「そうだな」

 俺たちは冒険者ギルドの建物に入る。入り口の正面に窓口が並んでいる。

「加入したいんですが」

 受付嬢に話しかける。

「現在どちらかのギルドに所属されていますか?」

「いいえ」

「ではこちらの書類に記入をお願いします」

 書類を渡された。

 ええと、氏名、ユウト・コウサカ。年齢、二十五歳。性別、男。希望職種は選択式か。魔術師、と。出身地? ……日本? ファビアが横から手を出す。出身地、ノルマン王国レグランス子爵領、と。どこだ、それ。

 受付嬢に用紙を渡す。

「しばらくお待ちください」

 俺たちは並べられた椅子に腰を下ろす。

「この後、魔力量検査があるはずです」

 ファビアが小声で教えてくれる。

 少しして、窓口に呼ばれた。

「こちらの小部屋にお入りください」

 俺は横の部屋に通される。部屋の中央に机が置かれ、その上には大きな水晶球みたいな物が乗っている。

「そちらにお座りください」

 受付嬢と向かい合わせに腰を掛ける。

 指示されるままに、俺は水晶球を両手で挟む。

「では、全力で魔力を送り込んでください」

 やり方がいまいち理解できないが、それなりにやってみた。水晶球が赤く輝き出す。色が変わっていく。赤から橙、黄、緑、紫になって安定した。受付嬢が色見本をかざして判定している。

「ユウト様の魔力量は千五百です。驚異的です。こんなの見たことがありません。水晶球の異常ではないと思うんですが。普通、冒険者は同レベルの仲間とパーティーを組んで行動するのですが、魔力量千五百では釣り合うパートナーがいないでしょう」

「単独で行動する冒険者はいないのか?」

「ここのギルドにはいませんね。奴隷を連れている冒険者はいますが」

「奴隷も冒険者になれるのか?」

「いいえ、奴隷はギルドには加入できません。奴隷は冒険者の所有物の扱いです」

「なるほど」

 俺は部屋を出て、ファビアの隣に戻る。

「どうでした?」

「千五百だって」

 ファビアが少し考える風だ。

「たぶん、千五百は水晶球で計れる最大値だと思います。千五百以上はすべて千五百になるはずです」

 実はかなり手加減して魔力を送り込んだのだが、手加減が足りなかったか。

 また窓口に呼ばれ、俺は登録証を受け取った。登録料は銅貨六十枚だった。

 これで俺は、冒険者ギルドに依頼されるクエストを受ける権利を得たわけだ。

「行こうか」

 俺たちはギルドを後にする。いったんヒルデブルグの町を出て森の方へ向かう。こちら側の街道は通行がほとんどないからだ。この世界では飛翔魔法は珍しいらしい。飛んでいるところを見られると、それだけで話題になってしまう。今は目立ちたくない。

 人目のないところで俺はファビアを抱く。

「上がるぞ」

 高度千メートルあたりまで一気に上昇する。周囲に防風壁を展開しているので、気圧や気温の変化は感じない。さっき見た地図を思い浮かべながら、北西と思われる方向に飛行を開始する。今日は全速力だ。といっても、まだ時速百二十~百三十キロくらいしか出せない。目指せ、音速の壁。体一つでソニックブームとか、憧れる。

 雲が出てきた。さらに上昇して雲の上へ出る。太陽が見えているから、方位は掴みやすい。

 ただひたすら飛び続け、日が西に傾く頃、俺は飛行速度を落とした。相変わらず眼下は雲海だ。雲の下はどうなっているだろう。ゆっくりと高度を下げる。

 雲の中に入ると何も見えない。周囲は白い壁だ。気をつけないと上下の感覚がおかしくなってしまう。時々探知魔法を使いながら、地面の位置を確認する。

 突然雲の下に出た。防風壁で遮っているが、雲の下は雨だった。視界が悪い。探知魔法を広く薄く展開していく。前方にたくさんの人族を感知した。大きな町があるようだ。

 町へ向かって、雲の直下を飛行する。高度は七百~八百メートルくらいだろう。

 眼下には農地が広がっている。穀倉地帯というところか。人もいるようだが、この雨だ。俺たちを視認するのは難しいだろう。

 前方に都市が見えてきた。城壁に囲まれた都市だが、その外側まで市街が広がっている。俺は市街の手前で着地する。

「さて、ここはどこだろう」

 雨に濡れないように、防風壁をシェルターに変更したまま維持する。ストアから地図を取り出した。予想位置からすると、アキテーネ王国の港湾都市ラグナポートだろうか。かなり良いペースだ。地図を仕舞い、シェルターを解く。

 畑を抜けて、街並みに入る。雨のせいか、人影は少ない。民家の間の狭い路地を行くと、やがて表通りに出た。城郭の方へ向かって歩く。道は左右に緩やかなカーブを描き、城門に辿り着いた。

「ラグナポートです、ユウト様」

 城門をくぐり、町に入る。

「宿を探そう」

 宿場はすぐに見つかった。

「部屋は二階です」

 宿の女将が先に立って階段を上がる。

 ここでもベッドは一つだ。ファビアが湯を頼む。

 部屋に湯が運ばれると、俺たちは早速服を脱ぐ。

 ファビアが俺の体を拭く。冷え切った体に湯が気持ち良い。

 俺が終わるとファビアの番だ。彼女の体を念入りに拭いてやる。

 頭も洗い終わってすっきりしたところで、地図を取り出す。

 町の反対側が海に面している。サルガ湾だ。この町は湾の東側で、湾の北側はもうノルマン王国の南端だ。王都サングロリアまでは三百キロもないだろう。

 俺たちは乾いた服に着替えて階下に降りる。腹が減った。食事にしよう。

 いつものエールといつものパン。だが今夜のメインは魚だ。ただのソテーだが、不味くはない。白身魚の切り身は、スズキみたいだ。

「サングロリアでも魚はあまり食べません」

 ファビアが言った。肉の方が簡単に手に入るからだ。

 食後のエールとチーズを楽しんでから、俺たちは部屋に戻る。

「予定通り、明日の昼過ぎにはサングロリアだ」

「着いたらわたしはすぐに魔法宮へ行きます。たぶん一晩泊まる事になりますから、ユウト様はお一人で宿を取ってください」

「わかった」

「翌日にはユウト様に合流するつもりです」

 ファビアが戻ったら、王宮の連中はどんな顔をするだろう。俺が生きていて、復讐を企てていると知ったら、どんな顔をするだろう。その場に立ち会えないのが残念だ。

 エールで顔を赤らめているファビアもなかなか良い。

「脱げ」

 ファビアは、俺が言うのを待っていたかのように服を脱ぎだした。決して小さくはない胸が、威嚇するように突き出ている。俺はファビアの後ろに回り、乳房を持ち上げる。挑戦的に飛び出した乳首が、準備完了を知らせてくる。

 ファビアをベッドに寝かせ、俺は太腿にキスをする。ダンジョンは今日もヌルヌルだ。そっと唇を触れてみる。ファビアが俺の頭を持ち、ダンジョンに押しつけた。入り口上部の突起を口に含むと、ファビアは小さくうめき声を上げる。

 清楚で可愛らしい顔立ちからは想像も付かない、淫靡なフェロモンが匂い立つ。

 俺はオリハルコン製のロンギヌスをダンジョンの入り口へ運ぶ。

「早く!」

 ファビアが催促する。ファビアは我慢が足りない。

 ファビアは腰を動かし、自分からロンギヌスを捕らえにかかる。ダンジョンのヌルヌルが魔槍の穂先に触れたと思ったら、魔槍はすぐにダンジョンの奥へと飲み込まれていった。

 ファビアの吐息が甘酸っぱい。魔槍ロンギヌスは、温かくて硬くて柔らかい異世界に包まれている。我慢が足りないのは俺の方だ。ロンギヌスはオリハルコンの魔法が解けて、元のコンニャクになり果てた。

 明日の夜は王都で独り寝になる。今夜の内に明日の分まで済ませておこう。

 肩で息をしていたファビアが少し落ち着いたところで、俺たちは二回戦に入る。ロンギヌスをダンジョンに滑り込ませ、しばらくその感触を楽しむ。

 ファビアが腰を動かす。本当に我慢の足りない女だ。そんな事をされたら、またすぐに果ててしまう。わかっていても、俺のロンギヌスはダンジョンの奥を乱れ突きして、スライムを発射した。俺も我慢が足りなかった。

