第65話 いざ、第五迷宮へ!
「いやじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 我はここから動かんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「なんだこれ」
「私がきた時にはこうなってたわ」
「またロリババアが騒いでいるのか」
今日の朝には出発するということで、俺たちは身支度を整えて集合していた。だがしかし、マリーのやつが頑なに動こうとしない。
「こんな快適さを覚えてしまったら動けん! 我は行かんぞ!」
「お前、俺たちに協力するって言ってただろ」
「レイフの阿呆め! 人間の気など簡単に変わるんもんじゃ! この阿呆!」
「な、なぁ……? こいつぶん殴ってもいいか?」
「まぁ、落ち着けって」
俺はレイフをなだめると、マリーを無理やりベッドから引き剥がす。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 我を連れて行くなぁああああああああああああああ!!」
あまりにもうるさいので俺は錬金術を使ってマリーをさっと拘束して、レイフに彼女を渡して俺たち四人は第五迷宮へと向かうのだった。
「ぐすん……あんな扱いしなくてもええじゃろうにぃ……ぐす」
「ごめん、ごめん。悪かったよ、マリー」
外に出るとマリーが愚図り始めるので、俺がなんとか落ち着かせる。こうして相手をしていると本当に幼女を相手にしているようだ。でも年齢は45歳。全くもって、見た目、言動と合っていない。
ま、こんな事を口にすればまた騒がれるので言わないが。
「ん? なんかあいつら、おかしくねぇか?」
「……確かに妙だな」
ちょうど転移を使って、第五迷宮のあるイガル共和国に移動していた矢先……妙な連中が俺たちを取り囲む。全身をローブで包んでいて、顔も見にくい。数はざっと見て、20人程度だろうか。
「おい、戦闘体制に入れ。こいつら殺す気だ」
「あぁ……」
「えぇ」
「……ふむ。わかったのじゃ」
そして俺たち四人は戦闘体制に移行。こんな時のためにフォーメーションは決めてあり、前線は俺とレイフ。後衛はマリーとフィーだ。
「「「「……」」」」
じっとこちらを見ており、じりじりと距離を詰めてくる。山賊、野盗の類かと思ったが、それにしては妙だった。それは全員が錬金術師だという事だ。俺にはわずかに漏れ出している
「……うおおおおおおおおおおッ!!!!」
レイフが声をあげて、相手に突撃して行く。俺もそれに続いて薄羽蜉蝣を抜刀。錬金術で身体機能をあげて、まずは相手の身動きが取れないように努める。
「……くそっ!!」
思わず声を漏らす。相手の攻撃はそれほど大したことはない。錬金術の練度もそれなりで、対応できないほどではない。だが今の俺には左目の視覚しか頼ることができない。わずかに狂う距離感。そのせいで薄羽蜉蝣の攻撃が当たらない。
でもそれ以上に俺は……恐怖していた。
それは人を斬る覚悟というものだ。
第六迷宮で人を殺したという実感は未だに心の中に残り続けている。だからこそ、俺はこの先も人を殺していいのかという疑問に苛まれている。
「エル!! あぶねぇッ!!!!」
レイフがそう言った瞬間には相手の放った攻撃が眼前に迫っていた。相手の中には白兵戦を得意としているものがいるようで、俺の目の前には剣が振り下ろされようとしていた。
防御は間に合う……いや……どうするッ!!?
