第68話 第五迷宮:第十層


「今日はここで休むか」

「そうね」



 現在は第八層。かなりいいペースで降りることができている。おおよそ、一層に30分程度。だが、あくまで現在のペースという話だ。今後何が起きるかわからない。


「フィー、こっちに来い」

「でも……」

「二人で寄り合って寝たほうが暖かい。もちろん、ある程度錬金術で周囲に結界を作っているし、体温が下がりすぎないよう考慮してあるがそれでも人肌を合わせたほうがいいだろう」

「そ! そうよね!? これは仕方のないことよね!」

「まぁフィーとはよく寝ているし、別に今更だろう」

「それは酔っている私でしょ!?」

「? まぁ、そうだが」



 フィーはブツブツと、「これだからエルは……」と文句を言いながら俺の方に寄り添ってくる。そして二人で毛布を羽織ると、しばらく睡魔に身を任せるのだった。




「やぁ、待っていたよ」

「夢……なのか?」



 俺は夢の中にいた。先ほど第五迷宮の中で睡眠をとったのは間違いない。だがしかし、今は真っ白な空間にいて……いつものようにあの男がにっこりとこちらを見て微笑んでいる。



「座りなよ、エル」

「あぁ……」

「それで、第五迷宮はどうだい?」

「厄介だな。迷路構造もそうだが、何よりも気温が低いことがまずい。錬金術を使って自身の体温はある程度維持できるが、それも無限じゃない。徐々に疲労が溜まっていく。はっきり言って、時間との戦いだ」

「なるほど。ま、あの迷宮を作ったやつは性格がねじ曲がっているからね」

「知っているのか? 迷宮の製作者を?」

「もちろん。全員ね。と言っても……」

「また俺にいうことはできないと?」

「そう。僕にできるのは、助言だけさ。さて、この迷宮ではただ一つ……先入観にとらわれないことだ」

「先入観?」

「おっと時間だ。バイバイ、エル。また会おう」



 そしてスーッと意識が遠のいていく。



「あんっ!」

「……夢、だったのか?」

「ちょ、ちょっとエル……どこ掴んでいるの?」

「あ? あぁ……すまん」

「何その反応!? 私の胸を鷲掴みにしといて、あぁ……すまん、って!? もっと適切な反応があるでしょうに!!」

「えーっと、誠に申し訳ございません?」

「言葉遣いじゃなーい! 少しは照れてくれたほうがこっちも色々とその……」「すまんすまん。フィーの体は色々と見慣れているからな。つい……」

「ちょ!? 何その誤解を生む反応! でも、別に誤解でも……いや、でも……」



 とゴニョゴニョ何かを言っている間に、俺はすでに身支度を整えていた。そしてふとしたことに気がつく。


「右目……治っている?」


 今までは微かにだが鋭い痛みが走っていた。でも今はそんな兆候はない。俺は意を決して眼帯を取り去ってみると、なんの変化も起きなかった。そして元素眼ディコーディングサイトを発動しようと試みるが……。


「ぐっ……くそ、とりあえず暴走が治ったってことか?」



 とりあえずこれからは眼帯はつけなくてもよくなった。しかし問題はまだ元素眼ディコーディングサイトを完全な制御下に置けていないということだ。



「よいしょっと。で、もう先に行くの?」

「あぁそうだな……」



 先を見るとどこまでも広がる迷路が俺たちの目の前に立ちはだかる。迷路、そう……迷路だ。でも俺はあの男の言葉がどうにも気になっていた。



「先入観にとらわれないこと」



 つまり、この迷宮はただの氷で構成された迷路ではないということなのか?


 しかしでは第五迷宮とは一体何なのか?


 その疑問を抱きながら、俺たちは先に進む。



「……なんか、魔物減ってきたわね」

「確かに。ずっと歩いているだけだな」



 俺たちはあれから第九層へと降りてきた。だがこの層は明らかに魔物が少ない。そして何より、下の層から第一質料プリママテリアが奔流しているのを感じる。きっと他の迷宮と同様に、十層ごとに特殊な魔物がいると考えるのが通りだろう。



 そして迷路をぐるぐると回っていると、俺たちは下の層に通じる階段を発見。



「行くか。きっと先には……」

「分かってるわ。第六迷宮と同じでしょ。特殊な個体がいるでしょうね」

「あぁ……」

「人と混ざり合っているキメラかもね」

「そうだったとしても、俺は殺すさ」



 口ではそういうも、俺はまだ明確な覚悟というものがまだ決まっては……いなかった。



 ◇



「同じだな」

「えぇ」



 目の前に広がるのは扉。そしてそれはウロボロスの紋様が描かれている。



「行こう」

「うん」



 ギィイイイイイイ、と音を立てて扉を二人で開ける。すると目の前に広がるのはどこまで透き通る氷の領域。だが俺たちはそれには注目しなかった。何故ならば……その中央に強大な物体が鎮座していたからだ。



「あれは……」

「あぁ。ゴーレムだ」



 ゴーレム。それはホムンクルスと同様のコンセプトのもとに生まれた人造人間の一種だ。だがそれはホムンクルスとは大きく異なる。ホムンクルスは錬金術の化学的操作で実現されるものだ。俺がプロトたちを生み出した時のように。一方のゴーレムは「言葉の錬金術」によって生み出されたものだ。


 それは文字、言葉、数字には神秘的な力が存在しておりそれをもとに神と同様に生物を生み出せるだろうという考えだ。



 実際にそれは失敗に終わっているものが多いが、成功例もごく少数だが存在する。その稀有なゴーレムがこんな所にいるのは解せないが、迷宮ならば然もありなんと言ったとこだろう。



「ギギイギイイイイイイギギイギイギアアアアアアアアアアギアアアアアアアアアアアアアアアアアギギイギギギイイイイアイイイイイギギアガガッガガッガギギイイイイギギイガッッッッッッッ」



 6メートルほどあるゴーレムは妙な音を発生しながら、その場から立ち上がる。その手には強大な斧のようなものを持っている。そして特筆すべきは、その構成要素全てが氷ということだ。一見すれば、ただの美しいオブジェ。だが俺たちは感じ取っていた。このゴーレムはこの部屋に入ってきた生物を始末することが役目なのだ。



 地面を見ると無数の人骨が転がっているのが見えた。ここまでたどり着けた人間もいるのだ。だがしかし、それもこのゴーレムに妨げられてしまった。



「フィー、前衛は任せろ。後衛から火属性の攻撃で援護を頼む」

「了解」



 そして俺は薄羽蜉蝣を腰から引き抜く。


属性付与エンチャントフレイム


 氷に効果的なのは火。だからこそ、今回は属性付与エンチャントフレイムを選択。一刀両断できると思っていないが、効果的なダメージを与えることはできるだろう。



「……フッ」



 肺から一気に空気を吐き出して、たったの一歩で距離を詰める。



「ギガガガガアアアアアアアアッッギイイイイイイイ」



 遅い。鈍い。その巨体故、動きが緩慢すぎる。



 そして一閃。俺は脳天めがけて、その刀を振るうも……。



「なぁ……!!?」



 キィイイイイイイイイイイイイイン、と甲高い音が室内に響き渡る。完全に弾かれた。俺の薄羽蜉蝣が傷の一つもつけることができず、俺の体は思い切り宙に舞ってしまう。


 やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。これは非常に、まずい……。



「ギガアアアアアアアアギイイイイイイイイイ」



 ゴレームの振るう斧が俺の身体めがけて振るわれる。このままいけば、身体は真っ二つだ。それでも俺は諦めない。というよりも、フィーならばこの状況をどうするべきか……俺と同じビジョンが見えているに違いない、そう信じた。



「フィー!!!!!!」

「もうやってる!!!」



 そして俺は来るべき衝撃に備える。


「ぐううううううううううううううううううッ!!!!」


 そして俺は突如目の前に現れた氷の柱によって後方に吹き飛ばされる。もちろん、薄羽蜉蝣でガードはしたがかなりの威力で思わず声が漏れてしまう。



「はぁ……はぁ……はぁ……サンキュー、フィー。だがちょっと、威力強すぎじゃないか? マジで痛い」

「仕方ないでしょ!? 体が真っ二つになるのと、私の錬金術で吹っ飛ばされるのどっちがいいの!?」

「後者だな……あぁ、まじで痛てぇ」

「ごめんてっば。でも、あのゴーレム硬いわね」

「ダイヤモンド並みの高度じゃないか?」

「まじ?」

「俺の薄羽蜉蝣をここまで完璧に弾けるとしたら、あれはもはやダイヤモンド相当の高度を持っている」

「……先が思いやられるわね」

「……そうだな」



 俺たちはその事実に凹みながら、再び戦闘を再開するのだった。


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