EP16 アイアゲート



儀式の間の開け放された天井から青龍は勢いよく飛び立った。


「ひぃやあぁぁぁーーーーー!!」


龍の背に乗ったカディルは絶叫した。

龍は上空へグングン昇る。あまりの風圧に息ができない。

いつも穏やかで大人しいカディルだが今ばかりは余裕がないようだ。

空を飛ぶのは初めてだ。


龍の首に付けられた手綱をカディルの汗ばむ手がしっかり握っている。

カディルの前にはフィラを座らせている。


かく言う彼女は、とても嬉しそうだ。


「カディル様!あれを見てください!夕焼けが綺麗ですよ!」


長い髪を手で押さえながら晴れ晴れとした声を上げている。


上昇しきった青龍はやっと穏やかに飛行し始めた。カディルはホッとしてフィラの指差す方向に目を向けてみた。

西の空に、輝くオレンジの太陽が沈んでいく。あたりの雲をオレンジに染めて大変美しい光景だ。

いくらか落ち着きを取り戻したカディルは感心したように言った。


「これはすごい。綺麗ですねー」


「ええ!ふふふ」


こんなに生き生きとしたフィラを見るのは初めてだ。


「楽しいですか?」


カディルが訊ねるとフィラは笑顔で振り返った。


「はい!空を飛ぶしか芸がなかったので、飛ぶのは好きなんです。嫌なことがあった時なんかはとくに」


カディルは「ああ…」と思った。フィラは怪我をする前までは自由に空を飛んでいたのだった。


(私は下を見ると|目眩(めまい)がしますけど…)


でも、良かった。

フィラが笑っている。

王宮での不可解な事件。不気味で、悲しく後味の悪い出来事だったけれど。

屋敷に戻ればしばらくは軟禁状態を強いられるフィラに、ひとときの気晴らしをさせることができてカディルは嬉しく思った。







「聞いた!?カディルがめちゃくちゃ叫んでいたぜ!?」


リアルは龍神が飛び立っていったばかりの儀式の間で笑い転げていた。


「あー笑いすぎて腹が痛いっ!この先100年は笑えそうだよ!」


アレクスがため息をつく。


「こら。あんまり笑うな。カディルだって苦手なものがあったって良いだろう」


「まぁそうだけど〜」


「さて、フィラはこれでとりあえず安心だろう」


青龍が飛び去った空をしばらく見上げていたリッカルドだが、皆を振り返った。

厳しい表情を浮かべている。


「この神聖な王宮に悪しき者が入り込んでいる。私の兵を操り、美しい女性の命を狙うなど私は決して許さぬ」


「美しい女性」という限定的な部分に皆はえ?となったが、リッカルドは気にしなかった。


「これはリオティア国への果し状ーー。いや!この私への挑戦状なのだ!」


ええ?そうなの?と皆は思ったが口出しはしなかった。

王子は言い出したら止まらない。

そんなことはみんなよく知っている…。


「この王宮には多くの使用人が仕えている。また操られる者が現れる前に対策を講じる必要があるな」


「それでしたら」


リッカルドにアレクスが答えた。


「使用人達に天眼石を身につけさせたら良いのではないですか?魔を寄せつけない力があると聞いたことがあります」


「アイアゲートか」


「はい。アイアゲート。つまり天眼石は強い霊力を秘めた石です。確かに効果は見込めそうですね。使用人の数が膨大ですから準備には多少時間をいただくことになりますが。王子、どういたしましょうか」


フェリクスは検索した天眼石の資料を立体画像で宙に投影させた。

黒くて中央に青い目玉がついたような石だ。

リッカルドはジッとそれを見つめて傾げた。


「どうもピンとこないな。石程度で防げるものなのか?」


訝しげなリッカルドにフェリクスは説明した


「ただの石ではありません。リオティア国で採掘される天眼石は神秘の力を秘めています。一人一人の使用人を守護するにはうってつけのアイテムでしょうね」


「そうか」


リッカルドは頷くとフェリクスに命じた。


「魔術師のアイシャにその石の護りを強化させて至急ブレスレットを作らせろ。仕上がり次第、使用人全員に身につけさせよ」


「はい。すぐに取りかかります」


フェリクスが一礼して儀式の間から退出しようとしたとき。

リッカルドはフェリクスを呼び止めた。


「なんでしょうか?」


振り返ったフェリクスにリッカルドは何より大事なことを言い忘れたように厳しい顔で言った。


「男はどうでも良いが、女性のブレスレットのデザインは最高のデザイナーに作らせろ。使用人とはいえ、女性の手首に天眼石のような強固な石は少々不釣り合い。せめて女性の魅力を引き立てるものにするように。良いな?」


フェリクスは目が点になった。


リッカルドにとってはどんな女性でも愛すべき存在なのだ。


フェリクスはすぐに我に返った。


「か、かしこまりました。至急対応いたします。では失礼します」


そそくさと去っていくフェリクスの背中にリッカルドは追い討ちをかける。


「至急だぞ。悪しき者に捕われればまた命を落とす者が現れる」


だったらデザインとか言ってる場合じゃないだろ!

…と、皆心でツッコミを入れたが、当然何も言わなかった。


ただ、フェリクスはこれから何日か徹夜かもしれない。

気の毒に…。

残された三人は心でご愁傷様ですと手を合わせた。

リッカルドの要求に無理があることも、いつものことなのだから。


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