 俺は体を離し、ファビアの隣に横になる。

 最初にファビアを見た時、この世界の人族は皆ファビアみたいに綺麗なのかと思った。しかし街で人族を見た限りでは、元の世界の人間たちと変わりはなかった。俺のひいき目もあるかも知れない。ファビアだけが飛び切り可愛いのだ。

 ファビアが俺の魔槍をいじくり回して硬くする。三回戦は背後からだ。ダンジョンの入り口を指で少しなぞると、潤滑油が補充される。魔槍の先端からも潤滑油が漏れ出してくる。さあ行こう、めくるめくヌルヌルダンジョン攻略の開始だ。早く果ててしまう分は、回数でカバーするぞ。乾いた音が規則正しく部屋に響く。それにファビアのあえぎ声が混じり、俺の魔槍をますます硬くする。

 三回戦を終了して横になった俺に、ファビアが覆い被さる。今夜は四回戦もありそうだ。


 翌朝、俺はファビアのキスで目を覚ました。

「ずいぶん早いな」

「しよう?」

 ファビアはもう俺の魔槍を握りしめている。その気がなくても、朝の魔槍が元気なのをファビアも知っているらしい。

 俺はファビアの上に乗り、口づけをする。ファビアが両足で俺の腰を挟む。ラジオ体操代わりのダンジョン攻略だ。ロンギヌスが進撃を開始する。

 疲れてベッドから出たくないが、朝食の時間だ。服を着る。

 この世界ではまだコーヒーに出会っていない。ないのだろうか。温めた乳とパン、サラダと加工肉の朝食だ。そろそろ味噌汁とご飯が食べたいところだ。

 食事を終えて、俺たちは少し早いが宿を後にした。観光がてら、これから街を横断して港まで行くつもりだ。

 石畳の通りは緩やかな下り坂になっている。建ち並ぶ商店は、まだ閉まっているところが多い。

 正面に海が見えてきた。潮の香りがする。倉庫街を抜けて、俺たちは岸壁に立った。

 岸壁に横付けされた帆船では、荷下ろしが始まっている。湾内には岸壁に着けない船が碇を下ろしていた。手漕ぎの船が岸壁と沖の船とを行き来している。

 岸壁に沿って歩いてみる。湾の向こうは霞んでいて、ノルマン王国側は見えない。

 ここからノルマン王国の港湾都市サウスリンデンへ行く客船も出ているらしい。ノルマン王国まで陸路で行く場合は、カロリーネ公国を経由しなければならず、日数もかかる。まあ俺たちには関係ないが。

 商船や客船が着く岸壁を過ぎると、漁港に出る。これから漁に出る漁師たちでごった返している。大きな船はなく、日帰りの沿岸漁業中心のようだ。

「夜は海の魔獣が出るから」

 ファビアが教えてくれた。この世界ではイカ釣りの漁り火の風情は味わえそうにない。漁港の端まで歩いて、俺たちは街の方へ引き返す。城壁の近くまで来ると、人影が途絶えた。

「行こうか」

「はい」

 ファビアが背中を向ける。俺はファビアを抱き、舞い上がる。すぐに城壁を越えてさらに上昇する。雨は降っていないが、上空は雲に覆われている。俺たちはすぐに雲に入った。探知魔法で上下を確認しながら、雲の上を目指す。やがて辺りが明るくなり、雲海の上に出た。

 朝の陽射しを浴びながら、コースを北西にとる。ローブの上からファビアの胸を抱き、俺はスピードを上げた。

 二時間ほど飛ぶと、雲海に隙間が見え始めた。雲の量が減っていき、やがてすっかり晴れた。眼下はのどかな田園地帯だ。畑や牧場、ところどころに森もある。高い山は見えない。

「見えてきました」

 ファビアが前方を指さした。王都サングロリアだ。

 サングロリアは大きな都市で、中心にいくつもの尖塔を持つ王宮が見える。

「あれがクソ国王グストマンの居城か」

 見ているうちにまた腹が立ってきた。ファビアが俺の手を握りしめた。

「ああ、いきなり爆裂火炎弾の雨を見舞わせたりはしないよ」

「えっ、そんなこともできるのですか?」

「見たいのか?」

「いえ、だめです」

 俺たちは人目を避けて農地に降り立った。

 サングロリアの街は塀で囲われたりはしていない。

「城壁は王宮の周りにあります。お堀もあります」

 さすがに国境から遠いので、魔族や亜人に襲撃される恐れが少ないんだろう。王宮だけ守っていれば事足りるということだ。

 ファビアの案内で宿に着いた。

「ここに宿泊してください。王宮から、近からず遠からずの場所です」

 宿は、商業地域の外れにあった。

「良さそうな宿だな」

 小さいが、雰囲気は悪くない。

「ではわたしは王宮へ行って参ります。明日には必ず合流しますので、決して短気を起こさないでください」

 ファビアは何度も振り返りながら、王宮へと去って行った。俺は宿に入る。

「お一人様ですね」

 一泊銅貨五十五枚はリーズナブルだ。二階の部屋に案内される。少し休んでから、部屋を出る。

 屋台の並ぶ広場に出た。そういえば昼食がまだだった。屋台で肉串と麺類を買い、ベンチで食べる。なかなか賑やかな街だ。

 やることもないので、通りをぶらぶらと歩く。あまり冒険者っぽい人は見かけないが、それでも武器屋や防具屋がある。魔道具屋もある。多いのは服飾やアクセサリー、小物を扱う店だろうか。人が増えてきたので、俺は脇道に入る。

 まだ開いていない飲み屋の先に、大きなケージを並べた店を見つけた。近付いてみると、ケージには亜人が入っている。奴隷商だ。

 メイド服を着せられた猫耳族の女には、金貨二十五枚の値札が付いている。隣のケージには人狼の男がいる。戦闘奴隷だ。値札は金貨二十八枚、およそ二百八十万円見当だ。

「お客様、奴隷をお探しですか?」

 店主とおぼしき男に声を掛けられる。

「見てるだけだ。とても買えないよ」

「奥にはお安い奴隷もおります。どうぞお入りください」

「いや、今のところ買う予定はないんだ。死にかけたのでもいれば別だけど」

「――死にかけたの、ですか。おりますよ」

 俺は半ば無理矢理、店の奥に連れて行かれる。

「これは」と、店主が指し示す。「本当に死にかけの奴隷でして」

 ケージには狸耳のみすぼらしい小娘が倒れていた。値札は付いていない。

「治癒魔法は使わないのか?」

「試しましたが効きませんでした。金を無駄にしました」

 高位魔術師なら治せるかも知れないが、試す価値はないと判断したらしい。

「いくらだ?」

「本当にお買い上げ頂けるのでしたら、隷属魔法と首輪代込みで、銀貨二枚ではいかがでしょう? その代わり返品はご容赦願います。死んだら処分費はお客様負担でお願いします」

「死んだ場合の処分費はどの位かかるんだ?」

「そうですね、火葬代と埋葬代で銀貨四枚程かと」

「いいだろう。買うよ」

 店主はほっとした様子だ。ケージを開け、小娘を引きずり出す。

「こちらへどうぞ」俺は奥の部屋に案内される。「隷属魔法をお掛けいたします」

 机の上に奴隷の左手を置く。それに俺の左手を重ねる。その上から、いかにも魔道具風の布を被せる。

 店主が手をかざして呪文を唱える。と、布が光り出し、隷属魔法は完了した。

 店から出て、あらためて奴隷を見てみる。服の代わりに、麻の袋に頭と手を通す穴を開けたものを被っている。髪は手入れもされずに伸びており、そこから丸い耳が出ていた。髪は茶色だが、耳の毛は灰色だ。よく見ると、耳の毛は部分的に禿げ落ちている。見た目以上にひどいのが、臭いだ。何日も自分の排泄物にまみれて過ごしたのだろう。吐き気をこらえるのが大変なほどの悪臭だ。これでは表通りは連れて歩けない。

 探知魔法で人通りの少ない路地はわかる。

「ついて来い」

 俺は先に立って歩き出す。小娘はふらついていて、歩くのがやっとだ。宿が近くて良かった。

 裏通り伝いに、宿の裏手に出た。裏木戸を開けて、宿に付属する厩舎きゅうしゃの脇を抜けると中庭に出た。片隅に井戸があり、横にスノコが敷いてある。旅人が体を洗えるスペースだ。

