第32話 エルゼミ、本格始動


「よく来たな、二人とも」


 何やらワイワイと騒ぎながら、アリスとモニカが入って来た。俺は見ていた資料から顔を上げると、二人を歓迎する。ちなみにリタはまだ来ていない。まぁ、まだ昼休みの終わりまで10分もあるしな。


「あ、あの……よろしくお願いします。先生」

「ふふーん! 来てあげましたよ! 先生!!」


「あぁ、よろしくな二人とも」


 モニカは非常に恐縮しているが、アリスは平常運転だ。何でもフィーに無理やり言ってねじ込んで来たらしい。別に知り合いなので構わないが、アリスのやつも無茶をする。周りから色々と言われるだろうに。


 そうして、俺は資料をさっと片付けるとあいつらを紹介することにした。


「よし、みんな出て来ていいぞ」


 すると、机にあった箱からぞろぞろとトウモロコシたちが出てくる。一号から四号、全員元気そうだ。リタに面倒を見てもらった甲斐がある。しかもこいつあらは最近、妙に物分かりがいい。二号へのいじめも無くなった。


 一体リタはどんな教育をしたのだろうか……。



「「「「……!!」」」」


 全員がぐっと手を上げて挨拶をする。うん、こんな仕草は今までになかった。やはりリタは逸材だったのかもしれない。


「うわぁ……これがホムンクルスですかぁ……可愛いですねぇ……」

「先生! これって、本当にホムンクルスなんですか?」


 アリスがそう聞いてくるので、俺はドヤ顔で答えてやる。


「あぁ、そうとも!! 俺の研究の最大の成果である、完全独立型人工知能を取り込んであるからな」

「へぇ……やっぱり先生ってすごいんですねぇ……」


 アリスがそう言いながら、指でツンツンと一号をつついている。一号もそれに反応して、その指を手でツンツンと触っている。非常に素晴らしい光景だ。まさに未知との遭遇。アリスとモニカも不思議そうに交流を図っている。



 すると、扉が開く。そう。やって来たのはリタだった。


「はぁ……はぁ……ギリギリ、セーフですよね!!?」

「あぁ……でもそんなに急いでどうした?」

「じゃーん! 二人も新しい人が来るので、ケーキ買って来ました!! 後で食べましょう! 冷蔵庫に入れときますねぇ」

「おぉ……気が利くな、それは」

「あ! えっと、モニカさんにアリス様ですね! リタ・メディスと申します……よろしくお願いします」


 リタがぺこりと頭を下げると、二人とも挨拶をする。俺はそんな光景を微笑ましく見ていた。


「モニカ・ダン……ですっ! よ! よろしくお願いします! り、リタさんっ!」

「私はアリス・カノヴァリア。様はいいですよ。これからよろしくね、リタ」


 そうして三人で順番に握手を交わしていく。俺のゼミも三人になったか。とうとう本格的に始動したって感じがするな。


「あ、先生。一号達いるんですね。では、失礼して……」


 リタがそんなことを言うと、喉を「んんっ!」と鳴らして何かの体勢に入る。

 

 なんだ? 何をするつもりなんだ?


「気をつけッー! 番号ッ!! 1、2、3、4ッ!! よしッ! 休めッ!!」


「「「え?」」」



 リタが非常に厳しい声でそう言うと、一号達は全員ビシッとした姿勢になり、番号の掛け声とともに敬礼をする。そして一旦休めの体勢を作ると、先ほどのように散開していく。


「……ふぅ」


 何やら満足そうな顔をしているリタ。


 え? 何やってんの?


「その、リタ。何をしているんだ?」

「え? 教育ですけど」

「きょ、教育?」

「はい。先生にお世話を任されたので、頑張ってみました」

「ちなみに……参考にしたものとかあるのか?」

「軍事教練の本です。野菜の育て方とか読んでも仕方ないので、家にあるそれっぽい本にしたのですが……上手くいってよかったです。もうみんな、以前みたいに暴れないでしょう?」

「う、うん。そうだな。やけに言うことを聞くのはそう言うことだったのか……」



「おおおぉぉ。すごいですねぇ、リタさん」

「ッチ、ここにも伏兵が……? まさか……ね?」


 モニカとアリスもそれぞれ反応を示しているが、今日はちょっと本格的に錬金術の練習をするか。


 そう考えると、俺たちは外の演習場へ向かうのだった。



 ◇



「はい。では今日は実践をやります」

「「「はい」」」


 動きやすい服に着替えてもらって、俺たちは演習場に集合していた。室内で研究するのもいいが、やはり理論を自分の身体で理解するのも重要だからな。今日から本格的に始めよう。


