EP42 初めての魔力攻撃



フィラが振り下ろしたナイフは咄嗟に避けたノエルの腕をかすめた。

ノエルは「チッ」と舌打ちした。

服が切れて血が滲んでいく。


勢いがついてバランスを崩したフィラをノエルは思いきり蹴り倒して喉を踏みつけた。


「うっ……く……う……!」


苦しそうにノエルの足を両手で掴んで悶えるフィラをノエルは冷たく見下ろした。


「弱々しかったお前がこんなに抵抗するとはな。けど魔力もないお前が出しゃばったところでなんの意味もない。出来損ないが!」



「……!」


ノエルの言葉にフィラは聞き覚えがあった。出血と息苦しさで朦朧とする意識を必死に保ちながらフィラはノエルを見上げた。


「お……兄……さま……?」


ノエルの口角はニタリと上がった。


「ふ……、やっと気づいたのか。我が忌まわしい妹よ」


フィラはハァハァと息を切らしながら信じがたいものを見るように目を見開いていた。その顔は絶望と恐怖に満ちている。

ノエルは満足そうにその顔を見下ろした。


「まるで、なんで俺がここに居るのか?と問いたげだな。ふ、いいだろう。冥土の土産に見せてやるよ」


そう言うとノエルの姿を黒い霧が包み込み、忘れもしない兄の姿に変化した。


「あ……あ……!」


フィラの首を踏みつけているのは間違いなく実兄のベリアルだ。

金色の髪に空色の瞳。天界の皇族だけが持つ姿ーー。


けれど。

フィラの目は兄の背中に釘付けされた。


ベリアルは天使だ。背中には白い翼生えていたはず。それなのに片翼が黒い翼に変わってしまっている。


(お兄様……!?)


驚愕の瞳で翼を見つめるフィラの首から足をどけてベリアルは床に膝をついてフィラの頰を撫でる。


「この翼に驚いたのか?そうだよな、これではもう天界に帰れない。……全てお前の責任なんだ。お前さえ…お前さえいなければ俺は……!」


「……っ」


ベリアルはフィラに馬乗りになり短刀を両手に握りしめ高々と上げた。目が血走り迷いなど一欠片もない兄の様子にフィラは怯み目をつぶった。


(殺されるーー……!)


しかし次の瞬間。


激しい閃光が激音とともにベリアルを吹き飛ばしていた。


「……っ!」


横たわったままフィラは何事が起きたのか混乱した。一瞬後、ハッとしてヨロヨロと身を起こす。ベリアルは広い部屋の端まで吹き飛ばされて転がっていた。


(今のはなにーー!?)


振り返るとナギがいる。しかし様子がおかしい。


「あっ」


フィラはすぐにその違和感の正体に気づいた。ナギのオッドアイの瞳が金色に輝いているのだ。


『意識を研ぎ澄ましてナギに同調しろ。お前に分けた俺の魔力を使うんだ』


ナギの口からアイシャの声が聞こえてきた。フィラは耳を疑った。


「ーーア、アイシャ……」


『早くしろ!!目を閉じて心を静めるんだ』


「!」


ベリアルはピクッと動き出した。

フィラは目を閉じて破裂してしまいそうな激しい鼓動を必死に落ち着かせようと深く呼吸した。

肩の大量出血で足元がフワフワする。

意識が遠のきそうになるのを必死に抗った。


(ナギに同調する……)


正直意味が分からなかった。同調などしたことがないからだ。しかし助かる道はこれしかない。


焦る気持ちを抑えてフィラは意識を集中していくーー


(あ……!)


ナギの魂と魔力を感じる。

フィラは寄り添うように自分の意識を重ねていく。すると、自分の身体の中から今まで感じたことのない力が湧き上がってくるのを感じた。


(なに、これ……今にも爆発しそう!)