「脱げ」

 小娘に麻袋を脱がせる。これは廃棄処分だ。その場で焼き捨てる。

 下着は着けていなかった。みすぼらしい体が露わになる。尾てい骨の辺りから短い尻尾が生えている。毛色は耳と同じで灰色だ。

 スノコの上にしゃがませて、頭を洗ってやる。麻袋を脱いでも悪臭は収まらない。息を止めながらの作業だ。備え付けの石鹸で三度洗って、ようやく頭の悪臭が収まった。俺はストア魔法で収納しているナイフを取り出す。

 長い髪を適当に切っていく。この際、見た目は関係ない。それが終わったら、体に取りかかる。あちこち皮膚病だらけの背中から始め、あばらが浮いて見える胸から腹、下腹部と進む。下の茂みは薄く、茶色の草原といったところだ。両腕を洗い、両足を洗った。最後に尻尾も洗ってやる。毛艶が悪い。耳と同じく、所々毛が抜けていた。

 奴隷は今にも死にそうな様子だ。水が冷たかったか。

 良い事を思いついた。俺は水魔法から氷を作れる。ならば、これもできるのではないか。桶に井戸の水を汲む。心の中で『ボイル』と念じた。水がお湯に変わった。

 一度洗ったくらいでは体の悪臭も落としきれなかった。二度目はお湯で洗ってやる。いきなり温かいお湯を掛けられて、小娘は驚いた様子だ。俺は構わず洗い続ける。まだ死なれては困る。

 二度洗いして、ようやく臭いがしなくなった。狸耳族だからなのか、肌の色は赤茶色っぽい。これだけ洗っても薄くならないのだから、これが本来の肌の色だろう。色黒女は嫌いじゃない。

 小娘に俺のローブを着せてやる。これで部屋まで連れて行けるだろう。

 宿の裏口から入り、人目に触れずに階段を上がり、部屋に入った。

 小娘にローブを脱がせ、ベッドに仰向けに寝かせる。

 小娘は、階段を上がっただけで息を切らせ、時々咳き込んでいる。顔色は悪く、唇も青ざめている。胸は平らで小学生のようだが、乳首はしっかりしている。腹はへこみ、あばらが浮いて飢餓に苦しむ難民を思わせる。足は長く真っ直ぐだが、痩せて太腿の間に大きく隙間が空き、グレート・リフト・バレーに続く股間のギャウを隠せてはいない。

 治癒魔法がうまくイメージできないので、この小娘が元気になった様子をイメージしてみる。心の中で『ヒール』を唱える。小娘の体から、黒い霧が抜けていくような感じがした。

「どうだ?」

 小娘に声を掛ける。

「具合が良くなりました、ご主人様」

 小娘が初めて口をきいた。

 どうやら俺は治癒魔法も使えるようだ。これを試したくてわざわざ死にかけの奴隷を買ったのだ。買ったかいがあった。

 小娘の体をチェックする。背中の皮膚病は跡形もない。耳と尻尾の毛も生えそろっている。髪のつやは戻らないし、痩せた体もそのままだ。俺の治癒魔法もポーションの代わりにはならなかったが、それはメシを食わせれば良い事だ。少し太らせれば、良い値で売れるだろう。

「お前、名前は?」

「ラキシスと申します。十五歳です」

 ラキシスにローブを着せる。部屋を出て、階下に降り、裏口から中庭に出る。裏木戸から路地に出て、商店街へ向かう。

 奴隷用の服を売る店は何軒かあった。中でも大きそうな一軒に入る。

「コイツの服を揃えたいんだが」

 店員に声を掛けると、快く相談に乗ってくれる。

「メイド服がよろしいですか?」

「もっと普段着的なのがないか?」

「かしこまりました」

 店員が下着からサンダルまで、すべて揃えてくれる。予備も含めて、何着か買う。

 買い物に時間をとられてしまった。もう日が暮れる。亜人を連れて入れる食堂を探す。

 やっと見つけた亜人可の店に入る。奥の目立たないテーブルに案内された。

「ラキシス、食べたいものを頼め」

 ラキシスはかなり緊張している。普通、奴隷に与えられるのは残飯や奴隷専用に作られた食事だ。きっとラキシスはそれさえもまともに与えられていなかっただろう。

 俺はエールと、肉の煮込み料理を頼む。ラキシスが決めきらないので、ラキシスには果物のジュースと、同じ肉料理を頼んだ。

「お前を優遇しているんじゃない。太らせた方が高く売れるからだ」

 とたんにラキシスの表情が曇る。

「私はご主人様のお役に立てないのでしょうか?」

「俺は奴隷を必要としていない。お前は、治癒魔法の実験用に買っただけだ」

「売られるのは嫌です」

「お前はさっき、俺に売られたんだぞ? ほかの誰かに買われたって同じだろ?」

「私はご主人様の奴隷でいたいです」

「俺がどんなあるじかも知らないのにか?」

 エールとジュースが運ばれてきた。

「ご主人様は、すぐにでも死んでしまいそうな私を助けてくださった方です」

「ああ。俺の都合でな」

 食事が来た。うん、良い匂いだ。

 ラキシスにも食べるように促す。

「ご主人様の名前を教えてください」

「俺はユウト・コウサカだ」どうもご主人様と呼ばれるのは好きになれないな。「俺の事はマスターかユウト様と呼べ」

「わかりました、マスター」

 うん、良い感じだ。

 今夜は食後のエールはやめて宿に戻る。今度は表から入る。

「奴隷を買ったんだが、部屋に泊めても良いか?」

 宿の女将に相談する。

「二人部屋に変えますか?」

「いや一人部屋のままで良い。朝食だけ二人分で頼めるか?」

「かしこまりました」

 ラキシスを連れて部屋に入る。

 これがファビアなら、ヌルヌルダンジョンが口をパックリ開けて待ち構えているところだが、ラキシスでは俺の魔槍も働かない。

「ローブを脱げ」

 買ってきた下着を着けさせる。

「お前はもう寝ていいぞ」

 治癒魔法で病気は治したが、体力が回復するまで無理はさせられない。

「ああ、床じゃない、ベッドに寝ろ」

 俺は今後の事を考える。どうやって帰還魔法の情報を得るかだ。ない、といわれている魔法を調べるのだ。闇雲に探しても見つからないだろう。

 結局、遅くまで考えを巡らせたものの名案は浮かばなかった。明日になれば、ファビアが新しい情報を持ってくるかも知れない。俺は狭いベッドの、ラキシスの隣に体を滑り込ませた。


