第471話 サバトの帰り道(ピュッテン伯爵視点)
一番鶏が鳴って木々を朝日が覆い、道も明るくなってきた。サバトの終了の時刻だろう。
まさかエリクサーが景品になるとは、大公のサバトは一味も二味も違う。素晴らしい。私が入手できなかったのは残念だが、珍しいものを見られたので良しとしよう。
私達は用意した料理が全てなくなった時点で、終了より早めに撤収した。暗い森は移動しにくいが、長居をしても儲けが増えるわけではない。
これからは今まで以上にモルノ王国から輸入を増やし、自社牧場を拡張して新たな商品も開発する予定だ。モルノ王国の森の一部を領地化している地獄の大公アスタロト様のご機嫌を伺うのは当然のこと。
勝手に国土を自分の支配地域とするのはどうかと思ったが、それだけの力があるのだな。長いものには巻かれるのが世の倣い。先の侵略の折り、アスタロト様は自身の領域だと勝手に定めた地域にある村には、我がルフォントス皇国の兵に一切手出しをさせなかった。山奥の村人は騒動すらろくに知らなかったくらいだ。
彼女は村人にとても感謝されていて信頼があるので、何かあった時に間に入ってもらえれば心強い。
モルノの王女も、正式に大公アスタロト様の支配を認める声明を出していた。地獄の大公の存在を知らしめたので、彼女が滞在している間はモルノ王国に攻撃を加える国はないだろう。一番の防衛手段だ。
王女は近隣の国との結び付きも強固にし、モルノ王国は存在感を確実に増していた。私も商売のチャンスだ。
「……ピュッテン伯爵、森に人がいます」
護衛が私の横に並び、小声で注意を促した。私も森を見渡したが、不審な点は見受けられない。さすがプロだな、どうやって見分けているんだ?
「……敵か? どう対応べきだと考えている?」
「敵の可能性が高いでしょう。冒険者などなら、隠れる理由がありません。早急に森を抜けるべきかと」
「よし。全力で駆け抜けろ!」
彼の判断に従えば、間違いないな。
速度を上げると、森の中で動きがあった。人の話し声とガサガサと動く音、続いて矢が飛んでくる。木に当たって届かなかったのもあるのを考えると、気付かれてしまって焦ったのだろう。
「急げ、待ち伏せていたなら相当の準備をしてきているはずだ! ここで戦うのは得策じゃない!」
護衛が叫ぶが、荷車を牽くのは牛なのだ。あまり速度は出ない。やはり馬にするべきだったか……! いや、サバトが終わればここを通る悪魔や人もいる。それまでの辛抱だ。
矢が途切れると、魔法の詠唱が聞こえてきた。
こちらの護衛の魔法使いは、防御魔法を用意している。
「中範囲の攻撃魔法です、一旦止まります!」
「
薄い
光の粒はプロテクションの壁で消え、地面に円形に水の跡が残された。矢も何本か転がっている。もし魔法だけを防ぐ防御魔法だったら、矢は通過してしまったな。
そろそろ攻撃魔法が終わろうかという頃、黒い霧が地面から湧き始めた。
「夕闇は足音を立てず、背後より影を追い抜く。闇よ目を塞ぎ足を惑わせよ、その
周囲が暗くなり、一番近い木の輪郭も目を凝らさなければ見えないほどになった。プロテクションは解けてしまったが、熱い、冷たい、動きが阻害されるなどの感覚はなく、ただ視界を奪われただけだ。
それでもこの状況で下手に動けば、別れ別れになってしまう。
「足音が近付いています。視界が戻った頃には、敵が近くまで迫っているはずです」
護衛が私のすぐ前に立っている。わりと有能だな、うちの護衛。無事に戻れたら金一封を渡さねばな。良い人材を確保するには、良い待遇が必要だ。
「とにかくもう一度プロテクションを!!!」
身動きが取れないので、再度プロテクションを唱えて防御に徹する判断だ。
「ブモーブモ~~~」
牛が鳴き続け、御者が必死に宥めている。暴れてしまえば手がつけられない。不穏な空気を感じて怯えているのか、蹄で地面を踏みしめる音がした。
「うぐっ、早くプロテクションを……!」
従者の一人が怪我をした。暗くてあまり見えないが、矢が刺さったようだな。敵の目的はこちらの動きを止めて、矢で集中攻撃をすることか? 行動に対して、
「エクヴァル、下の様子がおかしいわ。アレは視界を防ぐ闇属性の魔法よ」
「イリヤ様。あの魔法は攻撃性や感覚に作用する効果こそありませんが、消費魔力が少なく誰にでも発動させやすい魔法です。悪事に使われるので、多くの国で教授を制限されており、軍関係者くらいしか知らないし使いません」
上空から話し声が。味方だ、イリヤさんだな。答えた女性は、一緒にいたマリアンへレスという名の、イリヤさんファンに違いない。
「誰か襲われているのかしら……」
「タイミング的にピュッテン伯爵じゃないかな。闇が晴れるまでは関与しにくいな」
はい、私です。こんな早朝にここをうろつく荷車もあまりない。
「エクヴァルでも?」
「いやいや、あの闇の中では見えないよ」
無茶振りする女性だ。中にいると本当に暗い。新月の夜より暗く感じるぐらいだ。森の中の道だというのもあるかも知れない。
「目隠しでも戦えそうなのに」
「無茶でしょ! 物語の読み過……おっと!」
ガキンと剣が合わさる音がした。何してるんだ。
「ふははは、反応できるではないかね!」
「ベリアル殿が太陽を背にしているからですよ、影ができれば誰でも分かります!」
余裕過ぎて上空で味方同士でじゃれ合っているぞ。……呆れるくらい頼もしい人々だな。
闇の霧は意外と早く晴れた。先に唱えた魔法で、魔力を使いすぎたのか。中範囲の攻撃魔法を使うから警戒したが、予想よりは有能な魔法使いでもないな。
黒い霧が薄くなりもうすぐ晴れるというところで、敵が森から槍を投げる。木の長い柄に尖った刃の光る、なんの変哲もない槍だ。
しかし狙いを失敗したのか、私達から離れた場所に落ちそうだ。焦る必要はないな。
「イバル」
「……ほう、あの槍はルインかね。ならば確実に的中するわ。常に熱を発する、勝利を約束する槍である」
特別な槍なのだろうか、イバルという単語で判断していた。あの言葉に秘密が込められているのだな。
こちらの護衛も反応が早い。ベリアル殿の説明を聞いて、槍に集中している。槍は軌道を変えて私に向かって速度を上げた。
「伏せます!」
軌道を変える槍など危険だ。引き付けてから避けようとしたところ、目の前にプロテクションが展開した。イリヤさんか、詠唱が早い。槍はプロテクションの壁にぶつかり、地面に転がった。
護衛が急いで落ちた槍を拾おうとする。待て待て、内側からプロテクションにぶつかるぞ。アイツ、内心では焦っているな。プロテクションは護衛が触れる前に消え、槍に手が伸びた。
さすが、魔法の展開も消すのも鮮やかだ。
「アティバル!」
槍の持ち主が叫ぶと、地面に転がっていた槍が護衛の手をすり抜け、持ち主の元へ飛ぶではないか。便利な槍だ!
槍の軌道で、木の間にいる持ち主の居場所も特定できた。道に出てくるところだ。森には複数の人影が浮かび、続々と姿を現す。
……いや、続々とは現さなかった。
代わりに悲鳴と怒号が響き、木々の間を戦いながら誰かが駆け抜けている。
「後ろから来たぞ!?? 何人いる!!???」
「一人……、一人だけです! 次々とやられています」
「いやー遅いね、それから森でそんなに剣を振り上げてはいけないね。枝に当たるから」
余裕だな、エクヴァル殿は。木の影からチラチラと覗く顔の、口許は笑っていた。動きが早いので、
彼の指摘通り、敵の振り上げた剣が枝に当たって、無防備になった腹をエクヴァル殿が水平に斬りつける。こういう場所での戦いも想定して、訓練しているのだろうか。
道を挟んで反対側にも敵はいて、あちらは火の手が上がり数人が道へと転がるように逃げてきた。
「ふはははは、我の供物としてやろう!!!」
ベリアル殿、絶好調だな……。
「熱い、助けてくれええ!!!」
「こんなの聞いてねえよ! ここを通るヤツを殺せばいいだけの仕事だったろ!!!」
半泣きで仲間の消火をしている。
どうやら誰かに頼まれて私を狙ったようだ。心当たりは……たくさんある。どうせ金を貸したうちの誰かだろう。
ただ問題は、急遽決まったこの行程を外にもらした者がいることだ。
国に戻ったら裏切り者を探さねばならない。
「ご無事ですか」
イリヤさんが私の側へ降りた。彼女の後ろに控えているマリアンヘレスは、弟子入りでもしたような態度だ。
「イリヤさん、助かりました。護衛代と倒していただいた人数を計算して、後程お渡しします」
「それはどうも……」
道に出てきた敵とこちらの護衛が交戦中だが、あちらはもう瓦解している。元気なヤツは背中を向けて逃げているぞ。
「おい、逃げるな! くそう、どうしたら……」
「キュイーーー!!!」
敵の逃げ道を塞ぐように、ワイバーンが道の真ん中に降りた。羊の角に濃い紫色の短い髪の小悪魔が乗っていて、隣には漆黒の鎧の大柄な騎士が立つ。
「リニ&お兄ちゃん、華麗に登場! リニー、お兄ちゃんの活躍に期待してくれよ!」
「うわあああ、いろんな意味でヤバそうなヤツが来た!!!」
「テメエぶっ殺すぞ」
慌てふためく敵を殴って首根っこを掴み、道の真ん中へ放り投げる。すぐ背後にはワイバーン。彼らは逃走する気力もなくし、おとなしく座っていた。
残りは現在戦っている相手だけだ。魔法使いは既に倒され、道にいるのはほんの数人。もう余裕だな。
「伯爵、気を付けてください。ルインという槍を持った敵をまだ確認していません」
護衛が周囲に目を配りながら注意してくる。あの軌道修正して狙ってくる槍か、アレは厄介だ。
「チイィ、まさか失敗するとは……! イバル!」
「君、自分だけ逃げるつもり?」
森で戦うエクヴァル殿に、ルインという槍が襲い掛かる。彼は当たる直前で背後に軽く跳んでかわし、剣で槍を弾いた。
「くそう、随分な手練れだ。戻ってこい、アティバル!」
「単語一つで扱えるのは、とても便利だ」
エクヴァル殿は持っていた剣を投げ、こともあろうか槍を掴んだ。言葉に従って槍が戻るので、彼の体も引っ張られる。
「何して、おい、うわあああ!」
低いところを飛ぶ槍に捕まり持ち主に近付くと、地面を蹴ってさらに速度を上げて、そのまま突っ込んだ。槍が持ち主を貫く。
「確実に戻るんだから、確実に持ち主まで運んでくれるね」
槍が戻る機能を逆手にとって、持ち主まで距離を詰めてそのまま倒したとは。できるできないはともかく、初見の実戦で思い付いて自身の武器を捨ててまで実行するのは、滅多にいないぞ。
彼がいちばんの手練れだったんだろう、倒されて完全に敵は戦意を失った。
すっかり制圧され、後から通りかかった人が捕縛に協力してくれて、鳥に変身する小悪魔が兵を呼びに行った。小悪魔便利だな、雇う手もあるな。
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