私のヒーローは……
俺の過去への確認の旅はこれで完了した……
太平洋の荒波が打ち寄せる海岸にひっそりと建つ、記念碑
その石碑には淳一が生前、愛したと言う花の絵も彫られていた。
内藤純一と俺達との接点はその当時からあった、
彼が療養していた別荘のすぐ隣に、天音の母方の知人が経営する
観光ホテルが建っていた、
その宿を俺達、家族は夏休みよく訪れていたんだ。
宿の名前は「たろう」刺身料理が有名だ、子供の頃はこの宿に来る事が、
夏休みのメインイベントだった気がする。
浜辺で目一杯遊んだ後、ホテルで刺身料理に舌包みを打つ。
これが至福と思えた子供の頃の思い出だった……
ホテルの隣に建つ別荘にも足を踏み入れた事があったんだ……
天音と俺が探検ごっこに興じていた時だった。
白い洋館の建物はそれだけで、俺達の興味を惹き付けた、
偶然開け放たれていた窓からよじ登り、俺達は洋館のエントランスに
降り立っていた、
そこにはあの肖像画が飾られていた……
その当時は絵の意味も判らなかった、
俺はその絵の人物に子供ながら一目惚れしてしまったんだ、
凜々しく整えられた眉、憂いを含んだ瞳、男装の麗人と呼ぶに
相応しい佇まいだった、
その絵を見て天音が言った言葉が、記憶の中で無音になる、
何故か、思い出そうとしても口パクみたいに再生される、
今、思うとそこは内藤純一の別荘だったんだ……
家主不在の別荘は、売り物件として競売に掛けられていたようだ、
具無理で偶然再会した、あの肖像画に俺が何故、あんなに固執したかが、
自分の中ではっきり腑に落ちた。
でもあの肖像画に描かれている人物は誰なんだろう……
その謎はこの場所に訪れても、答えは出なかった。
記念碑の前で、じっと動かない俺の肩に弥生ちゃんが
そっと手を置く、
「先輩、このままじゃ風邪引いちゃいますよ……」
俺はその言葉に我に返った、
ゆっくりと立ち上がる俺の両膝をタオルで拭いてくれる。
過去から現実に呼び戻された俺は、屈み込んだ彼女に、
ぎこちない笑顔を作ったんだ。
すっかり暗くなった海岸を後にして、
街灯の灯り始めた街並みにバイクを走らせる、
インカムマイクは通じるのに、俺達二人は無言のままだ。
弥生ちゃんの俺の腰にまわした両腕も、何だか遠慮がちに思える、
市街地を過ぎ、もうすぐ高速乗り口に近い場所の信号で停車する。
その時、沈黙していたインカムに会話が入った。
「猪野先輩、今から私の言う事で、先輩を困らせてしまうかもしれません……」
俺の腰に廻した彼女の腕に力が込められてくるのが判る、
しばらくの沈黙の後、意を決して弥生ちゃんが俺に告げる、
「以前、二人で行った地元の赤い橋のベンチで、先輩はこう言いましたよね、
今の俺は君が好きになってくれていた頃の俺じゃ無い……
もう一度、格好良くなるまでの時間をくれって、」
確かに俺は弥生ちゃんに告白された、あの赤い橋のベンチでそう言った、
先ほどの灯台の白いベンチは偶然だったが、無意識の中で弥生ちゃんとの
事を関連付けていたのかもしれない、
「先輩は格好悪くなんかないです! 天音ちゃんの事、歴史研究会の事、
そしてさよりちゃんの事…… 自分の事で無いのに全力で行動してくれています、」
次の瞬間、両腕だけでなく、彼女が後ろから強く俺を抱きしめてくれた。
「言わずにおこうとしたけど、もう自分の気持ちを抑える事が出来ません…… 」
インカムマイク越しに彼女の想いが俺に流れ込む、
「私、やっぱり先輩の事が大好きです……」
俺の耳からダイレクトにその言葉が胸に響いてくる、
それは彼女なりの精一杯の告白だった……
あの最初の告白より、いっそう強い気持ちに感じられた、
俺が記念碑の前で打ちひしがれていた事を、心配してくれている事も感じられた。
背中に彼女の身体の震えが伝わる、俺の次の言葉を待っているようだ。
「弥生ちゃん、俺……」
言いかけた時、インカムのヘッドフォンに携帯の着信音が鳴り響いた、
ハンズフリーマイクで電話に応答する、
「お兄ちゃん、今何処に居るの?」
天音からの電話だった、その声がいつになく慌てている、
「天音、どうした?」
「早く、帰ってきて! さよりちゃんが大変なの……」
「さよりちゃんに何があったんだ?」
「さよりちゃんが転校させられちゃう……」
その言葉の意味がすぐには理解できなかった、
通話を聞いていた弥生ちゃんと不安げに顔を見合わせるしか無かった……
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