第49話 Chapter 2:Epilogue
「エル、終わったのねっ!」
「先生っ! 一人で倒すなんて、本当にすごいですっ!」
「あぁ……終わったよ。俺は、俺はやったんだ。成し遂げたんだ……」
俺はまだ呆然と立ち尽くして、涙を流していた。ただただ悲しかった。こんなことがこの世界に存在していいのかと思った。
でも俺があの家族を、少女を救えたのなら本当に良かった。
今は罪の意識よりも、その想いが先行していた。
死は救いになり得る。そしてそれと同時に、こんな非道なことをした人物が許せなかった。一体何の権利があって、人と蜘蛛のキメラを作ったのか。しかもそれを迷宮に閉じ込めて、永遠に長い時間を生き永らえさせる。
まさに生き地獄だ。あの家族は、少女はそれを受け入れるしかなかった。選択肢などなかったのだ……。だから殺したのは正解だろう? なぁ……そうだろう?
「エル、どうして泣いているの?」
「先生? 何か……あったんですか?」
そしてポツリ、ポツリと俺は話し始めた。第六迷宮の第十層、第三十層、第四十層、そしてここ第五十層で戦った蜘蛛たちは人間とのキメラだったと。心は人間で、体は蜘蛛。その状態でずっとこの迷宮で生き永らえていた。自殺もできない。何もできない。外に出ることも叶わない。ずっとそこに縛り付けられていたと。
俺はそう……語った。
「なぁ、フィー。モニカ。俺は……人を殺したよ。人間をこの手で。十層の時は知らなかった。三十層の時は違和感を感じた。四十層の時は気がついていた。そして五十層の時は、知っていて……全てを分かっていて殺した。少女の願いは死ぬことだった。だから、殺した。なぁ……俺たちは正しいのか?」
俺は『人間』を殺したと言った。あれは人間だ。人の心を持った、確かな人だった。外見は異なっていても、人として生まれて、蜘蛛として死んで逝った、人間だ。
そして二人に問う。俺は正しいのかと。いや、俺たちは正しいのかと。
俺が直接手をかけたとはいえ、三人で協力していたのは間違いない。
俺たち三人はこの迷宮を攻略して良かったのだろうか。未だにそう思ってしまう。震える手はまだ止まらない。ずっと、あの少女の頭を切り裂いてからこの震えは止まらないのだ。
「エル……」
「先生……」
すると、二人が俺を包み込むようにして抱きしめてきた。そしてフィーが頭を撫でてくれる。
「ごめんね……ずっと背負わせていたなんて。エルはね、正しいことをしたのよ。死にたいって思ってる人を、ちゃんと人として死なせてあげた。だから、そんなに悲しい顔をしないで」
「……」
「先生、ごめんなさい。私は何も気がついていなくて……でも、私もそう思います。先生は、正しいことをしたんです。そしてそれは私も背負います」
その言葉を聞いて、俺は自分の中の何かが崩壊するのを感じた。
もう気丈に振舞う必要はないのだ。もう、我慢しなくていいのだ。隠さなくても、逃げなくても、いいのだ……。
「あぁ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
そして俺は二人に支えられながら、
この感情をなんて呼べばいいか、俺はまだ分からなかった。
◇
あれから諸々のことは全てフィーとモニカがやってくれた。
第六迷宮の奥には一冊の本があった。それだけだった。それと部屋の隅には洋服や雑貨などがあった。あれはきっと、外の世界に憧れたエリサが集めたものなのだろう。それを見て俺は再び涙を流したが、もう……後悔はなかった。
それからエルフの村に行き、第六迷宮攻略の旨を伝えた。
そしてエルフの村で歓迎会を受けて、王国へと戻って行った。
「俄かには信じがたいが……なるほど。第六迷宮の真実は何とも……」
「会長、これが最深部で発見した書物です」
「拝見しよう」
あれから戻ってきた俺は迷宮攻略をしたことを伝えにきていた。フィーとモニカは別件で今はいない。俺だけがこうして会長に迷宮で起きたことを伝えに来ていた。