 翌朝、俺はラキシスを連れて階下に降りる。朝食は二人とも同じものだ。

 ラキシスはずいぶん調子が良さそうで、パンをおかわりした。

 今日はやることがない。王宮には近付くなとファビアに釘を刺されているので、王宮観光もできない。

「お前、何か武器を使えるか?」

 冒険者として行動する際に役に立つかも知れない。

「いいえ、マスター」

「お前は今まで何をしてきたんだ?」

「村が人族に襲われて、私が奴隷になったのが一年ほど前です。それから農場で働かされたのですが、病気で倒れて。奴隷商に引き取られて、あそこで死ぬのを待っていました」

 弓や槍は技術が要りそうだ。剣ならなんとかなるかも知れない。後でラキシス用に剣と防具を買いに行こう。俺も何か武器が欲しい。

 たっぷりと時間を掛けた朝食の後、俺たちは早速買い物に出かけた。まずは武器屋だ。

「いらっしゃい」ガタイの良いオヤジが声を掛けてくる。

「コイツに使えそうな剣と、俺には短剣を探しているんだが」

 魔術師なら杖とか魔道具かとも思うが、何となく短剣の方が格好良さそうなので魔道具屋ではなくこっちにした。ラキシスは筋力がないので、軽い武器が良さそうだ。

「そうですねぇ」オヤジはラキシスの貧弱な体を値踏みするように眺めた。「レイピアですかね」

 レイピアはフェンシングの剣だ。突き以外に使えない上、致命傷を与えにくい。

「店主、細身のロングソードで良いものはないか」

「それなら」と、オヤジが奥の棚から剣を取り出す。「ちょっと値は張りますが、これは良いですよ」

 それは見るからに高級そうだった。装飾が施された鞘に収まっている。剣を受け取り鞘から抜いてみる。軽い。刀身にも彫金エングレープが施されている。

「それは魔剣でして、炎属性が付加されているんです。刃こぼれもしにくいです」

 長すぎず、元々女持ちとして作られているみたいだ。

「もって見ろ」ラキシスに渡す。

 ラキシスが両手で剣を構える。なかなかサマになっている。

「これにしよう」

 値段は金貨三枚と銀貨六枚。

 続いて自分用の短剣を探す。ショウケースには、主に両刃のダガーが並べられている。幅広で重厚なモノが多い。

 その中で、少し長めで、幅があまり広くない一本が目にとまった。

「これを見せてくれ」オヤジにショウケースから出して貰う。

 それは刃渡り三十センチほどの細身のダガーで、グレーのツヤ消しに魔法陣のような模様が入っている。

「さすが、お目が高い。こいつも魔剣ですが、実は付加された魔法属性がわからんのです」

 持ってみると、しっくりと手になじむ。特に魔力は感じない。まるでさび止め加工のコーティングのような色だが、魔法属性を付加した影響で、自然にこんな色になったという。

「どうして魔法属性がわからないんだ?」

「武器に魔法を付加するのは専門の魔術師なんですがね、その属性は鍛冶士が刀身を打つ時点で決まるんですよ」

「ならば、付加された魔法はともかく、属性がわからないなんてことはなさそうだが」

「確かにそうなんですが」と、オヤジが頭をかく。「そのダガーを打った鍛冶士はもう死んじまってるんで。鍛冶士の死後に、その弟子がウチに持ち込んできたんですが、弟子にも属性はわからないんだそうで」

「面白いね」

 持ってみても何もわからないが、何かしらの力は感じ取れる。悪い感じはしない。

「そんなわけで、良い品なんですが素性が知れないんで、お安くしときますよ」

 結局、これを銀貨七枚で買うことにした。手持ちの資金が底をつきそうだ。

 ラキシスに革の鎧でも買おうかと思ったが、やめる事にした。今の貧弱な体に合わせて買っても、すぐに合わなくなりそうだ。

 ラキシスに剣の稽古をさせたいが、まだそれだけの体力はないだろう。今日は王宮に近付かないように気を付けながら、観光でもしよう。

 俺はラキシスを連れて歩き出した。王宮とは別の尖塔が見えたので、そこを目指す。

 二十分ほど歩いて、尖塔の近くまで来た。教会のようだ。

 教会の前は広い階段になっている。その下にラキシスがひざまづく。

「女神ハトゥール様の神殿です」

 ラキシスは俺にもひざまづくように促すが、知ったこっちゃない。俺の宗派は真言宗だ。

 この世界の多くの国では、唯一神ハトゥール女神を信仰しているそうだ。人族だけでなく、多くの獣耳族もだ。ただし、人族の国では神は人の姿で表されるが、狸耳族の国では神も狸耳らしい。

「神に祈って何とかなるなら、勇者なんか召喚するなってんだ」

 俺はこの世界の不条理に腹が立つ。

「マスター?」

 俺はまだこの狸娘に俺の素性を話していなかった。後で話してやろう。

「入ってみるか?」

「はい」

 階段を上がり、大きく開かれた入り口を入ると、中は薄暗い。キリスト教の教会に似ている。正面に祭壇があり、中央に置かれた大きな彫像が女神ハトゥールだろう。

「こんなところに亜人か」

 声が聞こえてくる。声の主は、この教会の司祭のようだ。

「お前たちの神は平等ではないようだな」

 ラキシスに言う。ラキシスが困ったような顔をした。

「失礼だが、魔術師殿はホルス教の信者ではない?」

 司祭が話しかけてきた。

「俺は真言宗だ」

「シンゴンシュウ? 知りませんな」

「だろうな。遠い国で信じられている宗教だからな。だが、お前たちの差別的なホルス教よりは進歩的だと思うがな」

「ホルス教とて平等ですよ。ただし人々に対して、ですが」

「ああ、獣耳人は人じゃないからな」

「その通りです。人と家畜に立場の違いがあるように、人と獣耳人の間にも違いがあるのです」

 俺はそれ以上議論はしない。司祭の言う事にも一理ある。元の世界でも、牛は殺して食べても良くて、犬や鯨はダメだというような差別主義者が多かった。要は線引きの問題だ。この世界では、亜人の中でもエルフやドワーフはこちら側で、獣人や獣耳族はあちら側なんだろう。俺は女神像の前の賽銭箱に銅貨を何枚か入れた。

「神のご加護がありますように」

 司祭が去って行った。

 教会を出て、食事のできるところを探す。獣耳人禁止と書いてない店に入ったが、歓迎はされないようだ。俺は構わず注文をする。ラキシスは居心地が悪そうだ。

「ずいぶん痩せた奴隷じゃないか」若い男がちょっかいを出してきた。「そんなんで夜のご奉仕ができるのかよ」

「夜の奉仕くらい、穴があいてりゃできるだろ」

 俺の返しに、男は言葉を詰まらせる。ラキシスは下を向いている。

「――そりゃあ、そうだな。変わった趣味だな」

「巨乳好きは乳離れしていないガキと相場は決まっている。それに貧乳の方が感度が良いぞ?」

 男は愛想笑いを浮かべて離れていった。

「マスター」

 ラキシスは下を向いたままだ。

「なんだ?」

「私、頑張ります」

 ああ、頑張れ。何をだ? 昼から飲むエールが美味い。

 ほかのテーブルのひそひそ話は気にせずに、俺はエールと料理を楽しむ。ラキシスは縮こまっているが、食欲は旺盛だ。この分ならすぐに体力も回復するだろう。

 午後はあてもなく街をぶらつく。歩く事でラキシスの運動にもなる。

 夕方、宿に帰る。

「俺に客はなかったか?」

 女将に尋ねる。ファビアが顔を出してもいい頃だ。

「いいえ、誰も」

 俺は二階へ上がった。

「ご予定があったんですか?」

 部屋に入ると、ラキシスが尋ねた。

「ああ。今日、女が来る事になっている」

「奥様、ですか?」

「違う。俺のかたきだが、連れでもある」

 俺はラキシスに事情を説明する。この国の王宮に召喚された事。勇者じゃなかった事。荒野に捨てられた事。ファビアを道連れにした事。そして、クソ国王と宮廷魔術師に復讐する予定である事。

「ファビアが合流したら、旅に出る予定だ。帰還魔法を探す」

 結局、ファビアは来なかった。食堂で食事をして、俺は食後のエールとチーズを ラキシスはジュースとケーキを楽しんだが、来客はなかった。

 約束が守られなかったのなら、こちらの約束も反故という事だ。明日は王宮で一戦交える事になる。俺の探知魔法でクソ国王の居場所が判ると良いのだが。

 服を脱いで、狭いベッドに入ろうとすると、ラキシスが全裸になった。

「どうした?」

「私、頑張ります!」

 どこかで聞いたな。ああ、昼の食堂か。

「無理だ。俺の魔槍ロンギヌスはお休み中だ」

「大丈夫です。頑張りますから」

 ラキシスはベッドに足下から潜り込み、俺の股間に顔を埋めた。コンニャク状態の魔槍をくわえる。

「噛むなよ」

 思いの外、気持ちが良い。

「らいりょうふれふ」

 何を言っているのかよくわからない。が、魔槍が頭をもたげる。ラキシスに色気がなかろうと関係ない。愛がなくても女を抱けるのは、男の本能に由来しているらしい。魔槍ロンギヌスが潤滑油をしたたらせる。

 ラキシスが俺の上に被さる。

 右手で俺のロンギヌスをまさぐり、自分のダンジョンに導こうとしている。が、うまくいかない。

 俺はいちどラキシスの体を離す。

「お前が下になれ」

「はい、マスター」

 ラキシスが嬉しそうに返事をした。

 今度は俺が上になり、魔槍をラキシスのダンジョンに導く。

「ゆっくり、してください」

 魔槍の穂先がダンジョンに少しだけ入ったところで、ラキシスが甘えた声で言う。

 だが、いったん入り口に届いてしまえば俺の魔槍は止められない。穂先が入り口をヌルッと越え、奥へ入る。

 ラキシスは体をずり上げて逃げようとする。処女だった。俺はラキシスの細い肩に手を掛け、彼女の体を俺の下に引き戻す。魔槍を突き込むたびに、ラキシスの顔がゆがむ。だが、泣き叫ぶような事はしない。

