史上最高の天才錬金術師はそろそろ引退したい

御子柴奈々

第一章 Independence

第1話 そうだ、引退しよう


「引退します」

「……ええぇぇぇ」


 校長室に呼び出された俺は選択を迫られていた。


 神聖歴1994年。俺は今年の三月にこのカノヴァリア錬金術学院を卒業する。その卒業進路について話があるらしい。


 目の前にいるのはこの学院の校長にして、俺の担任だった先生である。


 名はアルスフィーラ・メディス。メディス家といえば有名な錬金術師を数多く排出しており、名門中の名門だ。そんな中でもアルスフィーラは超優秀らしく、20代後半にしてすでにこの学院を任されている。異例中の異例らしい。


 見た目は金髪ロングの美女で、まぁ見てくれは悪くない。性格は何かと口うるさく、うざったいのだが。



 そしてそんな俺がなぜ、この女に呼び出されているのか。


 それは卒業進路が気にくわないというクソしょーもない理由らしい。



「ねぇ……本当に考え直して、あなたの進路は選り取り見取りなのよ! 王国の騎士にもなれるし、王室直属の錬金術師にもなれるし、ここだけの話……第三王女との婚姻なんて話も……さぁ、どれでも好きなのを選んで!!!」

「引退します、錬金術師。はいこれ、バッジ。返上します」

「やめてええええええええええええええッ!!!!」



 ぽいっとテキトーにバッジを投げ捨てる。錬金術師にはランクが存在しており、銅級ブロンズ銀級シルバー金級ゴールド白金級プラチナ碧星級ブルーステラと段階がある。


 俺はその最高の地位である碧星級ブルーステラを入学して一年で取った。


 ランクごとに胸につけるバッジが変わり、今の俺の胸には碧星級ブルーステラのバッジがあった。だがこんなものは錬金術師を引退する俺にはどうでもいい。だからこそ、この女の机にぽいっと捨ててやった。



「別に卒業するからいいだろ。名前ぐらいは書類に残してやるさ」

「……引退してどうするの?」

「はぁ? 俺の家の農家を継ぐに決まってるだろ? 今年は色々な農作物の品種改良に成功してな。それに、野菜の自立型二足歩行の術式の改良に成功したんだ。いやぁ、正直卒論書くより苦労したぜ……でもこっちは完全にペット化しているから、量産とかする気は無いけどな。可哀想になって食べられなくなるし。あの術式はもっと違うところに活かしたいと思っている」


 そう、俺の生み出したのトウモロコシは歩くのだ。歩いてしまったのだ。


 完全自立型トウモロコシ。多少のコミュニケーションもとれる素晴らしいものだ。俺が低知能だが、完全独立型人工知能の研究を応用して取り込んでいるからな。まぁと言っても、野菜に知能を宿らせるのはあまり良くないことだから、今後はしないのだが……。実験的にやってみてしまったら、偶然成功してしまったのだ。今後としては完全独立型人工知能の研究をもう少し別方面に活かせればいいと思っている。農作物の件はもう少ししっかりと考えていきたいが、今後のプランのためにも完全独立型人工知能の研究はしていきたい。



「はぁ……もうやめてぇ……あなたのその天才性はもっと別のところで発揮するべきよ……農家だなんてそんな……歩くトウモロコシは気になるけれど……はぁ……はぁ……卒論はもっと実用的ですごかったのに……」

「完全独立型人工知能の研究か? 驚いただろ?」

「えぇ……史上最年少で碧星級ブルーステラに至る要因となったあなたの卒論が、全て農作物に帰着しているなんて……全世界が驚くわよ……はぁ……はぁ……ねぇ、やっぱ考え直さない?」

「やだ。引退だ。厳密には錬金術は便利だから今後も使っていくが、錬金術師はごめんだ。制約が多いし、面倒臭い。史上最年少で碧星級ブルーステラとか、王国騎士とか、王室直属の錬金術師とか、王女と結婚とか、どうでもいい。だってそれ、農家に関係ないだろ? みんなも俺が錬金術師じゃなくなって嬉しく思っているさ。ポストが一つ空くんだからな。まさに、ウィンウィン。そう思うだろ、フィー」

「フィーって呼ぶのはやめなさい。ちゃんとメディス先生か、師匠と……あぁでもあなた、碧星級ブルーステラなのよねぇ……はぁ……私よりも上なのよねぇ……」

「う……なんかすまん」



 ちなみに、碧星級ブルーステラに至っている錬金術師は俺が王国で二人目だ。一人目は錬金術師の祖がなっている。というよりも、その人がクラスを作り、自身を最高位である碧星級ブルーステラにしてしまったものだから、他の誰かがそのクラスになるなどおこがましいらしい。



 だが俺の『トウモロコシの奇跡プロジェクト』の一環である、完全独立型人工知能の研究が評価されて俺は晴れて史上二人目の碧星級ブルーステラになった。


 ちなみに俺の研究を正当に評価しているわけではなく、意味不明なプロセスの結果、完全な人工知能が完成しているという部分を見て碧星級ブルーステラにしたらしい。つまり、現在存在している錬金術師では俺の理論を理解できるものは一人もいない。自分でもいうのも何だが、史上最高の天才らしい。


 だからこそ、フィーのやつが俺に箔を付けさせたいのも分かる。王族との付き合いや、貴族の付き合い、など諸々の事情があるのだろう。


 でも俺には夢がある。それは自分の作った野菜や果物を全世界に売りたいという夢がある。親父の代では成し遂げられなかったが、俺ならできるかもしれない。そのために俺は錬金術を学んできたのだから。



