EP13 見えない敵



フィラを抱えたリアムは謁見の間から逃れると、ある部屋に入り壁の陰でフィラを下ろした。

暗く寂しい部屋だ。

何年も使われていないような鎧や調度品が置かれていて、壁にはリオティアの美しい山々が描かれた絵画が飾られている。

リアムはハアハアと息を切らして汗をぬぐいながら廊下の気配を探った。


ーー大丈夫。追ってくる者はいない。


ふぅ…と安堵のため息をついてリアムは背後のフィラを振り返った。

フィラは蒼白な顔色で震えている。


「ーーー…大丈夫?」


気遣うようなリアムの声にフィラはハッと我にかえると小さく頷いた。


「ーー大丈夫…です。ありがとうございました」


「怪我はない?」


「はい」


「良かった!…ビックリしたよね…。何が起きたのかよく分からなかったけど…ここなら大丈夫だよ。謁見の間からはだいぶ離れているし、日頃からほとんど人の出入りがない部屋なんだ。俺がサボるとき使う部屋。ははは!」


明るく話してみたがフィラの震えは止まらない。リアムは困ったように頭をかいた。


「…どうして狙われたのか心当たりはあるの?」


フィラを気遣って遠慮がちにたずねた。フィラは首を横に振る。


「…今日、初めてカディル様のお屋敷から出たので分かりません」


「…そう…だよね」


「………」


沈黙が二人を包む。


これからどうしようかとリアムが考え始めたとき。


「!」


ざわりと気味の悪い気配が部屋に広がるのを感じて、リアムはフィラを背後に隠した。

息を詰める。

フィラもその気配に息を潜めた。


その時だった。


薄暗い部屋に突如男とも女とも分からない笑い声が響き渡った。その声は一人のものではない。クスクスと笑う者、大笑いをする者、気味悪く悪意ある笑いを漏らす者達の笑い声が重なり部屋中に響き渡る。


「ーーいやっ…!」


恐怖に震えるフィラがリアムの服を掴んで顔を伏せた。

リアムはフィラを守りながら叫ぶ。


「何者だ!姿を現せ!」


しかし笑い声は消えない。

ただリアムとフィラに近づいたり離れたりするように部屋に反響してこだまするだけだった。


「くっ…!」


どうすればいい?とにかくこの部屋から出なければ…!


リアムが行動を起こそうとしたとき。


突然ピタリと笑い声が消えた。


「ーえ!?」


リアムは辺りを見回した。

悪気は一瞬にしてすっかり消え失せていた。


しかし。


フィラの耳元で突如、誰かが楽しそうに笑った。


「みぃつけた…。伝説の天使フィラぁ…」


「きゃああああああーー!!」


フィラが耳を押さえて倒れこむ。

リアムは咄嗟にフィラを支えた。瞬時にフィラを背で庇い声の正体に警戒した。


「誰だ!!」


叫ぶリアムの声が部屋に響く。

しかし気配はない。


「ーーーー誰も、いない…?」


今さっきまで部屋中に悪気が満ちていたというのに、今はすっかり消え去り部屋はいつもの静寂を取り戻しているのだ。


「今のはなんだったんだ…」


フィラの背後で聞こえた生々しい声をリアムも聞いた。気配はなかったのにフィラの背後に「誰か」が居たーーー。


みつけた…伝説の天使フィラ…


確かにそう言った。


「…………」


あまりの恐怖に耳を押さえたまま座り込み震えるフィラの背をリアムはそっと撫でてやった。


「…大丈夫。心配しないで。とにかくみんなと合流しよう」


リアムが意識を集中するとカディルとアレクスがこちらに向かっているのを感じ取った。カディル達もリアムの気を追って来たのだろう。

リアムは安堵の吐息をついた。


「何者か」がこの王宮に潜んでいる。

そしてフィラに危機が迫っているーー。


きっと大変な事態が起きる。


リアムの心が危険だと警鐘を鳴らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る