第2話 農家の血族


「ただいま〜」

「あ、おかえりお兄ちゃん!」



 俺の家は学院から徒歩で一時間ほど離れた場所にある。まぁといっても俺は屋根の上を伝って走りながら帰るので、15分程度で家に到着できる。いやぁ錬金術ってほんと便利。まぁこの使用法がフィーにバレたら大目玉だが、そこに抜かりがない。しっかりと術式の隠蔽と気配の遮断はしているので大丈夫。



「で、学院に何で呼ばれたの?」

「進路の件だ」

「またぁ? 本当に農家継ぐの? お父さんはもちろん、みんなやめろって言ってるのに?」

「……リーゼ、俺は学院で非常勤講師をすることにしたよ」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!? みんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 妹のリーゼ・ウィリス。こいつは思春期真っ最中だというのに妙に俺に絡んで来る。茶髪の髪はセミロングで切り揃えられており非常に可愛らしい。最近学校で男子に声をよくかけられるのだが、俺の名前を出すとみんなビビって逃げるらしい。ふん、俺の妹に手を出す奴は許さん。俺を超えてから出直してこい。



 まぁそんなことも考えながら俺はリビングへと向かう。


 ちなみにこの家、全て俺の錬金術でリフォームして建て直している。王国の首都からは離れているからこそできたのだが……それはまたいつか話すとしよう。


 3階まであり、地下室もある。地下室は今俺の錬金術工房になっており、あとは家族が好きに使っている。



 そして俺がリビングに行くと、そこには父さん、母さん、姉のマリー、妹のリーゼがいた。



「……エル、お前本当に学院の講師になるのか?」

「父さん……あぁ、俺やるよ。フィーのやつも苦労してるみたいだしな。でも、俺の『世界最高の農家プロジェクト』はちょっと遅れるかもしれない……」

「いやそんな戯言はどうでもいいんだ……お前やっと、碧星級ブルーステラとしての自覚が……!」

「いやそれはない。俺の夢は史上最高の農作物を生み出して世界を驚愕させることだ。そうだ! あとで俺の歩くトウモロコシをもう一度見てくれよ! そうしたらみんなも納得するは……ず……?」



 なんか妙に雰囲気が暗い。どうしたんだ?



「エル……唐突だが、お前ももう卒業だ。本当は成人してからいうつもりだったが、今日は進路もしっかりと決まったようだし……大切な話がある」

「……あぁ、わかったよ」



 リビングにあるダイニングテーブルには、俺、父さん、母さん、姉、妹が並ぶ。家族勢揃いなのは食事の時か、家族会議の時だけだ。



「実はエル……お前はうちの子じゃ……ないんだ」

「……ん? 何だって?」

「お前は父さんと、母さんの子どもじゃない」

「おいおいおいおい、待ってくれ!? だから父さんは俺が農家継ぐの反対してたのかッ!!!? 俺が正当な農家の血を引いていないからッ!!?」



 バカな!!!? 俺が由緒正しい農家であるウィリス家の血を引いていないだと!??? なら、俺は誰なんだ……!!!?



「落ち着いてくれ、エル。お前は実は男の子が生まれないから、孤児院から引き取ってきたんだ。まだお前が2歳だったから記憶がないと思うが……」

「ごめんさいね、エル。でもあなたは私たちの家族なのに変わりはないの……」



 父に続いて母がそう言ってくる。


 待ってくれ。俺の誇りはなんだったんだ。この農家の血を誇りにしてきたのに……俺は、俺は……!!!



「ねぇ、エル。あんた本当に気がついてなかったの?」

「なんだよマリー姉さん。気がつくってなんのことだよッ!」

「髪、あんただけ色が違うでしょ」

「……はぁ? それは隔世遺伝か何か……」

「うちの家は代々、みんな茶髪よ。父さんの家系も、母さんの家系も……なのにあんたの髪、白金プラチナじゃない。色素かなり薄めの……」

「……な、んだと……俺は本当に正当な農家の血族じゃないのか……」



 マリー姉さんのいう通り、家族はみんな茶髪だ。母さんと姉さんはロングの茶髪。妹のリーゼはセミロングの茶髪。父さんは短髪の茶髪。そして俺は、白金プラチナの長髪。最近はポニーテールにしているが、学院でもよく褒められていた。とても綺麗な白金プラチナの髪だと。しかしこれは、そんな理由があったとは……なんてことだ……農家の血族ではない俺に……『世界最高の農家プロジェクト』が成せるのか?



「お兄ちゃん、凹んでるけど……貴族じゃないんだから、農家に血は関係ないよ。それに私たちは血が繋がっていなくても家族だよ! 家族っていうのは血じゃないの。心の繋がりなんだよ!!」

「リーゼ……やはり、お前は天使だったか……」



 俺は咽び泣く。本当ならばここで農民失格の烙印を押されて、この家を追放されても俺は文句は言えない。農家の血族とはそれほど尊いものなのだ。


 だというのに、リーゼを含めて家族みんなが俺を温かい目で見てくれている。



「俺は家族なのか……? 農家の血族じゃないけど、この家にいてもいいのか?」

「あんただけよ、そんなに農家を特別視してるのは。本当は私の方があんたみたいな錬金術師になりたいぐらいなのに。それに……リーゼのいう通り私たちは家族よ。みんなそれを認めてる」

