EP11 憂鬱
あの夜からフィラはカディルが部屋を訪ねると扉を開き、挨拶やたわいない話をするようになっていった。
フィラは16歳だという。
思慮深いが明るく無邪気な面もあり、可愛らしい笑顔を咲かせると屋敷が華やかになることに最近カディルは気づいたりもした。
時折フィラは庭で子猫と遊んでいる。
子猫の名前はナギとつけたらしい。
カディルはその姿を遠くから見つけると、可愛い妹ができたような気持ちになってしまう。
そんな時一人で苦笑いする。
他国であっても皇女である彼女を妹なんて思ってはいけないだろうと。
「リッカルド様に…謁見を?」
テーブル越しのカディルの前に座るフィラは驚いた。
金の髪をハーフアップに結い上げ、花の髪飾りをつけている。菜の花色のドレスは彼女によく似合っている。
侍女に頼んでフィラの身の回りの物を揃えさせたのだ。
だいぶ体調が回復したフィラの様子をリッカルドに報告したところ、そろそろ一度連れて来いと命じられた。
フィラは持っていた紅茶のカップを置くと視線を落とした。
「…そうですよね。よそ者が無断で国に立ち入ったのですもの。…遅くなりましたけど、ちゃんとお叱りを受けなくてはいけませんよね」
美しい顔を曇らせて覚悟を決めたように低い声で呟く天使にカディルは目を丸くした。
「ああ、いいえ。王子は貴女を叱りたいのではありませんよ」
フィラは王子からの呼び出しの理由を誤解してしまっているようだ。カディルは安心させるように優しく微笑むと膝に座る子猫を撫でた。
「王子はずっとあなたのことを案じていましたからねぇ。あなたの元気な姿を見たいと純粋にお望みです。まぁ緊張するのは分かりますけども、王子は気さくな方ですから心配しないで大丈夫ですよ」
そう聞いてフィラは少し胸を撫で下ろした。
「そうでしたか…。有難いことです。リッカルド様に喜んでお伺いさせていただきます、とお伝え願えますか?」
「ええ。もちろんですとも」
カディルはのんびりと微笑んだ。
それから数日後、とうとう王子とフィラの謁見の日を迎えた。
晴れ渡る青空の下、王宮に向かう馬車の中で、ピンク色のドレスを身に纏い正装をしたフィラは大変美しい。…が、緊張した面持ちでじっと馬車の車内の一点を見つめている。
カディルの屋敷の敷地から出たのは今日が初めてなのだが、緊張のあまり景色には全く目がいかないらしい。
あまりにフィラが緊張しているので、隣に座るカディルはつい笑ってしまった。
フィラは振り返って怖い顔をした。
「カディル様は慣れているでしょうけど私は初対面なんですからね。頭が真っ白になって何かヘマをしたらどうしようと不安で仕方ありません!」
「あはは、すいません。そんなつもりはないんですけど。あまりに緊張しているので少し面白くなってしまって……ああ!それが怒られてしまう原因でしたね…」
「はぁーカディル様!」
そわそわしているフィラ。しかしカディルは全く違う心配をしていた。
無類の女性好きなリッカルド王子がフィラに会ったらどんな反応をするだろうか?
ずっと楽しみにしていたのを知っているだけに複雑な思いだった。
もちろん人の恋路に口を挟むつもりはないけれど、フィラはまだ16歳。
大人の事情…ことに王宮のあれこれに巻き込まれてしまわぬようにと祈るしかない。
(これではまるで保護者のようだ…)
カディルはなんだか自分が歳をとった気分になり、複雑な気分で背もたれにもたれた。
王宮の広い正面玄関に馬車をつけてカディルとフィラは降り立った。
そこからは別行動になり、フィラは王子の側近に案内されて謁見の間の控え室に連れられていった。
カディルはいつも通りの廊下を歩いて謁見の間へと向かう。フィラの謁見にはディユも同席するのだ。
ふいに背後から声をかけられた。
カディルが振り返るとランベールが物憂げに歩いてくる。
「おや?体調が悪そうですね」
「別に。少し寝不足なだけさ。夢見が悪くてね…」
「それは辛いですね。あ〜そうだ。導眠効果のあるお茶があるんですが、良かったらあとで私の部屋にきませんか?」
「せっかくだけど遠慮するよ。どうせまずいだろうから。」
さっさとカディルを追い抜いて行くランベールの背中にカディルは叫んだ。
「良薬口に苦しですよー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます