第82話 Chapter 3:Epilogue
「ふぅ……戻って来たな」
俺たち五人は地上に戻って来ていた。振り返ると第五迷宮が見えるが、そこはもうもぬけの殻だ。最下層にはイヴの言う通り、何もなかった。あの女の言っていることは狂っているが、嘘は付いていないようだった。
「うーむ。やっぱり外は気持ちがいいのぉ……」
「ううううう……寒いですぅ……」
「ふむ。人形なのに、五感はあるんじゃのぉ。アリアは本当に不思議じゃ」
「ちょ、マリーさん。そんなじろじろ見ないでください! なんか怖いです!」
マリーとアリアはすっかり打ち解けているようで、二人は仲良く話していた。今回の迷宮では人を殺すようなことをしなくてよかった。俺は安堵して、ふぅと口に出す。
「そういえば、エル。お前はあの迷宮の構造に気がついたのか?」
「ん? あぁ。結局、あれは縦に二層に分かれたんだよ。で、十層ごとに互いにそこにいる魔物を撃破しないと開かない仕組みだったみたいだ」
「なるほどなぁ……じゃああそこは単独だと踏破できない迷宮だったのか」
「と言っても、本当は先に誰かが踏破していたから、厳密にそれが機能していたかは怪しいがな。全てはあの女だけが知るようだ」
「イヴだったな。エルの姉なのか」
「顔は俺そのものだったか」
「……確かに中性的だから、お前は女でもいけるな」
「……自分で肯定するのもアレだが、あの女は俺とそっくり過ぎた。血縁関係があるのは間違いない。だが……」
「人間を実験道具にしているのが解せない……か。まぁ俺は直接見ていないが、そこのアリアがして来たこと、それに氷に埋め込まれていた死体の話を聞く限りまともな人間じゃないのは確かだな」
「認めたくないものだ。あれが姉だなんてな」
「ま、次会ったら気をつけるんだな。何をしてくるか分からないしな」
「そうだな……」
俺はレイフと話をし、女性陣は三人に何やら盛り上がっていた。と言っても、相変わらずアリアがいじられているだけだったが。でも、ああやって笑えているだけアリアは幸せなのかもしれない。あのまま自殺をする未来も容易にありえた。それでもアリアは生きていくことを決めた。責任も持って面倒を最後まで見る……なんてことまではいえないが、できる限りの事はしたいと思う。
そして俺たちは1日だけイガル共和国にある宿屋に泊まることにした。そこまで急いで帰る必要もないし、疲れもあるのでゆっくり休むことにしたのだ。
その夜。俺が部屋で今まで起きたことをノートに整理して書いていると、フィーのやつが一人でやって来た。
「エル、今いい?」
「あぁ……」
俺はノートから顔を上げて、フィーを部屋に招き入れる。
「エルは大変だったわね……その……」
「いや俺のことはいい。それよりも、済まなかった」
俺は頭を下げる。俺はずっと謝りたいと思っていた。それはフィーを見捨ていると言う選択をとったからだ。
「そ、そんな! 謝らないでも! だってあの時はそれが最善だったし……アリア一人じゃ死んじゃうでしょ?」
「そうだな。でもアリアは実際は……」
「ドールだったのよね。ホムンクスとは違うみたいだけど」
「人間の意識を持った人形だな、正確には」
「……ふぅ。本当に迷宮って何なのかしら」
「迷宮もそうだが、あの女は一体誰なのか?」
「姉、何でしょ?」
「あぁ。でもそう考えると、腑に落ちないことがある」
「何?」
「俺は一体誰なのか……ということだ」
「エルはそういえば、孤児院から引き取られたって話だったわね」
「あぁ。でも俺はただの孤児じゃないんだろうな。錬金術に対する異常なまでの適性。そして姉と呼ぶにはおぞましい人間の存在。そしてそいつは魔法を使う存在だった。だから俺もまた、魔法に関連する何者なのか何だろう」
「エルは特別だって思ってたけど、まさか魔法とはね……」
「俺も驚いているが、状況から考えるに間違いないだろう」
「大丈夫なの? そのお姉さんとは……」
「和解はできないだろう。次会った時は殺し合いになるかもしれない。あの女はやる時はやる凄みがあった。それに人間を実験動物と見なしているんだ。俺を殺そうと考えるのも自明だろう」
