ずっとそばに
「宣人、約束破っちゃ駄目だよ……」
そう言い残しつつ、お麻理は教室に戻っていった。
保健室の時計を見ると約束の時間が迫っていた、
お昼に中庭のベンチで待ち合わせだった、
お麻理だったら完全に叱られているな……
五分前行動は基本でしょって。
保健室の隣にある職員室に立ち寄り、体調が回復した事を告げる。
待ち合わせの場所に急ぐ。
中庭のベンチには既に俺以外のメンバーが座って、お弁当を食べていた。
「お兄ちゃん、遅刻だよ、来ないのかと思った」
「そうです、猪野先輩この前みたいに、一緒にお昼したかったのに……」
天音と弥生ちゃんに挟まれて、ベンチにさよりちゃんが腰掛けている。
「この間は申し訳ありませんでした……」
俺に向かって頭を下げる、
「せっかく入部を勧めてくれた先輩を困らせてしまって……」
歴史研究会への勧誘を断った事を、そんなに気にしていたんだ。
「いいよ、さよりちゃんが悪いわけじゃない、お祖父さんが
反対していた事は全然知らなかったから……」
「でも何でお祖父さんは、そんなに反対するの?」
「それは話すと長くなるのですが……」
「大丈夫だよ、時間はまだあるから」
さよりちゃんが言葉を選びながら語り始めた。
「私の祖父、本多真一郎はご存じのように、本多グループの
会長です、会社の経営は私の父に昨年、委ねましたが、
米国の経済誌に良く取り上げられる程、戦後の日本を
代表する経営者の一人と言っても過言ではありません」
確かに俺達の日常にも本多グループの製品は多い。
凄い人物というのは俺でも分かる、だけど何故、制服自由化に
反対するんだ……
「そんな凄い人が何で、うちの高校のPTA会長なんてやっているの?」
天音がもっともな疑問をぶつける。
「それは中総高校が祖父の母校だからです、裕福で無かった祖父が
園芸課で農業を学び、それを基盤に今の地位を築いた人ですから、
当校への思い入れは誰よりも強い筈です、
分刻みのスケジュールを何とか調整して活動に参加しています。」
当校への思い入れは理解出来た、でも制服自由化については、
理由が付かない……
「祖父の理念は、美しい物には正しい心が宿ると信じています、
それは会社の製品だけではなく、立ち振る舞いや身なりにも、
現れると考えています、特に日本女性特有の美しい所作、
身なりを大切にする文化を途絶えさせないと言うのが口癖です」
あれ? どこかで最近似た話を聞いた気がする……
「だから大切にしている母校の制服が歴史研究会の活躍如何で
改変されることに、我慢がならないんだと思います……」
そうだったのか……
天音の意向とは違ったが、制服自由化をすれば、
ジェンダーフリーが叫ばれているこの時代、
天音のようにスラックスを選ぶ女子や、スカートを選ぶ男子が
現れてもおかしくない。
でもさよりちゃんのお祖父さんは、絶対に許せない愚行なんだ。
黙って話に耳を傾けていた天音が、さよりちゃんを見つめたまま、
静かにポツリと呟いた、
「ごめんなさい…… さよりちゃん、僕の勝手な行動であなたを
苦しめた事を許して……」
天音の目にみるみる涙が溢れる、ぽたぽたと膝の上に置かれたお弁当の
包みに滴が落ちる……
「ごめんなさいっ!」
天音が堪えきれず、完全に俯いてしまう、
次の瞬間、静かにさよりちゃんが天音を抱きしめた、
そっと、天音の頬に流れた涙を掌で拭い始める。
「ううん、天音ちゃんは全然悪くない……
その逆なんだよ、閉じこもっていた私に勇気を与えてくれた、
恩人だから、そんなに悲しまないで……」
「そうだよ! みんなで協力して乗り越えようよ」
「弥生ちゃん、ありがとう……」
その光景を黙って見つめながら、やっぱり最後の一人は
さよりちゃんしか居ないと確信出来た出来事だった。
その日の放課後、俺はある場所に向かった、
もう一度、確かめたい事がある、俺一人で……
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