【一時停止】
俺は無理やりに目を開き、蓄音機へ駆け寄ってレコードを止めた。
流れ込んできた映像と音から解放され、記憶の世界から現実に戻った。
そしてどっと疲労を感じた。
俺は人間ではない。
生き物ではないので、『疲労』と表現するのは厳密に言うとおかしい。
だが、少し別のことをしたくなって.
つまりは休憩をしたくなってレコードを止めた。
きっと、こんなときに人は『疲れた』と言うのだろう。
俺は王子の動く姿を初めて目にして少なからず感動していた。
陶器でできた人形のように、ただひたすら横たわって眠るだけの王子。
それに比べれば、遠い日の記憶に残る王子は美しかった。
笑顔はもちろんのこと、泣いていても。
例え苦痛に顔を歪めていても美しさは損なわれなかった。
ただ、彼が決して幸福ではなかったのだと知って、俺は胸が軋んだ気がした。
きっとこれが『胸が痛む』という感情なのだ。
今は亡き、先代の王は狡い。
王子に生き続けることを強いて約束させた。
「お前を愛している。お前が死んでしまったら、私は悲しくて生きて行けまい。お前も私を愛しているのならば、私をそんな不幸な目に遭わせるはずはあるまい?」
これは愛などではない。
呪詛だ。
王子は生まれながらに狂っていたのだろうか。
いいや、そんなふうには全く見えなかった。
記憶の中にいたのは、愛されたくて愛そうと必死だった哀れな子供だった。
だから、人々が『狂っていた』と記憶した原因をもっと探る必要がある。
だが、今はとにかく食事を摂らねばならない。
そもそも初めは食事を摂りにこの部屋を出たはずなのだ。
それなのにレコードを見つけてしまって、うっかりここへ戻って来てしまった。
揚句に魅入ってしまったお陰で、俺の身体は深刻なエネルギー不足だ。
日は傾き始めていた。
建物が白一色なので、辺りは一面が橙色に染まっている。
まるで橙色の城にいるみたいだ。
――いやいや、だから、外を眺めている場合ではない。
そんなことよりもまずは食事だ。
急いで食事を摂らねば動けなくなってしまう。
俺は食料貯蔵庫へ向かった。
中へ入り、林檎を四つほど手に取って。
そして一つを齧りながら、再び王子の元へ向かう。
螺旋階段を上り、塔の一番上にある部屋に入る。
夕日の強い光が窓から差し込んでいる。
金色の薔薇に光を反射させては、一面を金の海に変えている。
王子は昏々と眠り続けている。
これまで目にしてきた姿と何一つ変わらずに。
ただ静かに呼吸を繰り返している。
俺は林檎を齧り続けながら王子を見詰めた。
やがてもう一度、蓄音機を再生させた。
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