俺は一つだけ、みんなに伝えていない情報がある。それはあの女が俺を溺愛しているということだ。アリアにもそれは言わないように伝えてある。自分で言うのも難だし、恥ずかしい……という想いよりもあの執着心には俺自身が向き合う必要があると考えているからだ。
「ま、何かあったら力になるわ。そ、それに私が本当の家族になってあげても……」
「ん? 何だって? 考え事をしていた」
「何でもないわよー! このアホ難聴!!」
と、捨て台詞を吐いてフィーは去って行った。全く騒がしいやつだ。
翌日、早朝。何やら宿がざわついているのを感じる。何かあったのだろうかと、話を聞くと俺たちは驚愕に包まれる。
『それに時間稼ぎも必要だし……』
イヴの言っていた言葉で未だに引っかかるのはそれだった。時間稼ぎ。つまりは俺たちを第五迷宮にとどまらせておきたい理由があったのだ。深くは考えていなかった。でもそれは違和感として、頭の隅に残っていた。そして今宿で聞いた話、さらには以前王国にいた時のあの殺伐とした雰囲気。セレーナとフレッドもまた、慌てていた理由がここではっきりした。
俺たちは急いで王国に戻った。だが道のりは遠い。イガル共和国からカノヴァリア王国まで普通ならば二週間近くかかる。俺たちは転移を使用して、1日程度で移動できるがそれでもその時間が惜しかった。
悠長にしている場合ではなかった。あの女が俺を第五迷宮に長く居させたい理由はこれだったのかッ!
そう心の中で悪態をついても自体は変化しない。
「これは……」
翌日。
俺たちはやっと王国をその視界にと捉えた。だがそこにあるのは俺の知っている王国ではない。
燃えている。烈火の如き炎に王国が包まれている。そして悲鳴と怒号。あらゆる怨嗟が響き渡っている。
今いる場所は王都だ。王都以外はどうなっているかは分からないが、間違いなく王都はほぼ全て火の海に飲まれていると考えていいだろう。
「エルッ! 行きましょうッ!」
「あぁッ!」
俺とフィーはとりあえず、協会へ。マリー、レイフ、アリアは生きている人間の救助をすると言うことでその場で別れた。
「う……」
「なんてことだ……どうして……」
王都を駆け抜けていく俺たち。転移を使わないのは、まだ生きている人間がいないか確認するためだ。だが、そこに生きている人間はほぼいなかった。倒れている人間からは
一体何が起きているのか。そして俺の家族、友人、生徒たちはみんな無事なのだろうか。
頼む。頼む。頼む。みんな、どうか生きていてくれ……。
俺ができるのはただ祈ることだった。
「な……協会が……」
「完全に壊されているわね……おそらく、爆破ね。残骸からして間違いないわ」
錬金術協会。たどり着いたはいいものの、そこにはいつも見ていた建物がなかった。完全に崩壊している。爆破の後もしっかりと残っており、その下には人が下敷きになって死んでいる。
あぁ……第五迷宮で時間を取られている間にこんな……こんなことが……。
「……エル、しっかりして。こんな時こそ、冷静に努めないと」
「……あぁ、そうだな。すまない」
そうだ。辛いのは俺だけではない。むしろ、俺よりも10年も長くこの王国で過ごしているフィーこそ辛い思いをしているのだ。俺だけがこの現実に打ちのめされていいわけではない。
そんな矢先、俺は見知った顔を見つける。あれは……セレーナだ。
「セレーナッ!!」
「エルッ!!!? 戻ってきたんですの!!?」
「何が、一体何が起きたんだ!!?」
「クーデターですわッ!! 首謀者はアリス第三王女……ッ!」
「「なッ!!?」」
信じられない。アリスがこんなことを起こすわけがない。
分けがわからない。一体、この王国は……アリスはどうしてしまったんだ。
こうして神聖歴1994年8月8日、カノヴァリア王国でクーデターが生じた。それと同時にこれは……長い戦いの始まりでもあった。
◇
第三章 The 5th Labyrinth 終
第四章 王国内乱編-When she cry- 続
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