EP24 利用価値



アイシャは右の手をグーにしてテーブルを殴った。


「痛いっ!」


手を押さえて飛び上がるアイシャに、剣を鞘に戻しながらアレクスが呆れたように言った。


「当たり前だ」


「〜〜っチックショウ…!なんだあのヤロー!」


「バルバトス、と名乗ってたね。かなり強力な魔力の持ち主に感じたけど」


ランベールはため息をついた。正直、今日は退散してくれて助かった。何の準備もないままやり合える相手ではなさそうだ。

リッカルドは深刻な顔つきで黙っている。考えを巡らせているようだ。


「でもアイシャが強化した天眼石は効果あるみたいだった。これで、人を操ることができなくなればいいけど……」


リアムは思いつめた表情で呟いた。彼は数日前に操られた兵がフィラを襲って、リッカルドに処刑されたことをとても悲しんでいるのだ。もう二度とそんな悲劇が繰り返されないように願っている。


カディルも彼の思いを汲み取るようにリアムをみつめた。そして一歩前に進み出てリッカルドに話しかけた。


「…これは、私の想像ですが、バルバトスを魔界から召喚したのはヴィクトーでしょう。おそらくヴィクトーはルドラ王子の指示で動いているのではないでしょうか…?ヴィクトーはあの事件で命を落としたと思われていましたが、ルドラ王子が密かにヴィクトーをかくまっていたのだとしたら、可能ですからね…」


リッカルドは静かにカディルの話に耳を傾けていた。リッカルドも同じことを考えていたのだろう。否定しないまま虚ろな表情を浮かべた。

王族であれば血の繋がった兄弟に命を狙われることも覚悟しているのだろうが、実際に事が起きてみると、想像以上にショックなのだろう。


カディルもその気持ちを汲んではいたが、話をはぐらかすわけにもいかない。見ないふりをして逃げることなどできないのだから。


「酷なことを申し上げますけど、リッカルド王子が亡くなるようなことがあれば、白龍の後継者は他のご兄妹に移ることになります。ーーしかしながら、リッカルド王子には兄がお二人と、妹君がお一人いらっしゃいますから、どなたが新たな白龍の器としての素質を見せるか、分かりません」


リッカルドは押し黙っている。

部屋にいる他の者も重い空気で口を閉ざしている。


カディルは続けた。


「ーーですから、ルドラ様が必ず次の後継者になるための方法を見つけたのではないかと私は予測しているのです」


「!」


リッカルドが顔を上げた。よもやそんな方法があるのかと、予想だにしないカディルの発言に驚きを隠せない様子だ。

全員が息を飲む。


「それは…どんな方法だと言うのだ?カディル」


リッカルドの食い入るような視線を受け止めて、カディルは静かに答えた。


「ーーフィラですよ」


「フィラ!?」


一同はざわめいた。時空の亀裂から墜落したフィラがこの事件に関わっているというのか?

カディルはしばらく口を閉ざしていたが、ゆっくりと語り出した。


「今はまだ、私の想像でしかありません。けれど、私はフィラがこの地に現れたのと今回の事件が全く関連性がないとは考えられません。魔族と、天使。彼らは全く異なる存在でありながら、常に一対なのです」


「たしかにそう言えるかもな」


アイシャが頷いた。


「私達がまだ気づいていない『利用価値』がフィラにある。そう考えると、つまり、あの日フィラを殺そうとしたのではなく、奪還しようとしたのでは?ーーそうは思いませんか?」


カディルの表情はいつになく冷たく、碧い瞳が怪しく光った。

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