第46話 これはきっと、気のせいだった


 再び下層へと降りて行き、俺たちはとうとう五十層の前まで来ていた。


 そこには大きな扉があり、ウロボロスの紋章が刻まれていた。これはレイフのデータにもあるが、間違いない。第三迷宮と同じだ。ここが、最下層だ。


 第三迷宮にも同様の扉があったとレイフの資料には書いてあった。やはり迷宮は全てが共通した特徴を持っているのかもしれない。これはレイフのやつにも伝える必要があるな。


 そんなことを考えながら、俺たちは先に進むことにした。


「最下層だな……とうとう」

「本当にここまで来たのね……」

「私たち……あの第六迷宮の最深部まで来たんですね……」


 そして俺が先陣を切って、大きな扉を開く。


 ギギギギィ……と音を鳴らして開くと、そこには……大きな柱があった。


「柱かしら?」

「大きいですね」

「いやこれは……」


 気がついた。これは……脚だ。


「フィー、モニカ、上を見ろ」

「「え?」」


 するとそこには、巨大蜘蛛ヒュージスパイダーがいたが……それは天井に張り付いているわけではない。


 そう、今までスケールが違うのだ。あまりにも……大き過ぎるのだ。全長は20メートルに迫っている。大きい。あまりも大き過ぎる。


 そしてこの個体は伝承に存在している。巨大蜘蛛ヒュージスパイダーの全ての原点となる存在、古代蜘蛛エンシェントスパイダーだ。


 そして古代蜘蛛エンシェントスパイダーは俺たちを知覚したのか、少しだけ体を動かす。俺たちもまた、それに反応して戦闘態勢に入るも……こいつもまた……俺たちを、いや俺を……じっと見ているのだ。


 三十層での戦闘、四十層での戦闘。否応無く、あの二体の巨大蜘蛛ヒュージスパイダーが想起される。


 同じだ。まったく同じだ。あの目は……同じなんだ。でも気がついてはいけないし、フィーとモニカに気がつかせてはいけない。このごうを背負うのは俺だけでいい。


 そうだ。天才はこんな時のために必要なんだ。俺が全てを引き受けよう。フィーとモニカは関係ない。ただ……知りながらもやっていることなど、分かっていながらやっていることなど、あの二人は知らなくてもいい。


 ここまで来て、そしてあの二体を殺したのは俺だ。




 手にかけたのは俺だ。フィーとモニカに罪はない。全ては俺の、俺の……。



 しかし、今は考えるな。こいつを殺せば、第六迷宮踏破だ。俺たちは前に進むんだ。もう戻れない。今更だ。今更過ぎる。だから俺よ……迷わないでくれ。レイフに言われたことを思い出せ。


 迷いは死だ。そして俺はまだ死ねない。やることがたくさん残っているから……。


 だから、そんな目で俺を……見ないでくれ。



「行くぞ、フィー、モニカっ!!」

「「了解ッ!!」」



 そして俺の人生を揺るがしかねない、史上最悪の戦闘が始まった。



 ◇



「うおおおおおおおおおおッ!!」


 先陣を切って、地面を駆ける。駆ける。駆けるッ!!!


 そして空中へと飛来して、薄羽蜉蝣を脳天に振り下ろす。


「キ、キ、キィアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 古代蜘蛛エンシェントスパイダーはそう雄叫びをあげて、俺の攻撃を防御する。


「ぐううううううううッ!!!」


 錬金術による障壁のせいで、俺の薄羽蜉蝣の攻撃は通らない。


 そして俺はやつと目が合う。じっと、じっと見ている。あの時のように、同じように。


「フィーッ! モニカッ! いつものやつで行くぞッ!!」

「「了解ッ!!」


 二人にはいつものように俺のフォローをしてもらう。そう考えていた。だが、やつの尻から大量の糸が吐き出されたと思うと……転移が発動。さらに厄介なのが、その巨体故の量だ。今までの敵とは比べ物にならないほどの糸だ。


 そしてそれが、転移で一気に拡散する。


 俺は咄嗟に全ての攻撃を絶対領域サンクチュアリで感じた。全方位からくる攻撃も全て先読みして、一閃。全ての糸を切り裂く。だがそうできたのは、どうやら俺だけだった。


「きゃあッ!!」

「くっ! 糸がッ!!」


 そう、フィーとモニカには糸が絡みついていた。以前のように捌ける量ではなかったらしく、二人は身動きが取れなくなってしまう。


「フィーッ! モニカッ!!」


 俺はそう叫んで、二人のところに駆けようとするが再び転移による大量の糸が俺に吐き出される。


「キ、キ、キィイイイアアアアアアアアアアアアッ!!」


 もう、やめてくれ。俺は古代蜘蛛エンシェントスパイダーの意図に気がついていた。いや、気がついてはいけない。こいつは俺たちを殺すために、こうしているだけだ。


 フィーとモニカだけを狙い撃ちにして、俺だけ糸をわざと外しているわけではない。


 これは……偶然なんだ。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 もうなりふり構っていられなかった。今はただただ、終わりたかった。この迷宮から出たかった。それだけが俺の望みだった。



「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ……もうやめてくれええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」



 薄羽蜉蝣を振るいながら、そして錬金術を組み合わせながら俺は一人で古代蜘蛛エンシェントスパイダーに立ち向かっていた。


 錬金術四大属性である、氷、炎、雷、水。全てを振り絞った。身体強化も限界を超えている。体は自壊し、どくどくと血が溢れ出している。でも今は、そんなことはどうでも良かった。


 ただただ、殺して終わりたい。


 俺はこいつを……もう、見たくはなかった。



「キ、キ、キ、キ、キ、キイイイィィイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」



 古代蜘蛛エンシェントスパイダーがそう叫ぶと、周囲に大量の錬成陣が展開される。これは……氷だ。そして大量の氷の礫が射出され、俺に襲いかかる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 俺は反射陣リフレクターを展開。全ての攻撃を跳ね返してやる。そう思っていたが、咄嗟にレジストに切り替えることにした。


 なぜならあの攻撃は反射陣リフレクターを貫通し得るものだと直感で判断したからだ。今までの錬金術を使う個体とは比べものにならない。そして練度だけ言えば俺を超えているだろう。


 まるで何十年、何百年も、ずっと錬金術を使ってきたかのような……そんな技量だ……。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!! 消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!!」



 全てを打ち消す。俺は迫り来る大量の氷を全て片っ端からレジストしていた。そんな矢先に俺は気がついた。フィーとモニカには、やはり攻撃がいっていない。二人は未だに糸に絡められており、今は俺だけを攻撃している。


 正直いって、この状況でフィーとモニカを攻撃されたら俺は助ける手段がない。あの二人も攻撃が来たら、死んでしまうだろう。


 でも、古代蜘蛛エンシェントスパイダーは俺だけを狙っている。俺だけを……まるで何かを訴えるように、伝えるように……叫んでいる気がした。










『ねぇ……あなたは誰?』


 聞こえない。


『分かるでしょ? 私が……』


 聞こえない。


『こっちを見て』


 見ない。


『ねぇ、あなたの名前を教えてくれませんか?』


 教えない。


『ねぇ……私を』












 そんな声が聞こえた気がしたが、それは気のせいだった。


 気がついては、いけないのだ。




 俺はもう、何も知りたくはない。気がつきたくはない。最期の言葉は聞こえていない。聞こえるわけがない。俺は正常だ。俺は……大丈夫だ。俺は……正しい。



 これはきっと、気のせいだった。

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