第105話 Alice in wonderland 20:束の間の日常
「ねぇ先生」
「どうした?」
「また何処かに行くんですか?」
「そうだな……少しまた、別の迷宮に行くことになるかもしれないな」
「そうですか」
先生が第六迷宮から帰って来て、私は彼の弱さを知った。
史上最高の天才錬金術師。
その名称は伊達ではないことは知っている。それでも先生も、人間なのだ。私たちと同じように弱さは存在する。
そのことを知れて、私はどこか嬉しかった。
いつも遠くに感じている先生が近くにいるような気がしたから。
「……先生はもう大丈夫なんですか?」
少しだけ、いつもと違う声音で尋ねてみる。私はいつもふざけてしまう癖があるが、今回は本気だった。
じっと、先生のその瞳を覗き込む。
すると微笑を浮かべてる先生。
「あぁ。もう大丈夫だ。アリスには本当に世話になったな」
「そんな……別に私は」
先生は優しく頭を撫でてくれる。きっと私の存在は彼にとってはまだ妹のようなものなのかも知れない。それは、今までの付き合いからよく分かった。でもそれでもよかった。
むしろ今のこの関係が大きく変化してしまうことが私は怖かった。
ずっとこんな日々が続けばいいと、そう願っていた。
「じゃ俺は行く」
「はい。また一緒にお昼を食べましょうね?」
「あぁ」
颯爽と去って行く先生。その後ろ姿は確かに、いつもと同じだった。完全に元気になったわけではないが、折り合いをつけることはできた……という感じだろうか。
そして私もまた、この屋上から去って行くのだった。
屋上からの階段を降りて行く際に、私はばったりと彼女に出会った。
「フィーじゃない」
「アリス王女? エルはどこに行ったか知りませんか?」
「先ほど降りて行きましたけど?」
「はぁ……すれ違いかぁ……」
アルスフィーラ=メディス。
現状、先生に最も近い存在と言っていいだろう。私のライバルである。本人はそんな素振りを見せていないが、先生を見る視線の中に色があることはすでに知っている。
正直言って、一緒に迷宮探索に行くなどけしからん!
と思っているが仕方がない。
フィーは先生に次ぐ天才錬金術師。今は影に隠れてしまっているが、その才能は私が幼い頃からずっと聞いている。それに何よりも……美人だ。私も確かに自分は可愛い方だという自覚はあるが、それでも大人の魅力というものは何か違うと感じ取っている。
この場合は、妖艶……と形容すべきだろうか。
だから私はそんなフィーのことが嫌いだ。
きっと先生のことが絡んでいなければもっと仲良くなれているかも知れないが、それはそれ。これはこれ、なのだ。
「では私はこれで失礼します」
「フィー」
「? 何でしょうか」
翻って私を見上げてくるフィー。
その綺麗な金髪が微かに靡く。そして彼女はどこか不思議そうな表情をしていた。
「また迷宮に行くの?」
「……その可能性はあります」
「そっか。なら、先生をよろしくね」
「……はい。わかりました」
ペコリと頭を下げるとフィーは下の階へと降りて行く。
こうして私はまた、しばらく先生と会えなくなってしまうのだった。
それと同時に、この王国に迫っている脅威に私は全く気がついていなかった。
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