EP34 真夜中のお茶会



「ーーと、いうわけでして。アイシャは元は男性であり、正式な名前はアイシャル、なんです」


カディルは複雑な微笑みを浮かべて寂しそうに締めくくった。

どれくらいの時間が過ぎたのか。ハーブティーはすっかり冷めきっていた。フィラの膝ではナギがスヤスヤと眠っている。


「すっかりお茶が冷めちゃいましたね。新しいのを用意しましょうね……」


立ち上がりかけたカディルをフィラは真剣な声で呼び止めた。少し驚いてカディルは手を止めて座り直す。


「はい?」


カディルはギョッとした。

フィラはうつむき、テーブルに乗せた手が怒りでブルブルと震えているではないか。


「あの……フィラ?」


「私は……バカでした……!大馬鹿者です!!自分ばっかりなんでこんな目に〜!とか思っていましたけど、みんなそれぞれ辛い経験をしているというのに!」


驚いて飛び起きたナギが慌ててフィラの膝から飛び降りた。


「え、あの、」


「悲劇のヒロインぶってた自分を張り倒してやりたい……!!」


「は、張り倒す?」


フィラの怒りの矛先はどうやらフィラ自身らしい。カディルは心底慌ててフィラに駆け寄った。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。そんなにご自身を卑下しなくても……」


「いいえ! 私はもっとーー……!」


「っう!」


急に立ち上がったフィラの頭がカディルの顎を直撃した。かなりの衝撃だった。

二人はそれぞれ頭と顎を押さえてしばらく悶絶した。


「……カディル様……ごめんなさい!」


頭を押さえながら涙目のフィラが心底申し訳なさそうにカディルを振り返った。カディルは顎をさすりながら苦笑いをした。


「大丈夫ですよ……私こそ急にそばに寄ってしまったので。あなたこそ大丈夫ですか?」


「私は全然……」


涙目だったくせに嘘をつく彼女を見てカディルは微笑んだ。

落ち着かせるように彼女の肩を優しく押して椅子に座らせる。


「まあまあ、落ち着いてフィラ。こんな夜更けまできてしまったことですし、もう寝不足になるのは諦めて温かいお茶でも飲み直しましょうよ、ね?」


「……はい」


「ちょっと待っててくださいね」


茶を淹れ直してくれるカディルに恐縮しながらフィラは彼の背中を見つめていた。


今聞いた話……。カディル様はわりとサクッと話してくれたけれど、実際はもっとずっと深刻で悲しい出来事だったはずだ。

少年だったカディル達が『死』を身近に感じ、なおかつ受け入れる覚悟をしたなんて想像しただけでゾッとする。

アイシャも命を賭して最前線で戦った。


(なんて……)


フィラの胸が熱くなる。


(なんてカッコいいんだろう、みんな)


ドキンドキンと高鳴る胸が自分を奮い立たせるのをフィラは感じていた。


(私も変わりたい……この人達のお荷物になりたくない)


「あのね、フィラ」


新しいお茶をテーブルに置きながらカディルは穏やかに口を開いた。


「あなたには未知の可能性があるでしょう?それだって、あなたが希望を捨てなかったから発見できた驚きでしょう」


「ーーー……そうなんでしょうか……」


「そうですよ、あなたを見ていると私は勇気が湧いてくるんです。物事は諦めたら終わりです。ああ、諦めない限り未来は変わっていくんだと、ね」


(未来が変わっていく……)


フィラの胸はさらに高鳴った。

たとえば自分の手の中に未知なる可能性があるとして、掴むのも捨てるのも自分次第だとしたら。


(私はもう……)


「諦めませんっ!!」


「ぶっ」


突然すごい勢いで立ち上がってガッツポーズをきめたフィラにカディルはハーブティーを吹いた。


「あ!すいません!また……」


「あーいや、あははは……、ビックリしました」


フィラは恥ずかしそうに座り直した。

なんだかさっきから醜態ばかり見せているような気がしてならない。

気を取り直してハーブティーをひとくち飲むとふわりと優しい香りが広がった。


「おいしいです。さっきのと違いますね」


「分かりましたか?精神安定の作用があるハーブティーなんですよ!この前ランベールにも分けてあげようと思ったのですが、どうせマズイから要らないと言われちゃいました。でも、おいしいですよねぇ?」


今度はフィラが吹いた。


「精神安定って」


「ご乱心だったので」


悪気なくカディルが微笑む。

この人は……。憎めないカディルの顔を見ているとこちらまで微笑んでしまう。


(安心するなぁ。カディル様といると)


顔をほころばせた可愛い天使にカディルはキョトンとした。

なにか面白いことでも言っただろうか?


「カディル様はどんな子供だったんですか?」


んー、とカディルは天井を見つめた。どんな子供だったのだろう、自分は。


「可愛げがない……ですかね」


フィラは意外そうな顔をした。その表情を見てカディルは苦笑した。


「私は家族と引き離されて何年かは心の整理がつかなくて、屋敷の者や王宮の人達に心を閉ざしている部分がありましたからね。冷めた子供だと思われていたんじゃないですかねぇ」


「今はこんなに人当たりが良いのに。小さなカディル様にもお会いしてみたかったなぁ」


楽しそうに笑うフィラをカディルは優しく見つめた。


そう、いつの間にか背が伸びて見上げるよりも見下ろす人の方が圧倒的に増えた。

家族と離れてからの十二年で少年だったカディルはすっかり大人になったのだ。


十年前はただ隠れていることしかできなかったけれど、悔しかった分、この十年修行に励んできたつもりだ。

今ならあの時のアイシャルのように自分も戦えるだろうか?


フィラを守れるだろうか?


ーーフィラを守りたい……?


考えてみれば不思議な話だ。出会ってそんなに経っていないのに、誰かを守りたいと思ったのは初めてかもしれない。


(はて?)


「カディル様って身長高いですよね?」


フィラの声で我に返った。

つい思いにふけってしまった。

振り返るとフィラのルビーの瞳が見つめている。なぜかカディルの心臓がドキドキした。


「…ああ…身長?身長はええと、182でしたかね、たしか」


「わぁ、やっぱり大きい」


「あー、さぁ、もう寝ましょうね。部屋までお送りしますから」


カディルは胸の動悸をフィラにバレてはいけないと感じ、話を切り上げてフィラを促した。


「ふた部屋しか離れていませんから大丈夫ですよ」


「いいえ、ダメです。どこに敵が潜んでいるか油断しないほうが良いですから」


カディルの説明に納得してフィラはカディルと共に部屋を出た。


「ご馳走様でした。カディル様とお話していると時間があっという間に過ぎてしまいます」


「はぁ、私は話すのが下手ですから時間がかかりすぎちゃうせいかもしれませんね」


フィラは少しガッカリした顔をした。


「多分、違うと思います」


「……はあ」


フィラの部屋に送り届けて、おやすみなさいと交わして扉を閉じた。


自室に帰ったカディルは先ほどの胸の高鳴りに首を傾げた。生まれて初めての経験だった。でも嫌ではない感覚。いや、むしろーー


「?まぁ、いいか」


カディルは明日の準備をしてベッドに横になったが、生きていたヴィクトーのことや、召喚された魔族のバルバトスについて思慮深く考えを巡らせていた。


寝不足、確定。

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