タイムマシンにお願い
我楽多 具無理から出て来たのは、本多グループ会長、本多真一郎、
俺達、歴史研究会の活動の前に立ちはだかる最大の障壁だった……
そんな男が何故、この店から出て来たのだろうか?
混乱の中で立ち尽くす俺を、一瞥しながら、駐車場に待たせていた車に乗り込み、
その場を立ち去っていった……
俺はしばらく、その場で呆然としていた……
薄気味悪い位、俺の浅はかな考えを、看破されている気がしてしまう。
開け放たれたままの引き戸の奥から、声を掛けられる。
「いらっしゃい」
マスターが戸口まで出迎えてくれる、
「今日はお客さんが多い日だね……」
「マスター! さっきの老人は一体……」
「宣人君、君と目的は同じかな……」
具無理のマスターがストックヤードの方向を指さす、
「あの肖像画はどうなったんですか?」
もしかして…… 俺の胸中が焦燥感で一杯になる。
「何処で調べてきたのか、あの爺さん、開口一番、
内藤純一の絵がここにあるはずだと、
そして金に糸目は付けないから、今すぐ売れって……」
最悪だ、あの絵を売ってしまうなんて……
「宣人君、何か勘違いしているみたいだね」
がっくりと肩を落とす俺を見て、マスターが店の奥に俺を案内する。
マスターの居るカウンターの奥は、二階の住居スペースに繋がっており、
階段を上がると、踊り場のスペースに彼女は居た。
内藤純一の肖像画だ……
俺は安堵のあまり、その場にヘナヘナとへたり込んでしまった。
そんな俺の肩越しにマスターが声を掛ける、
「我楽多屋 具無理を舐めて貰っちゃ困るよ、
宣人君にも言ったけど、クライアントとの約束は厳守するのが
信頼の大前提だからね、幾らでも出すなんて輩には、意地でも売らないよ……」
「マスター……」
「で、宣人君、この絵には何があるんだ? いわくありとは感じていたが、
俺の古物商としてのレーダーがビンビン反応しているんだが……
それも何十年に一度出るか、出ないかの逸品なんだと知らせている」
具無理のマスターも気が付いているんだ、
俺が初めてこの絵を見たとき、あんなに取り乱した意味を……
「マスター、もう一度じっくり調べさせてもらって構いませんか……」
「ああ、俺は仕入れた時のままで、全く手は入れていない、
宣人君が良く調べるんだな」
俺は肖像画を慎重に調べた、豪華な額装された作品で、
そのタッチは写実的とも違い、どことなく現代のアニメ、マンガにも
繋がるようなデフォルメをされた男装の美少年が描かれていた。
俺は先程、石坂文化堂で購入した本を片手に広げていた。
内藤純一の代表作品が紹介されている本だ、
パラパラとページを繰り返しめくりながら調べるが、
この作品は載っていない……
やっぱり、マスターが言うように贋作なんだろうか?
「宣人君…… このサインは」
マスターが鑑定用のルーペを取り出しながら、絵画下部に
入れられたサインに注目する。
マスターが片目にルーペを装着して、絵をしばらく確認する。
その後サイン部分をスマホで撮影し、何処かに電話を掛ける、
「マスター、一体何をされているんですか?」
「まあ、任せてくれ、俺ぐらいこの業界が長いと、
仕入れの真贋の判定は大事だからね、
人脈で詳しい専門家にデジタル依頼が出来るんだよ」
しばらくしてマスターのスマホに着信が入る、
「ん、判った、ありがとう、またよろしくね」
肖像画の真贋の結果が出たようだ……
「宣人君、結果が出たよ、間違いなく内藤純一の作品だ、
ただ、彼の生涯作品の一覧にも記載がないとの事だ、
作風の感じから、内藤純一が二十代の頃の作品で間違いがなさそうだ」
これで真贋がはっきりした、間違いなく、内藤純一の作品だ。
ただ、何故、男装女子の天音にそっくりな人物が描かれたかは
謎のままだ……
それに内藤純一、二十代の作品ならもっと謎は深まる、
その時代には天音は勿論、俺も存在すらしていない。
興奮のあまり、肖像画を持ち上げるマスター、
その時、額装の表面の一部分がキラリと光った気がした。
「マスター! ちょっとその絵を見せてください」
「ん、どうした宣人君?」
マスターから渡された肖像画の額装部分を良く調べると、
額装の一部によく見ると、薄い段差がある、
指先でなぞると、引っかかりがある、
何だ、これは…… 爪先で注意深く、段差を横にスライドさせてみる。
スルスルと隠し扉のように段差が開く、
その中に紙片の様な物が入っている事に気付いた。
「何か入っているみたいです……」
その隠しスペースに入っていた物を取り出す。
時間旅行は可能か? それは一見、不可能に思えるが、
実は俺達は身近でタイムトラベルに似た経験している。
そんな突飛な事を考えてしまう……
これから俺達が経験した事は、まさに奇跡と呼んでいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます