第470話 大公のサバトとピュッテン伯爵

「キュイー? キュイィイ???」

 ドラゴンの鳴き真似を聞きつけて飛んできたキュイが、木々の上を旋回している。どうやら仲間の合図だと勘違いしたみたい。吼えたはずの仲間の姿がなく、不思議そうにしながら戻っていった。

 人の鳴き真似でワイバーンが呼び出されるのを見たのは初めて。なかなか興味深い事例だわ。

「愉快であるわ。イリヤ、エリクサーを与えてやるとよい!」

 ベリアルは大喜びで、景品のエリクサーを渡すよう私に命令した。エリクサーを渡すことに異議はないが、ベリアルにドヤ顔で言われると断わりたくなる不思議。

 エリクサーはサバトの主催者であるアスタロトに渡して、彼女から贈呈してもらう。

 ついでに黄金のリンゴも渡さなきゃ。タイミングを逃してたのよね。

「エリクサーと、こちらは私が浄化した黄金のリンゴです」

「浄化した黄金のリンゴとは、これは貴重な品をありがとう! エリクサーもさすがベリアル様の契約者だね。立派な品だ」


 アスタロトは感嘆してリンゴを受け取った。ちょっと大袈裟だわね。

 エリクサーはすぐに、ドラゴンの鳴き真似をした女性に渡された。すごいすごいと拍手と歓声でうるさい中で、肘から下を失ったのはいつかなど、聞き取りをしておく。

 数ヶ月前とのことなので、回復に支障はないだろう。長い年月が経つと、難しくなってしまうのだ。

「これがエリクサー! こんな貴重なものを、ありがとうございます! ……あんな宴会芸でもらえちゃうなんて、夢みたい! で、ではいただきます」

 女性は緊張のあまり手を震わせながらビンのフタを開け、ゆっくりと傾ける。

「すげえ、エリクサーの効果が見られるぞ!」

「一気、一気!」

 何故か手拍子が起こる。一気に飲み干すものだけど、このノリは違う気がする。

 注目を浴びながらごくごくと喉を鳴らしてエリクサーを飲み終える頃には、彼女の体が淡い光に包まれていた。


「熱い、うわ……!??」

 光が腕の形を作り、あっという間に再生する。十秒ほどだわ。マリアンヘレスが大きな音で拍手をすると、周囲も釣られて手を叩いた。

「早い! こんなに効果が早いエリクサーは、初めて見ました。さすがイリヤ様!」

「腕が本当に治った!」

「ちょっと、まだもらえるのよね? 芸をしなきゃ、芸をして王様に喜んでもらわなきゃ!」

 大興奮で、皆がベリアルに披露する演目を考えている。彼は静かに笑みを浮かべているが、内心大満足だろう。小悪魔達は腕が治った歓喜のダンスを踊っている。


「わあ、抜いた歯まで治った!? エリクサーすごすぎ!」

 再生した腕の動作を確かめていた女性が、口腔内の変化に気付き驚いている。指先まで問題なく動かせているし、効果はバッチリね。

 歯や爪に関しては、腕や足などの大きな欠損部分を復元して、エリクサーの魔力に余裕があると治る。確実に歯が治るわけではないので、エリクサーを使う前にあえて抜いてしまうのは、お勧めしない。


 ベリアルの前に次の挑戦者が立って歌を披露していたところ、ようやくピュッテン伯爵の荷馬車が到着した。さすがに昨日の今日だから、開始には間に合わなかったのね。

「遅くなりました、約束の品です」

「わー、待ってました! こっちに並べてください!」

 サバトの受付にいた小悪魔が、荷馬車を空いている場所に案内する。

 ピュッテン伯爵本人の指揮で使用人が台を組み立ててテーブルクロスを敷き、その上に料理を並べていく。テキパキと働くし、慣れていてとても手早い。


 クリームチーズの横にクラッカーと三種類の色の違うジャム、小さめカットのチーズケーキやパウンドケーキ、カットフルーツなどがテーブルに置かれる様子を、リニが口を少し開けたまま眺めていた。

 ガラスの器に入った白くて小さい丸いのは、アメかなあ。

「まずはベリアル様にお選びいただいてから、皆で分けましょう」

「イリヤよ、適当に見繕って参れ」

「はいはい、ワインに合いそうなのですね」

 小悪魔の手前だからか、いつもより偉そうな態度だわ。椅子にふんぞり返って命令している。王様気取りか……、まあ地獄の王様なんだよね。


「これがサバトですか、初めて目にします。我々も少々覗いても構いませんか?」

「わざわざ運んでくれたのだしね、好きにしていいでしょう。サバトで見聞きした内容は口外しないのがルールだから、その点は気を付けるように。特に高貴な方についての情報は、人間が口にしてはならない」

 アスタロトがサバトのルールを説明し、ピュッテン伯爵はしっかりと聞いて頷いた。

 その間も次の挑戦者が、ベリアルにバク転を披露している。

 私とマリアンへレスは挑戦を横目に、到着したばかりの料理を選んだ。クラッカーにクリームチーズとブルーベリージャムを載せてお皿に盛り付け、席に戻ると、台の周囲には人と小悪魔が群がった。リニは遠慮しているうちに集団から弾き出されてしまい、人がいなくなるのを待っていた。

 マリアンへレスが選んだスイーツの一部を小皿に移し、小悪魔に頼んでリニの元へ運ばせる。うるさい自称お兄ちゃん対策にもなるね。リニが待ってたら、他の小悪魔を蹴散らしそうだもの。