「姉さん、みんな……」



 歓喜の歌を捧げたいぐらいだ。俺は農家の血族じゃあ、なかった。でも家族は俺は受け入れてくれる。


 でもその事実を踏まえたからこそ、俺は自分の計画を前に進める決心がついた。



「父さん、俺は独立するよ……」

「おい、そんな急に……ずっとこの家にいてもいいんだぞ? お前は俺の息子だ。家族なんだ。そんな血が繋がっていないからと言って、出て行くなんて……」

「いや、これは前から決めていたんだ。俺は独立して、自分の農作物を全世界に発信する。その片手間に学院で非常勤講師もやることにしたんだ。家も出る。すでに学院の近くにアパートを借りているんだ。フィーのやつが学院の教師用の格安賃貸を紹介してくれてな……独立する事自体は、本当にずっと前から決めていたんだ。いうのが遅れてごめん……」



 俺は涙を拭いて、これからの進路について話した。


 そうだ。正当な農家の血族じゃなくても、俺は農家なんだ。ならばやることは変わらない。



「……そうか。分かった。すでに碧星級ブルーステラの錬金術師のお前に、いうことはないな。でも何かあったらいつでも帰ってこい。みんなお前を待っているからな!」

「ありがとう……父さん!! みんな!!」



 そして俺は再び、大号泣するのだった。



 § § §



 世界を揺るがしかねない事件(農家の血族じゃなかったこと)が終わり、俺は自室へときていた。



 この部屋とも、もうお別れか。そんな雰囲気に浸っているとドアがノックされる。



「……これは、姉さんか?」

「入るわよー」

「あぁどうぞ」



 姉さんは偶にこうして俺の部屋に入ってきては、錬金術関連の本を読み漁る。というのも、姉さんは実は学院の生徒なのだ。凄まじい努力の末にたどり着いた学院への切符。俺は本当にマリー姉さんを尊敬している。



「……ねぇ、学院の講師ってことは……あんたが私を教える可能性もあるの?」

「さぁ……そこらへんはフィーに聞かないと分からないな」

「あ、そう。でも私と同時に入学したのに、あんたはもう卒業だなんて……」

「姉さん……そのことは……」

「いいのよ。あんたのその規格外の才能はもう、慣れちゃったから」



 ちなみに姉さんは銅級ブロンズの錬金術師だ。そしてさっき姉さんが言ったことだが、俺は姉さんと同時期に入学している。



 姉さんは現在、18歳。俺が16歳で、妹のリーゼが13歳。


 そして俺と姉さんは2年前の同時期に学院に入学した。錬金術学院の入学に明確な制限はないが、早くとも16歳が目安。それで言えば、姉さんは優秀なのだ。


 だが俺は史上最年少での合格を勝ち取り、さらには最低5年はかかる卒業をたった2年で終えてしまった。


 少しだが、姉さんには引け目を感じている。俺と自分を比較して辛い日々も待ったのに、俺には何も言わずに淡々と勉強を続けているのだ。



「……ねぇ、本当に農作物を世界中に売るの?」

「知ってるだろ? 俺がそのために錬金術を学んでいるって」

「知ってるけど……なんか実感なくて……ま、頑張りなさい! 父さんと母さんは反対してるけど、私はそんな錬金術師がいてもいいと思うわ」

「ありがとう、姉さん」

「それじゃ、幸運を祈るわ」

「あぁ……」



 そうして姉さんは出て行った。


 だが次の瞬間には、またノックが鳴る。



「リーゼか?」

「へへーん! お姉ちゃんの次は私だよー!」

「今日もリーゼは可愛いなぁ」

「でしょ? ふふん!」



 そして、リーゼは部屋に入ってくるなり、俺に何かを渡してきた。これは……林檎リンゴか!!?



「お前、この林檎……まさか」

「へへへ。食べてみてくださいよ、旦那ぁ」


 ガブッと一思いに食べてみる。そしてその瞬間、芳醇な香りと共にぶどうの旨味が俺の口内に広がる……そうか、ついに完成したのか!!



「どう? お兄ちゃん」

「……ゴクリ。この林檎は完璧だ。間違いなく、ぶどうの味がする!」

「やった! 成功だよ! お兄ちゃん!!」

「あぁやったな! リーゼ!!」



 俺たちは抱き合うと二人で喜びを分かち合う。


 リーゼは俺と同様に農作物に対するこだわりが強く、ここ数年品種改良のための錬金術を俺自らが教えている。



 分担して、俺が野菜。リーゼが果物を担当している。


 俺の農作物とリーゼの『林檎みたいだけど、実はぶどう』を商品化すれば間違いない……農家業界に革命が起きる……!



「ねぇお兄ちゃん。一人暮らしするんでしょ? お家に行ってもいい?」

「当たり前だろ。俺とリーゼは同じ道を志す同士だ。近日中にリーゼの部屋と俺の新しい部屋を空間ごと繋ごう。行き来は一瞬さ」

「やった! お兄ちゃん大好き!!」


 そうして再びリーゼが俺に抱きついてくる。


 そうだ。こういう時のために錬金術を学んだのだ。便利に使うために。だが、空間転移の錬金術はフィーに口外するなと言われている。でもまぁ、リーゼと俺にしか使えない錬金術だからいいだろう。使っても……!



「それでね、次の果物なんだけど……」

「ふむふむ。それなら、あの術式が……]



 そうして俺たちは次なるテーマに取り組むために、深夜まで議論を交わすのだった。

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