 こんな細い体にも、ちゃんと俺の魔槍が収まるダンジョンがあるのだ。女体は不思議だ。ファビアほどではないが、ラキシスのダンジョンも天国のようだった。この世界のダンジョンは優秀だ。よく絞まるラキシスのダンジョンに、俺の魔槍は数回雄叫びを上げて、縮小した。

 俺がラキシスから降りると、今度はラキシスが俺に上体を被せ、キスをせがんだ。う~ん、俺の魔槍をくわえた口は、ちょっと。

 ラキシスはベッドを降り、汲み置きの水で上と下の口をゆすぐ。

「ちゃんと洗いました」

 そう言って、改めて口づけをした。

「痛かったか?」

「痛かったです。でも我慢できました」

「そうだな。偉いぞ」

 横に寝たラキシスの胸を触ってみる。膨らみはない。ラキシスが足を絡めてきた。まだ痛いだろうに、二回戦に向けて意気込み十分だ。

 ラキシスは俺の魔槍を握り、無理矢理立たせる。自分の下半身をその上に持って行き、四苦八苦の末、今度はうまくダンジョンに納めた。

 痛そうに顔をしかめながら、腰を動かす。頑張ります、とはこういうことか。自分が性奴隷として役に立つところを見せたいのだろう。愛おしくなる。だが動きは長く続かない。体力不足だ。また俺が上になり、魔槍をゆっくりと、根元まで突き入れる。魔槍にまとわりつくダンジョンの温かさが心地良い。魔槍を突き立てる速度は徐々に早くなり、ラキシスが声を上げる。気持ちが良いのではなく、痛いのだろう。魔槍はダンジョンの奥にスライムを残し、動きを止めた。

 コンニャクになった魔槍を引っ張り出し、俺はラキシスから降りる。ラキシスはつらそうだ。三回戦はなしにしよう。


 腕がしびれて目が覚めた。シングルのベッドに二人で寝ていると、どうしても重なってしまう。俺の腕の上にラキシスが乗っていた。

 ラキシスの下からそっと腕を引き抜く。起き上がって、しびれが取れるのを待つ。今日が運命の一日になるかも知れない。そのまましばらく、ラキシスの寝顔を見ていた。

 そろそろ朝食の時間だ。

「起きろ、ラキシス」

 ラキシスはまだダンジョンが痛そうだ。昨夜は少し攻めすぎたか。

 一階へ降りて、朝食を頼む。飲み物は二人とも温かい乳にする。パンと卵料理が出てきた。俺は、硬いパンは好きになれない。が、ラキシスには美味しいらしい。俺の分まで食べている。

「ラキシス、今日は部屋で留守番だ」

 まだ何の戦力にもならない奴隷など、連れては行かない。俺は今日、王宮に殴り込みを掛けるのだ。

 今日、俺が何をするのかはラキシスにも話してある。他言を禁じているので、ラキシスが誰かに漏らす心配はない。隷属魔法の縛りがある。

 王宮の下調べもしていないので、特に作戦はない。が、宮廷魔術師から始末していった方が、クソ国王にプレッシャーが掛けられて良さそうだ。ファビアが国王にちゃんと俺の事を伝えていれば、自分がターゲットなのだと理解できるだろう。もちろん、その理由も。魔法宮が簡単に見つかると良いのだが。

「行ってくる」

 ラキシスに言い置いて、俺は宿を出る。王宮の場所はすぐわかる。目立つ尖塔に向かえば良い。

 市街地と王宮は、城壁とその外に巡らされた堀で隔てられていた。俺は堀の外を歩いてみる。

 城壁には複数の城門があり、城門からは堀を渡る跳ね橋が続いている。結局、一時間近く掛けて堀を一周したが、城壁の内側の様子はよくわからなかった。

跳ね橋が降りているのは一カ所だけで、城門もそこだけが開けられていた。

 俺は開けられた城門から離れた場所に立つ。人影は少ない。一瞬の飛翔魔法で堀と城壁を飛び越え、王宮の敷地内に降り立った。警備の兵士はいない。

 一番高い尖塔があるのが王の居城だろうと目星をつける。それとは別にいくつもの尖塔を持つ建物がある。あれが魔法宮だろうか。探知魔法で調べると、結構人がいる。中には魔力の高そうな反応もある。あそこから手を付けるとしよう。

 俺は尖塔の多い建物に向かって歩き出す。石畳の広場や、小さな建物の間を抜ける小道、明るい林を通る。建物に近付くと、人の姿が確認できる。みな忙しく働いているようだ。俺とすれ違っても、気にもとめない。魔術師のローブのせいで、魔法宮の職員とでも思われたんだろう。

 建物に入る。探知魔法で調べてみると、魔力の大きな者たちは二階にいるようだ。きっと宮廷魔術師たちだ。

 階段を見つけ、俺は二階に上がる。長い廊下が続いている。学校の校舎を思い出した。廊下を進み、最初の扉の前で立ち止まる。扉には番号が振ってある。十二だ。宮廷魔術師の人数と同じだ。中に人の気配は探知できない。先へ進む。次の扉は十一だ。中には人の気配がある。二人だ。そこそこ魔力値が高そうだ。

 扉に鍵は掛かっていなかった。俺は扉を開け、中に踏み込む。

 白いローブを身にまとった魔術師が二人、女だろう。どちらも小柄だ。

「誰?」

 一人が振り返る。俺は素早く歩み寄り、そいつの腹に思い切りパンチを入れた。魔法でも何でもない、普通のグーパンチだ。女は声を上げる事もできずにくずおれた。

 もう一人の女に向き直る。騒がれる前にパンチで黙らせたい。

「ユウト様!」

 女がローブのフードを取った。ファビアだった。

「お前か、クソ女」

 俺はファビアは放っておき、床に倒れて苦しんでいる女の処理に掛かる。

 ローブを脱がせると、中にはファビアと同じようなプルオーバーとジョガーパンツを着ている。まず、サンダルを脱がす。

「お願い、シャイニちゃんを許してあげて」

 ファビアが俺の腕に抱きつく。

「俺はシャイニちゃんもお前も、許すつもりはない」

 俺はファビアを振りほどき、遠慮なく彼女の腹にパンチを叩き込んだ。

 うめきながら床に倒れたファビアは無視する。

 俺はシャイニちゃんのジョガーパンツを脱がしにかかる。要領はもうわかっている。脱がしたジョガーパンツで女の両手を縛っておく。プルオーバーをたくし上げ、ブラジャーの紐をほどく。女はまだ腹が痛いらしい。うなるだけで声にならない。最後に、女のズロースを引きずり下ろす。

 俺はズボンとパンツを脱ぐ。魔槍ロンギヌスは姦る気満々だ。

 シャイニちゃんの股を押し広げる。両手で乳房を掴み、一気にロンギヌスを突き立てる。女が初めて悲鳴を上げた。コイツも処女だ。ヴェールを引き裂く感触が魔槍に伝わる。破ける音まで聞こえてきそうだ。

 女の口に、たくし上げたプルオーバーを突っ込む。これで少し静かになる。ロンギヌスが女の中にスライムを発射した。だが、俺の怒りも魔槍の怒りも収まらない。

 女の体をひっくり返し、背後から、魔槍の怒りをぶつける。ロンギヌスが女のダンジョンの奥深くまで到達する。逃げようとする女の腰を掴み、引き寄せる。女が足をばたつかせる。ダンジョン探索を二度終わらせたところで、俺はファビアに向き直る。

「昨日、お前が来なかった事で、もうゲームオーバーだ。お友達のシャイニちゃんだけじゃないぞ。十二人の魔術師とクソ国王を確実に仕留める。何なら、王宮ごと破壊してもいい」

「お願い、お願い」

 ファビアが苦しそうに言う。だが、続きの言葉は出てこない。

 俺はシャイニの髪を掴み、彼女の顔を引き寄せる。

「宮廷魔術師に女はあと何人いる?」

 女は喘ぐだけで答えない。

「もう一発、次は顔を殴られたいか?」

「ご、ごめんなさい。もう許して」

「質問に答えろ」

「あと一人です」

「そいつの年は?」

「六十七、いえ六十八だと思います」

 なんだ、ババアか。女は全員強姦してから殺してやるつもりだったが、六十八はもう女じゃないな。残りの十人はただ殺せば良いだろう。

 俺はパンツとズボンをはく。今更ファビアを強姦しても復讐にならない。

「お願い、聞いて」

 ファビアが体を起こした。

「今更、何だ?」

「わたし、辞職させて貰えなかったの。それに王命でここから出られなくて。宮廷魔術師の身分のままここを抜けたら、首に賞金を掛けられてしまいます。ですからここを辞めさせて貰えるまで、ユウト様にもう少し待って頂きたくて、シャイニちゃんに伝言を頼むつもりだったんです」