そして今手渡したのは最深部で見つけた書物だ。だが、それは何の文字か分からないため読むことができなかった。全く知らない文字。おそらく、文明崩壊前の言語だろうと思われる。
「私もこの言語は知らないね。とりあえず、これは協会で保存しておこう。さて……月並みな言葉になるが、本当にありがとう。迷宮攻略は世界的な偉業だ。君たちの名前は世界に広まるだろう。だが……真実は伏せておこう。協会からの発表もそれほど大ごとにはしない。本当は祝賀会も開きたいが、そんな気分ではないだろう」
「はい……今は、気持ちを整理したいです」
「魔物と人のキメラ。それも何百年も生きる個体。謎だらけだが……やはり迷宮には何かあるようだね」
「会長。俺はこれから残りの迷宮を攻略します」
「……やるのかい? 本当に?」
「あの惨状を見て、他の迷宮も同様の可能性があります。俺はこんな非道を許せません」
「こちらとしては助かるが……でも、君の意志が固いならこちらも全力でバックアップしよう。月並みな言葉になるが、頑張って欲しい」
「わかりました」
俺はその言葉を最後にして、自宅へと戻って行った。
鍵を回してドアを開けるも……すでに鍵は開いていた。
「先生っ! お帰りなさいっ! 迷宮攻略、おめでとうございます!!」
玄関にいたのはアリスだった。今回はドアを閉じなかった。
そして俺は……アリスを思い切り抱きしめた。
「え!!? え!!? どうしたんですか!? 迷宮で頭でも打ちましたか!!?」
「いや……俺は……恵まれていると痛感しているんだ……ありがとう、アリス……」
「いえ……それはいいですけど……まぁ……はい……」
あの時の死の感覚がまだ拭えていなかった。家に戻って一人になると、きっと思い出す。そして自分の手が真っ赤な血でべっとりと汚れているのだと錯覚してしまう。帰ってくるときも頭の中がどうにかなりそうだった。
今こうして正常なのは、明確な目的があるからだ。迷宮を攻略するという、目的が。農作物の件もそうだが、今は迷宮を攻略する必要がある。
同時並行でやっていくつもりだが、俺ならばできるだろう。いや、やってみせる。
「先生、今日もお風呂沸いてますよ」
「あぁ……ありがとう」
アリスから離れると、俺はそのまま入浴して……アリスと二人で晩御飯を食べた。その間、アリスは何も聞いて来なかった。にこにこと笑いながら、学院であったこと、リタともっと仲良くなったこと、プロトや一号たちの様子などを話してくれた。
俺もそれを笑って聞いていた。
忘れたいわけではない。逃げたいわけではない。隠したいわけではない。
俺はあの真実を、自分が行った
「なぁ……アリス、聞いてくれるか?」
「何をですか?」
「第六迷宮での大冒険の話だ」
「……はいっ!!」
俺はいつか、あの迷宮での出来事を本にしたいと思う。世界中に知らせたかった。あの迷宮でたった一人で生き続けた家族の、少女の悲しくて儚い物語を……そして最期まで立派に生き続けた、その人生を……。
◇
早朝。隣にはアリスが寝ている。昨日は黙って二人で一緒に寝た。俺が震えていると、アリスが手を握ってくれて安らかに眠れた。
「……朝か」
俺はいつものようにベッドから出て、朝日を浴びていた。すると、こんな朝だというのにインターホンが鳴る。フィーのやつか……これはどうしたものか。
そう考えつつも、俺はドアを開けた。
「エル……あなたに手紙よ。いや、厳密には私たちね」
「誰からだ?」
「レイフよ」
「レイフ? 今は第五迷宮に行ったんじゃ……」
俺は渡された手紙を書くと、簡潔にこう書いてあった。
『至急、応援求む』
そして俺たちは第五迷宮に臨むことになるのだった。
◇
ここまでお読み頂きありがとうございます。
第二章、これにて終了です。次回からは番外編を挟んで、第三章の第五迷宮編に突入です。それでは、また次章で!
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