白いベンチ
海岸通りに続く道まで、もう少しの距離だった、
路面のアールに合わせて車体を傾ける、タンデムの為、
いつもより前後のサスペンションが沈み込むのが感じられる。
右手のアクセルを開け気味にすると、トラクションを得た車体が、
軽い振動と共に加速する。
普通のスクーターと違い、鉄製の車体は重量では重いが低重心と言う
メリットがある、コーナーの安定感が段違いだ。
さらにベスパ譲りの片持ちのサスペンションは路面のギャップにも
強く、良く上下に動いてくれる。
弥生ちゃんも初めてのタンデムにしては上出来だ、
俺の動きに合わせて重心移動をしてくれる。
言葉は交わさなくても、一体感を感じる……
海岸通りに突き当たり、左に曲がる、
最終目的地の前に、立ち寄りたかった場所が見えてくる、
手前の駐車場にバイクを停め、メインスタンドを掛ける
空冷エンジンサイドにある冷却ファンが勢いよく廻るのが分かる。
「お疲れ様、大丈夫だった?」
「はい、最初は初めてバイクの後ろに乗るので緊張しましたが、
先輩の運転だから安心出来ました」
ヘルメットのバイザーを上げながら満面の笑顔を見せてくれた……
やっぱり、この笑顔だ、弥生ちゃんの笑顔に何度助けられただろう。
お互い、ヘルメットを外すとしばらくの間、二人で顔を見合わせ、
吹き出してしまう……
「弥生ちゃん、頭 頭」
「先輩こそ、髪型おかしいですよ!」
ライダーのお約束だが、長時間ヘルメットを被った髪型は
それこそぺったんこになってしまう……
弥生ちゃんのボブカットも、潰れてボリュームが無くなり、
何だか昭和のおかっぱ頭の女の子のようだ。
俺はと言うと、水から上がったカッパのような髪型になっていた。
すかさず弥生ちゃんが背中のリュックから、何かを取り出した。
「先輩、これ良かったら使ってください……」
照れながら差し出してくれた物は、ニットの帽子だった、
「えっ、これってもしかして、弥生ちゃんの手作り?」
彼女が、コクンと頷く、
「サイズが合うかどうか心配だけど……」
「ありがとう…… 大切に使わせて貰うよ」
早速、被ってみる、肌触りも良く、ピッタリだ。
「弥生ちゃんって、ハンドメイドも得意なんだね」
「いえいえ、母親がこういうの好きなんですよ、
私は教えて貰っただけです」
あの明るいお母さんか、母娘で仲良くニットを編む光景が、
想像できて微笑ましくなる。
そして弥生ちゃんに見せたかった場所に案内する。
ここは白浜に位置する最南端の灯台がある場所だ、
目的地は灯台では無く、遊歩道を進み海岸に続く岩場を登る、
岩場は結構な急斜面なので、弥生ちゃんの手をしっかりと握りながら、
転ばないように登らせてあげる。
無事、登り終えた弥生ちゃんが、景色を見て絶句する。
そこには海を一望に出来る絶景ポイントに、白いベンチが一つ置かれていた、
白いベンチは潮風に晒され、鉄製の部分は赤錆びている、
切り立った岩場の上にあるので、まるで天空のベンチのように見える
そのベンチに弥生ちゃんを先に座らせる、
「先輩、ここは?」
「恋人達のベンチと呼ばれて、地元では有名な場所らしい」
弥生ちゃんの隣に腰掛ける、
由来を話すと、弥生ちゃんの頬がみるみる赤くなるのが見て取れた、
「恋人達……」
弥生ちゃんが微かに呟く、
俺まで何だか照れてくる、ニットキャップを被っているからでは無く、
何だか、顔が火照る……
「あっ、違うんだ、弥生ちゃんに、この場所を見せたかったんだ……」
何が違うか、焦って意味も無く口走ってしまう……
ベンチに腰掛け、俯いている弥生ちゃんを見つめていると、
次第に気持ちが落ち着いてくる、
「弥生ちゃん……」
「はい……」
「弥生ちゃんがいなかったら、俺は今みたいに笑えなかったと思うよ、
俺をいつも支えてくれて、本当にありがとう……」
素直な気持ちが言葉になった、この小柄な少女の笑顔に何回助けられたか。
「猪野先輩……」
弥生ちゃんは言葉ではなく、あの笑顔で答えてくれた……
ショートボブの彼女が内藤純一の描く挿絵に重なって見えた気がした。
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