「ところで、ずいぶんと盛り上がっておりますな」

「今はちょうどベリアル様に芸を披露して、認められるとエリクサーがもらえる催しをしていてね。希望者が競っているんだよ」

「ほう、エリクサーですか。……ん? エリ、エリクサー……??? 私の記憶が正しければ、とても高価で作り手の少ない、四大回復アイテムの一つでは……?」

 平素から冷静なピュッテン伯爵が、ぎこちない動きでアスタロトを振り返った。アスタロトは自慢げな表情で微笑む。

「フ……、景品の提供があったのさ」

「エリクサーをですか!?? そんな豪華な景品が芸を披露するだけでもらえるなど、聞いたこともありません。私も参加できますか……?」

「もちろん」


 なんと、エリクサー争奪戦にピュッテン伯爵まで参加する。順番を待つ小悪魔や人の列の最後尾に、静かに並んだ。

 歌ったり踊ったり拳で板を割ったり、色々とやるけれどなかなか合格しない。マリアンヘレスとエリゴールが講評をしているよ。ベリアル好みの芸となると、意外性か芸術性が必要じゃないかな。

 今度は手品だ。手に持ったボールが消え、帽子の下からハトが飛んでいった。

 ベリアルはほう、くらいな反応だったけど、リニが喜んで拍手をしている。それを目ざとくエリゴールが見ていて、景品としてマリアンヘレス作の上級のポーションとマナポーションのセットが贈呈された。

「本来ならリニを喜ばせたヤツが優勝だよな」

「いえ、ベリアル様ですよ」

 エリゴールの世迷よまごとを、マリアンヘレスがきっちりと訂正している。いいコンビよね。

 

 ついにピュッテン伯爵の番だ。彼はリコーダーを取り出した。またもや楽器、音楽が得意な人ってけっこういるのね。

 プペーペポピロ~、ピー。

 子供の演奏みたいだった。本人は至って真面目な表情で演奏を続けるので、周囲がざわついている。

「アレを王様に披露してるのかよ」

「実際にこういう曲とか……?」

「ないでしょ、こんな曲!」

 曲が終わるとまばらな拍手があり、頭を下げて次の人に場所を譲った。もちろん、景品はもらえない。

「……あの、演奏は苦手なのですか……?」

「披露するような特技がないのです。しかしチャレンジしなければ可能性はゼロ。やらないより、いいでしょう。無料でエリクサーがもらえるなら、プライドは全て棄てます」

 あのいたたまれない空気を浴びたのに、堂々としている。すごいな、この精神力は見習いたいわ。

 

 ピュッテン伯爵はその足でアスタロトの元へ移動した。

「サバトはこの場所で定期的に開催されるのですか?」

「その通り、満月の晩に。エリクサーが景品になるのは、今回くらいではないかな」

「エリクサーは残念でしたが、別の相談でして。ピザ釜を作りませんか? 職人を寄越します、焼き立てが一番です」

「皆が喜びそうだ。ぜひ検討しよう!」

 アスタロトのサバトにピザ釜ができるとは……!

 もっと近かったら、毎回参加したいのになあ。小悪魔達は遠巻きにしつつも、聞き耳を立てていた。ピザは焼き立てに限るよね。チーズがにゅーっと伸びるのがたまらない。

「モルノのチーズは最高です。皆で味わっていただきたい」

「同感だよ。クリームチーズのなめらかさと上品な味は他の追随を許さない」

 意外な二人がチーズで意気投合している。モルノ産乳製品の魅力、恐るべし。

 ピュッテン伯爵は悪魔と契約していないけど、これからもサバトに参加するつもりなのかしら。目が合うと微笑み、会話を終えてこちらへ歩いてきたわ。


「先日は助言をありがとう、早速試させました。やはり妖精の仕業で、服を裏返しただけで迷わなくなりましたよ」

「それは何よりです。森で迷ってしまえば、命に関わりますものね」

「妖精と揉めた人間がいて、警戒されているようです。刺激しないよう、しばらく妖精の住み処には近寄らないよう付近の村に知らせました。サバトに参加した方々も、くれぐれもお気をつけて」

 妖精が怒っていて詳しい事情は聞けなかったそうだ。妖精族は気まぐれだから、こちらが思いもよらない理由かも知れない。

 速く解決するといいわね。


 サバトは盛況で、料理も飲みものもどんどん減っていった。ついに楽団の音楽でダンスタイムになってしまった。私は席から動かないぞ。

 エリクサーをもらえたのは、あと二組。まずは小悪魔と人間で漫才をした組だ。召喚あるあるのネタが、面白おかしく表現されていた。

 もう一つは、楽器を演奏した中からマリアンへレスが一番気に入った人に贈られた。エリクサーと、マリアンへレスが先に演奏した私をイメージした曲の楽譜もセットで、この曲を広めてほしいとのメッセージと共に。

 せめてタイトルを変えた方がいいと思う。


「どうぞ、モルノの桃ジュースです」

 エリクサーと一緒に楽譜までもらってしまった人が、クリーム色のジュースが揺れるビンを傾ける。私はコップを差し出して、注いでもらった。

「ありがとうございます」

「こちらこそ! お弟子さんのエリクサー、大事にします」

 お弟子さんとは。マリアンへレスに視線を送ると、何故かウィンクして敬礼をされた。訂正しないでいいって意味かしら……。

「何年も経つと効果が落ちますから、必要な時に使うなり売るなりしてくださいね」

 たまに永久保存できると勘違いする人がいるから、説明しておかないとね。

「心得ました! 楽譜もしっかり演奏できるよう頑張ります! 楽団にも教えて、サバトのテーマソングにしますね」

「いえ、大公様のサバトですから」


 それはちょっとどうかと思う。テーマソングなら、アスタロトか満月にちなんだ曲がいいのでは。

「ご謙遜を。アスタロト様とアレンジを考えますから、お楽しみに」

 大公アスタロトまで一枚噛んでしまうのか……。

 サバトの方向性が変わりそうで、申し訳なくなった。

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