「はぁ……はぁ……あなたの目的が本当に野菜と果物を世界に売ると知った時はもう……人生で初めて絶望したわ。いや、ほんとまじで」

「すまない。でも俺は、昔からの夢を果たしたいんだ」

「そうよねぇ……先生なら、教え子の夢を尊重すべきよねぇ……でも、エルウィード・ウィリスの名はもう有名すぎるのよ。この学院を卒業したものは例外なく、超有名どころに就職しているわ。その中でもトップ中のトップ。歴史の中でも最高の錬金術師の卒業進路が農家を継ぐって……もう、死にたい……」



 実はこの問答。すでに10回以上に及ぶ。


 しかし時はもう卒業一ヶ月前。この女も本気で焦ってきている。


 そんなに俺をいいとこに就職させたいのかねぇ。俺は農業に身を捧げると決めているのだが……。



「俺が農家を継ぐとフィーが大変なのか?」

「む、やっと聞く耳持ったわね」

「しつこいからな、お前が。そろそろ卒業も間近だし、話ぐらいは……と思ってな。でも歩くトウモロコシは絶対に売るからな」

「まぁそれはご自由にどうぞって感じだけど……私は困るわねぇ……ずっと、ずーっとあなたの進路に関してアプローチをかけられているの。それは貴族だけじゃなくて、王族からも。王女と結婚ってことは婿養子とはいえ、王族になるのよ? もうほんと入学してから今に至るまで規格外だけど……王族になるとまで来るともう……ね」

「でも俺は農家としての使命が……」

「うん。それはあなたの家とも話してる。でもあなたの家族と親戚に至るまで、あなたは農家に向いていないっていうのよ? ご両親からは是非とも、碧星級ブルーステラの錬金術師としての道を歩んで欲しいって……」

「家族と親戚の反対は百も承知。俺は卒業したら独立して、自分の工房を持つ。そしてそこで史上最高の農家を生み出す使命がある」

「……で、錬金術はその手段なのよね?」

「そうだ。俺が入学した当初にもその話をしただろう?」

「まさか全科目満点、さらには実技試験も満点の天才が何をいうかと思えば……それだもの……もう、いやだぁ……」

「……ふむ」



 フィーのやつは最近目のクマがすごい。美人だというのに髪はほつれ、ボサボサだ。疲れがよく見えている。



「フィーが疲れているのって俺のせいか?」

「私が言うのも何だけど……あなたが認知される前までは私が史上最高の天才って言われていたのよ? 史上最年少で白金級プラチナの錬金術師になって、それで卒業して今の地位について……辛いことはあったけど……人生で一番の苦難はあなたの進路よ……もう、本当に……辛いの。毎日毎日連絡が来るのよ? エルはどこに行くのかって? 貴族、騎士、王族から毎日催促の連絡が来るのよ……? もう……死ぬわ。きっと過労で私は死ぬのだわ……あははははは……」



 ぼーっと虚空を見つめるフィーの表情はやばかった。なんて形容すべきかよくわからないが、やばいとしか言いようがない。



 まぁここは俺も妥協点を見つけるべきか。こいつには世話になったしな。



「……その話だが、引退は別に先延ばしにしてもいい」

「……ほんと!!!!? 録音したわよ!? 言質とったからね!?」

「あぁ。でも条件がある」

「……ゴクリ。それは?」

「フリーランスならやってもいい」

「あー、なるほどねぇ。要は自分の研究の時間も取りつつ、空いている時間は別の仕事をすると?」

「本当は最近書き上げた錬金術の教科書の印税だけで暮らしていけるし、その他の特許もあるから金には困っていないが……錬金術を使った仕事なら別に多少の時間を割いてもいい。ふと名案が浮かぶかもしれないからな。歩くトウモロコシの際にも、思わぬ時に閃きがあったからな。外の世界に触れておくのも、重要だと最近は思い始めてな……どうだろう?」

「ううううううぅぅぅう、ありがとおおおおおおおおお。本当にエルはいい子ねえええええええ。もうお礼に何でもしてあげる。お金……はいらないか、なら結婚する? この超高倍率の私と結婚する権利をあげてもいいわよ?」

「いやいらない」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。無駄に優秀だから私には貰い手がないのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。釣り合う男がないのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。お見合いしてもみんな引いていくのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「ま、頑張れよフィー。いいことあるさ」

「……うん。今日からは安眠できそう。嬉しい、ありがとう、エル様」




 そう言ってフィーは俺に向かって手を合わせて拝んで来る。



「気持ち悪いからやめろ。それで、リストはあるんだろ? 今選ぶ」

「えぇええええ。また急ねぇ、この中でフリーランスで出来るのは……」



 そうしてフィーは書類に線を引いていく。おそらくフリーランスになれない仕事に斜線を引いているのだろう。



「はい。この中から選んで」



 渡された選択肢は数多くあった。


「この中で俺がやりたい仕事は……」


 ざっとリストを見て、俺はすぐに決めた。


「よし、ならこれにしよう」


 指さすとフィーは目を大きく見開いた。


「あなたには無理そうだけど……まぁいいでしょう。おそらく錬金術師業界では今年一番のニュースになるでしょうね」

「まぁ、頑張るさ。片手間程度にな」



 俺が選んだ仕事。


 それはこの学園の非常勤講師だった。



 こうして俺の教師としての生活が幕を開けようとしていた。

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