「それは俺の知ったこっちゃない。たとえ伝言を聞いても、俺に待ついわれはない」

「でも」

「お前たちはここで死ね。残りの魔術師十人もクソ国王も、今日死ぬんだ。寂しくないだろ?」

 俺は会話を打ち切る。探知魔法で辺りを調べる。まだ混乱は起こっていない。

 女たちを無視して、部屋を出る。次は十番の部屋だ。扉を開けると、白いローブをまとった男が机越しにこちらを向いて座っていた。

「何者だ?!」

 男が立ち上がる。

「俺が誰だか判らないか? そうか、ファビアは話していないのか」

 俺は両掌を男に向ける。楽に死なせはしない。アイスダガーではなく、氷を針のように細くしたアイスピックをイメージする。数十本のアイスピックを 力を加減して即死しないように男の体に打ち込む。

 男が悲鳴を上げて倒れる。アイスピックは男の体温で溶けていき、それに連れて出血がひどくなる。

「俺を勝手に召喚して、勝手に廃棄しやがって。お前たちには命をもってあがなって貰う」

 床をのたうち回る男に慎重に狙いを付け、今度は両足にアイスダガーを打ち込む。続いて両手にもアイスダガーだ。

 男の悲鳴を聞きつけて、ようやく兵士が駆けつけた。抜剣して部屋に入ろうとする一団に、ファイアボムをお見舞いする。ずいぶんと手加減をしたが、扉と周囲の壁が崩壊した。兵士の血肉が飛び散っている。

 俺はがれきを踏み越えて廊下に出る。振り返って部屋の中にファイアボムを発射する。爆発音が消えると、男の悲鳴も聞こえなくなっていた。

 階段の方から加勢の兵士たちが走ってくる。俺は無造作にアイスダガーを連続発射する。兵士たちは折り重なって倒れ、動かなくなった。

 隣の九番の扉を開ける。とりあえず、自己紹介をしておこう。

「お前たちに召喚されたあげくに荒野に捨てられた勇者モドキだ。俺を召喚した宮廷魔術師様たちとクソ国王には死んで詫びをして貰う」

 男が何かわめいているが、聞こえない。俺はファイアボムで男の体をミンチにした。

 八番の部屋、七番の部屋と、もう面倒なので問答無用でファイアボムを発射していく。一応、探知魔法で魔術師が死んだ事を確認しながら次の部屋へと移動していく。魔術師連中は自分の部屋から逃げだそうとは考えないらしい。もっとも、廊下に出てきたところで俺のアイスダガーの餌食になるだけだが。

 最後の部屋に着く。一番の部屋だ。扉を開けると、ローブの男がこちらを向いて立っていた。

 男の足下にはチョークで魔法陣が描かれている。男は何かを詠唱している。

 試しにアイスピックを一本だけ、軽く飛ばしてみる。アイスピックは男の前で止まり、床に落ちた。防御魔法だ。だがさほどの威力は感じない。

「お前たちが召喚した勇者モドキの力を見くびるなよ」

 俺はアイスダガーを飛ばす。アイスダガーは防御魔法など存在しないかのように、男の股間に突き刺さった。

 男は魔法陣の中心で股間を押さえて泣き叫んでいる。

「どうした? 治癒魔法でも試してみたらどうだ?」

 あまりに痛すぎて詠唱ができないらしい。俺は廊下に出て、男にファイアボムをお見舞いした。

 廊下の突き当たりにも階段があった。俺は階下に降り、魔法宮を出る。

 高い尖塔のある建物、あれが宮殿だろうが、今、多くの兵士が配備されているようだ。あのクソ国王は宮廷魔術師の救援より、自分の身を守る方を優先したようだ。

 俺の攻撃魔法は一対一ではめっぽう強い。が、一対多の近接戦闘にはあまり向かない。しかし一対多でも、敵と距離があればその威力は絶大だ。

 俺は飛翔魔法を使って上昇する。宮殿は四~五階建てで、その上に幾つかの尖塔を持つ構造のようだ。各階には随所にバルコニーがあり、そこには弓兵が配置されている。下を見ると、宮殿の周囲には幾重にも兵士が並んでいる。

 俺は宮殿ごと破壊する事にした。

 宮殿の周囲を速度を上げて飛行する。弓兵が矢を射てくるが届かない。届いたところで防風壁で防げるだろう。俺は宮殿の外壁とバルコニーに連続してファイアボムを打ち込んでいく。外壁が崩れ、バルコニーが弓兵とともに落下する。下の兵士たちにも少なからず被害が出ている。逃げる兵士は気にしない。きっとクソ国王は宮殿の奥深くで震えている事だろう。

 ファアボムを発射しながら宮殿の周りを三周もする頃には、建物はもう元の形が判らないほどに崩れていた。それでも残った部分に人の存在を感じる。何人かがかたまっている場所がある。俺はその近くに着地する。俺を阻む兵士はもういない。がれきをかき分けて、建物の残骸に入っていく。

