第66話 第五迷宮の本質



「ここは、広いな……」



 俺たちは第五迷宮に入った。まずは入り口にある階段を降りると、そこには広いホールのようなものが広がっていた。だがしかし、全てが氷で構成されており冷気も目に見えるほどだ。もちろん、俺たちは対寒装備をしているし、錬金術で自身の体温もある程度コントロールしている(厳密な体温調節とは異なる)。



 そして俺たち四人が足を進めると、急に地面が輝き始めた。



「「「「……なっ!!?」」」」



 声が重なる。そしてその瞬間、俺は認識した。これは転移の錬成陣が地面に組み込んであったのだ。この可能性を全く考えていなかったわけではない。俺は絶対領域サンクチュアリを発動していたし、全員がトラップに対して警戒をしていた。レイフとマリーは第三迷宮、俺とフィーは第六迷宮を踏破している。そのため、この手のトラップには十分に注意を払っていた。



 だが俺たちは発動するまで気がつかなかった。俺の絶対領域サンクチュアリに反応がない……ということは一つの結論へと帰着する。これは魔法であり、第零質料アカシックマテリアが使用されたのだと。そして俺は右目が疼く始めるのを感じながら、刹那の時間で近くにいた人間の手を取った。



 その瞬間、マリーと俺の目が交錯する。本当に刹那の瞬間。だがそれだけで十分だった。俺はフィーの手を。マリーはレイフの手を取っていた。俺とマリーは直感的に悟っていた。この干渉は魔法によるもので、この迷宮は……きっと……。



 そして俺たちは眩い光に包まれていくのだった。



 ◇



「きゃあ!!」

「おっと……」



 俺は上空から降ってくるフィーを慌てることなくキャッチ。お姫様抱っこする形になったが、やむを得まい。


「大丈夫か?」

「えぇ……それにしても……」



 目の目に広がるのは細い道。そしてそれが幾重にも枝分かれしているのが見える。第五迷宮は氷の迷宮である。それは間違いではないが、本質ではなかった。今思えば、第五迷宮は情報が極端に少なかったが……それもこの現象を見れば頷ける。



 第五迷宮の本質は、この迷路と呼ぶべき構造を持っていることだ。そもそも迷宮の意味を表す『Labyrinth』という単語の語源は、迷路、迷宮。つまりは本当の意味でこの第五迷宮は、迷宮らしさを兼ね備えているということだ。



 先入観とは恐ろしいものだが、俺たちは迷宮=迷路というごく当たり前の事実を忘れていたようだ。



 ここは氷の迷路だ。


 そして情報がないということは、この迷路を攻略した人間はいないということ。きっとここに迷い込んだ人間は死んだのだろう。わずかにだが、まだ新しい血の匂いがする。



「フィー、気がついているか?」

「……この迷路のこと?」

「そうだ。第五迷宮は氷の迷宮じゃない。迷路こそが、きっと本質なんだ」

「……先に進むしかないわよね?」

「あぁ。血の匂い、感じるだろ?」

「……行くの?」

「行くしかないだろう」



 恐る恐る、先に進んでみる。まずはまっすぐ進んで、右に曲がり、さらに進んで左に曲がる。するとその先では……捕食されている人間の残骸があった。



 四肢は飛び散り、内臓らしきものを引きずり出して食べている。


 その魔物の名は、ホワイトウルフだ。


 寒冷地方に生息する個体で、肉食だが特に人間を好んで食べるものもいると報告されている。きっとこの個体はそれに当たるものだろう。



「……俺がやる」

「わかったわ」



 俺とフィーを発見して、10匹ほどいるホワイトウルフがこちらを向く。口からダラダラと血を流しながら、新しい獲物が来たと思っているようだ。



 そして一斉に俺たちに襲いかかってくるも、俺は右手をスッと薙ぐ。



「「「「キィイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」」」」



 叫び声をあげて転がるそれは、すでに火だるまだ。そしてその炎は勢いを増していき、全てを無に帰す。俺は捕食されていた人間の残骸にも火をつけて、じっと目を瞑る。



 どうか、安らかに。



 そんなことを祈りながら、とりあえず現状を整理することにした。



「ここがどこか分かるか、フィー」

「……第一質料プリママテリアの流れがかなり悪いわね。意図的にジャミングされているみたい」

「……俺も同じ感じだ。だが、この目を使えばもう少し正確なことがわかるかもしれない」

「いいの? 使っても」

「いずれはこの目と折り合いをつける日が来ると思っていた。それが今ということだ。大丈夫、長時間の使用をしなければどうにかなる」



 俺は覚悟を決めて、右目の眼帯を一気に取り去る。



「……元素眼ディコーディングサイト



 見通すのはこの世界の構造。元素眼ディコーディングサイト第一質料プリママテリアを可視化する能力。そして第一質料プリママテリアとは万物の根幹。厳密に言えば、第零質料アカシックマテリアこそ世界の根幹なのだが今の俺ならばそれすらも知覚できる。



 じっと見つめる先に移るのはこの階の構造。そして生物の有無と、さらには下の階の構造もえる。だが今はこの迷路の攻略よりも、全何層から構成されているかを把握することだ。


 二層、三層、四層……十層、二十層、三十層、四十九層……。


 そこでいきなりブツリとアクセスが遮断される。それと同時に俺は右目の能力を発動を抑えて、眼帯をつける。



「はぁ……はぁ……はぁ……わかったぞ……」

「エル、血が……」



 右目から溢れ出す血はぼたぼたと氷上に血だまりを作っていく。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。



「第五迷宮は全五十層から構成されている。生物の反応は、魔物と人間は俺たちとマリー、レイフだけ。と言ってもあいつらの正確な位置まで把握する余裕はなかった。せいぜい、同じ階にまだいるということだけだな、わかったのは」

「そこまで分かるのね……本当にすごいわね、その眼は……」

「だが過度な仕様はやはりかなりの負担になるらしい。眼球と脳の痛みが尋常じゃない……はぁ……はぁ……」



 血だけではない、脂汗も止まらない。直感で悟る。これは人間には行き過ぎた能力だ。だというのになぜ俺に発言したのか……それは分からないが、せいぜい利用させてもらうとするさ。それにいつか馴染む日が来るかもしれない。今の俺は自身のコードを書き換えることで、錬金術に対する適性が高まっている。必要ならば、また書き換えるだけだ。それが人間から遠く離れることになっても……俺はやるべきことがある。



 あの第六迷宮のような悲劇が他の迷宮でも起こっている可能性があるのならば、俺はそれを無視できるほど冷めてはいない。


 才能とは、能力とは、こういう時のために使うのがきっと一番いいのだろう。もちろん、俺の最終的な目標は農家として世界に進出することだ。でもその世界が無くなってしまってはどうしようもない。



 やるべきことを、成す。



 それが今の俺を構成している全てだった。



「エル……無茶しないでよ」

「あぁ、すまない。だが時間は限られている。食料はあるし、水も氷を溶かして煮沸すればどうにかなる。この迷宮で本気で生き抜くと考えても、一ヶ月はどうにかなるだろう。でもそこから先は本当の意味で死と隣り合わせになる。これぐらの無茶もしないといけない場面だ」

「そう……よね」



 俺は決して今の状況を楽観視していない。むしろ、かなりまずい状況になっていると思っている。おそらく外に出る方法はただ一つ。この迷宮を攻略することだ。それ以外に道はない。



 そしてそれはこの迷宮を外からの支援や補充なしに、一気に攻略することを意味している。



「フィー、行こう。時間が惜しい」

「そうね」



 俺とフィーは並んで、先へと進んで行くのだった。

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