吸乳鬼と天道誠の奇怪な冒険

@Yamaki_Tsukumo

Episode X 「母乳の雨」

ヴァンパイパイア・ハンター

「見ろよコイツ! の代わりに漏らしてやがるぜ!」


 深夜、零時を回った公園。

 遊具から少し離れた場所に、街灯がある。その支柱のたもとに一人の女子生徒が背を預け、恐怖に顔を歪めていた。


「イヤ! やめて! こんなの‥‥‥こんなの嫌!」


 引き裂かれた制服から小さな乳房が覗き、白濁色の液体がとめどなく溢れ出ている。

 ――母乳だった。母乳が、女子生徒の乳房から垂れ流しになっていた。


「誰か! 誰か助けて! この人おかしい! 母乳を吸おうとするなんて!」

「こんな時間じゃ誰もいねぇよ! 大人しく母乳を吸われろ!」


 女子生徒に近付くは、一人の男。制服を着た、釣り目の男子生徒だった。そして、その傍らにもう一人、男子生徒がいる。タレ目が特徴的な男子生徒だ。


「そうだ。おっぱいを吸わせろ。僕たちは君のおっぱいを吸いたいだけなんだ。おっぱいを吸ったら開放してあげる。別に減るものじゃないだろう?」

「あんたら頭おかしいんじゃないの! そんなの嫌! 赤ちゃんでもないのにおっぱいを吸うなんて! 狂ってる!」

「狂ってない。おっぱいは吸うためにある。母乳を出すための部分だ。だからおっぱいを吸うのは可笑しくない。おかしいのは君だ!!」


 タレ目の男性生徒が、女子生徒の乳房を乱暴に握り込んだ。


「ひぃっ! 母乳が止まらない! なんで…‥なんで!」

「当たり前だよ。僕達は母乳を吸う生き物、その名のも吸乳鬼きゅうにゅうき! 母乳を垂れ流しにできる力がある。それにね!」


 タレ目の男子生徒が、女子生徒の乳房にしゃぶりついた。


「ああっ! ふあああっ!」


 女子生徒は母乳が吸われる感覚に陥る。同時に、乳房から脳にかけ迸る快感を覚えた。まさにそれは快楽だった。


「どうだい? 波のような快楽! おっぱいを吸われるのは気持ちいいだろう?!」

「ああっ‥‥‥そんな……そんなっ! おっぱいを吸われてるのに……こんなっ! こんなこと!」


 頬を赤く染め、恍惚の表情を浮かべる女子生徒。だが、さらなる悲劇が襲う。

 ――ジュルジュル! 釣り目の男子生徒がもう一方の乳房にしゃぶりついた。女子生徒の両乳房から勢いよく母乳が噴き出す。


「ああっ嫌! 止まって! 止まって! 母乳でないでぇぇぇ!」

「吸乳鬼におっぱい吸われた人間は全員こうなんだよ。そのうち自分から母乳を吸って欲しいって頼むようになるぜぇ!」


 ――深夜の公園。街灯のたもと。

 乳房をあらわにした女子生徒が、自らを吸乳鬼と呼んだ2人の男に、母乳を吸われている。

 辺りに漂うは、母乳の香り。地面を穿つは、母乳の雨。そこにできるは、母乳の海。

 ――異常な光景

 頭では理解していた。しかし逃げ場のない快楽が身体の中をうずまき、四肢の自由を奪う。母乳を吸われるという異常行動を、好ましく思っている自分がいた。母乳を吸われることを望んでいる自分がいた。

 だが、女子生徒はそれでも抵抗したかった。母乳を吸うなんて、おかしいと。

 女子生徒は、快楽に飲まれてしまいそうな意識を奮い起こし、手を伸ばした。

 街灯の光が届かぬ、公園の暗がりに向けて手を伸ばした。せめてもの最後の抵抗だった。


「誰か……助けて。おっぱいを……おっぱいを吸うなんて……おかしいよ。ああっ!」


 女子生徒の口からついに嬌声が漏れかけた、そのとき。


「いいや違う! おっぱいを吸うのはおかしくない!」


 暗がりの先から、自信に満ち溢れた声がした。まるで疑う余地もなく、それを己の信念にしているかのような力強い声だった。


「誰だ!?」


 釣り目の男子生徒の乳房から口を離し、声を荒げる。タレ目の男子生徒も乳房から口は離し、その暗がりに視線を向けた。

 すると街灯の光が届かぬ淵から、ぬっと一人の男が姿を現した。

 筋骨をしっかりと感じさせる体型は、制服を纏っている。面長で、少し濃い顔立ちをしていた。その男子生徒は3尺ばかりの距離をあけ、釣り目の男子生徒とタレ目の男子生徒の前で立ち止まった。