 あまり広くはないが、豪華な装飾を施された部屋に出た。ほぼ形を保っている。部屋の奥に、数人の兵士に守られた一団がいた。

「久しぶりだな、クソ国王」

「国王陛下に無礼でしょう!」

 国王の横にいた女がくってかかる。

 俺は躊躇する事なく、その女にアイスダガーを発射した。

 周囲の連中があわてて倒れた女を助け起こす。

「王妃になんという事を!」

 兵士たちが俺に剣を向けた。

 王妃だったのか。クソ国王にお似合いのクソ王妃だったな。

 邪魔な兵士たちにもアイスダガーを発射する。剣で防御を試みたようだが、無駄な事だ。アイスダガーのスピードには敵わない。兵士たちがばたばたと倒れる。

 残っているのはクソ国王と数名の者たちだ。

 若い男が短剣を握って突進してきた。俺は近付くのを待って、シールドで防ぐ。見えない壁に当たって倒れた男に、アイスダガーでとどめを刺した。

 もう一人の男も短剣を手に向かってくる。まだ少年だ。が、俺は躊躇しない。こちらは近付く前にアイスダガーで倒してしまう。

 残ったのはクソ国王と若い女だ。女も短剣を手にこちらを睨んでいる。

「あなたは何者です?」

 女が言った。今更、そこからかよ。

「俺はそこのクソ国王と宮廷魔術師たちに召喚された勇者モドキだよ」

「え? 勇者召喚は失敗したと聞いています」

「そうらしい。ただし、召喚が失敗したんじゃない、召喚されたのが勇者じゃなくて俺だった、ということだ。クソ国王は俺が勇者じゃないと知って、廃棄処分にしたのさ」

「廃棄処分?」

「魔獣が徘徊する荒野の果てに転移させられた」

 国王が走って逃げようとした。逃げようにも、この部屋に続く階段は崩落していて、逃げ道などない。

「お父様?!」

 女が叫ぶ。コイツはクソ国王の娘か。

「さすがはクソ国王だな。自分の娘も捨てて逃げるか」

 国王は扉の外のがれきの山を見てうろたえている。

 俺は国王に歩み寄り、アイスピックをお見舞いする。国王の締まりのない体に、数十本の氷の針が突き刺さる。王が泣きわめく。

 俺はクソ国王を放置して娘の方へ行く。

「お前は?」

「第二王女のジーナ・ロロブリスです」

 ジーナは、これぞ中世の王侯貴族という出で立ちで、すべて脱がすのには骨が折れそうだ。

 俺はジーナに近付く。

「下がりなさい!」

 短剣を振り回しながら、女が叫ぶ。

 俺は女の手から短剣を取り上げた。

「無礼者。誰か、誰か!」

 逃げようとする王女を近くの壁に後ろ向きに押しつける。

「放しなさい!」

 うるさい女だ。

 俺は女の背中を押さえつけながら、彼女の服を締め上げている背中の紐を切りに掛かる。女から奪った短剣はよく切れた。

 暴れる女の肌を切ってしまわないように気を付けながら服を剥がしていく。

「わたくしを誰だと思っているのです! 王女ジーナですよ?」

「さっき聞いた」

「平民の分際で、許されると思っているのですか!」

「誰に許して貰えば良いんだ?」

「こ、国王と女神ハトゥールが許しません。必ず天罰が下ります!」

「国王ならさっきお前を捨てて逃げたじゃないか。あそこでうなっているから、なんなら許すか許さないか、聞いてみるか?」

 ようやく俺は、王女ジーナをブラジャーとズロース姿にした。結構時間が掛かった。

 王女のブラジャーも、フロントを紐で編み上げる作りだ。背後から押さえつけたまま紐を切るのは難しい。切りにくそうだが、後ろ側を切っていく方が良さそうだ。

「待って、待って!」

 ジーナが叫ぶ。

「何だ?」

「切らないで! 自分で外します」

「観念したのか?」

「後ろを切られたら、後で着られなくなります」

 王女は自分が殺されるとは思っていないらしい。

 俺は王女を押さえていた手を離す。王女は俺の方に向き直り、紐をとき始める。

 今まで自分でといた事などないのだろう、かなり手間取りながらも、ついに紐をとき終えた。

 自らブラジャーを外し、足下に投げた。

 それは美事な乳房だった。巨乳と呼ぶにふさわしい大きさだが、垂れもせず、広がりもせず、こちらを威嚇するように突き出ている。

 続いて王女は自らサンダルを脱ぎ、ズロースを下ろした。

 締め付けのきつい、補整下着のような衣服を着ていたのに、この女は脱いでも凄かった。細い腰と長い足が、俺の理性を失わせる。いや、俺は荒野に捨てられたときに、理性など捨てたはずだ。

 ジーナ王女が両手で胸と股を隠す。

「わたくしをこれだけ辱めたのです。もう十分でしょう」

 まったく王女の非常識さにはあきれる。俺がこれで終われると、本気で思っているのだろうか。

 ズボンとパンツを脱ぐ。

 王女が俺の股間を注視している。

「カローン川の向こうへ行く前に、せいぜい俺を楽しませろ」

「わたくしを殺すのですか?」

「この状況で、生かされるとでも?」

「貴方の事は可愛そうだと思います。ですが、私の責任ではありません。なぜ殺されなければならないのでしょう?」

 まったくその通りだ。俺は女を捕まえ、クソ国王の近くへ引きずっていく。自分の娘が犯されるのをクソ国王に見せつけるためだ。

「それはお前がこのクソ国王の娘だからだ。連帯責任というやつだ」

 国王はまだ生きていたが、残念ながら出血多量で意識はなさそうだ。

 俺は王女を国王の血溜まりから少し離れたところに押し倒す。国王に見せられなくても、この女は犯す。

 両手を突っ張って抵抗する女と、しばしもみ合う。女が疲れて抵抗できなくなったところで、両手で乳房を掴む。素晴らしい張りだ。大きめの乳首をつまんでみる。

「許して、許して」

 王女が俺を蹴って、逃げようとする。だが逆効果だ。王女は俺を股の間に招き入れる格好となった。

 もう俺のロンギヌスも我慢の限界だ。両手で乳房を押さえたまま、腰を動かし王女のダンジョンを探す。ロンギヌスの先端が茂みにこすれる。もう少し下か。

 ロンギヌスの先端がギャウに到達する。穂先が、狭いダンジョンの入り口に割り込む。潤滑油が足りないせいで、思わぬ抵抗に遭う。が、魔槍を少し送り込むと、穂先は一気に入り口を突破した。

「ああっ、痛い!」

 王女が両手を突っ張って最後の抵抗を試みる。だがもう手遅れだ。魔槍は根元までダンジョンに突き刺さっている。

 俺はしばらく王女が暴れるのを許しておく。王女が腕を振り回し、足をばたつかせるたびに、俺の魔槍と王女のダンジョンがこすれ合って具合が良い。

「お願い、もう抜いて」王女は涙声だ。

 王女の両腕を押さえ、俺は上体を女の胸に合わせる。腰を動かすと、魔槍はいくらも保たずにスライムを残して縮小した。

 度重なるスライム放出に、俺のスライム生成能力が追いつかない。スライム生成を司る、魔槍のつかにある二つの宝玉が痛む。

 俺は女の体から身を離す。コンニャク状態の魔槍を引き抜くと、ダンジョンからイチゴミルクのような液体が垂れた。

 もはや俺の魔槍ロンギヌスも疲労が溜まって使用限界に達している。だが、これで終わりはしない。

 魔槍ロンギヌスの復活を待ちながら、俺は王女の乳房をもてあそぶ。ジーナが嫌がる。が、もう体力がないのだろう、たいした抵抗はできない。

 やがて魔槍がその鎌首をもたげる。二回戦の開始だ。

「いや!」

 ジーナが叫ぶ。その声に魔槍が反応して、硬さを増した。王女も貴族も獣耳人も、ダンジョンの造りに違いはない。しかし元の世界に比べて、この世界のダンジョンは総じて具合が良い。ジーナも例外ではない。キツくてよく締まり、ダンジョン壁面の硬度が

絶妙だ。単に俺が当たりを引き続けているだけかも知れないが。

 二回戦も、それほど時間が掛からずに終わった。

「もう許して」

 王女が喘ぎながら言う。

「だめだ」

 ジーナは床を這って逃げようとする。俺に向けられた尻に魔槍が反応する。

 俺は背後から見る股間のグレート・リフト・バレーとギャウの連なりが大好きだ。女が股を開かなければ見る事ができない、この神秘な光景が大好きだ。

 景色だけではない。背後から攻めるダンジョンは魔槍の反りとマッチして、密着度が増す。魔槍はダンジョンのより深くまで到達する。

 俺はジーナ王女の後ろに回る。彼女の両足を引き寄せ、あたかも魔槍の鞘のようにダンジョンで魔槍を包み込む。

「痛い、痛い!」

 深く刺さった魔槍に、王女が泣き声を上げた。

 背後からのダンジョン攻略も長くは続かない。ダンジョン最奥の小部屋に、おしるしばかりのスライムを残して、俺の魔槍はコンニャクになった。

「クソ国王に後継者はいるのか?」

 果てた後、俺は女の背中に乗ったまま、尋ねる。

「二人の王子はそこです」

 ジーナは先ほど俺が殺した若い男たちを指さす。

「ほかに王子は?」

「いません。第一王女はすでに隣国の公爵家に輿入れしています」

「つまり、今はお前が王位継承権第一位か?」

「その通りです。さあもう、わたくしの上から降りなさい。でないと、兵を呼びますよ」

 王女だって、呼んでも誰も来ない事は判っている。ただ威厳を保ちたいんだろう。

 俺は王女から降りる。

「もう十分でしょう?」

「どうかな」

 俺は女の背後から、両の乳房を持ち上げてみる。かなりの重量だ。

「あっ」王女が小さく声を漏らした。

 国王はすでに息絶えていた。自らの血の海にうつぶせに倒れたクソ国王を見ても、復讐を達成した爽快感のようなものはわいてこない。

 俺は王女のあごを持ち、無理矢理こちらを向かせる。瞳が涙で光っている。俺は無理矢理口づけをする。王女は抵抗しない。舌を入れると、ジーナは自分の舌を絡めてきた。長い長い接吻の後、俺はジーナを離した。

 俺はパンツとズボンをはく。

「お前は殺さない」俺は王女に告げる。「クソ国王の娘というだけで殺すのは可愛そうだからな。それにお前、かなり具合が良かった」

 王女は何も答えない。ただ俺の顔をじっと見つめている。

「じゃあな」俺はがれきを乗り越え、空に飛び出した。

 魔法宮に戻り、二階に上がる。宮殿を破壊したので、みな向こうに行っているのだろう。こちらに兵士の姿はない。

 ファビアとシャイニはまだ十一番の部屋にいた。

「国王陛下は?」

 ファビアが聞く。

「始末した。王妃と二人の王子もだ」

「そう」

 と頷く。

「ジーナ王女は生かしておいた」

「辱めたのね」

「もちろん」

「死んでしまわなければ良いんだけど」

 ファビアがぽつりと言った。

 あの女が簡単に死ぬとは思えない。が、どうでも良い事だ。

 俺の復讐対象で、残ったのはこの二人だ。

「もしお前たちを生かしておいたら、お前たちの身分はどうなる?」

「任命権者が死んでも、宮廷魔術師の身分は変わりません。むしろ辞職を承認できる人が現れるまで、望んでも辞職できない状態は続くでしょう」

「お前かシャイニが繰り上がって魔法宮のトップにはならないのか?」

「わたしたちの年齢では難しいでしょう」

「そうか。そうなると、選択肢は二つだ。お前たちはここで俺に殺されるか、あるいは俺の奴隷として生きながらえるか」

「どうして奴隷なんでしょう?」

「奴隷はどこのギルドにも加入できないと聞いた。宮廷魔術師がギルドみたいなものなら、奴隷になってしまえば自動的に身分が消滅するんじゃないか?」

「あっ」とファビアが声を上げる。「思いつきませんでした。でも、その通りです」

 二人が奴隷に身を落とすというのなら、俺の復讐に幕を引いても良いだろう。

「で、どうする?」

「奴隷でも生きていたいです」

 シャイニが言った。正直なやつだ。ファビアにも異存はなさそうだ。

 俺は二人に治癒魔法を掛ける。

「ユウト様、いつの間に治癒魔法を?」

 ファビアが驚いている。

「お前と別れた後、格好の実験台を手に入れてね」

 俺は二人を連れて魔法宮を出る。人のいない、建物の陰へ行く。二人を左右に抱え、飛翔魔法で上昇する。初めて飛行するシャイニが俺にしがみつく。そのままあの奴隷商店近くの裏路地まで飛行し、誰にも見られずに着地した。

 店に入り、奴隷商に声を掛ける。

「隷属魔法を頼みたいんだが」

 奴隷商は二人の装束を見て何か言いたそうだったが、「わかりました」とだけ言った。金糸の縁取りのある白いローブは宮廷魔術師だと知れているだろう。

 俺たちは奥の小部屋に通され、ラキシスの時と同じように奴隷契約を完了した。

「首輪込みで、二人で銀貨四枚です」

 あれ? ラキシスの時は銀貨二枚だった。ということは、ラキシス自身は無料だったのか。本当の不良品処分だったわけだ。

「お前たちはこれで奴隷の身分になった。宮廷魔術師じゃなくなったわけだ」

「はい」と、ファビアが答える。「魔法宮でも、わたしたちは自動的に除籍になっているはずです。でも奴隷になった事までは判りませんから、きっと不思議がっているでしょうね」

 俺は二人を連れて奴隷商店を後にする。

「そのローブは仕舞っておけ」

 ファビアが二人分のローブをストア革袋に入れる。

 シャイニが少し遅れる。

「どうした?」

 立ち止まって声を掛ける。

「ああ」と、ファビアは納得した様子だ。「何かが挟まっているみたいでしょ? 初めての時はそんなものよ」

 シャイニが顔を赤らめる。

「何の話だ?」

 俺はファビアに向き直る。

「生まれて初めてダンジョンに魔槍を招き入れたでしょ? 魔槍が抜かれた後も、その感触が残っているの。だから歩きにくいのよ」

 ファビアがシャイニの手を取る。「最初だけだから」

 速度を落として歩き、魔道具屋に入る。代わりのローブを探すためだ。追っ手が掛かる心配はないだろうが、それにしても二人は念入りに時間を掛けて選んでいる。

 結局、ファビアは薄いクリーム色、シャイニは濃い赤のローブを選んだ。

「これからどこへ行きますか?」

 ファビアが尋ねる。

「とにかく、この町から離れよう。その前に、宿に戻って荷物を取ってくる」

 荷物とは、ラキシスの事だ。

 ラキシスは宿の部屋でおとなしくしていた。

「お互いの紹介は後だ。行くぞ」

 宿の帳場で精算を済ませ、外へ出る。特にあてはないが、王都に来るときに南東側の上空を飛行したので、どうせなら別の場所を見てみたい。

「王都の北に適当な町はあるか?」

「馬車で一時間ほどのところに町があります」シャイニが答える。「宿屋もあります」

 俺は通りを北に向けて歩き出す。さすがに三人連れての飛翔は目立つだろう。街中では離陸したくない。

 誰に見とがめられる事もなく、市街地を抜けた。街道沿いの建物はまばらになり、畑が多くなる。時々馬車が通り過ぎる。

「そろそろ飛ぼうか」

 右手をファビアの腰に回し、左手をシャイニの腰に回す。

「ラキシス、俺に抱きつけ」

 周囲に人影がない事を確認して、上昇を開始する。二十分ほどで着けるだろう。

 眼下に街道を確認しながら飛び、やがて町が見えてきた。この町は防壁に囲まれている。俺は町から少し離れたところに着地した。

「ここは王都の防衛都市ですから、防壁に囲まれています。町の中心にはお城もあります」

 シャイニが教えてくれる。

 俺たちは徒歩で門に近付く。門衛たちにとがめられる事もなく、町に入った。

「お腹がすきました」シャイニが言った。「あそこのお店はどうですか?」

 俺の返事など聞かずに進んでいく。

 店に入り、昼食を注文する。

「で、この獣耳族はだれです?」

 ファビアが俺を問い詰める。

「これはラキシス。例の治癒魔法の実験台として購入した。痩せ細っているが、太らせればマシになると思う」

「性奴隷として?」

「いやその、剣士になってくれればな、と思っている」

「剣士?」

「お前たちは二人とも聖属性の魔術師だろ? 冒険者としてパーティーを組んでも攻撃力が期待できない。一人くらい攻撃できるやつがいても良いだろ?」

「それはそうですね」

 ファビアが渋々納得する。

「それで」と、俺はラキシスに説明する。「こっちがファビア。そっちがシャイニだ。二人ともさっきまでは宮廷魔術師だった。シャイニについては俺もまだよく知らない」

「そうですね」とシャイニが引き継ぐ。「シャイニ・スラットナーです。スラットナー侯爵家の四女で、十七歳です」

 ファビアと同い年か。爵位でいうと、ファビアが子爵家だから、シャイニが上だろう。

 女が三人も集まれば、食事の席も賑やかだ。獣耳人のラキシスも遠慮がちに会話に参加している。良い事だ。

 食事を終え、俺たちは宿を探す。

 城の近くの広場に面して、宿が建っていた。ここでいいだろう。

「四人だが、部屋はあるか?」

「二人部屋を二部屋で良いですか?」

「それで頼む」

 俺たちは三階の隣り合った部屋に通された。一方はツインもう一方はダブルのベッドが入っている。

「ユウト様はわたしと一緒にダブルの部屋です。シャイニはラキシスとツインの部屋でお願いね」

 ファビアが仕切っているが、任せておいて良いだろう。

 一息ついたところで、俺はシャイニとラキシスも部屋に呼ぶ。

「これからの方針だが、お前たちは勇者召喚について何か情報はないか?」

 ファビアとシャイニに尋ねる。

「そういえば」と、シャイニが口を開く。「先の星回りの時に、隣のカロリーネ公国でも勇者召喚が行われたと聞きました」

 地図によると、カロリーネ公国はここノルマン王国の東で、アキテーネ王国の北にある国だ。ノルマン王国同様、北端が暗緑の大森林を介して魔族の国と接している。

「カロリーネ公国といえば、昨年この国の第一王女が公太子に輿入れしました」

「友好国という訳か――行ってみるか、カロリーネ公国。帰還魔法の手がかりが掴めるかも知れない」

 手持ち資金も乏しくなっている。俺たちは途中、冒険者としてクエストをこなしながら、カロリーネ公国を目指す事にした。まだ冒険者のパーティーとしての形はできていないが、きっとうまく行く。そんな気がする。

「次に、ユウト様のお相手について協議します」

 ファビアが仕切って、次の議題に入る。この議題について、俺には発言権がないらしい。

「聖属性の魔法に、排卵抑止魔法というのがあります。これを使うと生理が来なくて便利なので、わたしやシャイニは普段から使っています。今後はこれをラキシスにも掛けてあげます。ですので、三人とも妊娠や生理の心配なく、ユウト様のお相手ができます」


 なんか平和だな、そう思った。もう復讐する相手はいない。元の世界への帰還方法は見つかるかどうかさえわからない。でも、と俺は思う。帰ったところで俺は対人恐怖症の失業者で、何の希望もない。この世界にも慣れてきた。可愛い女たちとも一緒だ。このまま冒険者として生きるのも悪くないかな、と思う。

 立ち上がって窓の格子扉を開ける。異世界の風が吹き込む。空には二つの太陽が輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者モドキは怒ってる 風来 万 @ki45toryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る