君の上では
「ちょ、ちょっと待って、弥生ちゃん、
お願いだから腕の力を緩めてくれないかな……」
「でも、先輩、どうしても水が怖いんです!」
このままでは二人とも溺れてしまう、なんとか弥生ちゃんを落ち着かせないと……
彼女にしがみつかれているのが、俺の首元になり、
チョークスリーパーを決められている、本当に息が出来ない状態だ……
周りを見回すと運良く、流れがぶつかり滞留するスポットに、
浮き輪が浮かんでいるのが見えた。
あの浮き輪を掴めないだろうか?
必死で何とか俺は流れに抗い、浮き輪にたどり着くことが出来た。
「ふう、助かった……」
弥生ちゃんと共にどうにか浮き輪にしがみつく。
浮き輪にしばらく身を任せ、やよいちゃんが落ち着くまで待つ。
「先輩、本当にごめんなさいっ!
すごく恥ずかしいです……」
やっと落ち着いた弥生ちゃんだったが、自分が起こした行動に
どうやら恥じ入っているようだ……
「いいんだよ、水が怖いっていうのは分かる気がするよ、
俺も川で溺れそうになり、泳ぐのが苦手になった時期もあったんだ……」
子供の頃、田舎の川で怖い目にあったエピソードを話した。
河童の件はもちろん伏せておいたが……
「弥生ちゃん、大丈夫?」
しばらくして弥生ちゃんが小刻みに震えている事に気がついた。
「はい、なんだか体が冷えてしまったみたいです……」
どうやら震えは、水の流れに翻弄された恐怖だけではなかったみたいだ。
「弥生ちゃん、風邪をひくといけないから、温泉エリアに移動しようか」
このリゾートの特徴である水着で温泉に入れるエリアがある
俺たち2人は流れるプールから上がり、移動した。
そこはプールと変わらぬ広さがあり、下手な高級リゾート顔負けの
温泉施設がある。
通常の温泉は男女一緒に入れないが、水着を着用していれば混浴が可能だ。
体を洗う事は出来ないが、温まる事は十分にできるだろう。
もちろん貸切なので、広い浴場には俺たち2人だけだ。
その中で、二人同時に入れるジャグジーを選んだ。
「先輩、ありがとうございます、体が温まってきました」
弥生ちゃんの頬にほんのり赤みがさし、いつもの笑顔が戻ってくる、
「子供の頃から泳ぎが苦手で、夏が来るのが本当に嫌いでした……
学校でプールの授業がある時は憂鬱でしたが、中学の時から天音ちゃんが、
いつもかばってくれ、その上、体育の先生に直訴してくれて、
泳ぎの苦手な私でもこなせるメニューを一緒に考えてくれました」
天音がそんな事を……
「私のために頑張ってくれる天音ちゃんを見ていて、
良く先輩のことを思い出しました、自分のことでもないのに、
困っている人をほおっておけないのは兄妹で同じだなって……」
その言葉に俺は、弥生ちゃんに告白された時のことを思い出した、
『先輩はあの時から、私の王子様なんです……』
彼女の真剣な眼差しが蘇ってくる。
二人の間に、言葉を交わさなくても共有する想いが流れる……
どちらともなく見つめ合う、彼女の頬が更に紅みを増すのが感じられた、
ジャグジーで暖まっただけではないようだ……
弥生ちゃんを早く暖めてあげようと必死で気がつかなかったが、
ジャグジーは二人で入ると窮屈な程で、彼女の体と俺の腕や足が当たる距離だ。
水着越しの柔らかな身体の感触が分かる。
弥生ちゃんもそのことに気が付き、真っ赤になって下を向いてしまう……
「あ、あの、弥生ちゃん……」
気まずい空気を打ち消そうと、俺から話しかける、
「今日は歴史研究会のみんなが勢ぞろいしてくれ良かったよね、
それにお麻理まで来てくれて……」
お麻理の名前を出した途端、弥生ちゃんの顔色が変わるのが感じられた。
しばらく、思案したのち、彼女は思い切ったように切り出した、
「先輩は麻理恵さんと、お付き合いしているんですか?」
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