「んだテメェ? 自分のおっぱいが惜しいなら、家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ。それともお前もこの女のおっぱいを吸いてぇのか?」

「そうだ。誰だか知らないけど、僕たちの搾乳タイムを邪魔するなら容赦はしない。僕たちは男のおっぱいでも母乳を噴出させることができる。それとも、僕たちがおっぱいを吸うことに文句でもあるのかい?」


 男子生徒がキッと眼光を光らせた。


「……確かに。そう、確かにおっぱいを吸うのはおかしくない! 君達が言うように、おっぱいは母乳を出すための器官。だけど、それでもやっちゃいけないことがある!!」


 びしっ! 人差し指を突き出し、母乳まみれで地面に横たわる女子生徒を指差した。


「それはおっぱいを蔑ろに扱うことだ! おっぱいは本来、赤ちゃんのためのもの! だからこそ、僕たちのような大人がおっぱいを吸うときはおっぱいに最大限の敬意を払わなくちゃいけないんだ! なのに君達は!」

「――その辺で止めておけ、まこと。こやつらにそれを言っても意味はないだろう」


 突如、男子生徒の話が遮られる。だが、話を遮ったその声の主はどこにも見当たらない。

 ――誠。そう呼ばれた男子生徒は、自身の影に眼を向ける。


「で、でも。ラミアさん。おっぱいを酷い目に合わせるヤツを僕は許せない! 一言くらい言ってやらないと気が済まないんです!」

「だからこそだ。気が済まないなら、速くこいつ等を倒してまえ。ではないと、そこで倒れている女も吸乳鬼になってしまうぞ」

「……わかりました。僕もそれは望みません。女の子にあんなことをするのは忍びないですから」


 誠は左ひじを折り曲げ、前方に突き出す。そして、左手の親指と中指で自分の両乳首を指し示した。奇妙なファイティングポーズだった。

 すると、釣り目の男子生徒とタレ目の男子生徒がケラケラと笑い出す。


「おいおい、テメェ。ホントにやる気なのかよ!」

「まあいいさ。なら、遠慮なく君のおっぱいも吸うよ。そしたら君も吸乳鬼の仲間入りだ。一緒にこの子のおっぱいを吸おうじゃないか!」


 タレの男子生徒が誠に向かって飛んだ。ひとっ飛びで、頭上に躍り出てしまった。


「僕たち吸乳鬼はねぇ! 人間の何倍もの力を持っているんだよ! 君みたいにガタイが良いからって勝てる相手じゃないんだ!」


 迫りくるタレ目気味の男子生徒。だが、誠は恐怖に慄く素振りを見せはしない。


「わかっているさ! 吸乳鬼に生身の人間が勝つことは不可能。だけど僕は違う! 僕にはおっぱいを守るための力がある!!」


 誠は右手を突き放つ。

 バチィィ! という甲高い音が響き、誠とタレ目の男子生徒が交差した。


「あがああああああ!!」


 タレ目の男子生徒は地面に転がった。ドサッと地面に落下し、のたうち回る。


「ああああ! なんだこれ! ああッ! 僕の……僕のおっぱいが……おっぱいが!」


 白濁色の液体が、タレ目の男子生徒の胸部から染み出していた。先の女子生徒が母乳を垂れ流したよりも勢がいい。


 すると、それまでニヤついていた釣り目の男子生徒が、驚愕の表情を浮かべる。


「な、なんなんだそりゃ! おい! テメェなにをしやがった!」

「これは君達を人間に戻すための力。吸乳鬼となってしまった君たちを、人間に戻すための力なんだ! そのために、君達のおっぱいから母乳を噴出させる必要がある!」


 誠は釣り目の男子生徒に向かって、ずんずんと進んでいく。拳を握り込み、男子生徒をしっかりと見据えて。


「な、なにわけの分からねぇこと言ってやがる。おい、おい。やめろ。俺は母乳を吸いたいだけなんだ。母乳が飲みたくて仕方がないんだ。頼む、見逃してくれ」

「それはできないんだ。すまない。でも、君を人間に戻してあげることはできる。だから君のおっぱいから母乳を噴出させてもらう! 君は変に思うかもしれないけど、これしか方法がないんだ!」


