第8話:ボス戦①

 ボスフロアに足を踏み入れた直後、周囲の風景が一変した。

 古びた遺跡のようなエリアだった一階層は、ボスフロアだけがどこかのお城の一室かのような豪奢な内装で、きらびやかな照明が周囲を照らしている。

 フロアの中央には体長三メートルで四本の腕が体から生えており、それぞれの手には剣、槍、斧、杖を握ったモンスターが仁王立ちしていた。


「……あれ? 一階層のボスってあんな奴だったっけ?」


 少しだけ攻略サイトを見ていたこともあり、一階層のボスモンスターには覚えがあった。

 体長は同じくらいだと思うのだが、腕は二本で人形ひとがたのモンスターだったはず。

 だが、目の前に佇むモンスターは明らかに別物なのだ。


「まさか、?」


 アルストがまさか、と呟くのも無理はない。

 目の前のモンスターは正しくレアボスモンスターであり、遭遇したことのあるプレイヤーは今のところ片手で数えられる程度の人数しかいない。

 そのため攻略サイトにも載っていなければ、情報が拡散されることもなかったのでアルストが知らないのも当然だった。


『オオオオオオオオォォッ!』


 モンスターが声を上げるのと同時に、頭上にモンスター名とHPヒットポイントが表示された。


「名前は──武神ぶしんゴルイド?」


 アルストの呟きが聞こえたのかどうかは分からないが、呟きの直後にゴルイドは重心を下げると、一気に加速してアルストへと迫った。


「うわあっ!」


 慌てて回避行動を取ったアルストは横っ飛びで扉の前から移動する。

 二回、三回と転がった後すぐに立ち上がると、先ほどまで立っていた場所にゴルイドの剣と斧がめり込んでいた。

 背中に冷や汗をかきながらアルスター3を構えるが、即座に繰り出されたのは間合いの長い槍による刺突である。


「ぐあっ!」


 アルスター3を盾代わりにして刺突を受けたアルストだったが──衝撃を受けきることができずに吹き飛ばされてしまう。

 さらに地面を転がされてしまうものの、そのおかげで距離を取ることができた。

 左手を地面につけながら顔をあげ、ゴルイドを睨み付ける。

 アルストのHPは僅かだが減少。受けてなおダメージがあるとなれば、直撃を受けてはいけないと即座に判断を下す。


「確か、スキルとかもあったけど……こんなだったか?」


 ここに来るまでの間に試していなかったことを後悔しながら、それでもやるしかないと腹をくくったアルストはアルスター3を肩から背中に回す。

 腰を落として力を溜める仕草を見せると──刀身に白い光が顕現した。


「スマッシュバード!」


 間合い外から振り抜かれたアルスター3の刀身から、白い斬撃が飛び出す。

 地面を削りながら進むスマッシュバードは真っ直ぐ突き進み、ゴルイドに直撃した。


『グオオオオオオオオォォッ!』


 ゴルイドのHPが減少するのを見て、ダメージは与えられるのだと一先ずホッとする。

 だが、これだけで倒せるほどボスモンスターは楽な相手ではない。

 再び腰を落としたかと思えば、やはりアルストへ突進しながら剣と斧を振り上げた。


「はあっ!」


 今度は間合いを見切り最小限の動きで回避すると、攻撃後の硬直を狙い三連撃を叩き込む。

 そして、最後の一撃には近接スキルを発動した。


「パワーボム!」


 赤い光を纏うアルスター3。

 飛び上がったアルストは大上段斬りをゴルイドの頭に振り下ろすと、接触と同時に爆発した。


『グオオオオオオオオォォッ!』


 遠距離攻撃よりも攻撃力が高い近接攻撃。ゴルイドのHPがさらに減少して八割になる。

 アルストを遠ざけるために間合いの長い槍が振り回されると、アルスター3で打ち払いながら後退していく。

 間合い外まで下がると、再びスマッシュバードを発動しようとアルスター3を肩から背中に回そうとしたその時だった。


『ボオオオオオオオオォォン!』


 突き出されたのは杖である。

 ゴルイドの咆哮が途切れるのと同時に先端から深紅の炎──ファイアボールが浮かび上がると、アルスト目掛けて放たれた。


「ちいっ!」


 即座に振り抜き放たれたスマッシュバードとファイアボールが直撃すると、その場で大爆発が巻き起こった。

 火の粉と粉塵が舞い上がり、豪奢な部屋の中はすでにボロボロになっている。

 爆風がアルストを襲い、左腕で目元を守りながら爆心地へと視線を向けた。


「──うわあっ!」


 粉塵を吹き飛ばしながら槍の穂先がアルスト目掛けて突き出された。

 右に飛び退くものの、僅かに間に合わず左腕を削られてしまう。


「がああああっ!」


 初めてのまともなダメージに、アルストは悲鳴をあげた。

 これはゲームだ、間違いない。現実にゴルイドのような化け物がいるはずはないのだ。

 分かっている、もちろん分かっている。

 だが、この痛みはなんだ。本当に腕を斬られたかのような、傷口が焼けるような痛みが脳へと伝わり神経を刺激してくる。


「ぐぅぅ、ここまで、リアルな臨場感って、ことかよ!」


 今の一撃でアルストのHPは六割まで減少している。このままではいずれ倒されてしまうかもしれない。

 時間をかけてでも回避重視で攻撃を当て続ける必要があるのだが、アルストは自身の異変に気づいていた。


「……あ、足が、動かない」


 ゲームだと分かっていても、先ほどの痛みを体感してしまえばダメージへの恐怖が襲い掛かってくる。そして、その恐怖から動きが悪くなるのも当然と言えるだろう。


『オオオオオオオオォォッ!』


 そこに襲い来るゴルイドに情けなどあるはずもない。

 振り上げられた剣と斧が、三度みたびアルストへと振り下ろされた。

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