EP20 魔女猫のナギ



アイシャは何度もフィラの精神に潜り込む。しかしその度にあと一歩というところで弾かれてしまう。

さすがに疲れてアイシャは近くの椅子に座り込むと大きなため息をついた。


「いかんわー。どーーうしても侵入できん!何か特別な鍵があるみたい」


フィラも隣の椅子に腰掛けて小さくため息をつく。やはり残念そうだ。


「鍵…。なんだろう」


自分のことなのに検討もつかない。


生まれてからずっと魔力らしい魔力がなくて随分肩身の狭い思いをしてきた。

まさか自分の中に最強の魔力『ゼロ』が宿っているなどついさっきまで期待すらしていなかったから。


「お。猫だ」


アイシャが黒い子猫のナギを見つけた。

異様な空気に怯えてずっとベッドの下に隠れていたのだろう。


アイシャは猫好きだ。

身を乗り出してナギに注目する。

ニャア〜とナギが鳴く。


「おお、オッドアイの魔女猫じゃんか。珍しいなぁ。しかも小さいくせに大した魔力だ」


感心しているアイシャにナギが寄ってきてピョンと膝に飛び乗った。

「おぉ?」とアイシャは少し驚く。


「はぁー、ナギはアイシャが気に入ったんですかねぇ。おいしいものでもポケットに入れてるんですか?」


「入れとらんわ。人を食いしん坊みたいに言うなっ」


カディルのボケっぷりにアイシャが顔をしかめた。

しきりに鳴くナギはアイシャに何かを訴えているようだ。


「俺に何か言いたいことがあるようだな。よぅし、お前くらい魔力がある猫ならば効くだろう」


アイシャはナギの喉に人差し指を当てて何やら呪文を唱えた。


「話せ」


そうアイシャが発した途端、ナギの体を金色の光がふわりと包んで消えた。


「ありがとう」


「!!!!!?」


ナギが喋った!

フィラとカディルは飛び上がるほど驚いた。


「ナ、ナギ?…いま、しゃべりました?」


「バカもん。聞き間違いじゃない。ナギに言葉をくれてやったのだ」


「は、…はぁ」


さすがアイシャの魔法は素晴らしい。

猫まで話せるようになるとは。

アイシャは人には決して向けないような優しい目でナギを見つめた。


「さぁ、話したいことがあるのだろ?」


ナギは頷いた。


「ボク知ってるよ。フィラを狙ってる人」


「!!」


フィラもカディルも驚きのあまり言葉を失った。アイシャだけが「ほお」と答えた。


「それは誰だ?」


「ルドラって人」


その名にさすがのアイシャも目を見開いた。


「ルドラだって!?」


「ルドラ様ーー…!?」


カディルが愕然と呟く。

フィラは聞いたことのない名前だった。

「あの…」フィラの声にハッとしてカディルはフィラを見た。

カディルの顔色が悪く見える。


「ルドラ様は……リッカルド王子の一番上の兄です。ーーつまり、リオティア国の第一王子ですよ」


「…!!」


第一王子が…なぜーー!?


「それは確かなのか?」アイシャがナギに聞く。ナギは頷いた。


「王宮で迷い込んだ部屋で聞いたんだ。ヴィクトーていう男の人と話してたよ」


「ーーー!!」


ガタンッとアイシャが立ち上がった。

ナギはヒラリと床に降りる。


アイシャは俯き拳を握りしめている。


カディルは青ざめた。


「アイシャ。ヴィクトーはもう亡くなったはずでは…」


「生きてやがったのか。ーーは!あいつがあんなことでくたばるわけないと思っていたんだ。納得がいったよ」


アイシャの背中からは並々ならぬ憎悪の念が吹き出している。さすがのフィラにもそれは伝わってきた。


「ヴィクトー……とは一体どなたですか…?」


フィラは勇気を振り絞ってアイシャの背中にたずねた。

アイシャはゆっくり振り向いてフィラを見つめる。その目は絶対零度の冷気を帯びていた。


「ヴィクトーー。あいつはこの国で最上位の黒魔術師。そしてオレを…」


握りしめた拳が怒りに震える。


「女の姿に変えた。オレに呪いをかけた張本人だよ…!」


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