夕暮れ時は寂しそう

「がはっ!」

 俺は何者かに身体の自由を奪われ、流れるプールの底に引き込まれた……

 脳裏には何故か走馬灯の様に、田舎のおばあちゃんの顔が浮かんできた。


「宣人、良くお聞き、一人で川で泳いじゃ駄目だよ……」


「ばあちゃん、何で駄目なの?」

 子供の頃、夏休みには田舎に家族で里帰りするのが毎年の恒例行事だった、

 近所には川があり、夏の暑い日は近所の子供がよく遊んでいた。


「一人で子供が泳いでいると、河童に川底に引きずり込まれるそうな……」


「おばあちゃん、そんなの迷信だよ、河童なんているわけないじゃん!」

 結構クソガキだった子供の頃の俺はおばあちゃんの言葉を一笑して、

 近所の川に出掛けたんだっけ……


 多分、お祖母ちゃんは子供が一人で泳ぐと危険だからと言いたかったんだろう。

 そんな心配も気にせず、俺は一人で近所の川で泳いでいた、

 村の神社がある高台の下に沢があり、泳ぐのには絶好のスポットだった、

 その日も暑い夏の日で、近所の子供達が大勢遊びに来ていたが、

 俺が到着した頃は、もうすぐ夕刻で、一人、二人と近所の子供は

 帰り始めていた……

 俺は気にせず、泳ぎに興じていた。


 気がつけば、川に居るのは俺一人だけになっていた、

 おばあちゃんの言葉が一瞬、頭によぎったが、気にせず対岸の岩場に向かった、

 次の瞬間、俺の足を何者かが、掴んだ……


「……!?」


 魚とかに触れたのでは無い、確実に何者かの手に掴まれた感触だった……

 どす黒い恐怖心が胸一杯に広がり、子供の俺は悲鳴も上げられなかった、

 俺は夢中でもがいてその手を振りほどいた、

 一気に川岸に向かって泳ぎ切り、後ろを振り返る勇気も出ないまま、

 一目散に家に逃げ帰った……


 泣いて嗚咽する俺を、おばあちゃんは優しく抱きしめてくれた、


「おっかない目にあったんだね、ばあちゃんがいるから心配ないよ」


 あれは河童だったんだろうか?

 今でも良く分からないが、逢魔が時には子供は一人で遊んではいけない事が、

 深く俺の心に刻み込まれた。


 あの時の河童がまた現れて、俺を水の底に引きずり込みに来たんだろうか、

 待てよ? 今はたそがれ時でもなく、川でもない、流れるプールだぞ、ここは!


 一気に回想から現実に引き戻される、俺の自由を奪った何者かが、

 俺にしがみつきながら声を上げた……


「ごほっ!猪野先輩…… 助けてください」


「や、弥生ちゃん?」

 河童ではなく、弥生ちゃんだった……


「私、泳ぎは苦手なんです……」


 流れるプールの水流が、本多会長の謎サービスで三割増し増しなので、

 泳ぎの苦手な弥生ちゃんは、浮力体の浮き輪を泣き別れしてしまい、

 溺れかけていた所だったんだ、

 無我夢中で俺にしがみついたのが、馬鹿な俺は河童と勘違いしていまった……


 恐怖で硬直したまま、弥生ちゃんは俺に両手、両足、全身で密着している、

 水着の女の子にホールドされているのは、普段だったらドキドキものだが、

 この緊急事態ではミリも不純な考えは浮かばない……


 とにかく体勢を変えないと本当に二人とも溺れてしまう、


「ゴメン、弥生ちゃん! 身体の力を抜いてくれないかな……」


「きゃっ!」

 その時、流れの強いスポットに翻弄され、身体の力を抜くどころか、

 更に弥生ちゃんが強くホールドしてくる……

 火事場の何とやらで、本当に息が出来ない位、締め付けてくる、


 何とか浮力体を探さなければ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る