EP31 アイシャル編3



「まーったく、どんな奴らがこの国を護ってるディユかと思ったら、この前いたガキどもじゃねぇか」


「!」


いつの間にか話題の人物、アイシャルが背後に立っているではないか。アレクスは腰の剣に手をかけた。


アイシャルはゆっくりと歩を進めてアレクスの顔を覗き込んだ。グッと剣の柄を押し戻されてアレクスの赤い瞳がアイシャルを睨みつける。


「……ふうん、お前はなかなか腕がたちそうだな。根性もありそうだ」


「ーー何が言いたい?」


警戒してアレクスが低く呟いた。

アイシャルは「べつに」と鼻で笑うと、アレクスに背を向けてカビーア王の前に立った。


緊迫した沈黙が流れる。


一同が不審な顔でアイシャルを見つめる中、彼が口を開いた。


「明日だ」


「ーーなんだと?」


問い返す王にアイシャルは冷めた笑みを浮かべた。


「とうとう明日、敵がここに一斉攻撃をしかけるらしい。裏の情報屋のタレコミだから確かだろ」


「なんだと……!?」


カビーアが玉座から勢いよく立ち上がった。持っていた金の杖が指から離れ、音を立てて倒れる。


その音にリアムが一層怯えてカディルに強くしがみついてきた。カディルはリアムの手を握ってやる。


アイシャルはその様子を横目で見た。


「ーー…?」


カディルは驚いた。

一瞬だったがアイシャルがリアムに注ぐ視線があたたかく思えたからだ。

アイシャルの振る舞いからは到底考えられない眼差しだった。

しかし、アイシャルが視線をカビーアに戻したときにはすっかりその色は消えていた。


「さあ、この可愛いディユ達を上手に隠さないとな」


「可愛いだと!?」


アレクスの怒りに満ちた声をアイシャルは軽く笑って受け流した。


「さぁ、王よ。命令しろ。この俺様に黒魔道士軍団を絶滅させろってな!」


片手を胸に当ててアイシャルはうやうやしく頭を下げてみせた。カビーアは深く息をついて玉座に座り直した。


「…よかろう。お前には期待しているぞ。集まった白魔道士は全てお前の部下だ。好きに使うが良い」


「仰せのままに、我が王よ」


ふざけているようにも聞こえるアイシャルの忠誠の誓いをカディルは神妙な顔で聞いた。アイシャルの人格が掴めない…。


アイシャルは四人を振り返ると一人ずつ順に眺めていった。


「おーおー、この二人は悔しそうだなぁ。朱雀の…アレクスと、玄武のランベールか?アレクス、お前は剣の腕もたちそうだし気持ちは分かる。わーかーるーが!お前らの役目は闘うことじゃない。この世界の均衡を守ることがお前らの使命だからな」


アレクスはフンッと横を向いた。ランベールも目をそらす。


「まぁまぁ、怒るなよ。いいか?魔力を持つ人間は一万人に一人の確率で生まれるんだ。力の大小に関わらずな。しかしお前らはどうだ?この国には四十億もの人口がいるんだぜ?ディユの力を持って生まれるなんてのはほとんど奇跡なんだよ!」


何が言いたいんだろう?カディルは不思議に思った。

アイシャルはそんなカディルを見下ろして頭を撫でた。


「だから、自分が無力だなんて思うな。死ぬのが運命なら受け入れるなんて思うな。お前らまだ子供なのにジジくさい考えばかりしやがって。こんなくだらないことは大人に任せておけばいいんだよ!」


「えっ!」


思わずカディルは声を上げた。おそらく他の三人も同じだろう。

心で思っていたことがアイシャルには筒抜けのようだ。

アイシャルはゴソゴソとポケットをまさぐった。


「ほら、やるよ」


飴玉が四つ、アイシャルの手のひらに乗っている。

四人は目を丸くした。

ディユになってからこんな風に子供扱いされたのは初めてだ。


「今夜ぐっすり眠れるようにまじないをかけてあるぞ。それ食って良い子で寝ろ」


「い、……いらん! そんなもの!」


アレクスが拒否して横を向いた。

しかしリアムはそろそろと手を伸ばし、飴をひとつ握った。


「あ、ありがとう……」


リアムの顔の緊張が和らいでいる。カディルは安心して微笑んだ。


「ほら、お前も。カディルだな」


「え。ええ、ありがとうございます」


戸惑いながら飴をひとつ受け取る。握りしめると、自分も不安でいっぱいだったんだと実感した。


「僕はいらない」


ランベールがツンとして横を向く。


「そうか。ならこうしよう」


アイシャルがパチンと指を鳴らすと手のひらにあった飴が消えた。


「手品……?」


リアムがアイシャルの手のひらを覗き込む。アイシャルは両手を広げて見せてポケットに手をつっこんだ。


「じゃあな! 明日は俺たちに任せてうまく隠れてるんだぞ!」


自信満々に笑う長身の青年が背を向ける瞬間、カディルは彼の金色のピアスが揺れる何気ない光景を見つめていた。


アイシャルは口が悪くてガラが悪くて、カディルは少し彼を苦手だと思っていたけれど、少し彼を誤解していたのかもしれない。今日見た彼の笑顔はとても頼もしく輝いて見えたのだから。


アイシャルが去って行った扉をリアムと共に見つめていたカディルの耳に、アレクスの絶叫が聞こえた。


何事かと振り返ると……


アレクスは飴を手に持って目を白黒させている。


「い、いつの間にか持っていた!!」


「……僕も」


ランベールも手に飴を持っている。

アイシャルの仕業だな!とアレクスは唸ったが、飴を捨てたりはしなかった。ランベールもそっとポケットにしまっている。


カディルは密やかに微笑んだ。

みんな、本当は不安なんだ。


アイシャルに子供扱いされて本当はみんな嬉しかった。だって本当はまだ子供なんだから。


明日は決戦の日となるようだ。

戦いに加わることはできないけれど、ディユとしての誇りを胸に、祈りを込めてアイシャル達の勝利を願おう。

四神よ、どうか良い結末をお導きください。


カディルは心を込めて祈った。

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