「じゃあ……多分、この中だとモニカが一番上手いだろうから、お手本を頼む」

「はい。それで、何をすればいいんですか?」

「うーん。氷の柱を作ろう。とびきり細いやつな。自分の頭ぐらいまで作れたらいいぞ」

「分かりました、先生」


 モニカは俺の言葉を聞くと、右手を前に出して集中し始める。


 そしてモニカの足元に氷の塊ができたと思ったら、それは上に伸びるようにして細く、細く、伸びていく。


「できました」


 完成したのは一切のブレのない、氷の柱だった。流石は白金級プラチナの錬金術師だ。速度、精度、かなりの高水準だ。錬成陣なしでここまで正確にできるのは、きっと努力の賜物だろう。


「……かなりいいな。でももう少し、細くできなかったか?」

「……これ以上やると多分、崩れると思ったので……」

「……そうか」


 俺は右手をヒュッと軽く払うと、モニカと同じものを錬成。ただし、俺のはさらに極細。遠くから見れば、その細さのあまり認識できないほどだ。


「……うわぁ、すごいですね先生」

「モニカもこの程度を目指せとは言わないが、ここを目標に少しずつ精度を上げるといい。今後の迷宮での戦闘のためにもな」

「はいっ!!」


 モニカにはぶっちゃけ、そこまで教えることはない。なのであとは自主練をしてもらうことにした。


「せんせーい。私はどうすればいいですか?」

「アリスは錬成陣なしで錬成できるか?」

「うーん。簡単なものしか……モニカみたいにはちょっと」

「リタは?」

「私は先生のおかげで大分良くなってきましたよっ!」

「じゃあ、とりあえず二人もモニカと同じ錬成をしよう」

「「はいっ!!」」



 そうして二人とも集中し始める。


 実はこの練習は全ての基礎が詰まっている。錬金術に必要な三要素である、明確な心的イメージ、第一質料プリママテリア、魔力、このバランスが綺麗に成り立たないと、細く高い氷の柱は生まれない。


 心的イメージを誤れば崩壊するし、第一質料プリママテリアの扱いも少しミスれば崩壊、魔力も多すぎても少なすぎてもいけない。絶妙なバランスをクリアしてこそ、成り立つ代物なのだ。


 今後錬金術師として生きるのならば、このバランスという感覚は今のうちにしっかりと養っておいた方がいい。俺はそう考えて、この練習を三人に課すことにしたのだ。


「むむむ……」


 リタは筋がいい。というより、この中で言えば才能は抜群だろう。俺が教えてからの成長具合は異常だ。すでに白金級プラチナに迫っているだろう。今も何とか頑張りながら、氷の柱を錬成している。速度は遅いが、それなりのものはできている。


「うーん……んんん……」


 アリスは良くも悪くも普通だ。と言ってもレジストの技術はすでに俺と同等レベルだが、錬成陣なしはかなりキツイみたいだ。小さな氷の柱が立っているだけ。アリスは色々ともがいているが、これ以上はあの氷は伸びないだろう。


「アリス、どうだ?」

「難しいです……バランスが、ちょっと。それに錬成陣なしって考えるとさらにバランスが……」

「……俺は錬成陣なしと豪語しているが、あれって厳密には違うんだ」

「え?」

「無意識レベルでは錬成陣は起動しているということだ。やはり錬金術師はどこまで言っても錬成陣とは切っても切れない関係だ。それが目に見えないだけで、プロセスの中には組み込まれている。俺はそれを無意識化することで、一見すれば錬成陣なしの錬成をしてるように見せているだけなんだ。まぁ、細かいこと言うとキリがないから、なしって言ってるけどな」

「そうなんですか……じゃあ、錬成陣のプロセスごと無意識で出来ればいいんですか?」

「そうだな。それが出来れば、あとは3つのバランスの問題だな。錬成陣なしの錬成自体は誰でもできる。ただ、その先が難しい。俺やフィーのレベルになるには、かなりの修練が必要だ」

「……分かりました。頑張りますっ!」

「その意気だ」



 俺たちはそれから一時間ほど練習して、解散した。以前はこんな事はどうでも良く、農作物だけに集中できればいいと思っていたが、存外悪くない。確かに思えば、後継者を育てるのも大切な使命だ。農作物を世界に売りさばいた後は、正当な後継者も育てるか……と、そんな事を考えながら帰っているといつものようにフィーのやつが走ってくる。


 相変わらず、忙しいやつだ。


「フィー、どうした?」

「極秘情報を手に入れたのよ!!」

「何のだ?」

「今、帝都にレイフ・アランがいるらしいわ。明日から休日でしょ、行きましょう帝都に。迷宮攻略者の話を聞くのは滅多にない機会なんだからっ!」

「ふむ……そうだな。俺も確かに迷宮に関して行き詰まっていたところだ。ちょうどいい」

「じゃあ、明日の早朝出発ね。あ、モニカも連れて行くから」

「ん? あぁ……今は三人で攻略しているしな。それがいいだろう」

「じゃあよろしくー!」


 そう言ってフィーは学院に戻って行った。おそらく、まだ仕事があるのだろう。


 こうして俺たちはスクル帝国に向かうことになった。


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