第86話 月明かりの下で
「う……ん……」
朝日が部屋の中に入ってきて目が覚める。
そうして覚醒しようと思って立ち上がろうとするも、俺の左手にはフィーの右手が握られていた。
あれから俺たちはそのまま眠りについた。手を繋ぎあったまま、ソファーで一晩を過ごしたのだ。フィーは両親がまだ死んでいないということが確認されて落ち着いたのか、穏やかに寝息をたてながら寝ていた。
しかし今は徐々に口が開いてきて、このままだと唾液の一つでも垂らしてしまいそうだ。さすがにそうなってしまえば、フィーもきまりが悪いだろう。
「フィー。おい、フィー」
「う……ううん……あ、あと5分だけ……ああ……ううぅ……」
「ヨダレが垂れるぞ」
「え!? て……は!? え!? なんでエルが隣で!? え、なんで手も繋いでるの!?」
「いや……昨日のこと、忘れたのか?」
「あ……」
サーっと顔が青ざめるフィー。ぶっちゃけこのやり取りは慣れているので、俺は今更どうとも思わないのだが……。フィーのやつは妙に慌てている様子だった。
「って、私すっぴんじゃない!!?」
「いや見慣れているが。それにフィーは化粧をしなくともいいだろうに」
「……何!? 何が目的なの!? 今更おだてても無駄よ!?」
「別に、事実なんだが? 俺は嘘は言わない。知ってるだろ?」
「そうだけど……って、ちょっと待ってて! さすがに顔は洗っておきたいから!」
「はいはい。いってら」
フィーのやつはそのまま飛び起きると、どこかへ消えてしまった。現在の状況でも別にインフラは機能していないわけではない。電気は通っているし、水道も無事だ。さすがにこれらをやられていると色々と問題だが、最低限のところはしっかりとしているようだった。
そうして俺もまたフィーの後を追うようして、部屋を出ていく。
この建物にいるのは騎士団の人間が多いのだが、いやおそらく騎士団の人間しかいないだろうが、それにしても数が割といる気がした。
「エル。起きたんですの?」
「セレーナか。ふわあああぁ……おはよう」
「全く。だらしないですわね」
「すまないな。色々と立て込んでいてな。ただ俺も農家の正当な血族。別に朝は苦手じゃないさ」
「ふふ……それだけの軽口が言えるのなら、いいのですけれど」
「そういえばあの話聞いたか?」
「死体の偽装の件ですの?」
「あぁ。俺が見た限り、あれは三大貴族の当主の死体ではなかったな。巧妙に偽装はしてあったが」
「それは私としても嬉しいのですけれど、そうなるとまた疑問が出てきますわね」
「そうだな。なんの目的で、そうしたのか……ということだな」
「えぇ……」
俺とセレーナの二人で考えていてもどうしようもない。
そうして騎士団による朝の会議が開かれるということで、俺たちはそこに向かうことになるのだった。
◇
「う……ううん……」
目が覚める。
それと同時に思ったのは、冷たい……ということだった。
そう。今、私のいる場所は地下牢だ。王城の地下にある牢屋に私は入れられているのだ。
「アリス起きたのかい?」
「オスカーお兄様……どうしてこんなことを……」
「どうして? もちろんそれは神秘派の総意だからさ」
「嘘です……神秘派のことはご存知ですが、流石にここまでのことをするとは思えません」
「……流石は聡明なアリスだね。そうだとも。これは私の独断さ」
「それで数多くの王国民の血を流すのですか?」
「別に王国民を無差別に殺しちゃいないさ。というよりも今回の件は死者が多く出ると困るからね。それに使っている兵士も……おっと、これ以上は秘密だ」
「……他の王族の方は皆殺しですか?」
「人聞きが悪いなぁ。別に私は王国を破壊したいわけでもないし、それに新しい王になりたいわけでもない。さっき言っただろ? 私の目的は殺人でもないし、人間の血でもないと。これはいわば余興だよ。余興。死んでいる人はいるだろうが、それも最小限になるだろうしね。そもそも本当に死んでいるのは……まぁ、これから先は秘密だ。どうせいつか、わかるだろうしね」
「余興……ですか」
「そうだとも。まぁそのためにアリスの名前を使うけど、構わないよね? 君は本当の意味では王族ではないのだから」
「……」
鉄格子の向こうからそう囁かれ、私は何も言えなくなってしまう。
自分の出自は把握している。これは王族の中では有名な話だ。貴族の間でも知っている人は知っている。幸いなことに私と親しい人間はまだ知らないようだが、きっと先生もいずれ……知ることになるだろう。
私、アリス・カノヴァリアは王族であるも……それは正しくはない。
純血の王族は皆が貴族とそして王族の血を流している。王族の結婚は貴族、または錬金術の適性が高いものに限られている。だが私の母は……メイドだった。この王城で働くメイド。それが私の出自。
父である国王が気まぐれに手を出して、生まれたのが私。
純血の王族ではない私は、この王城で生きることに精一杯だった。だからこそ、オスカーお兄様の言葉に真正面から反発できるほどの気概などは残っていなかった。
外から差すわずかな月明かり。
それは私の体を照らしていく。
そうして私はもうすでにいないお兄様が残していった食事に手をつける。流石に餓死はしたくない。乱雑に投げ捨てられたパンを食べて、思考に耽る。
自分がいかにして、今の自分……アリス・カノヴァリアになったのかを。
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