海辺のソレイユ

 昭和を代表するマルチアーティスト内藤純一の描いた肖像画には、

 遠い過去からのメッセージが隠されていた……

 額装の一部に細工が施してあり、その中には二通の手紙が入ってた。


「マスター、これは一体……」


 具無理のマスターが慎重に手紙を取り出す、かなりの年代物だと、

 封筒の劣化具合から推測出来た。


「宣人君、宛名が書いてあるぞ」


 マスターが取り出した二通の手紙を俺に見せる。

 封筒の表面には、親愛なるSへ と書かれている。

 もう一通には女性の名前だろうか、今宮みすゞ様と書かれた文字が

 かすれているが読み取れる。

 女性宛の手紙には住所まで書かれていた

 裏面には内藤純一の署名があった、

 紛れもなく、内藤純一からの手紙だ。


「これは、何かの手掛かりになりませんか、マスター?」


 この肖像画の謎に繋がるヒントが隠されている気がした。


 ただ、大きな疑問が残る、本多会長と肖像画の接点が分からない、

 何故、彼はこの絵が具無理にある事を知っていたのか?


「マスター、手紙の中身を見せてくれませんか?」


 この疑問の謎解きに続がるかもしれない……

 そんな俺の問いかけにマスターが首を横に振る、


「宣人君、それは出来ないよ、仕入れた物とは言え、

 個人的な手紙の開封はクライアントに対するマナー違反だ

 悪いが、これは俺に預からせてくれ」


 正論だった……

 内藤純一は鬼籍に入っているとはいえ、自分の作品にここまでして

 手紙を隠しながら、誰かに思いを伝えたかったのだろう……


「すみません、失礼な事を言ってしまいました」


「いいんだよ、焦る気持ちは判る、大体の経緯は真菜ちゃんから、

 聞いているよ」


 真菜さんがマスターにも、俺達の事情を説明してくれたんだ……


「天音ちゃんだっけ、君の妹にそっくりなんだろう、この絵の人物は」


「はい、初めて見た時から、何か運命みたいな物を感じました」


 俺がストックヤードで見た時の感想をマスターに告げる。


「宣人くん、物理的に考えて、年代的に天音ちゃんがモデルのはずが無い、

 この手紙の宛名が大きなヒントなんじゃないかな?」


 今宮みすゞ、この名前から辿っていくのが良さそうだ……

 その後、具無理を後にして、自宅に戻った俺は、

 自室に籠もり、パソコンでキーワード検索をした。

 勿論、内藤純一についてだ。

 石坂文化堂で購入した本を副読本にしながら探求を進める。

 内藤純一は昭和三十年代に活躍した人物だ、

 少女雑誌の挿絵画家として活躍し、戦後は女性誌にその活動を広げ、

 マルチアーティストとして不動の地位を築いていた人物だ。

 ただし多忙を極めた為、三十年代後半に重い病に倒れ、

 長い闘病生活の末、亡くなったそうだ……

 最後まで希望していた現場への復帰も叶わなかったそうだ。

 内藤純一が最後に療養していた場所の写真を見て、

 俺は驚いた、その場所は海沿いの建つ別荘の様な建物だった……

 俺はその場所に見覚えがあったからだ。

 そして内藤純一 終末の場所として、有志によって建てられたという

 記念碑に刻まれた純一の言葉を読んで、俺の中で点と線が一致した。


 俺は知っている、この場所も、この言葉も……

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