バレンタイン企画2019:連作三編

王子

チョコレート・コスモス

 自転車のカゴに通学バッグを載せると、中の小箱がコトリと音を立てた。

 二月十四日、小箱の行き先はもう決まっている。

 外の空気はびっくりするほど冷たくて、毎朝のことなのに全然慣れそうにない。マフラーをキュッと締めると、ちょっと息苦しいけど温かくなった気になれる。

 おそろいで先輩の分も編んだのに、受け取ってもらえなかった。「彼女に怒られるから」って。パパに渡したら泣いて喜んでくれた。泣きたいのはこっちだよ、なんて思ったけれど少し気分が晴れた。

 いつもより早く出たからかもしれない、通学路には誰の姿もない。ついこの前まで、親友のサキちゃんと一緒に通っていた道。サキちゃんは「係の仕事で」と言っていた。理由はともかく、朝も帰りも別々になってしまって、さみしい。

 サキちゃんはかわいい。ふわふわと話すし、一生懸命に相槌あいづちをうつ。背が小さくて、ひかえめで、ぴょこぴょこと歩く姿は子猫みたいだ。

「二人だけの秘密だよ」と、サキちゃんは同じクラスの三嶽みたけ君が好きだと教えてくれたから、私も桃田ももた先輩が好きだって打ち明けた。秘密を共有するのは親友の特権だ。ずっと親友として私の横にいてくれたら嬉しい。

 音のない道を走るのは気持ちがいい。コンクリート橋の向こうに学校が見えてきた。橋の真ん中で自転車を停めて、降りる。

 通学バッグから小箱を取り出す。ピンク色の包装紙、たくさんのコスモス柄に埋め尽くされている。中身はもちろんチョコレート。気持ちを込めた手作りだ。

 てつくコンクリートの上に、小箱を置く。

 ねぇ、サキちゃん。私は大親友のサキちゃんも大切だし、大好きな先輩も諦められないんだ。今はダメかもしれないけれど、先輩の卒業まではまだ時間がある。

 真面目なサキちゃんは、私の好きな人のことを知りたかっただけかもしれない。でもサキちゃんのかわいさは誰だって惹きつける。だから、誰が悪いわけでもないけれど、先輩にはコスモスの花みたいに小さくてかわいい彼女ができた。

 サキちゃんも知ってるよね、女の子は自分の話より他人の話の方が盛り上がるって。だから。私、全部、知ってるんだよ。

 コスモスに包まれチョコレートの匂いを放つ供物くもつに、そっと両手を合わせる。私とサキちゃんの、私と桃田先輩の、恵まれた前途を願って。この思い、届きますように。

「ああ、どうか。あの子の恋なんか終わってしまえ」

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