「お前……何をした」


ベリアルの怒りのこもった声にフィラはハッと目を開いた。部屋の隅に立つベリアルからは激しい魔力がメラメラと立ち昇っている。フィラは恐れをなして後ずさりしかけたが、勇気を振り絞って耐えた。


「その猫か?この俺にナメた真似をしたのはーー」


ユラリと片腕を上げてベリアルがナギに狙いを定めた。


「まずはそのクソ猫から始末してやるっ」


黒い閃光がナギ目がけて打ち放たれた。


『ーー放て!!』


「っ!!」


アイシャの声に弾かれるようにフィラは両手を前へ伸ばし身体中にほとばしるエネルギーを放出した。


紫の光の砲弾がマシンガンのようにベリアルに向けて放たれた。ベリアルが放った黒い閃光は打ち消され、代わりにベリアルに紫の砲弾が何発も命中したように見えた。


しかしベリアルは瞬時に結界を張って攻撃を交わした。


初めての魔力による攻撃にフィラの身体はいよいよ体力の限界を迎えていた。激しく肩で息をして床に膝をつく。


『やはりあの程度の口付けじゃこの程度が限度だな』


「ーー……なに……言って」


『だが危機は去った。よく頑張ったな』


ナギはそう言うとパタンと倒れてしまった。


「ナギっ」


驚いたフィラは体を引きずってナギの元へ行き、グッタリと眠るナギを強く胸に抱きしめた。


「お前魔力が目覚めたのか……?」


ベリアルは腕や足に傷を負っている。ダメージは受けているようだ。

フィラは緊迫した瞳で兄を見つめた。


(さっきの湧き上がるようなエネルギーはもう感じない……)


「その感じじゃまだ大した魔力は目覚めていないと見える。やはり今のうちに始末しておいたほうがいい……」


フィラの体力が限界だとベリアルは読んでいるのだろう。ゆっくりと短刀を持ってフィラの元まで来ると虫けらを見るような目で見下ろした。


「やっと死んでくれるな。長い間の俺の夢だった。ーーさらばだ、出来損ないの我が妹よ」


ベリアルが短刀をフィラの首に当て、今まさに引こうとした瞬間。


「!!」


ドアと周りの壁が激しい爆音と共に吹き飛んだ。重いドアはベッドに当たり、両方が激しく割れた。飛び散った壁の破片と埃が部屋中の空気を白く濁した。

ベリアルが気を取られたことで解放されたフィラはナギをかくまうようにその場にうずくまる。


部屋に堂々と踏み込んできた赤髪の青年が室内を一瞥して背後の人物に話しかけた。


「ひどい惨劇だな」


この屋敷の主人である青年カディルが無言で室内を見回してフィラの姿に目を止めた。蒼い瞳に底知れぬ怒りが燃え上がった。


「ロラン。ーーフィラを頼みます」


「はい」


足早にフィラに駆け寄ろうとしたロランをベリアルは威嚇した。


「誰がこの娘を解放すると言った!」


ベリアルはフィラの長い髪を掴んで引きずる。


「う……っ」


フィラがうめく。

しかしその刹那、ベリアルの腕は雷に撃たれたような衝撃で弾かれ、解放されたフィラは床に倒れた。

神業のごとくロランがフィラとナギを抱き上げてカディルの傍に移動した。


「ーーなっ……!?」


ベリアルは何が起きたのか理解できずに痺れる腕を押さえ込んだ。


「最低な兄ですね……」


カディルはロランの腕の中でグッタリとしているフィラとナギを見下ろした。

酷い傷を負って血だらけなのにナギをしっかりと抱きしめているフィラの姿にカディルは辛そうに眉を寄せた。

雷撃がほとばしる杖をカディルは一層強く握りしめる。


「ロラン行ってください。すぐに治療を」


「はい」


ロランは会釈すると足早に部屋を脱出した。背中越しにロランの足音が遠ざかるのを聞いていたカディルはやがて冷たいまなざしをベリアルに向けた。


「さて、どうしてあげましょうかね」


日ごろ温和な彼からは想像もできないような背筋も凍る冷たい口調だ。アレクスはカディルを横目で見た。

真面目なやつほどキレるとヤバイからな。

だが、自分も腹底から怒りが湧いて止まらない。

アレクスは肩にかかるマントをはじいた。


「よぉ、稀に見るクズ男。俺は女も好かないが女をああまでやりやがるお前みたいな奴が一番嫌いなんだよ」


二人は剣と杖を構えて冷たく言い放った。


「お前、生きて帰れると思うな……!」

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