その刹那の瞬間、相手の首がズズズとずれていき……そのままぼとりと頭部だけ地面に転がって行く。
バッと振り返ってみると、そこには真剣にこちらを見つめているマリーがいた。
「何をやっておるッ!! これは殺し合いじゃぞ!!!」
そう叱責されて思い知る。殺さなければ、殺される。そうだ。今はそういう場所に立って戦っているのだ。何も珍しいことでもない。山賊、野盗の類が人を襲って惨殺する。また、奴らが反撃を受けて殺されることもある。伝聞ではそんなこともあるのかと知っている。でも実際に目の前にしてみると、手が震え、視界が霞む。何も眼帯をしているだけではない。魔物とは違って、同じ人間を殺すことに俺はまだ覚悟が決まっていないのだ。
そうこうしている間に、レイフが一人を除いて全員を片付けたようでリーダー格の人間を捕縛していた。
「おい、テメェら。何者だ? ただの野盗ってわけでもねぇだろ? 誰の使いだ」
「……クッ!!」
そう捕まっている男が言うと、急に力が抜けてだらりとその場に倒れる。
「口に毒物でも仕込んでいたか。脈は……」
レイフは倒れた男の脈と瞳孔を確認する。
「脈はねぇな……瞳孔も、完全に開いてる。即死か」
「ふむ。即死する毒物を自ら含むとは、なかなか胆力があるの。しかし、それも洗脳が原因かもしれないの」
「そうだな。だが、これは妙だな。俺は初めて出会ったタイプだ。そもそも目的はなんだ?」
「ふむ。わからんの。我たちを狙い撃ちにしたのか、それとも偶然ここにいたから狙われたのか……」
レイフとマリーがそう話している間、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「エル、大丈夫?」
「フィー。俺にはまだ覚悟が足りないみたいだな」
「人を殺す覚悟なんて……そんなに簡単にできるものじゃないわ。私だって、やりたくないし、怖いわよ」
「そうだな……そうだよな」
結局は慣れの問題だ。その後、レイフにそう言われたし、マリーにも同じことを言われた。人を殺すことに慣れてしまえば、その事実を飲み込めるようになる。それがたとえ、どれほど無慈悲だとしても。この世界は錬金術によって発展してきた。だがそれと同時に、錬金術は人殺しの手段としても非常に有用だ。そのため、こうした突発的な戦いが生じた際には仕方なく殺すしかないと言うケースも出てしまう。
互いに力を持ちすぎた故の結果。
俺はまだ未熟な自分を恥じながら、転移を使ってその先に進むのだった。
◇
「うううううう……寒いのぉ……」
「本当に寒いわね。これはいつきても慣れないわ」
俺たち四人はすでにイガル共和国内に入り込んでいた。先ほどの集団は謎のままだが、今の目的は第五迷宮を踏破することだ。
「第五迷宮はここからさらに北だ。だがそれにしても、寒いな……」
レイフがそう言うが、確かに寒い。俺たちが一週間前に来た時よりも寒い。温度にして、どれくらい下がっているのだろうか。そう思って街の錬金術協会に立ち寄ることにした。
「実は……先週から急激に寒さが悪化しまして……現在は氷点下となっています」
受付にいる人間に話を聞くと、この現象は一週間前から。それもイガル共和国ではこんな現象は初めてだと言う。例年よりもはるかに低い気温。それは街を徐々に蝕んでいるらしい。そしてその原因はどうやら、第五迷宮にあると考えているらしい。
「……第五迷宮が原因で、寒冷化が進んでいる?」
「レイフのいう通り、迷宮には何かあるんだろうな」
「レーヴァテインも通用しない氷でしょ? それが原因じゃないの?」
「ふむ……しかし、それだけとは考え難い。迷宮内部で何か起こったかもしれんの」
「そうだな……」
俺たち四人は話し合って、すぐに第五迷宮に向かうことにした。協会で話を聞くと、この街の錬金術師が第五迷宮に何人か向かったらしい。と言っても迷宮攻略のためではなく、ただの調査みたいだった。
だが俺たちは第五迷宮の前で信じられない光景を目にする。
「なぁこれって……」
「あぁ……」
「ちょ、ちょっと……」
「まるでアートじゃの。まぁ、不謹慎な話じゃが」
第五迷宮の前には何か前衛的なアートのようなオブジェがあった。それは一見すれば芸術性の高いものであると理解できる。だが問題はその中身だ。
氷の中に囚われているのは人間だった。それも四肢がバラバラになっている。それに加えて、恐怖に歪んだ頭部が氷の上の方に集められ円を描くようにして並べられている。
「趣味がわりぃ……というか、こんなことを魔物がしたのか?」
「いや分からない。でも人と断定するにも、迷宮はまだ謎だらけだ」
「見て、入り口の氷がないわ」
「ふむ。誘っている……のかもしれんの」
だがここで立ち止まるわけにもいかない。俺たち四人はそのオブジェを素通りして、第五迷宮の内部へと入っていくのだった。
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