 誠の口から「ひっひっふー」という呼吸音が漏れた。すると突如、その身体が小刻みに震え始める。寒さで体は震える、というような話ではなく、小刻みに、それこそ機械的な振動のようにして震え始めたのだ。


「これは伝導術! 君の体内にある吸乳鬼の元となる物質を振動の共鳴によって破壊するための力だ!」


 誠は右手を腰に引き付けた。一瞬、誠の動きが止まる。

 ココしかない! 釣り目の男子生徒はその隙を見逃さなかった。素直にやられるわけにはいかない。相方を葬ったのは眼の前の男。勝算は見出せないが、それでもやる。母乳を吸うために!


「隙を見せたな! お前が力を持っていたとしてもスピードでは俺のほうが上! ヘンテコな術が発動する前にお前の母乳も吸ってやるよ!」


 釣り目の男子生徒の拳が放たれる。同時に、誠も拳を放つ。ガコン! と音を立て拳がぶつかった。


「あひっ!」


 バチィィィィッ! という音と共に、釣り目の男子生徒が膝を崩した。身体を駆け抜けた感覚によって足の力が抜けてしまったのだ。


「あっ……おおっ! なんだ⁉ こ、これは。これは、ひぎぃっ!」

「気が付いたか。気持ちいいはずだ。この力は君ら吸乳鬼と殆ど同じ。だからこそ君は母乳が垂れ流しになる。母乳が流れ出るときに快感が生じる! 吸乳鬼に母乳を吸われた人間が快感を感じてしまうように!」

「ああっ! おおっ! やめてくれ! ひぃぃぃぃ!」


 タレ目の男子生徒は嬌声をあげ、母乳で身体を濡らす。先ほどの女子生徒のように身体をガクガクと震わせ始めた。


 誠が「ひっひっふー」と呼吸を繰り返す。身体が小刻みに震え出した。


「これで終わりだ! 震えろおっぱい! 吹き出すほどいっぱい! くらえ! 白濁色の伝導共鳴ミルキーホワイト・バイブス・トランスミッション!」


 バチィィィィ! 右の拳が釣り目の男性生徒の胸部に叩き込まれた。すると身体が小刻みに震え出し、徐々に震えが大きくなる。


「おおっ!? おおおおっ! うおおおおおおおおおおおん!」


 ブシャーッ! ビッシャー! ビシャシャー! 乳首の先から母乳が吹き出し、釣り目の男子生徒の制服を突き抜け、噴水のようにして舞上がった。自重により落下した母乳が、地面を白濁色に染め上げる。


「んひぃ! とめてくれ! とめて……とめ……とめ……あああああああっ!」

「すまない。僕だってこんなことはしたくないんだ。母乳を吸うだけならいざ知らず、母乳を噴出させるなんてどうかしてるかもしれない。でも仕方ないだっ!」


 誠は母乳の雨に身体を濡らし、唇を噛んだ。だが、どこか満足気な顔でもあった。

 その母乳の雨は、地面に横たわっていた女子生徒を濡らした。生暖かい液体を身体に感じつつ、いま眼の前で起こった出来事を何度も思い出していた。

 すると、視界に影が映る。見上げてみれば、そこには誠と呼ばれた男子生徒が立っていた。


「すまない。君はどうやら、吸乳鬼になりかけているようだ。本当はこんなことをしたくはない。だけど、仕方ない。これしか君を人間に戻す方法はな――」


 そこまで聞いて瞬時に理解した。この男は自分になにをしようとしているのかを。


「ま、待って! アレは止めて! あんなことされたら私、お嫁に――」

「母乳を伝われ! 伝導共鳴!」


 ブシャアアアアアア! 

 自分の母乳が噴き出す音を聞いたところまで、女子生徒は覚えている。意識を保とうとしたものの、吸乳鬼に搾乳されたとき以上の快感によって気を失ってしまったのだ。

 そして、薄れゆく景色の中で女子生徒が見たのは、感慨深そうな顔をして母乳の雨を浴びる男の姿だった。彼が何者なのか、彼女にはさっぱりわからなかった。

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