コンビニ菓子がバレンタインチョコなわけない
叶本 翔
男子にとってチョコってそんなに大事?
「あんのバカ……!」
そう呟いて私はコンビニで買ったチョコ菓子を口に運ぶ。
ちょっとだけ苦いビターチョコ。
その時、真冬の風が吹き、私は思わず身震いする。
今日は2/12、冬ど真ん中。寒いはずだ。
私、
「ごめん!遅れた!」
「ごめんで済むか!
このバカ
その男子とは私の目の前で呼吸を整えているやつ──
歳は私と同じ12歳。
彼はある意味ではクラス1番の問題児である。
ランドセルを家に置いてきたり、校外学習先で迷子になったり、と先生からしてもそれなりの問題児。しかし、成績はトップ。めちゃくちゃな奴だ。
「で、今日こそ持ってきたの?」
「ああ。もちろん」
私は筆を大翔に貸していた。
……2か月前に。
貸してからの2か月間と言うもの、毎日のように返せと言ってきたのにいつも忘れていたのだ、大翔は。
なので今日、放課後に返してもらうことにした。
それなのに……
「あのね、大翔。
めっちゃ笑顔のとこ悪いんだけどさ」
「なになに?」
「遅刻したのに何、俺は今日こそやったぞ!みたいな顔してんの」
「ごめんってー」
そう、遅刻したのだ。40分も。
この真冬に。
「まったく……」
でも、
「走ってきたの?」
「あはは。
間違えて駅の北口の方のコンビニ行っちゃってさ。
しばらく待ってから気付いてさ……。
それで走ってきて……」
なんだ……。
大翔も待ってたのか。この真冬に。
わざわざ走ってきてくれたのか……。
そう思うと少し頬が緩む。
マフラーがあるから大翔にはバレてない、はず。
「そんな怒るなって」
マフラーのせいで細めた目だけが見えたせいであろう。
怒っているものだと勘違いされた。
「怒ってないよ」
「本当に?」
私はつい、顔を覗き込んできた大翔に顔を赤らめる。
これもマフラーに隠れてバレない、はず。
「……本当」
「よかった。
じゃあね、また明日!」
「じゃあねって、ちょっと待った!」
私はとっさに大翔の腕を掴む。
「へっ?」
驚いたような顔をして、大翔が振り向く。
──なんで、掴んじゃったんだろう。
自分がとっさにしたこととは言え、得たいの知れない恥ずかしさで耳まで赤くなってしまった。
耳当てはないので、耳は隠せない。
「……筆」
「あ、忘れてた。
はい」
大翔がビニール袋に入った筆を渡す。
「ありがとう」
そう言って大翔はニコリと笑った。
その顔に私の耳どころか首の裏まで赤く、熱くなっていくのが分かった。
「いや、こちらこそ」
赤い顔を隠そうと、私はそっぽを向いた。
「え、なんであっち向くの?
やっぱり怒ってる?」
「違うよ」
「んー……」
その時
ぐー
「「あっ」」
「俺の腹の虫だ」
……。
「……これ、いる?
半分しか残ってないけどさ」
私はさっきコンビニで買ったチョコ菓子を大翔に渡した。
そして、すぐに後悔。
こんなの女子っぽさのかけらもない。
てか、さっきから私に女子らしさがない。
「いいの!?
ありがとう!!」
「へっ?」
ところが、大翔は満面の笑みを私に見せたのだ。
「へって……どうした?」
「いや、なんでもない」
あれだけでそこまで喜ぶの!?
……残り物だけどいいのかな。
「じゃあな」
「あっ、うん。
じゃあね」
それともよっぽどチョコが好きだったのかな……?
「みんなでチョコ何個もらえるか勝負しよーぜ!」
「おう!」
「俺は姉貴と母さんの分で2個確定だし余裕だな!」
2/13。男子が毎年恒例となった会話をしている。
毎年毎年、よく飽きないもんだ。
私はいつも冷めた目で見ている。……その様子を少しだけ楽しみながら。
「大翔はどうする? やるか?」
この一言に私の耳が研ぎ澄まされた。
「ふふふ、俺はすでにもらってるからな」
なんと、大翔はドヤ顔でそう言う。
「えぇ!?
誰が!? 一体何を!?」
これには私も思わず身を乗り出しかけてしまった。
誰……? 誰? 一体誰がわざわざこんなに早く……?
「誰かは言わないけど、もらったのはコンビニのお菓子」
「なんだよ、それ。
義理チョコじゃねぇか」
いやいやいや。
それ、私じゃん。
どう考えても私じゃん。
え? あれ、バレンタインチョコじゃないよ?
「義理チョコでも数に入るからいいだろ」
「そうだけどさ……」
いやいやいや。
大翔に渡すとしたら義理じゃないよ!? 本命だよ!? さすがにハートのチョコなんて作りはしないけどさ。
もしかして私……盛大に勘違いされた?
──2/14
「あ、千絵。おはよう」
「えっ!? お、おはようっ」
私は登校中、偶然にも大翔と一緒になってしまった。
とっさに手提げバッグに手を入れると、ラッピングしたチョコレートが手に当たる。
でも、違うのだ。
こんなはずではなかったのだ。
放課後に2人っきりになるはずだったのだ。そのために友達に頼んでセッティングしてもらう予定だったのだ。
なのに……なんで。
「大丈夫か?なんか変だぞ?」
「い、いや……」
でも、頑張れ私。
今、チャンスだから。
「本当?平気?
熱とかでもあるんじゃ……」
その言葉に私の頬が緩む。
でも今度は、それが大翔にも分かるようにマフラーを少し下に下げた。
「大翔。
一昨日のあれ、コンビニのお菓子。
バレンタインチョコじゃないよ」
「えっ!まじ!?」
大翔が素っ頓狂な声を出す。
今私の心臓の鼓動が速いのは、声に驚いたからか、このあとすることのためか……。
「あのね、本当のバレンタインチョコってこういうのだから」
「え、いいの!?」
私は大翔に腕を突き出すようにして、チョコを渡した。
また、つっけんどんに渡してしまった。
やっぱり、こんな調子じゃいつまで経っても告白なんかできっこないよね。
「うん。
あのね、ダメだったら渡さないから」
「マジでか!
ありがとな!!」
小躍りをしそうな勢いで大翔が喜ぶ。
でも、まあ今はこんな感じのやりとりが
「……好きなんだよね」
「えっ、今なんか言った?」
「なんにもないよ」
たぶん変わることのない関係を、今はただ楽しんでいたい。
コンビニ菓子がバレンタインチョコなわけない 叶本 翔 @Hemurokku
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