暗転

 目が見えないあいだ、王子は部屋から殆ど出ることができなかった。

 親身に世話をしてくれる者がいなかったからだ。

 それどころか、王子の目が見えていないのをいいことに虐待を重ねた。

 わざと叩いたり、堂々と爪を立ててつねったり。

 悪質な者は故意にアイロンを当てたり、茶や花瓶の水を浴びせたりした。

 また、歩いているときに障害物の存在を教えず、躓かせて転ばせたしもした。

 低めの段差から突き落とす者さえいて、王子は次第に動き回るのが怖くなった。

 加えて食事も困難だった。

 目が見えないことも勿論だが、王子の咥内は火傷に因って爛れていた。

 口に物を含むと耐えがたい痛みが襲った。

 女中は食事を手伝ったが、王子が火傷を負っていることを完全に無視した。

 熱い物を十分冷ましもせず口に運び、怪我を悪化させた。

 あまりの仕打ちの数々に恐怖を覚えた王子はとうとう自室に引き籠った。

 食事は熱を持たず、自分ひとりで済ますことのできる簡単な物を用意させた。

 手で摘まんで食べることのできるサンドイッチ。

 冷えた茶やレモネード。

 そんなものばかりを運ばせて。

 やがて国内視察に出ていて長らく不在だった王が戻った。

 王子が引き籠っていることを聞きつけ、当然、詳しい事情を聞きたがった。

 しかし王子の答えは何度訊ねても同じで。

「不注意から視力を失いました。忙しい女中の手を煩わせないようにと思って、自室に籠っています」

 それでもその酷く衰弱した姿と身体の傷を見れば、ある程度の想像はつく。

 王は不在時に起こったこととは言え、王子の境遇に気づき遅れたことを悔んだ。

 すぐに城の中で一番地位の低い女中を呼びつけ、王子の世話役に付けた。

 彼女ならば誰よりも親身に王子の世話をするだろう。

 なんせ彼女の双眸は鳶色とびいろだ。

 この国で金色こんじきの瞳を持たずに生まれた人間は苦境を知っている。

 落ち度は無くとも、眼の色で差別され、死ぬまで半人前とされる。

 理不尽な苦しみを知る者ならば、王子にもきっと情けをかけてくれるだろう。

 そう思っての采配だった。

 王の読み通りに、女中は哀れな王子の世話を親身に行った。

 お陰で食事や排泄、入浴も滞ることはなくなった。

 しかし女中は地位が低いが故に他の女中から仕事を多く押しつけられていた。

 王子のお付きになったと知れると、それはますます顕著になった。

 お陰で彼女は食事と入浴の世話以外では本来の持ち場へ戻ることが多くなった。

 巧妙な嫌がらせの仕組みに、流石の王も気付くことはできなかった。

 王子は自室でひとり、視力とその他の傷の回復をじっと待ち続けた。

 本を読むことができないので窓辺に座り、鳥の囀りを聞いた。

 時折吹き込む風を感じ、王から与えられた蓄音機で音楽を聞くこともあった。

 鳥と異国の音楽が彼の孤独を慰めた。

 だが、それでも王子の受難は続く。

 昼なのか夜なのかすら分からない暗闇の世界で、突然、侵入者が現れる。

 急に口を塞がれ、王子は恐怖に背筋を凍らせる。

 侵入者は王子の目が見えないことを逆手に取って思いのたけをぶつけて行く。

 鳶色の瞳の女中は王子の内腿に残る乾燥した体液の跡を幾度となく見つけた。

 しかし王子が身に起こったことを決して口にしないので、何も訊ねなかった。

 彼女は後にこう証言している。

「私は赤い眼の王子様より、金の眼を持つ人間の方がよっぽど恐ろしく思えます」

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